巨大なトンビマイタケ(食用)と筆者
前回は「体に悪影響はほとんど出ないが、肛門から油が垂れ流しになる魚」の話をしましたが、今回は本格的な毒物の話をしましょう。
「採ってきた〇〇を食べたら中毒した」という話を聞いて、みなさんが想像するのは何でしょうか。おそらく、過半数の方が「キノコ」と答えるのではないかと思います。
野生キノコといえば中毒、毒といえばキノコ、そう連想する人はぼくの周りでも非常に多いです。
実際のところ、わが国でも毎年数百件という数のキノコ中毒事故が発生しています。食糧難の時代ならいざ知らず、飽食の現代になぜキノコ狩りという「しなくてもいい危険なこと」をして事故にあってしまうのか、不思議に思われる方もいるでしょう。
ぼくも不思議です。まったくバカだよねぇ、やんなきゃいいのにねぇww
と、のっけから巨大なブーメランが額に突き刺さっているわけですが、茸本もやんなきゃいいのにキノコ狩りを最大の趣味として生きてきた結果、キノコで痛い目にあったことが何度かあります。
毒キノコを食べてマーライオンになった
いまから10年以上前、東京郊外の山に「ヤマドリタケモドキ」というキノコを探しに行った時のこと。
これはいわゆる「ポルチーニ」にごく近縁のキノコで、香りと味が良いうえ乾燥保存ができるので、キノコ狩りのメインターゲットとされるもののひとつです。
こちらがヤマドリタケモドキ。こちらも美味。
しかし、ぼくが山で採取したのは、ヤマドリタケモドキではなくこちらも近縁の「ニガイグチ」というグループのキノコでした。(ポルチーニやニガイグチはいずれも「イグチ目」に属するキノコで、特徴が似通っています)
図鑑によると「多くは無毒であるものの、強烈な苦みがあり食べられない」とされているこのグループのキノコですが、バターソテーを口にした瞬間、ぼくはその強烈な苦みに驚いて即座に吐き出し、すぐに口をゆすぎました。
毒キノコの毒はごく一部を除いて、口にしただけでは中毒しないため、すぐに吐き出せば安全とされています。
しかしその後30分ぐらいして、何の前触れもなく突然口から胃の内容物を噴射しました。その瞬間まで吐き気すら感じなかったため、嘔吐の瞬間は完全に正面を向いており、マーライオンを完コピする形になりました。
(そういえば、仮にシンガポール滞在時に毒キノコを食べて、道端にゲロを吐いたらやっぱり犯罪になっちゃうんでしょうかね)
あまりの苦みに人体が拒否反応を起こしたのかとも思いましたが、そもそも齧っただけで飲み込んでもいないのに、喫食後しばらく経ってから胃の中身を全部放出するというのは、間違いなく毒によるものです。しかもかなり強烈なやつ。
つい先日、イグチ目のキノコに、非常に強い毒を持っている「ミカワクロアミアシイグチ」という新種が見つかりましたが、ぼくが食べたものも、もしかすると図鑑に未記載の新種の毒キノコだったのかもしれません。
キノコ中毒で一番多いのがこのような「食用キノコと間違えて毒キノコを食べてしまう」というもので、おもに食欲に目がくらんだ初級者から中級者に多い事故です。
ニガイグチとヤマドリタケモドキは、キノコの素人なら見分けにくい程度には互いに似ていますが、ある程度キノコに精通した人なら間違えるわけがないほど異なっています。
どんなに美味しそうに見えても「採取前にしっかりと特徴を確認し、ちょっとでも怪しいと思ったら廃棄する」ということができないと、キノコ狩りに限らず野食はしない方がよいといえます。
もし中毒してしまうとHPが減るのはもちろんのこと、有休をとり復帰した時に、上司からおよそ名状しがたい視線を浴びせかけられてMPをも減らす羽目になります。
食用キノコがある日猛毒キノコに
さて、このような油断による中毒以外にもキノコで健康被害を受けてしまうことはあります。次に多いのが
「おれは 図鑑に従って安全なキノコを食べていたと思ったら いつの間にか毒キノコを食べていた」
というパターン。頭がどうにかなりそうですね。
こちらについては中毒者にその責を問うのは難しいです。
最も恐ろしい例として知られているのは「スギヒラタケ」というキノコです。
このキノコは小さいですが発生量が多く、キノコがあまり出ないスギの林で採取することができる上に味もたいへん良いため、古くから利用されてきた大変人気の高い野生キノコでした。
しかし2004年、突如広い範囲で同時多発的に中毒事故が報告されました。しかもそれは「急性脳症を発症し死に至る」という激烈なもの。関連性が認められているものでも59人が発症しうち17人が死亡しています。洒落にならない猛毒キノコです。
それまで長い間親しまれていたキノコが突如猛毒キノコになるというのは衝撃でしたが、実のところ「それまでも中毒事故は起こっていたが、スギヒラタケとの関連性に誰も気づいていなかった」というのが真相のようです。
新種のキノコが見つかった際、含有成分の調査を行うこともありますが、キノコの毒成分については未知のものがとても多く、実際に中毒が起こる前に「中毒を起こす成分」を狙い撃ちして検出させるのはまず無理です。だから現在食用にされている野生キノコにも、実は人体に有害な毒成分が含まれていた……ということは起こり得る。
はっきり言ってしまえば「キノコによる中毒者を0にするのは不可能」というのが真実なのですね。
「ナラタケ」のパターンもこれに類似しているといえるでしょうか。
ナラタケは全国的に人気のある食用キノコですが、かつてはナラタケとそれに近縁の「ナラタケモドキ」の2種だけが知られていました。
しかし、ナラタケを常食する地方では、「食べると中毒することがある」ナラタケの存在があることが知られており、外見上のわずかな差異をもとにしっかりと区別され、採取されてきました。
そして近年になると調査が進み、「ナラタケ」は実は9つ以上の種に分けられるということが確認されたのです。その中には美味とされた「ワタゲナラタケ」のほか、調理法によっては中毒する「キツブナラタケ」、過食すると中毒することがある「ナラタケ(狭義)」「オニナラタケ」などが含まれています。
最新の知識を持っていないと、「美味なはずのキノコで中毒した」ということになりかねないのです。こんなん初見殺し系の無理ゲーやんけ……
キノコは加熱するのが基本
これ以外にも「そもそも毒成分があると分かっているが、調理で除去したり、食べ過ぎに注意しながら利用している」といったものがあります。
有名なのが「コウタケ」で、これに含まれるコウスチンなどのいくつかの成分はそのまま摂取すると粘膜に作用し、口内炎や肛門のかゆみ、排便時の出血などを引き起こしますが、しっかり加熱することで問題なくなります。
人によっては触っているだけでもかぶれるほどの毒成分で、火の通りが甘い状態で食べてしまうと上記の症状が出るのですが、厄介なことにこのキノコ、めちゃくちゃ美味しいんですよねぇ……しかも、炭火焼きが美味い。コリコリとして強烈な旨味と甘みがあり、香りもめちゃくちゃ良いので、ついやっちゃうんです。
しかし炭火焼きはやはり完全に火を通すのが難しく、食べると翌日確実にお尻がもじもじします。会社の健康診断前日に食べた結果「腸内出血の所見あり、直ちに再検査の必要あり」という診断を下されたのも懐かしい思い出です。(結局、異常なしでした)
「火の通りが甘い、もしくは生食によって中毒する」パターンのキノコは、実は栽培種にもあります。有名なのはシイタケで、生食すると「しいたけ皮膚炎」を発症することがあります。全身のかゆみとみみず腫れが特徴で、アレルギーの一種だとされています。
シイタケや、シイタケ菌を利用して生産された栽培キノコを食する際は、仮に販売元が推奨していたとしても、生食はしない方がいいでしょう。
マイタケも、微量の青酸化合物を含んでいるとされています。こちらも生食はあまりお勧めできません。
というより、キノコは全般的に生食はすべきではありません。自然界において「分解者」である菌類は、ビタミン破壊酵素などを含有していることがあり、生のまま摂取すること自体がリスクと言えます。
というわけで散々脅してきましたが、これらのリスクがあるにもかかわらず、キノコ狩りがアウトドアのメインストリームであり続けているというのもまた事実です。
これはやはり「キノコは美味しいから」という理由によるものでしょう。キノコには他の食材にはない旨味と食欲を増進させる香りがあり、豊富な食物繊維があってカロリーも低く、非常に有益で、健康に良い食材です。仮に毒成分を含んでいたとしても、微量であれば代謝されるため、健康被害を心配する必要はありません。
またキノコ狩り自体、野山を歩きながら宝探しを行うようなもので、楽しくできる運動という側面があります。
大事なのは、その毒を必要以上に恐れるのではなく、しっかり理解したうえで対応するということでしょう。例えば一度に大量に摂取しない(消化が悪いので)、同定(種類を特定すること)に自信のないキノコはどんなに美味しそうに見えても食べない、これまで食べたことのないキノコにトライするときは「代謝機能が健康であること」を確認する、酒とは合わせない(酒と合わせると中毒するきのこがあるので)etc…
正しく付き合いながら、ときに新しいキノコと邂逅し、その美味に感動するというのもまた楽しいものです。適切な注意を払いつつ楽しんでいきたいものですね。