【追補編】真説・人工知能に関する12の誤解(19):人工知能が絶対にできないこと――AI研究の難問「フレーム問題」を考える (3/3)

» 2018年05月24日 08時00分 公開
[松本健太郎ITmedia]
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 つまり、コックピットや尾翼を狙撃されると帰還できないのではないか、という仮説が浮かび上がります。今あるデータこそが世界の全てだとする人工知能は、そのデータで表現しきれていない枠外にまで考えが及びません。ないものをないと認識させるには相当な工夫が必要です。ましてや、入力されていないデータから何かを洞察するのは、現在の技術レベルでは不可能ではないでしょうか。

 そうした人工知能の“限界”を知らないまま、「なぜこんなことも分からないのだろう、うまくいかないのだろう」と悩んでいる人は少なくありません。

答えのある問題でも、人工知能に不向きなことがある

 本連載の第1回で、私は「答えのない問題に人工知能は不向きだ」とお話ししました。

 冒頭で紹介した「なぜこの人はニューヨーク・タイムズを買うのか?」という問い自体に、確かに答えはあります。しかし、答えを導き出すためのマーケティングデータはないことの方が多いでしょう。つまり、答えがあったとしてもデータでは表現しきれない、という問題もまた、人工知能には不向きだと言えます。

 特にデジタルマーケティングなどの領域は、計測できるものは全て数字で表現できてしまいます。だからこそ、そのデータだけで答えを導き出そうとしがちですが、せいぜい分かるのは相関関係まで。因果関係までは分かりません。

photo 数字をいくら見たところで、相関関係までは把握できても、因果関係は理解できない……そこに卓上のデータ分析の限界があります(写真はイメージです)

 私はこれを「卓上のデータ分析の限界」だと捉えています。例えば、自社サイトのTOPページの直帰率が30%だと分かっても、なぜ30%のユーザーが直帰するのかは分かりません。私自身、「データがあるんだから分析してよ!」と言われた経験もありますが、今あるデータだけで「原因と結果」が導けるような事例は、意外と少ないのではないかと考えています。

 結局のところ、答えを出すに当たって、人工知能はデータ以上のことは分からないし、データを超越した「原因と結果」への洞察は、人間の役割なのだと考えるべきでしょう。

 人工知能は“限られた枠”の中でこそ活躍できます。再現性が高く、限りなく知り尽くされた、原因と結果が明白に結び付いた因果関係が分かりやすい世界においてこそ人工知能は光り輝きます。例えば、工場における機器の故障予知など、人間が介在しないシチュエーションは、人工知能は得意です。

 一方で、同じ状況に何度も巡り合わず、因果関係も明確になっていない――そんな人間が暮らす世の中においては、人工知能は本領を発揮できないでしょう。Aという原因があったときに、Bという結果もCという結果も導かれることもあります。マーケティングの世界で「人工知能が組み込まれた」というキャッチコピーの割には、なかなか精度の高い製品に巡り合わないのは、こうしたフレーム問題に直面しているからではないでしょうか。

 もちろん、こうしたさまざまな問題を解決できれば、人工知能はさらに大きく飛躍する可能性があります。しかし、今の人工知能の“限界”に目を向けず、「なぜできないのか」と言っているだけでは、人工知能を使いこなすことなど到底できないでしょう。限界を超えるためには、限界を知り、それを認めることが第一歩なのです。

著者プロフィール:松本健太郎

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株式会社デコム R&D部門マネージャー。セイバーメトリクスなどのスポーツ分析は評判が高く、NHKに出演した経験も。他にも政治、経済、文化などさまざまなデータをデジタル化し、分析・予測することを得意とする。本業はインサイトを発見するためのデータアナリティクス手法を開発すること。

著者連絡先はこちら→kentaro.matsumoto@decom.org

編集部より:著者単行本発売のお知らせ

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人工知能に仕事を“奪われる”、人工知能が“暴走する”、人工知能に自我が“芽生える”――そんなよくありがちな議論を切り口に、人工知能の現状を解説してきた連載「真説・人工知能に関する12の誤解」が、このたび、書籍「AIは人間の仕事を奪うのか? ~人工知能を理解する7つの問題」として、C&R研究所から発売されました。

連載を再編集し、働き方、ビジネス、政府の役割、法律、倫理、教育、社会という7つの観点から、人工知能を取り巻く問題を理解できる構成に仕上げています。この本を読めば、人工知能の“今”が大体分かる――連載を読んでいた方も、読んでいなかった方も手に取っていただければ幸いです。本書の詳細はこちらから。


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