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QOD 生と死を問う 第2部

連載

[QOD 生と死を問う]救急と看取り(4)住み慣れた地域内へ搬送

希望や病状、把握しやすく

東京都葛飾区では、病院救急車を活用した高齢者搬送システムを実施。「地元の病院に必ず運んでもらえて安心」との声も寄せられている

 超高齢社会を迎え、これまでの救急のあり方を見直そうという動きが始まっている。命を助けるだけでなく、最期まで住み慣れた地域で暮らし続けられるよう、高齢者を支える救急の取り組みを取材した。

 東京都葛飾区の平成立石病院のコールセンターに、区内の診療所の医師から電話が入った。「脳梗塞で寝たきりの71歳男性が肺炎になった。入院させたいので、救急車をお願いします」

 同病院の救急車が男性宅に急行し、救急救命士らが男性の口に酸素マスクをあてながら連携する病院に運んだ。男性は1か月ほどの入院で回復し、自宅に戻ることができた。

 同区では、地元医師会が、患者の転院などに使う病院の救急車を活用した高齢者の搬送システムを2014年6月から始めている。

 従来の119番通報では東京消防庁の救急車が出動するが、受け入れ先が見つからず、遠くの病院に搬送されることが珍しくない。患者の意思が不明なため、できる限りの救命治療を行うほかない場合もあった。

 同システムでは、連携する区内の20医療機関のどこに運ぶかを患者ごとに決めておき、必ず地域内で受け入れる。かかりつけ医が出動要請するため、搬送先の病院が、患者の希望や病状を把握しやすくなった。

 地域内への搬送にこだわる背景として、「離れた病院に運ばれて人工呼吸器などが着くと、自宅や施設に戻れなくなる。長期療養のため、さらに遠くに転院するなどして、住み慣れた地域からどんどん離れてしまうという現状がある」と、同病院の猪口正孝理事長はいう。

 都医師会が昨年、介護施設から救急搬送された高齢者の動きを分析すると、他地域の病院に運ばれた人の43%が、元の地域には戻れなかった。地域内に運ばれた場合は、85%が同じ地域にとどまっていたのとは対照的だった。

 同じシステムを先行して始めた八王子市では、取り組みをさらに一歩進め、家族らの連絡先や延命治療を希望するかどうかなどをあらかじめ記入するシートを高齢者がいる世帯に配布している。

 緊急時に本人の希望が確認できず、治療方針を決めるのに時間がかかったり、望まない延命治療が行われたりするのを避けるのが狙い。同市にある陵北病院の田中裕之院長は「今の制度ではシートの情報のみで救命しないということはできないが、記入する際に家族で話し合うことで、あらかじめ意思確認することができる」と語る。

 都市部ほど医療体制が充実していない地方では、「住み慣れた場所で暮らし続けたい」という高齢者の望みをかなえるのが、より困難な場合もある。そんな中、自治体の救急車を 看取みと りに活用する試みが、三重県志摩市と鳥羽市で始まっている。

 65歳以上が35%を超える同地域では、診療所の医師も高齢化。訪問看護ステーションも数が少なく、ほとんど利用できない。県立志摩病院の患者が「最期は自宅で」と望んでも、かかりつけ医が「急変時に駆けつけられない」と退院に難色を示すこともあった。

 同病院と地元の志摩医師会が協力し、登録した終末期の高齢者の家族から119番通報があれば、救急車で必ず同病院に運ぶ取り組みを3年前に開始。病院は、看取りのためのベッドを用意して、痛みを和らげる処置などをし、最期を迎えられるようにする。

 32人が登録し、既に27人が亡くなった。そのうち、病院に運ばれたのは3人だけで、残りは自宅や施設で看取られた。同病院医療ソーシャルワーカーの前田小百合さんは「いつでも運んでもらえるという安心感で、慌てて救急車を呼ばずに済んだのでは」とみている。

救急医療に三つの問題

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 今後の救急と看取りのあり方について、昭和大病院前院長で、救急医療に詳しい有賀徹・労働者健康安全機構理事長=写真=に話を聞いた。

 「高齢化で、救急医療は三つの問題に直面している。まず、搬送件数が急増していること。次に、高齢者は治療後に療養を続ける場所が見つかりにくいこと。最後に、老衰で心肺停止した場合も、穏やかに看取る場がないために、救急搬送されてしまうことだ。『とにかく命を助ける』という、これまでのやり方では対応できない。救急医療と介護、福祉の関係者が連携し、高齢者の暮らしを支えるネットワークを作る必要がある。救急医にも、患者を取り巻く環境や、これまでの経緯と今後の成り行きまで見渡す視点が求められる」

 ◎QOD=Quality of Death(Dying) 「死の質」の意味。

 (飯田祐子)

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