累計47万部のベストセラーとなった『応仁の乱』の著者で、歴史学者の呉座勇一氏が著した『陰謀の日本中世史』(角川新書)が、11万部のヒットとなっている。
「関ケ原は家康の陰謀だった」「本能寺の変には黒幕がいた」といった、日本史の世界にあふれる「陰謀論」「俗説」を次々と論破していく快作だが、呉座氏が陰謀論に真っ向から立ち向かうのはなぜか。その理由を聞いた。
いま、世の中には「陰謀論」があふれています。私は歴史学者として、この状況に強い危機感を持っています。
例えば、先日、財務省次官のセクハラ問題が起こった時には、「これはマスコミが安倍政権打倒のために仕組んだものだ」という意見がネットに氾濫しました。また、TOKIOの山口達也さんの事件起こった時には、「一種のハニートラップだったのではないか」という信じがたい意見が見られました。
なにか大きな事件が起こると、すぐに陰謀論、ファクトに基づかない「憶測」が氾濫する、という流れが定着しています。昔は無視できる程度の影響力にすぎませんでしたが、現在はリツイートやシェアによって急速に拡散し、「陰謀論」がなんだか説得力のあるものとして受け入れられてしまう。これは大問題です。
そもそも、なぜ人は「陰謀論」になびきやすいのでしょうか。それは、人が「一般には知られていない見方や、メディアでは語られていない裏情報」を知ることに優越感を覚えてしまうからです。
「ごく一部の人しか知らない情報」に接すると、「世界の真実」を知った優越感から、人にそれを話してしまう。それを受けた人がまた人に話して……が繰り返されて、陰謀論が広がってしまう。
「陰謀論」が次々に生まれる要因としてよく指摘されるのは、近年のメディア不信です。けれども私は、研究者や学者が、陰謀論に対して「おかしい」と声をあげてこなかったことにも原因があると思っています。
陰謀論のやっかいなところは、否定されることがマイナスにならないことです。いくら専門家が論破しても、「彼らは真実を隠蔽している」「資料が改ざん・破棄された」と言い逃れすることができます。
否定されればされるほど「我々は真実を探究するがゆえに、真実を隠蔽したい既存の勢力から迫害されるのだ」と逆転の発想ができるのです。これは殉教者の感覚であり、そういう意味で新興宗教と通じるところがあります。
こんなことを言われると、真面目に研究している人たちはバカバカしくなって、彼らの相手をしなくなります。
気持ちは分かりますが、そうやって放置した結果、陰謀論が蔓延してしまったのです。このままでは社会秩序の混乱を生じかねません。