経営共創基盤の冨山和彦最高経営責任者(CEO) 高学歴の学生にファーストキャリアとして人気の高い外資系コンサルティング会社。将来は経営者や組織のリーダーを見据える人も多い。かねて、地方にビジネスや成長の種があると主張する経営共創基盤(IGPI)の冨山和彦最高経営責任者(CEO)は、「プロとして意思決定できる経営人材を目指す、若きエリートこそ地方を目指せ」と説く。(前回の記事は「カリスマ再生請負人、原点は創業した会社のリストラ」)
■コンサルタントを目指す頭のいい若者たちへ
――名門のボストン・コンサルティング・グループを経て起業という冨山さんの経歴は、経営者や起業を目指す若者にとってロールモデルの一つだと感じます。
「私たちのころのコンサルタントは、戦略を立案するための考え方やスキルを体系的にまとめたフレームワークのようなものが今ほど確立していなかったので、毎回、自分の頭で考えるしかなかった。顧客から見れば仕事の出来不出来に幅があり、受験勉強に代表されるような『お勉強』しかできない人は早めに壁にぶつかっていました。でも、今はフレームワークがあり、それを勉強すれば、ある程度の成果は出せるので、難関大学を卒業した人にとっては悪くない職場でしょうね」
「経営者にとっても、お勉強はできないよりできたほうがいい。でも本質ではありません。そこそこの大学に入れる力があればいいんです。経営者に問われるのは、方程式に当てはめても答えが1つではない難しい問題に対峙したときにどうするか、ということ。試験には正解が用意されているけれど、経営は情報が不完全な状態で意思決定しなければならない。方程式を自分で組む力は、正解に効率的にたどりつく、という訓練だけでは身につきません」
「私はこれが本当の『地頭』だと思います。経営が難しいのは、人間が最大の変数になってしまうことにあります。環境は常に変わるから、一般的な方程式は当てはまらないし、人間に対する洞察力がなければ判断を誤る。そもそも、方程式に当てはまるような仕事なら、いずれ人工知能(AI)に置き換わると思いますよ」
――コンサルタントで実績を積めば、経営リーダーになれますか。
「前提として、組織には、プロフェッショナルかサラリーマンか。意思決定者か、アドバイザーか。この2軸があります。まず、コンサルティング会社はサラリーマン型の組織ではありません。『個』ありきのプロ集団です。そして企業のトップもたった一人なので『個』、つまり、プロなんです」
「しかし、多くの日本企業はサラリーマン型組織で、一人ひとりが歯車の役割を果たすことを何十年も求められ、十分な意思決定の訓練をしないままトップに上がってしまう。サラリーマンの価値観を続けてもプロにはなれないのに、そこをわかっていません」
「コンサルティング会社はプロフェッショナルになる教育をするので、(リーダーを目指す上で)間違ってはいないんです。ただ、コンサルタントは選択肢を見せてアドバイスするだけです。最後の1つを自分で選んで決断を下し、その結果を自分で背負うという訓練は受けません。それに対し、私たちの会社はプロフェッショナルであり、かつ意思決定もできる『経営人材』を育てることを目的としています」
■若いうちに「CXO」を経験すべき
――そうした経営人材をどのように育成しているのでしょう。
「若いうちに意思決定の訓練を積むことが大事」と話す 「当社は企業再建のお手伝いをしていますが、まさに再建の過程で人を育てるのです。代表的なのが、2009年に設立した、みちのりホールディングス(HD)です。この会社は福島交通や茨城交通といった経営不振に陥った地方のバス会社などを傘下に収め、再建して経営しています。そうした会社に人を送り込み、経営に携わっているんです」
「もちろん、最初からプロの意思決定者にはなれません。経営人材になるには必修基礎科目があります。まず1つは戦略コンサルタントとしての基礎的な論理的思考力やプレゼンテーション能力などです。これは一般のコンサルティング会社と同じですね。違うのは2つ目です。基本的に大企業を相手にする戦略コンサルタントは、日々の資金繰りまで考えることはまずありません。当社では、簿記会計や財務会計も学んでもらいます。当社で5年も働けば、転職市場でも高く評価される人材に育つと思いますね」
「純粋なコンサルタントとしての仕事もあるし、みちのりHDの傘下企業のような地方の現場で実際の経営実務の仕事もできる。そこでは人事労務や人の情理の部分も学べる。今の経営では、働き方改革の重要性が高まっており、人事労務の知識やスキルは必須です。小さな会社でもいいから、若いうちに(財務や人事といった各分野の最高責任者を指す)『CXO』として意思決定の経験を積むことが、これからの日本の経営リーダーを育てる近道だと思います」
――みちのりHDの経営方式は非常にユニークです。地方の破綻寸前、または破綻した企業を次々に傘下に入れているのはなぜでしょうか。
みちのりHDは経営不振のバス会社を次々に買収して再建(福島交通のバス) 「当社の仕事は、知恵出し、(経営者を送り出す)人出し、カネ出しの大きく3つです。そして、支援する企業のなかで最も深刻な状況の場合は、この3つをすべてやる。その典型例が地方のバス会社だったんですよ。要は『会社の総合病院』。みちのりHDの場合、最高経営責任者(CEO)の松本順は、産業再生機構で一緒に九州産業交通などの再建を手掛けました。松本という『名医』を頼って、さまざまな患者さんが運び込まれてくるのです」
――「患者」の共通疾患はなんですか。
「圧倒的に経営者です。経営者が劣化したか、経営者のそれまでのスタイルや能力と環境が合わなくなったかのどちらかですね。会社は結局、頭から腐っていくんです」
■これからは地方にこそ可能性
――かねて、地方にこそ可能性があることを説いていますね。
「さまざまな企業の再建に携わってみて、肌で感じたことです。日本は戦後、加工貿易というスタイルを取って利益を出し、国内市場をおろそかにしてきました。大企業は海外の安い労働力を使って利益を出したかもしれないけれど、我々日本で働く人の大半は恩恵を受けていない。この経済構造を変えていく必要があるんです」
「私はよくサッカーを例にして話すのですが、欧州や南米といった強豪国には、どこでも地域に根付いたサッカーリーグがあります。その大きな土台の上に、ナショナルチームがある。だから選手層が厚く、強いわけですが、ビジネスでも優位性があります。通常、強豪国を追いかける側はナショナルチームを立ち上げて、サッカービジネスを成長させようとします。効率性は悪くありませんが、ワールドカップは4年に1度しかないので、これだけでは大きなビジネスにはつながりません。そこで、英国やスペインのように、大きなクラブを作る必要があります。これは、テレビ放映やネット配信で大きな収入が入ってきます。欧州のサッカークラブはこの地域、国、グローバルチームの3つがそろって大きなビジネスになりました」
「ほかのビジネスも同じなんです。ローカルが基盤にあります。若いエリートはどうしても、世界市場、つまり『オリンピック』や『ワールドカップ』での競争に目がいってしまいます。しかし、そこに参加して競争できる企業は限られる。そもそも、非常に厳しい戦いです。グローバルな企業で世界チャンピオンを目指すのか、地方の企業でよりいい経営をし、生産性を上げ、賃金を上げるか。伸びしろでいけば、地方にこそ可能性があるんです。若い世代にもチャンスはあるし、やりがいもあると思いますね」
冨山和彦
1985年東京大学法学部卒、92年米スタンフォード大学経営学修士。ボストン・コンサルティング・グループなどを経て2003年に産業再生機構の代表取締役専務兼COO(最高執行経営者)に就任、カネボウなどの再生案件に関わる。07年経営共創基盤を設立。
(松本千恵)
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