私たちの身の回りにあるプロダクトはすべて「デザイン」されたものです。形状や質感、使い心地や他人から持たれる印象まで、その対象とする領域は幅広く、何がプロダクトの売り上げに影響するのかの判断は簡単ではありません。
そもそも「プロダクトデザイン」とは何なのか、そしてそれはどのように売り上げに関わっていくのか。世界で活躍するプロダクトデザイナーを講師として招き、2018年4月26日にDMM.make AKIBAで開催されたイベント「プロダクトデザインと売り上げの関係」のレポートをお伝えします。
講師:柳澤 郷司(Triple Bottom Line 代表)
1978年生まれ。英国UCA(University for the Creative Arts)卒。Therefore Design Consultancy London 勤務後イギリス人工業デザイナー、ロス・ラブグローブ氏のスタジオへR&Dスタッフとして在籍、氏の創作活動を支える。2013年自身のスタジオ、Triple Bottom Lineを設立。国産高演色OLEDを採用した「L・I・M」やハードウェアベンチャーのCerevoと「OTTO」や「Orbitrec」などの共同開発を行う。
「私自身も同業者やクライアントと仕事をしていく中で、デザイナーがつくるデザインの良し悪しについて、意思決定権を持つノン・スペシャリストには判断できない、という普遍的な問題に直面してきました。デザイナーが入っていればプロダクトは良くなるという言葉はマジックワードに過ぎないのか、それとも本当の解決策として機能しているのか。実例と共に掘り下げていきたいと思います」(柳澤氏)
柳澤氏がイギリス人工業デザイナーであるロス・ラブグローブ氏のスタジオ在籍時に携わったTY NANT(ティナント)のペットボトル。MoMAにも永久収蔵されている。(引用元:TY NANT公式サイト)
柳澤氏がイギリスのスタジオでデザイナーとして手掛けたのが、ミネラルウォーター「TY NANT(ティナント)」のペットボトルです。
通常レストランで提供されるミネラルウォーターは企業ロゴなどのラベルをはがされた状態か、もしくは(レストランの)自前のボトルに入れられて提供されますが、TY NANTのボトルはそのような場においても、そのまま提供してもおかしくないような意匠性を持たせるという主眼をもって開発されました。
新鮮さとは何かという問いを紐解くことから始め、水が一番新鮮なのは取水口から出てきたところであるというコア・アイデアが固まりました。
さらに、ミネラルウォーターは冷やされた状態で販売されているため、常温の場所に置けば結露して水滴がつきます。流れる水のような形状をしたボトルが水をまとえば、それは全体として濡れた水そのものとなり、手に取った人に対して新鮮さをダイレクトに伝えることができます。そして、こんな新鮮さを持つのはTY NANTのミネラルウォーターに違いない、というイメージを訴えかけるボトルが完成しました。
結果として、TY NANTのミネラルウォーターの売り上げは前年比で200%になりました。プロダクトデザインによって売り上げが変化した例と言えますが、もし仮に、普通の形のペットボトルにひたすら成分表示やその他のセールスポイントを書き連ねたものだとしたら、ここまでの変化は起こりえたでしょうか。
意匠のデザインは消費者にも読み解くリテラシーを要求するため、投資効果が見えにくいと捉えられています。ですが、よく練られたプロダクトのデザインは、それを利用する人たちの他人からの評価を向上させます。プロダクトデザインに注力すれば、その機微に気付いて社会的なコンテキストの向上を求める人たちが手に取るようになり、結果として商品が訴求できるユーザー層を向上させることができるのです」
アリス・ローソン氏によるマーケットの概念図では、ユーザーの欲求(Desire/Demand)が資本(Capital)と結びつき、それを技術(Technology)が補完し、これら3つの要素が私たちの日常の住環境に提供されています。
これら全てが繋がった、日常生活の予見ともいえる総体を、便宜上マーケットと呼んでいます。プロダクトデザインはこの範疇に収まる仕事ですが、柳澤氏は「ポエティックでエモーショナルな活動は推奨されますが、一般的に我々の通常業務には差し込まれる余地がありません」と強調します。
「私の通っていたイギリスの美術大学でも、作品を作るときにはビジネス・ストラテジックであることが求められました。ものを提案するとき、『この形は美しい』というようなデザイナー個人の感性に基づく価値基準は評価されません。プロダクトの販売価格や目標個数、流通コストなども想定した上で原材料費を割り出し、その中で可能なブランディングよって訴求できるユーザー層を明らかにし、その結果この形に落ち着いたという説明が求められる。最終的に目の前にでてきたものだけでなく、その裏側にある考え方やマネジメントの在り方を含んだこうした提案は、『デザイン』ではなく『アプリケーション』と呼んでいました。
多様な意味が内包されてしまう『デザイン』ではなく、現実の具体的な課題に対する『アプリケーション』としてプロジェクトを捉えると、『この前提条件下では、この解決方法が最適なはずだから、これを採用することによって、想定される諸問題は解決できる。だからこの意匠なんです』というような提案に落とし込まれていく。とても工学的なアプローチであり単にスケッチや形状だけを決めるのではない、全体を見通した戦略コンサル的な関わり方をするデザインハウスが国外では主流になっています」
柳澤氏によれば、プロダクトデザイナーは「デザインコンシャスなプロダクトを作りたい」といった、抽象的な依頼を受けることも少なくありません。こうした抽象的な要望に対し、現実的なコストと共に意匠を提示する役割をプロダクトデザイナーは担っています。
「たとえば、上の図はすべてR10での丸め加工を表したものですが、上から下に向かって滑らかさが増していますね。G2は一般的な家電メーカーが採用するカーブ、G3はアップルなどのいわゆる一般的に『デザイン性に優れている』と認知されているメーカーが採用することが多い自由曲面(連続曲面)。
G5はそれよりもさらに滑らかで、主に車メーカーで採用されている曲面です。シンプルな曲線に基づいた加工は行いやすいのに対し、滑らかさが増した曲線は厚みの調整や型の製造でエラーが起こる可能性を多く孕んでいます。線分や面の連続性が増すにつれて、製造フェーズでの再現可能性が低くなっていくと言ってもよいでしょう。また、G2とG3、G3とG5を比べると、単純比較して3倍ずつ作業内容は増えていきます。
ところで、G2とG3は10%、G3とG5は5%形状が異なるのですが、『10%の違いには9割の人が気付く』という法則が存在します。ここから、プロダクトデザイナーはかかるコストや時間と訴求できるユーザー層を天秤にかけることで、議論の土台を作ることができるようになります。たとえば、現状のプランではスケジュールの問題でG2カーブしか作れないが、G3/G5カーブに変えれば今までとは違うクラスタにアプローチできるかもしれない、といったような提案を行います。
もちろん、このときも、リーズナブルな家具として販売するのか、高級感のある特別なモノとして展開するのか、といった最終的な『アプリケーション』に基づいて形状を探索しています。仕事を依頼するコストや売り上げへの影響について、一概に言い切ることはできませんが、それらも含めて総合的にどう展開したいのか、ということを一緒に考えるのがプロダクトデザイナーの役割です」
イベントの最後には、会場からの質問に答える時間が設けられました。
Q.新規事業の時、プロジェクトのどの段階からプロダクトデザイナーを呼ぶべきか?
「よく大体の製品仕様が決まってから形状を作って欲しい、といったかたちで依頼を受けるのですが、可能であればキックオフの段階からプロダクトデザイナーを呼んでほしいです。どういう層に向けてデプロイしたいか。その結果得られるインカムは何なのか。それを利用した人がどう見られて欲しいのか?などは仕様決定後には動かせないからです」
Q.上司や経営者層などからデザインへの投資を引き出すためにはどうすればよいか?
「プロダクトデザインは、製品に触る前の人にアプローチする唯一の要素だと捉えています。初めて見た時の第一印象はなかなか拭い去れません。投資効果が見えづらいものではありますが、メインターゲットをどう広げていくのか、客単価がどう変わるかの可能性として、社内の説得材料にも利用できるはずです」
Q.プロダクトデザインの認識を深めるために効率の良い方法はあるか?
「デザイナーは専門職ですが、そうでない人にも訓練は可能です。たとえば、自分の好きなものと嫌いなものを10個ずつ集めて、それがなぜ好き/嫌いなのかをただの主観で終えずに言語化してみてください。要素を分解していく訓練になります。また、たとえば『カッコいい』と感じるものをひたすら集めてまとめてみると、色味やハイライトの入り方など、その人にとってのカッコよさが何なのか具体的にわかってきます」
(取材・文:淺野義弘)
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