毒親が原因で鬱を発症し15年近く精神科へ通っている女性が、なんちゃってセラピストに傷をえぐられた――。前回のコラム「自称セラピストに転身した親友から『毒親を愛せ、許せ』と詰め寄られた女性の苦悩」でご紹介した体験談は、〈素人が安易にセラピーもどきを行う危険性〉や、つらい成育歴を持つ人にとって〈子どもは親を選んで生まれてくる〉なる思想がいかに暴力であるかを、切実に感じさせるものでした。
今回はその問題点をさらに掘り下げるべく、医師2名にご登場いただき、〈子どもが親を選んで生まれる〉という思想をふりまく〈胎内記憶〉の闇に迫っていきましょう。
改めて、「胎内記憶」を説明しよう。それは〈胎児の頃の記憶および、母親のお腹に宿る以前の記憶〉だといわれています。「生まれる前の記憶を持ってこの世に誕生する子どもがいる」とするこの考えは、〈親学推進協会〉の特別委員を務める産婦人科医・池川明氏が提唱しているもの。そして同氏の独自調査をした結論として、次のようなぶっとんだお説が登場するのです。
精子、卵子にも記憶がある!?
同氏の著書である『胎内記憶でわかった子どももママも幸せになる子育て』(誠文堂新光社)をはじめ、さまざまなメディアでこんなことが語られています。
「100パーセントの子どもが言うのです。『お母さんを幸せにするために生まれてきたんだ』 多くの子どもたちがそう言うのですから、信じざるを得ません」
これがどのような調査によるものかは『胎内記憶 命の起源にトラウマが潜んでいる』(角川SSC新書)で紹介されています。同書では、子どもたちの語る内容が多岐にわたるため、胎内記憶を便宜上次のように分類。
1・胎内記憶(胎芽から誕生直線までの記憶)
2・誕生記憶(陣痛が始まってから誕生直前までの記憶)
3・新生児乳児記憶
4・受精(受胎)記憶(受精〈受胎時〉の記憶)
5・精子記憶(精子としての記憶)
6・卵子記憶(卵子としての記憶)
7・中間生記憶(前世の終了時から受精までの記憶)
特に5と6の、トンデモレベルが凄まじいのは過去記事(でも触れたとおり。とある男性は「たくさんの仲間と競争して、大きな玉(卵子)に一番でたどり着いた」と語り、ある女性は「卵子だったとき、精子がたくさん押し寄せてきたのが怖かった」なる記憶を思い出したと、真剣に紹介されているのですから。
確かに近年の研究により、胎内で胎児の触覚・聴覚・嗅覚などの五感が機能しはじめることは分かってきています。しかしそこから「胎内記憶はありまぁす」というお説へ展開するのは、バンジージャンプ級の飛躍としか思えません。生物・科学の知識はおろか、教養すらカスッカスな自分でも、「ないわー!」とコーヒー吹いたレベルです。
胎内記憶はニセ科学なのか
ところがどういうわけか、巷の各種メディアでは「生命の神秘!」「親子の絆!」といったノリで、子育てに奮闘中の親たちを癒す感動ストーリーとして好意的に取り上げられるので、「ほっこりできりゃなんでもいいのかよ!」驚くばかり。私は、胎内記憶周辺の「子どもに選ばれた私たち」という優越感に気持ち悪さを感じるのですが、巷のみなさまは、そんなことないのかしら~。
今年の春に「あたしおかあさんだから」で大炎上した、激安感動ストーリーがお得意な絵本作家のぶみ氏もこの物件がお気に入りなようで、絵本『このママにきーめた!』(サンマーク出版)や、初の大人向けエッセイ(?)『かみさま試験の法則 つらい時ほどかみさまはちゃんと見てる』(青春出版社)でも、胎内記憶を大活用。
ハートウォーミングな物語が好物という印象のある「誕生学」創始者・大葉ナナコ氏も、生活総合情報サイト「All About(オールアバウト)」で胎内記憶について語っています。「子どもが胎内記憶を話すか話さないかはさておき、おなかの中にいたときのことを一緒に語り合うことで、親子関係を深めるきっかけにもなるのでは」と(「いのちの神秘「親を選んで生まれてきた」という子どもたち」より)。
『こどもはママのちっちゃな神さま』(ワニブックス)の著者である親子セラピスト・長南華香(ちょうなん・はなこ)氏は、自分自身と子どもが胎内記憶を持つことを公言。そこから、さまざまなスピ系育児講座やセラピスト養成講座(もちろん有料&高額)を展開している有様。
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