杉並区「和田中の失敗」まだご存知ない保護者の方へ

公立学校である区立和田中の教育改革(と称する)は杉並区にとっては失敗でした。

その証拠に和田中が宣伝しまくった民間人校長登用は廃止、人気取り商法を煽った学校希望制も区は制度廃止。 杉並区の公教育にとって何ら貢献していないわけです。 この事実は知っておきましょう。

民間人校長時代の和田中に不祥事が多かったことも知っておきましょう。
地元住民たちは早くからそれに気づき、住民監査請求から始まり住民訴訟で区教育行政の不当・違法性を指摘するとともに、公教育としては失敗であると提起したわけです(詳しくはブログ内各記事に詳細があります)。

・・・というわけなんで。 そーなんだ、ってところからいろいろ知ってくださいね。





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社会通念から見た問題校和田中とは(年表付き)

気を付けよう!裁判長の社会通念は健全か? 和田中がオカシかった・・・のに

事実経過:今改めて問題校和田中について検証します
           ここに挙げた経過(後段別紙参照、過去の記事でもファイルでアップ有)は憶測や主張の類ではなく、完           全な事実経過です。 法廷の場(口頭弁論)に提出されたものです。
           消せない不祥事の事実だけでも、和田中プール重大事故、和田中PTA解体、
和田中P協脱退、和田中PTA内部告発事件、和田中わいせつ事件
等々が見て取れます。

社会通念:法廷審理上これだけの事実経過を念頭に置いたうえで、本案事件を捉える必要があります            。 司法が公立中学校であるべき和田中の実態を注意深く観察しなければならない理由が十分すぎ              るくらいあるわけです。
            私たち上告人(原告)は、これを司法に問うているのです。ここでは、最高裁判例に即して言えば、社             会通念 から著しく妥当性を欠く判示が地裁、高裁でなされていると最高裁に指摘しています(最高裁            として審理すべき と言う根拠)。

注記:  以下文中原審・原判決とは東京高裁のものを差し、原々審とは東京地裁のものを差す。

 
以下、最高裁提出の上告受理申立理由書からの引用抜粋
第2 原判決に最高裁判所判例と相反する判断があること・・・より
判断要素に対する司法審査として違法と見なすものを検証するた めここでも最高裁判例対比とする・・・・から

(9)判例対比「社会通念に照らし著しく妥当性を欠くか」という検証
    この著しく妥当性を欠くというべきときは、第三者的な指摘もあり、また、平常時の処理とそぐわない外形上の手続きがある場合も相当するとされねばならない。 つまり比較対象上も根拠を持って司法審査として違法と見なすべき点は何かを検証する。 上告人、被上告人らの主張も無いのに、一裁判長の一般論的な常識とされることが全てでもなく、もちろん推認を重ねて社会通念に結びつけた原々審の誤審なども許されない。
    司法審査として、証拠で明らかになった事実経過が社会通念上で著しく妥当性を欠いている判断は瑕疵であり、少なくとも以下である。

ア、 本件地域本部の公益性疑義として、役員に教育産業関係者が存在する事実、原審裁判長は私塾のサピックスも居るとまで認定している事実、学校保護者が皆無である事実(結果区や和田中が広報していた「保護者や地域住民のボランティアによる和田中地域本部」といううたい文句が完全なウソであった事実)、会計が合理性を欠き、不透明口座もある事実、これを区教委が全く把握しないまま本件許可処分と免除処分をなした事実、同地域本部についての組織実態を示す関連書類が情報公開請求でも皆無である事実(情報公開請求で当時一切の団体実態に関する書類不存在)。これらを上回る証拠と合理的理由による本件処分の裁量行為の正当性、適法性は無く、妥当性が無く瑕疵は免れない。

イ、 区の財政支援が過去あったり、区の教育ビジョン等教育政策指針に沿っているから本件地域本部に公益性があるという原審裁判長の判示(区教委庶務課長の裁量として)は前述ア、を乗り越えて社会的に通用するか? 実は本事件当時、当該団体の基礎情報の把握ゼロのまま(原審裁判長も認定)、しかも、それの是正の行政指導もまったく無くこの団体に本件許可処分等していることは行政窓口としても明らかに妥当性を欠き、瑕疵である。
        教育ビジョンについても、和田中や同地域本部とビジョンとの連動性を証する公文書としての個別具体的な(認定等)証拠は一切存在しない。 和田中だけは、他の区内小中学校と異なり、学校支援本部(地域本部)設立申請書類、関連書類も一切存在しないことを上告人らは再三主張、立証してきた(甲88)。

ウ、 原審裁判長も認定せざるを得なかった処分決定までの期間の異常な短さ(申請から処分まで1日間)は、本件各処分の拙速さとして、区議会文教委員会、教育委員会委員から疑義が出されていた事実がある。 この1日間で処理したという無理が、書類ほかあらゆるところに出ていることが容易に読み取れると考えるのが合理的である。 上告人らは、この処分の緊急性や処分を急がないでも学校本科への致命的な阻害要因などは全く無いと主張しているのであるから、その対比上も審査説明されねばならないが、それは原判決に無い。 実際、証人尋問における井口元庶務課長も証言でも、「1日で処分決定する特段の事情とは何か」との質問にたいし、「生徒のためになるから」だけである。手順を異常な1日とする合理的かつ決定的な理由ではない。
本事件を素直に理解すれば、まず、民間人校長でマスコミ広報宣伝を多用する藤原和博氏が、退任3ヶ月前になって突然記者発表した「夜スペ」(学校内で私塾の有料授業)が発端である。 区教育委員も区教委事務方も新聞報道で始めて実施を知ったのである(立証済み)。 われわれ上告人らも、地元区民も新聞で始めて知ったのである。だから、区の教育ビジョンやら区との連携などは一切無かったのは当たり前というのが経験則であり、社会常識であって、しかも当初学校本科の教育活動のひとつとして藤原氏個人により発想されていた(原審裁判長も認定)ので、公教育の観点から都教育委員会から是正の行政指導が入ったという代物である。
    しかも、この和田中の校長人事が異様であった。なんと藤原氏の後任校長として、藤原氏と同じリクルート社出身の代田昭久氏で、同じ企業から2代に渡る外部からの校長である。
    許可処分決定が1日間というものが、社会通念に照らし著しく妥当性を欠くのであり、一方、経験則からも採証法則から言っても妥当とするだけのもの(特段の必要性が例外的に協議決定されたという事実が証拠を持って言える場合等)は何も無い。
   
前述(3)(4)(5)の要件検討とも関係して、この異常さの審査を怠り、司法審査がこの点に無力でよいのか、社会通念に照らし原判決は最高裁判例に反して真摯な検討、審査が無い、又は意図的回避といわざるを得ない。

    この(9)も含め本件事実経過把握を踏まえての各要件、判断、司法審査等がもとめられるので、法廷審理の場にも提出した別紙添付資料「和田中「夜スペ」実施前後の経過事実解説と各証拠号証(原審、原々審提出分)」を付けてある。 
時系列でみる数々の重大事件や不祥事の連続は、通常の公立中学校ではここまでありえないものであって、社会通念上も異様な問題校であり、学校運営自体が要注意の監視対象とすべきものである。 あえて強調するが、この別紙にある事実経過自体(主張ではない)は、被上告人らから審理の場で一切反論と反証はない。 原審裁判長からも証拠否認は無い。つまり何人も否定はできない実際に起こっている事実である。
    よって司法審査においては、社会通念に照らし著しく妥当性を欠くかどうかは、普通とは到底言い得ない和田中学校運営や同地域本部についての団体公益性や区教委の要件判断、手続きの妥当性などは、圧倒的かつ確固たる個別具体的な証拠によってのみ審査されねばならないところ、甘い推認多用でそれを回避した原判決は最高裁判例に反している。     


別紙: 和田中「夜スペ」実施前後の経過事実解説と各証拠号証(地裁、高裁提出)

1999年(H11年)   4月~    杉並区長 山田宏氏 就任
2001年(H13年)   7月     安本ゆみ氏 区教育委員に就任
2003年   4月     和田中に藤原和博校長着任(民間人校長都内初)
(H15)   
2004年   1月     「和田中地域本部」設立(区ではなく藤原氏主導)
(H16)           教育産業関係者が役員に!(甲45,46,47)
2007年   7月12日  和田中にて体育授業中プール重大事故(生徒半身不随)
(H19)         公表隠蔽、服務事故の責任不問、再発防止策取らず
11.2付  SAPIX ダイレクトメール(中学部企画営業部)   
11上旬?日 藤原校長より井口庶務課長にメール!?(陳述書)
          井口証言によれば記録無し、立証できず
        11下旬?日 藤原氏から直接説明受けると!?(陳述書)
                   井口証言によれば議事録なし、立証できず
11.28付 「夜スペ」説明会保護者への告知文(藤原、清水)
                   (甲15)
11末    地域本部役員の高木証言「夜スペ」初めて知った
        12.8  「夜スペ」保護者向け説明会開催、
ニュースリリース配布、記者会見(高木証人同席)                   
        12.9   新聞各紙、夜スペ報道(甲82,83)
   教育委員、文教委員始めて知る
        12.12  教育委員会(甲84) 報告事項としてのみ
                (1年間実施、区教委の後援・共催でないと説明)
                異論続出、報告ではおかしい、議案として慎重な
                検討必要と、なぜSAPIXなのか不明の意見。              
               代田校長が後任内定報告、藤原プーチン院政批判も
        12.16  夜スペ入室テスト    
 2008年    1.7   都教委より指導文書
          1.8   「和田中地域本部規約」策定(とされる)
(H20)     1.9   教育委員会(甲85) 報告事項として
              慎重に検討をの声多数、広い意見を聞けと
        1.10  都教育委員会で文書指導(1.7)の報告有り  
        1.11  区内松ノ木町会長が和田中人気取り商法を実名批判 
                東京新聞投稿 (甲42)

        1.21付?「和田中地域本部の活動に関する協定書」(乙18)
                実は23日時点で未作成、バックデート
        1.22付?「夜スペ実施要綱」(乙19) 
                実は23日時点で未作成、バックデート        
          1.23  教育委員会(乙51) (学校教育活動外で地域本部主体でクリアーと報告)、急がなくても良い                という意見あり、区は要綱整備や協定書後追い認める
                即日都教委へ報告説明へ
                (同日付け地域本部より使用申請、区教委は使用許可回議起案)  都教委容認前見切り発                 車!
                同日付 「杉並区学校支援本部支援要綱」(乙45)
         1.24  都教育委員会で「都教委見解」議案議決 容認
              (区教委は同日付け使用許可決裁、許可書発行(甲1))
                同日付 「夜スペ実施に係る覚書」(乙22)
         1.25  区議会文教委員会(甲64)で報告
               性急過ぎるの意見、批判委員から続出、賛成者ゼロ
         1.26  和田中にて「夜スペ」開始
              新聞各紙報道(甲7) ニュースリリース配布の形跡
         3月5日 和田中地域本部連絡名簿(甲13)初めて区教委取り寄せ、他に一切書類なし(住民の情報開示               請求で判明)
   3月24日 住民監査請求提出 請求人56名
  4月    和田中校長→代田昭久氏(リクルートより2人目)
              「夜スペ」はSAPIXと継続(本格実施5・2)
5月    住民監査請求結果 請求棄却
* 要望特記:教育委員会の対応が遅れがちで、政策的な理念と、実務的な検討や準備との整合が十分に取られない    まま、本事業が進められたのではないか、ということである。(監査委員共通の意見として特記される)
          5月20日 和田中PTA解体、P協脱退決定へ(校長の意向)
                   教職員除外、保護者の会を地域本部の下に
* この頃前後して、和田中保護者からPTA内部告発文書が区内全校に届いた。 もみ消し工作 
          5月21日 夜スペの募集制限(足切)撤廃 
          6月26日 東京地裁へ訴え提起(住民訴訟) 住民49名 
* 和田中の目的外使用許可処分の違法確認
* 和田中の使用料免除処分の違法確認
* 関係職員へ損害賠償支払い請求
          9月5日 和田中地域運営協議会 地域本部の決算報告書
                 初めて出される(日付は9月8日)
 2009年            
  (H21)  12月~翌年にかけて学校内生徒へわいせつ行為、保護者より
             訴えられていた!事件後加害者教諭を病欠と虚偽体応 
区教委事務方のみで処理、教育委員に教えず!
                被害者とは示談で処理し刑事事件にならず
 2010年       
  (H22)   3月    SAPIX撤退で新たに東進スクール系で「夜スペ」
5月    山田宏区長 突然辞任
          6月    安本ゆみ氏 区教育委員退任
          7月    田中 良氏  新区長就任            
 2011年    1月23日 過去の「わいせつ事件」報道で発覚隠蔽体質露呈
                  保護者説明会で校長、区教委へ批判続出
                  原則の懲戒免職とせず、校名氏名を非公開
                  とできる低い服務事故処分にしていた!
                  しかも代替の正規教諭を補充していなかった
                  と判明。
以上
 注: これら事実経過自体について、法廷の場で立証しており、被上告人(被告杉並区)側からは一切の反論、反証は出ていない。 裁判長からの否認も無い。

 

藤田陳述書の重みその6(完)

藤田陳述書の重みその6をアップします。 これにて陳述書は完となります。

続き

ここでは、教育社会学の専門家の視点から「夜スペ」事業の公共性・公益性を客観的に検証しています。 学校教育に関する法令等に重ねて、これらの公教育に対する考察は、本案裁判での裁判長も十分認識しなければならないものと言えます。 事件の背景理解含め、これ(公教育認識)を抜きに判決するなどは司法の怠慢、傲慢でしかないと思います。 私達控訴人(原告)らは、これを司法に問うているのです。 俗っぽく言いかえれば「なんか良さそうだから私塾がやっても良いんじゃないの・・・」レベルで学校施設をルーズに使わせる判断をされては納税者としてたまらない! と言いたいのです。

―以下陳述書より引用―

3.和田中「夜スペ」に公共性・公益性があると言えるか
 日本国憲法89条は、「公の財産の支出利用の制限」について、「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。」と規定しています。
 学校教育法137条は、「社会教育への利用」について、「学校教育上支障のない限り、学校には、社会教育に関する施設を附置し、又は学校の施設を社会教育その他公共のために、利用させることができる。」と規定しています。
 教育基本法13条は、「学校、家庭及び地域住民等の相互の連携協力」について、「学校、家庭及び地域住民その他の関係者は、教育におけるそれぞれの役割と責任を自覚するとともに、相互の連携及び教育に努めるものとする。」と規定しています。
 私は教育法を専門にしているわけではありませんので、誤解や認識不足等があるかもしれませんが、以下、これらの法規定に基づき、和田中「夜スペ」の公共性と公益性について、私見を述べます。

(1)和田中「夜スペ」は「公の支配に属しない・・教育・・・の事業」に当たるか
 和田中「夜スペ」が上記の日本国憲法89条の「公の支配に属しない教育事業」に当たるか否かは、一つには、「夜スペ」という事業が「公の支配」に属するものか否かにかかっていると思われます。もう一つには、学校地域本部が「夜スペ」の運営主体とされていることを重視し、それを根拠とする主張を採用するのか、それとも、「夜スペ」の事実上の実施主体が進学塾サピックスであることを重視し、それを根拠とする主張を採用するのかにかかっていると思われます。
 まず、第1の点については、運営主体とされる学校地域本部は学校の教育活動を支援する組織ではあっても、教育活動の実質的な内容に関与し、その是非や適否を判断し是正や調整を行う権限を付与されているわけではないと考えるのが妥当でしょうから、たとえ「夜スペ」事業の運営主体であるとしても、「公の支配」を行使する主体ではないとするのが妥当と考えられます。したがって、「夜スペ」事業は「公の支配に属しない教育事業」ということになります。とはいえ、和田中は「夜スペ」事業の内容・水準やテキスト及び教育方法を是認しているはずですから、もし「夜スペ」は和田中が運営主体となって実施するものだというのであれば、「公の支配に属する教育事業」だということになりうると考えられます。しかし、これは、和田中及び当時の藤原校長の「運営主体は学校地域本部だ」という主張を否定することになりますから、容認されるものではないということになります。
 次に第2の点については、以上の系として、「夜スペ」事業の内容に責任を有する主体は、その内容について判断・評価や是正・調整の権限を有していないと思われる運営主体としての学校地域本部ではなく、実質的な実施主体である進学塾サピックスであると見なすのが妥当だと考えられます。そして、この実質的な実施主体は、明らかに営利企業ですから、「公の財産」である公立学校の施設を、そのような営利企業の実施する教育事業の「利用に供してはならない」ということになります。
 以上の論点は、そもそも「夜スペ」を企画した主体、実質的に運営する主体は学校地域本部なのか和田中なのかという点で、当初から曖昧さがあったことに関連するものだと考えられます。その曖昧さは、杉並区教育委員会が「夜スペ」事業について検討・承認するに至る過程や、東京都教育委員会の指導を受けての再検討と調整対処をしていく過程において、明確にすべき課題の一つになったものと思われます。そして、その課題について、運営主体は学校地域本部である旨を明確にし、その位置づけに基づき、各種の規定や契約書等を事後的に整えることになったものと推察されます。
そこで疑問点として浮上するのは、なぜ運営主体を和田中とはせず、学校地域本部としたのかということです。この点については、運営主体を和田中とすることには種々の教育上の問題や法令上の問題がありそうだとする(おそらく直観的な)判断が和田中サイドにあったのであろうと推察されます。その教育上の問題としては、上記の2で述べたような諸点に加えて、学校が行うべき教育活動と進学塾に委託して行う受験準備に特化した教育活動との線引きに関わる問題が考えられます。他方、法令上の問題としては、高校受験準備を主たる目的とする教育プログラムを、進学塾の通常の受験対応の学習指導プログラムの実施方式(入塾テストなどを含む)で行うことに関わるもので、そのような目的・内容と方式による事業を営利企業である特定の進学塾に委託して学校において(学校施設を使って)実施することが孕む問題が考えられます。実際に、和田中及び藤原校長(当時)や杉並区教育委員会などが、そうした問題点について自覚的に検討したのかどうかはわかりませんが、あえて、運営主体を和田中とはせず、学校地域本部としたことには、以上のような問題が孕まれていると思います。

(2)和田中「夜スペ」は公益性を有すると言えるか
次に、「夜スペ」は学校教育法137条に規定する「その他公共のために」という施設供与要件を満たしているかどうか、公益性を有しているかかどうか、について私の考えるところを述べさせていただきます。ここでは和田中「夜スペ」及びそれに類する事業や活動に限定して述べますが、この場合の公共性(「公共のために」)ないし公益性は、少なくとも次の二つの要件を満たしている必要があると考えられます。
第1は、当該の事業や活動が、学校教育およびその他の関連するさまざまな制度・規範・慣行や活動に現在および将来にわたって好ましくない影響(公共的利益に反するような影響)を及ぼすものではないということです。第2は、公益性は、基本的には一般性を有するものであること、または、必ずしも一般性を有しているとは言えない場合には、当該の事業や活動によって生じる利益がその利益の享受者以外の人たちに不利益を生じさせるものでないということです。
第1の、現在及び将来にわたって公共的利益に反する好ましくない影響を及ぼすものではないという要件については、すでに上記2の(2)~(6)において述べた通りです。そうした教育上のさまざまな好ましくない影響が現在及び将来にわたって生じる可能性があると考えられますから、和田中「夜スペ」は公共性を有しているとは言えないと考えられます。
第2の、公益の一般性要件ないし受益者以外に対する不利益性排除の要件については、その要件が満たされていないと考えられる具定例としては、さしあたり次のようなものを挙げることができます。

①上記2の(2)の冒頭でも引用しましたように、「夜スペ」開始について藤原校長(当時)が発出した保護者向け案内文には「都立の進学重点校や私立の中上位校を狙う夜の特別コース」と記載されており、募集人数は30名程度ということや入室テストを行うと言うことも告知されていましたから、「夜スペ」は、少なくとも初年度については、和田中の生徒全員に開かれたものではなく、特定の少数者に限定したものでした。したがって、和田中内に限っても、公益の一般性要件を満たしているとはいえず、むしろ、公益性を損ねているとさえ言えます。

②「夜スペ」開始の初期段階において、上に述べたように、事実確認を行ってはいない事柄ではありますが、「夜スペ」受講を希望しないように指導・説得された生徒がいたとすれば、当該の生徒が受講を拒否された(受講機会を享受できなかった)という事実上の不利益に加えて、精神的な苦痛等も大きいものであっただろうと推察されます。

③「夜スペ」が「都立の進学重点校や私立の中上位校を狙う」生徒のための特別コースであるということも、募集人数は30名程度と言うことや入室テストを行うということも告知されていましたから、少なくとも「夜スペ」開始時点においては、受講したいという思いはあっても、受講を認められないだろうと考えた生徒も少なからずいた可能性があります。したがって、これらの生徒にも、程度の差はあれ、上記②の場合と同様の受講機会面及び精神的側面での不利益があったと言えます。

④和田中「夜スペ」については、上記1の末尾や2の冒頭でも述べましたように、和田中に何らかの係わりのある友人・知人から種々の批判的意見や問題性を示唆する情報を聞いていましたが、そのなかには、保護者の間にも、批判・不満や「問題がある」との意見があるというものが含まれていました。そうした批判・不満・違和感や意見を持つ保護者がいるということは、その当該の保護者にとってはもちろん、和田中にとっても保護者間にわだかまりや亀裂が生じている可能性がありますから、その点で具体的な不利益が生じていると言えます。

⑤上記の④と類似の問題ですが、本件の住民訴訟が起こったこと自体、地域住民にとって好ましくないと考えざるを得ない事態が生じているということを示していますし、また、和田中を支えるべき地域住民の間に批判・違和感や亀裂が生じしていることを示してもいます。この点は、上記④とともに、教育基本法13条の規定する「学校、家庭及び地域住民等の相互の連携協力」を阻害する要因となる可能性を持つものでもあります。

⑥上にも引用した藤原校長の保護者向け「夜スペ」案内文に示されているように、「夜スペ」は「私立に行かずに済む受験サポートを、全国の公立中学校に先駆けて、地域本部主催で行います。平日の夜に学校で開く進学塾。」ですから、同事業は、当該の受講生を高校受験において有利にする反面で、和田中の他の生徒や和田中以外の中学の生徒に間接的に不利益を生じさせる可能性のある事業と言えます。
他にも種々ありうるでしょうが、少なくとも以上の具体例は、現時点では未確認とはいえ事実確認可能性のあるものを含めて、和田中「夜スペ」が公益の一般性要件ないし受益者以外に対する不利益性排除の要件を満たしていないものであることを示すものだと考えられます。したがって、同事業は公益性に反すると考えられます。

(3)営利企業である特定の進学塾に委託して「夜スペ」を実施することの問題性
 「夜スペ」それ自体の公共性・公益性に関わる問題ではないかもしれませんが、営利企業である特定の進学塾に委託して「夜スペ」を実施することにも、経済活動を含む社会一般における公共性・公益性に多少なりとも関連すると考えられる問題があります。
 和田中「夜スペ」の実施主体であるサピックスは、言うまでもなく、営利活動を業務としている進学塾(営利企業)です。和田中及び藤原校長は、サピックスに支払われるのは実費相当程度でしかない(したがって営利企業への便宜供与に当たらない)と主張し、同「夜スペ」実施を承認し、公の財産である公立学校の施設の無償提供を許可した杉並区教育委員会も同様の趣旨により、営利企業に便宜供与するものではないと判断したようですが、少なくとも次の二点において、その主張や判断は失当であると考えられます。
 第1に、民間企業一般に当てはまることですが、進学塾にとっても、社員(非常勤・派遣・パート等を含む職員や教員)に支給する給与・報酬を持続的に賄う必要がありますから、和田中「夜スペ」によって利益をあげることはできなくとも、それらの経費を確保するという点でのメリットがあると考えられます。
 第2に、サピックスは、和田中「夜スペ」を委託され実施することによって、和田中公認の学習塾という位置を確保することになります。このことは、サピックスは学校が選んだ学習塾であるから、数ある学習塾のなかで、信頼できる優れた学習塾(あるいは適切な学習塾)であるとの認識を和田中の生徒や保護者に与える可能性を十分に持っています。したがって、実際にその効果がどの程度であるかはともかく、サピックスは、その「公認」という利益やそれに伴う信頼・安心の確保という利益を享受することになり、そして、和田中及び杉並区教育委員会はその利益を供与したことになります。
 さらに言えば、和田中「夜スペ」のようなプログラムが、もし全国各地の学校に広まるようなことになるなら、たとえその広まりがそれほど大規模なものでないとしても、その影響は経済活動における「営業の自由」や「参入の自由」といった公共性の保障という点で、問題を引き起こすことになりかねないと考えられます。なお、これらの観点については、控訴人らも企業経営やマーケティングの常識として、一審でも二審でも繰り返し主張し、証拠も提出されていると思います【控訴人ら準備書面(8)、甲第72号証】。
 
以上のような理由により、私は、和田中「夜スペ」は、日本の教育の現在及び将来にとっても、そしてまた、公共性・公益性という点でも、問題が多く、将来に禍根を残すことになりかねないと考えます。
以上

 引用ここまで

 ◎以上で藤田陳述書は終わりです。 すべてをご覧の皆様ありがとうございました。 私達もこの陳述書を法廷に出すことで自らも公教育の大切さをつくづく思い直しました。 藤田先生の証人尋問申請は残念ながら裁判長が否決しましたが、この書面(証拠 甲79号証)は今でも価値あるものとして(区教委側はこれを乗り越える反論、主張がない)私たちの支えとなっております。 
   最後の言葉、「将来に禍根を残すことになりかねない」の警告は重たいのです。
  

藤田陳述書の重みその5

藤田陳述書の重みその5をアップします

続き
ここでは、日本の公教育がテスト学力偏重・進学実績偏重とそのための歪んだ競い合いに駆り立てられ、その果たすべき教育役割を矮小化し、教育産業への過度の依存を強めていく、その「トロイの木馬」になると警告。 そして、
子どもたちの間に歪んだ優越感・倫理観や劣等感・被差別感を醸成する危険性等々を指摘、日本の公教育改革は皮肉にも、本来とまったく逆の方向へ行ってしまうとまで論述しているのです。

―以下陳述書より引用―
(5)教育産業の公教育参入と公教育の危機
 「夜スペ」がマスコミで報道されて以来、そうしたプログラムへの関心が高まり、例えば大阪府池田市教育委員会は「池田版夜スペ」実施を決め、2008年9月より同市立池田中で塾講師による無料(池田市教育委員会負担)の「土曜授業」を試行的に開始しました。しかし、控訴人らが証拠提出【甲第55~58号証】しているように、池田中の場合、私塾への外注・委託方式によるものではなく、かつ、全生徒を対象にしたものであり、その点で必ずしも公益性を損ねるものではないと言えるものでした(その後、池田市では市内の他の中学でも放課後や土曜日に大学生・元教員・保護者・塾講師などによる学習支援活動を実施するようになり、池田中も同様の方式になっています)。
他地域の大多数の教育委員会では、理念的理由や財政事情などもあって、今のところ和田中「夜スペ」のような事業には否定的ないし消極的のように見受けられますが、その一方で、この数年、一部の授業を塾講師の協力を得て行う学校も、ごく少数だとは思いますが、出始めています。その点で、和田中「夜スペ」のような方式も含めて、学校教育への教育産業の参入の仕方や線引きをどのようにしていくかは、いま日本の公教育が突きつけられている重大問題であると言えます。
 私は、学習塾を含む多様な教育産業の展開については、それが節度ある適切なものであるかぎり、それなりに意義のあることだと考えています。また、学校が主体性・自律性と公平性や適切性を確保しうるかぎり、塾講師の職にある人が学校の授業などに適切な方式で協力することを否定するものでもありません。しかし、「夜スペ」はそのような性質のものではないと見ています。それは、受験や学校序列への関心の強い日本のカルチャーをさらに強化し、受験準備教育の価値とウェートを高め、小中学校段階での受験競争の激化を招き、学校選択制の拡大と学校の序列化を促進していくことになりかねません
 2007年から全国学力テストが実施され、地域間・学校間でテスト成績を競い合う傾向が強まっていますが、その背後で、教育産業による同テスト向け教材などの売り込みも拡大し、教育産業への依存を強める学校・地域が目立ち始めています。「夜スペ」や全国学力テストは、日本の公教育がテスト学力偏重・進学実績偏重とそのための歪んだ競い合いに駆り立てられ、その果たすべき教育役割を矮小化し、教育産業への過度の依存を強めていく、その「トロイの木馬」になりかねません。そうなれば、学校教育の総合性が失われ、豊かな経験と自己探求の場であるべき学校も子ども時代も、おおらかさを失い、ますます歪んだものになっていくことでしょう。

(6)教育機会の制度的差別化と格差社会の深刻化
1980年代から始まった「ゆとり教育」改革とは裏腹に、1990年代後半以降、テスト学力重視の傾向が徐々に強まり、もう一方で、エリート的な中高一貫校などを含む学校選択制(どの学校でも選べる自由選択制やブロック選択制)が東京都区部や一部の地方都市で実施されるようになりました。和田中の立地する杉並区も学校選択制を導入しており、特に和田中は、その学校選択制の下で、共通学力テストの成績が高いことを宣伝してきた学校です(藤原校長時代の和田中のホームページ参照)。上記二つの動きが強まるなかで、小中学校段階からの学校の序列化・格差化とテスト学力・進学実績をめぐる学校間・地域間の歪んだ競い合いが進み拡大しているように見受けられます。
学校選択制とテスト学力偏重・受験準備偏重を基盤にした小中学校段階からの学校の序列化・格差化が進めば、教育制度は閉鎖的・差別的なものとなっていきます。私の専門である教育社会学の分野では早くから指摘されてきたことですが、この閉鎖性・差別性は、子どもの多様な潜在的可能性を十分に伸ばすことにならず、そうした可能性を持つ多様な人材を十分に活かすことにならないという意味で「人材の浪費」(社会的損失)を招く危険性があり、もう一方で子どもたちの間に歪んだ優越感・倫理観や劣等感・被差別感を醸成する危険性を宿しています。さらには、人材浪費も学歴格差も閉鎖的・差別的な教育制度に起因する傾向が強まれば、格差社会の諸問題は、そうした不平等な教育制度にも起因する構造的問題であると見なされ、感じ取られることになり、深刻化することになりかねません。
 大学入試やその後の学修への準備という点でも、政財界のリーダーたちが強調する先端的な科学技術開発を担う人材の育成という点でも、中学校段階までは所定の教育内容を確実に理解し習得しておけば十分だと言えます。それらの点で成功するかどうかは、高校以降での努力に左右されることはあっても、中学校段階までの数点の違いや順位に注目するような成績とは、ほとんど関係がないと言えます。
 例えば、この数年ノーベル賞を受賞した日本人研究者が増えていますが、そのかなりは、公立の小・中・高校に通い、小・中学校では混合クラスで学んでいました。但し、高校は学力による選抜が行われてきましたから、学力相応の高校に通い、また高学年ではクラスを理系・文系に分け、しかも、その一部で学力別編成を採用している学校もありましたから、多くの場合、学習集団は基本的には学力別編成になっていたと言えます。したがって、そうした事例によっても、また、1970年代前半くらいまでに高校時代を過ごした世代の多くの経験に照らしても、少なくとも中学校段階までは、過剰な受験競争などに振り回されることなく、安全な場で安心して学習やその他の多様な活動に積極的に取り組み、おおらかに過ごせるのが最善であると言えると思います。そうした教育と社会の仕組みにしていこうとするのかどうか、いま日本社会はその重大な岐路に立っていると言えます。
この点に関連して、かつてOECD教育調査団が日本の教育を次のように評価したことは注目に値すると思います(深代訳『日本の教育政策』朝日選書1970年、38頁)。
「日本は、一五歳まで、すなわち中学校段階まで、差別的な教育をやらないよう細心の努力をはらってきた国の一つである。コースの分化をさけ、心身障害児のほかは特別の学級をおいていないし、また、優秀な子どもには、おくれた仲間の学習を助けさせるという中学校教育のあり方は、もっとも魅力的で人間的な教育の特質として、われわれの心をとらえた。」
この40年も前に示された評価は、2000年から3年ごとに実施されてきたOECD(経済協力開発機構)の国際比較学力調査PISAの結果を踏まえたOECDの日本の教育に対する評価コメントと共通するものであり、そして、同調査でトップになって注目されてきたフィンランドが1980年代半ば以降の改革によって重視し実現してきたものであります。しかし、日本の改革は皮肉にも、それとはまったく逆の方向に進んでいると言えます。

 以上引用終わり

◎(注)以上は東京高裁での係争中当時の陳述です。 現在は杉並区は民間人校長登用を廃止、学校希望制は制度廃止となっています。 つまり、和田中の改革と称される前提となっていたこの2つが消滅しました。 杉並区の公教育に何ら貢献することもなく失敗した(官僚答弁では一定の前進と言うようです)のです。 この事実をまだご存知ない方も多いかと思います。

 続く

藤田陳述書の重みその4

藤田陳述書の重みその4をアップします。

続き
 ここでは、競争のアンフェア、受験偏重、有害な競争促進を指摘し、また、公立学校の場で学習塾の受験特化に迎合する問題性を指摘しています。

―以下陳述書引用―
(3)高校入試競争のアンフェア化と新たな受験競争の激化の危険性
「夜スペ」の重大な問題点の一つは、高校入試競争をアンフェアなものにし、受験偏重教育への傾斜やそのための学校間・地域間の有害な競争を促進しかねない点にあります。大半の私立や国立大学附属の中学・高校は中高一貫校で、そのほとんどすべての生徒は併設高校に内部進学しますから、高校入試競争は事実上、公立中学の生徒間の競争であると言えます。そういう状況にあって、和田中「夜スペ」のようなプログラムは、実施校の生徒を有利にすることになりますから、フェアであるべき入試競争をアンフェアなものにし、もう一方で、入試に無関心ではおれない学校や保護者の間に不安を掻き立て、入試準備教育の歪んだ競い合いを促進することになる可能性があると言えます。
この種の見方に対しては、経済的理由で学習塾に通えない子どもを放置してよいのかという反論がしばしば展開されてきました。これは悩ましい問題です。学習塾に要する費用を公費助成するという方式もありうることですが、理論的にも実証的にも、公費助成を拡充しても入試競争での家庭の経済力や文化資本による格差を埋めることは不可能であると言えます。その不可能性を承知の上で、それでも「夜スペ」のような受験サポートを拡充していくなら、学校内外での受験準備に拍車がかかり、結果的に家計負担はますます増大し、しかも格差は縮まらないという蓋然性が高いと言えます。
(4)「吹きこぼれ」の背景要因と対応課題
第2の問題は、「夜スペ」を「吹きこぼれ」対策だと主張している点にあります。「落ちこぼれ」との対比で言われるようになった「吹きこぼれ」は、受験での成功を優先する学力・学習の捉え方が子どもたちの学習への構えを歪めるようになったことの表れと見ることができるからです。
一部の子どもたちにとって学校での授業のレベルや進度が低い・遅いといったことは、今に始まったことではありません。戦後60年、小・中・高校のどの段階でも、たいして勉強しているようには見えないのにいつも試験で高得点をとる子、難解な哲学書などを読み思索にふける子、教師以上に理路整然と意見を述べる子など、挙げればきりがないほど、いろんな<できる子・優秀な子>がいました。しかし、そうした子どもたちも混合クラスで学んでいましたし、居眠りしたり内職したりすることはあっても、授業を妨害したり、学習意欲喪失に陥ったりするということはほとんどなかったと言っていいと思います。
ところが最近は、授業のレベルや進度が低すぎる・遅すぎるから「吹きこぼれ」になるのだと言われるようになりました。これは、授業のレベルや進度が低すぎる・遅すぎるからというよりも、学校教育に期待するものや授業への構えが変化し、テスト学力や受験準備を重視する傾向が強まってきたからだと考えることができます。進学塾などで受験に特化した学習を学校の授業に先んじて行うようになればなるほど、学習をそのようなものに矮小化することになり、授業にもそのようにしか関わることができなくなるからです。「夜スペ」はそうした傾向に迎合し拍車をかける危険性を宿していると言えます。

 以上引用終わり

続く
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