予算配分を取り仕切り「最強官庁」と称される財務省が“満身創痍(そうい)”だ。今国会では学校法人「森友学園」への国有地売却をめぐる決裁文書の改竄(かいざん)問題やセクハラ問題で集中砲火を浴び、事務次官、国税庁長官の「2トップ」不在という異常な事態が続いている。後任の次官人事も本命候補の就任は見送らざるを得ない情勢で、OB人事も含め10年先を見据えて固める「モザイク人事」は限界を迎えている。(山口暢彦)

 「生半可な取り組みでは信頼は取り戻せない」。財務省の幹部が漏らす声は悲痛だ。一連の不祥事が省内に与えた衝撃は大きく、ある有力OBも「政策でならまだしも、『綱紀』の緩みで批判されるとは情けない」と憤りを隠さない。

 森友問題で財務省は、大阪地検の捜査結果を踏まえ、改竄当時に理財局長だった佐川宣寿(のぶひさ)前国税庁長官(昭和57年旧大蔵省入省)ら複数の同局幹部を処分する方針だ。

 平成10年に発覚し、職員から逮捕者や自殺者を出した「旧大蔵省接待汚職事件」以来の大きな不祥事に、与党からも「財務省から国税庁を分離すべきだ」という“解体論”すら上がり始めた。経済成長を優先する安倍晋三政権で経済産業省に比べて「存在感が薄い」(経済官庁関係者)とされる財務省の地位は、さらに揺らぐ可能性もある。

 麻生太郎財務相は18日の記者会見で次官人事に関し「(6月20日が会期末の)国会会期中にやりたい」と話した。佐川氏らの処分を経て発令するが、極めて異例のものになりそうだ。

 セクハラ問題で辞任した福田淳一前次官(昭和57年入省)の後任として本命視されてきたのは岡本薫明(しげあき)主計局長(58年入省)。予算編成を担う主計畑を歩み、「10年に1度の大物次官」といわれた勝栄二郎氏(50年入省)の“秘蔵っ子”とされる。だが、佐川氏が国会で事実と異なる答弁を繰り返した際の官房長で国会対応の責任者であり、次官に就任させれば政権に批判が集まるのは確実。今回、財務省は岡本氏の就任を「1回見送り」としたい考えで官邸も容認している。

 同期入省の星野次彦主税局長の昇格案もあるが、国税庁長官が有力視される。太田充理財局長も同期だが、大臣官房ナンバー2の総括審議官だったことから難しいとみられる。

 そこで浮上しているのが2人の意外な名前だ。1人は国際部門を統括する浅川雅嗣財務官(56年入省)。日米経済対話や通貨外交で腕を振るい、任期は異例の3年目。麻生氏が首相時代の秘書官で「麻生氏の考えを知りたければ、浅川さんに聞けばよい」(財務省関係者)といわれる懐刀だ。

 ただ、財務官は「次官級の上がりポスト」とされ、次官になった前例はない。米中の通商摩擦など世界経済が火種を抱える中、「浅川氏の代わりに財務官を務められる人はいるのか」(OB)との声もある。

 もう1人も、任期3年目の森信親金融庁長官(55年入省)だ。地方金融などに改革を迫る姿勢は安倍首相や菅義偉官房長官の評価も高い。だが、森氏の次官就任は、接待汚職を機に進めてきた「財政と金融の分離」に反するとの指摘がある。

 2人が次官に就任すれば福田氏から入省年次が逆行するため、財務省ばかりか霞が関の省庁人事の常識を大きく崩すことになる。だが、財務省にとっては、岡本氏の次官就任など人事の「既定路線」をそのまま温存できる利点がある。

 財務省は人事で政治の介入による恣意(しい)性を排することに腐心し、霞が関でも特異な対永田町の牙城を築き上げてきた。

 政治の介入を極端に嫌うようになったのは、田中角栄首相(当時)の介入がきっかけだ。昭和48〜49年に旧大蔵省の主計局長を務め、福田赳夫蔵相(同)の後ろ盾もあった橋口収氏(18年旧大蔵省入省)が放漫財政に異論を唱えて田中氏の怒りを買い、事務次官に就任できなかった。

 橋口氏は新設の国土庁の次官へと異動になり、大蔵次官には田中氏が推す主税局長の高木文雄氏(18年入省)が就任。一連の過程は、「角福代理戦争」とも称された。主計局長が次官になれなかったケースは、旧大蔵省、財務省の歴史で極めてまれだ。

 財務省の将来の次官候補は、大学時代や国家公務員採用試験の成績も加味し、入省時から絞り込まれていく。全省庁の予算編成権を握る主計局の主査から主計官、主計局次長、主計局長を歴任するのが王道コースだ。この間、国会との連絡や省内各局間の調整を担う文書課長、人事に関する業務を扱う秘書課長などのポストに就任し、組織運営のあり方についても経験を積んでいく。

 数年に1度、「本命中の本命」とされる大物次官を輩出するのも特徴だ。最近では、平成22年から2年間務めて消費税増税法案を成立に導いた勝氏や、病気で同期より1年遅れつつも26年に次官に就任した香川俊介氏(昭和54年入省)がいる。10年先まで緻密に人材配置を組み上げる「モザイク人事」は、OBの処遇でも徹底されている。

 ただ、今回の不祥事は人事が硬直化し、危機に際して柔軟に人材を登用できない実態を浮き彫りにした。財政再建など難題も山積する中、最強官庁は人事の改革を迫られている。