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「日大アメフト事件」と酷似「東芝粉飾決算」を当事者コメントから検証する

大西康之
執筆者:大西康之 2018年5月23日
エリア: 日本
顔、実名を晒さなければ謝罪にならないと記者会見を行った日大アメフト選手。見習わねばならない人たちがいるのだが…… (C)時事

 

 日本大学アメリカンフットボール部の選手が悪質なタックルで関西学院大学の選手に怪我を負わせた問題で、タックルをした日大選手が22日に記者会見し、「監督、コーチからの指示があった」と明言した。提出された陳述書には、「何としてでも試合に出たい」という選手の心情につけ込み、監督、コーチが20歳のエリート選手を卑劣なプレーに追い込んで行く様が克明に綴られている。
 実は、これとそっくりな心理的構図が見られるものがある。7年以上にわたって続けられた東芝の「粉飾決算事件」だ。「(事業部を)売却するぞ」という社長の脅しに屈して、エリートサラリーマンたちは、ついに一線を越えた。
 しかし、「日大アメフト事件」と異なるのは、選手は自ら過ちを認めたが、粉飾に手を染めた大人たちは、何事もなかったかのように事件をやり過ごそうとしていることだ。
 この2つの事件の構図が酷似していることを理解しやすいよう、当事者たちのコメントを並べてみよう。

社長チャレンジ“このままでは売るぞ”

〈日大選手 陳述書〉(抜粋)
5月3日
実戦形式の練習でプレーが悪かったということでコーチから練習を外されました。全体のハドルの中で(内田正人前)監督から、「宮川なんかはやる気があるのか無いのか分からないので、そういうやつは試合に出さない。辞めていい」。井上(奨)コーチからは「お前が変わらない限り、練習にも試合にも出さない」と言われました。
5月4日
 練習前に監督から「日本代表にいっちゃダメだよ」と、当時選抜されていた今年6月に中国で開催される第3回アメリカンフットボール大学世界選手権大会の日本代表を辞退するように言われました。監督に理由を確認することはとてもできず、「わかりました」と答えました。

 

〈東芝 不正会計(粉飾決算)に関する第三者委員会報告書〉(要旨)
2008年12月22日
(PC&ネットワーク)カンパニー社長の下光秀二郎CP(カンパニー社長)が「2008年度第3四半期の営業損益の見込みは前月同様184億円の赤字になります」と報告すると西田厚聰社長は「こんな数字、恥ずかしくて公表できないぞ」と発言。同期の営業損益は5億円の黒字になった。
 2008年度下期(10月~2009年3月)について下光CPが赤字の見通しを報告すると西田氏は「それでいいなら100億円の改善はやらなくていい。ただし売却になる。事業を死守したいなら最低100億円やること」と発言。同期は164億円の利益を水増しした。

 

〈東芝 下光秀二郎社内メール〉
2012年2月6日
 先月の社長チャレンジ(「粉飾」の隠語)“このままでは売るぞ!”に対し“事業継続の許可”をいただくのは来週15日の重点施策会議の場だと思うのでまずは予算の方向性が皆さんの賛同を得ることを先にすべきだと思います。

 

 日大選手は1年生の時からレギュラーとして出場し、大学日本一に輝いた去年も主力として活躍してきたにもかかわらず、突然、練習から外され、「試合に出さない。辞めていい」と内田監督に言われた。世代別日本代表にも選ばれていたスポーツエリートの彼は、当然のことながら大いに当惑する。
 一方、当時、パソコン部門の責任者で、後に東芝の代表取締役副社長になる下光氏は、佐々木則夫社長(上記「第三者委員会報告書」に登場する西田厚聰社長の後任で、歴代社長が同様の恫喝を部下に行っていた)の「このまま(の業績)では売るぞ!」という言葉に怯えていた。エリート選手にとってはスタメン落ちが、エリートビジネスマンにとっては、自分が担当する部門を売却されることが、「最大の恐怖」である。内田氏と佐々木氏はそれを逆手にとって、「チャレンジ=スポーツ選手、ビジネスマンとして一線を越える行為」を要求する。

「ここでやらなければ後が無い」

〈日大選手 陳述書〉 
5月5日
 この日も実戦練習は外されました。
 練習後、井上コーチから「監督に、お前をどうしたら試合に出せるか聞いたら、相手のQB(クォーターバック)を1プレー目で潰せば出してやると言われた。『QBを潰しに行くんで僕を使ってください』と監督に言いに行け」と言われました。「相手のQBがけがをして秋の試合に出られなかったらこっちの得だろう」「これは本当にやらなくてはいけないぞ」と念を押され、髪形を坊主にしてこいと指示されました。

 

〈東芝社内メール〉
2014年4月9日
 STP(監査法人に減損処理を求められていた米国での原発建設プロジェクト)の件を報告した際の田中P(久雄社長)からのコメント。「STP一部処理案(50億円未満)すら到底受け入れられない。徹底的に監査法人と戦うように」
 

 

 試合に出られない選手、事業がうまく進んでいない社員。追い込まれた心理状態を見透かしながら、「相手QBを1プレー目で潰せば出してやる」「徹底的に監査法人と戦うように」と、さらに念押しをしている。

 

〈日大選手 陳述書〉
5月6日=試合当日
 いろいろ悩みましたが、これからの大学でのフットボールにおいてここでやらなければ後が無いと思って試合会場に向かいました。
 試合のメンバー表に私の名前はありませんでした。その後の試合前のポジション練習時に井上コーチに確認したところ、「今行ってこい」と言われたので、私は、監督に対して直接「相手のQBを潰しに行くんで使ってください」と伝えました。
 監督からは「やらなきゃ意味ないよ』と言われました。

 

〈東芝 第三者委員会報告書〉
2009年10月28日
 下光氏の後任、深串方彦PC&ネットワークカンパニー社長は社長月例で佐々木社長に対し、利益の前倒し計上を減らし「今四半期はできるだけノーマルな形にしようとしています」と報告。佐々木氏は「一番会社が苦しい時に、ノーマルにするのは良くない考え。話がちょっとおかしくて、PCの為にも東芝の為にもなっていない」と発言。

良心を麻痺させる悪魔のささやき

 「チームのため」「会社のため」と言われても、不正行為にはやはり抵抗がある。 
何かを踏み越えてしまうことについて、選手と東芝の現場は心の内で葛藤していた。これに対し、指導者、経営者は「やらなきゃ意味ないよ」「(不正を止めるのは)東芝の為にもなっていない」と、重ねて圧力をかけている。現場の良心を麻痺させる悪魔のささやきだ。
 ベトナム戦争を描いたスタンリー・キューブリックの『フルメタル・ジャケット』では、人格を破壊する地獄の特訓によって、優しい若者の心が壊れ、教官を射殺して自殺する。特訓を乗り越えて戦場に赴いた若者たちは、知性をかなぐり捨て、「幼稚な殺人マシーン」と化していく。ラストシーン。抵抗するベトナム人女性を射殺した若い兵士たちは、大声で「ミッキーマウス・マーチ」を歌いながら歩くのである。洗脳によって自ら判断する力を奪い、人々に一線を越えさせるのが、全体主義の「正体」である。しかしながら、組織は自らの責任を否定する。

 

〈日大広報部コメント〉(要旨)
5月22日
「(記者会見をした日大選手に対し)心痛む思い」 
「『(相手を)つぶせ』という言葉は『思い切って当たれ』という意味で、誤解を招いたとすれば言葉足らずだった」

 

〈田中久雄社長、辞任会見コメント〉
2015年7月21日
「企業が経営していく中で利益至上主義は悪いことではない」
「従業員には罪がない。経営陣がきちんと襟を正さなくてはならない」
「プレッシャーを与える指示をしたという認識はない。経営陣が利益をあげるように不適切な会計を強要した認識もない」

エリートサラリーマンは口を拭ったまま

 比較してわかる通り、組織が心理的なプレッシャーによって個人の判断力を奪い、一線を越えさせるという構図において、「日大悪質タックル」と「東芝粉飾」は酷似している。が、その結末だけは大きく異なる。

 

〈日大選手 陳述書〉
「事実を明らかにすることが償いの第1歩だと決意して、この陳述書を書きました」
「私の行為によって大きなご迷惑をお掛けした関係者の皆様に、改めて深くおわび申し上げます」

 

 監督、コーチからの圧力によって良心を失ってしまった日大選手は、ベンチに戻った後、1人涙を流したという。相手を傷つけた行為を消すことはできないが、真実を明らかにし、自らの弱さを認めて誠心誠意謝罪することで、彼は良心を取り戻そうしている。さらに、会見で今後を問われると、「アメフトを続けていくという権利はないと思っていますし、この先、アメフトをやるつもりもありません」と、きっぱりと語った。
 一方、東芝はおざなりな再発防止策をまとめただけであり、粉飾に手を染めたエリートサラリーマンたちは口を拭ったままだ。彼らはいったい、日大選手の記者会見をどんな気持ちで聞いたのだろうか。

 

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執筆者プロフィール
大西康之 経済ジャーナリスト、1965年生まれ。1988年日本経済新聞に入社し、産業部で企業取材を担当。98年、欧州総局(ロンドン)。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員を経て2016年に独立。著書に「稲盛和夫最後の闘い~JAL再生に賭けた経営者人生」(日本経済新聞)、「会社が消えた日~三洋電機10万人のそれから」(日経BP)、「ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア 佐々木正」(新潮社)、「東芝解体 電機メーカーが消える日」 (講談社現代新書)、「東芝 原子力敗戦」(文藝春秋)がある。
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