オークション前に作家様代理人と出版社様サイドから打診はありました。15枚の原稿紛失が1974年にあったこと、その時に紛失届けを出したことをもって、それが今回の原稿であると主張され、それはながやす先生が原稿を厳しく管理しているからとのお話でした。まんだらけとしては「愛と誠」の原稿を完全に管理をされているならば、紛失原稿がその15枚だけなのかを確認して連絡をいただけますか?と代理人様に4月29日に返事をしましたが、その後回答はない状態です。
「週刊少年マガジン編集部から読者のみなさまへ」
「読者のみなさまにお願いがあります。ながやす巧先生は、連載当時から現在に至るまで、『愛と誠』の原画を外部の人に譲渡したり、売却したことは一切ありません。もし、さまざまなオークションや漫画専門店などの店頭で『愛と誠』の原画を目にされることがあったならば、それは紛失もしくは盗まれ たものです。どうかそれらの原画を購入されることがないようお願い申し上げる次第です」
「編集部として当時の原画管理に関する意識の甘さを猛省しています」とありますように仰っていることが事実なら明らかに非は出版社様にありますので、本当に反省されておられるのなら、そしてその原稿が今回の出品物であったならその責務を果たすためにオークションで落札して作者様にお返しすべきではなかったのでしょうか。その時間的余裕は充分あったはずですし、お申し出があれば弊社は協力していました。
それを何の非もない弊社や購入者を責めるような文章は、幼い責任転嫁以外の何物でもないものでしょう。
原稿が描かれた当時の状況は確かに今日の日本文化の礎を築くようなエネルギーに満ちておりましたが、その中で作家対編集という図式だけではなく、作家対出版社という構図の中では、作家の命である原稿は一部ないがしろに扱われていたのも事実です。 それは過去の出版社の方々の過ちではありますが、それでも同じ組織にある方たちですから「昔の人のやったことは関係ない」とは言えないのではないでしょうか。
しかしそうした議論も紛失した原稿自体が今回のものと一致しないままでは空理空論に過ぎないのかもしれません。
- 2018年5月12日(土) 23:30 -