夏の海開きシーズンになると「サメが海水浴場に出没した」というニュースがたびたび報じられます。サメと聞くと、人は反射的に、「わ、危険生物!」とモンスターが現れたかのように恐れおののきますが、ちょっと待って。その「サメ=人を襲うモンスター」というのは実は大きな間違いなのです。
世界でたったひとりの「シャークジャーナリスト」の沼口麻子氏は、地球上を旅していろんなサメと出会った直接体験をもとに『ほほ命がけサメ図鑑』を著しました。沼口氏は断言します!「「人食いザメは存在しません」。サメへの誤解や偏見を解き、サメの「冤罪」を晴らします。
サメは警戒心の強い生きものです。
日常で自然界に生きるサメに近づくことは難しく、万が一遭遇しても、こちらが何もしなければ、まず襲われることはありません。
スピルバーグ監督の大ヒット映画『ジョーズ』では、ホホジロザメが観光客でごった返す海水浴場にわざわざ乗り込み人を襲ったり、サメ退治に来た人間と激闘したり…といったシーンが描かれています。
でも、そんなふうに人間に狙いを定めてサメが襲いかかるなんてことはまずありえません。それどころか、サメのほとんどは人間を見ると一目散に逃げてしまいます。
わたしは、サメの撮影のためによく海に潜りますが、たいていの場合はまともに写真に収めることすらできません。
ただ、フィジーでたった一度だけ、「シャークフィーディング(サメへの餌付け行為)」の最中にレモンザメに
でも彼らを興奮させておいて、そこにあえて近づいたのだから、非があるとすれば紛れもなくわたしのほうです。
世間でよく言われる「人食いザメ」とは、わたしたち人間がサメに対して抱いている勝手なイメージです。彼らが好んで人を食べるなんてことはありえません。
データもそれを物語っています。
アメリカ人の死因を調べた統計調査によれば、1959年から2010年までの約50年間で、サメに襲われて死亡した人は26人。年間平均で0・5人ほどです。
ちなみに、同じ期間に落雷が原因で亡くなった人は1970人、年間平均で37・9人。サメに襲われて死ぬ確率は、実は雷に撃たれて亡くなるよりもはるかに低いのです。
それでもサメが人に噛みつくことがあるのは事実で、サーフィン中に起こる事故がほとんどだと言われています。
なぜなら、人がサーフボードにまたがって座る、あるいはパドリングをする姿を海中から見上げると、サメの好物であるアザラシやウミガメそっくりに見えるからです。
アザラシやウミガメを好んで食べるイタチザメに、サーファーがアタックされたというニュースが、サーフィンのメッカ、ハワイでときおり報じられます。
以前、わたしもダイビング中にイタチザメに出会ったことがありました。その時は「なんだろう、これは?」といったような表情で近づいてきて、ぎょろりとわたしを観察し、その後スッといなくなりました。もしかしたら、イタチザメは好奇心旺盛な性格なのかもしれません。
また、潜水漁で、漁獲物もろとも潜水夫が噛みつかれることもあるようです。
1992年、瀬戸内海でタイラギという貝を獲る漁をしていた潜水夫が、行方不明になる事件が起きました。
消息が途絶えたところからは、腰の部分がズタズタになった潜水服やヘルメット、母船との通信に使うケーブルの断片などが発見され、それらに残った傷跡から、ホホジロザメに噛み付かれた可能性が高いという結論に達しました。
結局、潜水夫も犯人のサメも発見されず、腰につけた網に貝を入れていたため、そのにおいがサメを引き寄せたと考えられています。
海の中では、激しい生存競争が繰り広げられています。捕食する側のサメは懸命に獲物を探し、捕食される側にいる生物は、生き延びるために必死で逃げようとします。
「魚類最強のハンター」と呼ばれるホホジロザメでも、1ヵ月くらい獲物を見つけられず、腹を減らしてさまよっていることがあると聞きます。そんなときに好物らしき姿を見かけたり、美味しそうなにおいを嗅ぎつけたりしたら……。
人がサメに噛み付かれる事件というのは、そういういくつかの偶然が重なって起きてしまうものなのです。