4 ストローク機関の吸気 Air Intake in Four-Stroke Engines
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 4-ストローク機関とは 4 つのストロークで 1 サイクルを構成する機関という意味である.本来の仕事をする行程は圧縮・膨張の二行程だけであり,残りの二行程,排気・吸気行程も吸・排気仕事をするものの,そこは単にチャージを準備しているだけで,人間が使える仕事を生まないから,原動機としては冗長である.シリンダに空気を用意するのは容易でなく,丁寧に取り扱わなければ真っ当には行かないということであろうか.あるいは,燃焼室壁面に毎回新たな冷たい層流境界層を形成するという熱的な側面を無視しえないのであろうか.


・ ポンプ損失,ポンピングロスとは

 排気・吸気行程は大気圧近傍でなされ,その経過圧力は 1 atm のオーダであって,エンジンの燃焼圧力が数十から二百 atm であるのに較べると極端に小さい.それゆえ,通常の指圧線図 p-V Diagram では排気・吸気のループは単に一本の直線のように,あるいは,僅かに袋状に見えるだけであり,そこから排気・吸気行程の細かい経緯を見ることはできない.

 右図は火花点火機関指圧線図 p-V Diagram の一例である.40 % 負荷ちかくのものであるから,かろうじて排気・吸気のループが袋状に見えている.高回転域を除き,絞り弁全開,全負荷,WOT では通常ほとんど一線になって,袋状の面積は極々小さい.

 1 サイクル,吸入・圧縮・膨張・排気の四行程にわたるシリンダ内圧力と容積変化の積は積分 で表わされ,これは図示仕事 Indicated Work, Wind,すなわち,作動流体がピストンに対して 1 サイクルでなす仕事量*である.図示の "図" とは指圧線図 p-V Diagram のことであり,この積分は p-V Diagram 上で吸入・圧縮・膨張・排気の四行程が作り出すループが囲んでいる面積に相当する.すなわち,図が示す面積であり,直観的にその大小が把握される.1 サイクルのループは 8 の字形に途中で交差しており,袋形が二個できるのでこれらのループ W +, W - を別々に扱うことができる.

 圧縮行程と膨張行程では,燃焼がそのあいだに挟まれていれば,圧縮行程での圧力経緯より膨張行程での圧力経緯の方が必ず高く,また dV は圧縮行程で負,膨張行程で正であるから,この時計回りループのみの積分  =  は正の仕事量を与える.一方,排気・吸気行程は反時計回りであり,自然吸気方式の場合,吸気行程での圧力経緯より排気行程での圧力経緯の方が行程の大半で高くて,dV は排気行程で負,吸気行程で正であるから,積分 はサイクルとして得られる仕事量には負に作用する.図示仕事は Wind = - = W + - W - の関係にあって,ここでの  =  ないし W - はサイクルにとっては負に作用し,かつ,吸・排気に係わる仕事損失** なので,その絶対値が "ポンプ損失" Pumping Loss と呼ばれる.これがポンプ損失の定義である.シリンダ内チャージがなす "負の仕事量" という定義であり,もちろんエネルギーの次元を持つ.量そのものは正の値で認識し,負とはせず,引き算の表現とする.エンジンの図示熱効率はチャージに与えられた熱量 Q1 とチャージが外部に与える仕事量 Wind の比として定義されており,仕事に変換されなかった熱量は熱 Q2 として捨てられる.燃料-空気サイクル のページなども参照されたい.しかし,ポンプ損失は生じた正の仕事の一部としてその分だけ,熱の形ではなく仕事の形で捨てられる.用語としては,ポンプ損失ないしは Pumping Loss であって,"ポンプロス" というような片田舎の方言を世間に拡めてはいけない.

 * これは 容積仕事 であって,この段階では単なる力学に過ぎず,まだ熱力学ではない.図示熱効率と関連づけられて初めて熱力学になる.ポンプ損失を含め,図示仕事は機械としてのエンジンが外部になす仕事という見方以前の,作動流体が外部になす仕事という概念である.この図示仕事は図示トルクと一対一の関係にあって,これがエンジンが外部に出す仕事,ひいては動力の起源である.点火時期とトルク/燃費 でも,容積仕事が直接関係する.

 ** ポンプ損失は,損失と呼ばれるものの,あくまでも仕事であり,摩擦などのように瞬間瞬間に熱になってチャージに熱エネルギーとして蓄えられるというものではない.7 m 高いところまで 1 分間に 10 kg 揚水するというような,水ポンプがする仕事と同じ意味での仕事である.もちろん,流れているから摩擦が生じていないわけはないが,そういうところはとりあえず脇に置いておき,容積仕事として明示的なものを扱う.エンジンのシリンダ内にチャージを取り込み,用済みチャージを吐き出すという仕事は,外部で使われる正の仕事を生み出すためには不可欠な負の仕事であって,それは正の仕事の一部を消費するによって賄われる.エンジンの動力という立場から見れば吸収されてしまう仕事なので損失と呼ばれているのである.冷却水ポンプ,発電用オルタネータ,エアコンのコンプレッサなど,いわゆる補機駆動もエンジン出力としては負の仕事であり,ポンプ損失もそれらと同等である.しかし,ポンプ損失は指圧線図に現れる仕事である.補機駆動仕事は指圧線図には現れず,それらは図示仕事ないしは正味仕事から賄われる.低負荷域での吸・排気操作を,可変ヴァルヴ機構などを備えて,チャージ吸排気をより少ない仕事量で行おうというのが次の段階である.

 図示仕事は作動流体がピストンに対してなす仕事量であるから,それにはシリンダ壁などへの冷却損失はすでに差し引かれており,ポンプ損失についても,図示仕事との関連で定義されているものなので,冷却損失は差し引き済みといえる.もちろん,ピストンリング-シリンダ間の摩擦抵抗や軸受の摩擦抵抗などのいわゆる "摩擦損失","機械損失" Wfr は図示仕事のなかから支出されるのであるから,当然のことながら,ポンプ損失には含まれないし,含めない.


・ ポンプ損失,ポンピングロスの便宜的取り扱い

 名称が示す意味を厳密に取れば,排気行程ならびに吸気行程でチャージの入れ替えに要する仕事ということから,ポンプ損失とは なる積分であるということになる.排気圧 pe,吸気圧 pi というものを決められるとし,経緯が上左図のような場合*1には,流動損失を分離してポンプ損失を薄肌色の長方形部分に相当するとして扱うことができよう.吸・排気過程では,チャージは激しく流れていて,相対的には小さいとはいえ,流動損失も存在することは確かである.しかしながら,本来のポンプ損失と流動損失とに厳密できるかというとそうでもないし,流動損失を分離しても得られる知見が多くあるわけではない.まずは上の積分をポンプ損失とし,流動損失を含むことに留意しておけばよい.

 上の積分が示す仕事のうち,上中図,圧縮行程の初期,濃肌色の部分はピストン圧縮仕事であり,それはピストン背面の大気圧によってなされるから,実際の損失にならずに回収される.そういうこともあり,上右図の紫色部分,つまり 負のループ W - をポンプ損失とするのが簡便である.たいていはこれで事足りる.8 の字形に途中で交差して袋形が二個できるループの上側を W +,下側を W - とする.

 もちろん,上の積分量でポンプ損失を扱っている論文もないわけではない.それはそれで真っ当なことであり,そうした取り扱いが必要な折もある. と扱うなら,積分の範囲,つまり積分の下限・上限は常に上死点 TDC と下死点 BDC しかなく (もちろん TDC と BDC が状況に応じて入れ替わる),ほぼ固定であるから,自動で演算させるに苦労がない.係わる行程も排気と吸気のみである.一方,負のループ W - は,p-V Diagram に描かれているのを人間が見れば一瞬で解かるというものであるが,その量を数値的に得るには,排気行程と圧縮行程との交点を求めた上で積分の下限・上限を決めなければならず,その Coding は容易でない.しかしながら,このページの下方で示すように,可変動弁系を使って "吸気弁遅閉じ" がなされるというような場合には, なる積分量ではほとんど何の意味も得られないので,W - にて評価するよりないということになる.圧縮行程が吸排気操作に持ち込まれているというか,吸排気操作が排気・吸気行程だけで終了せず,圧縮行程にまで持ち越されるからである.そういう状況では便宜的な量 W - が逆に実質的意味を持つのである.ここで,ポンプ損失に関する記述を負のループ W - で統一してある理由である.後で述べるが,高速・高負荷時の膨張遅れ損失をポンプ損失であるかのようにカウントしてしまうという弊害はどちらで扱っても大なり小なり残る.


・ ポンプ損失,ポンピングロスの図示

 指圧線図 p-V Diagram で排気・吸気行程の様子を知るにはいわゆる "弱ばね線図" Light-Spring Indicator Diagram が採取されねばならない.弱ばね線図とは,圧縮・燃焼・膨張の圧力経緯を横に置いておき,大気圧近傍から真空までのせいぜい 2 気圧分くらいの範囲だけを表示するものである.その例を右に示す.101.3 kPa が標準大気圧,0.0 が真空である.上図の縦軸は MPa で目盛られている,右図は上図の下方だけを縦方向に 25 倍くらいに引き延ばしたものに相当する.

 排気行程のトレースが波打っているのは,排気弁が開いて Blow-Down となった際に排気管に生じた正の圧力波がテールパイプ解放端で反転して負の圧力波として戻り,それが排気弁開口部で反転して正の圧力波となるということを繰り返しているからである.

 吸気行程が始まると,ピストンの下降に伴い,シリンダ内圧力は真空側に向かって急激に低下する.吸気マニフォールド内の空気が静止していて,それがシリンダ負圧によっても慣性で直ちには動き出さないためである.空気が一旦動き出してシリンダ内へ入りだすと,シリンダ内圧力は順次上昇する.

 p-V Diagram 上に描かれた袋状のループの面積は熱力学的な図示仕事であって,右図においてハッチングが施された排気・吸気行程の袋状ループは,圧縮・燃焼・膨張の圧力経緯ループが時計廻りであるのに対して反時計廻りであるから,その仕事は負であり,この絶対値が "ポンプ損失" Pumping Loss である.


 ポンプ損失値がどれだけであるかは弱ばね線図に拠らなければ正確には求められない.歪みゲージ式指圧計では弱ばね線図用に低圧専用の指圧計を別途設置しなければならないが,圧電式指圧計でなら,ダイナミックレンジが広いので,別の指圧計を配置せずとも,記録計の分解能さえ高くすれば,下の方だけ引き延ばして弱ばね線図を見ることができる.下の "エンジンブレーキ" の節を参照されたい.

 p-V Diagram で反時計廻りとなる圧力経緯ループの面積がポンプ損失,ポンピングロスであることを上に述べたが,その大きさがエンジン負荷によってどう変わるかを実測例で示したものが右の図である*1.回転速度は 2,000 rpm で,黒太線が絞り弁全開 Full Throttle 全負荷,緑線が 1/2 負荷近く,黒細線はさらに低負荷の経緯である.負荷の大小は図示平均有効圧 Indicated Mean Effective Pressure, IMEP で表示されている.緑線の経緯についてのみポンプ損失部分にハッチングを施した.

 通常の火花点火機関では,出力トルクを所要の値にするための負荷調整は絞り弁 Throttle Valve の開閉度合を変化させ,流入空気量を増減させることでなされる.絞り弁を絞らなければならない条件では,絞り弁下流の吸気管内圧は大気圧より低くなる.それがさらに下流のシリンダ内圧に反映される.吸気管とシリンダとは吸気弁を介して繋がるので,シリンダ内圧にはさらに吸気弁隙間での絞り損失が効いて,絞り弁下流の吸気管内圧より下がる.


 負荷が低下するにつれ,絞り弁開口が小さくなるので,ポンプ損失が増える.一方,全負荷の絞り弁全開ではポンプ損失は無視できるほどに小さい.この回転速度 2,000 rpm の条件では,以下で述べる吸気速度係数 Inlet Mach Index, Z は 0.2 かそれよりやや小さいと考えられる.

 *1 Merker, G. P., Schwarz, C., Stiesch, G. und Otto, F., Verbrennungsmotoren - Simulation der Verbrennung und Schadstoffbildung, 3. Auflage, (2004), Teubner-Verlag, Stuttgart

 右図はこうしたことを熱効率で表したものである.横軸は負荷ないし出力トルクである.回転速度は一定である.ディーゼル機関では通常,絞り弁を持たないのでポンプ損失は大きくない.火花点火機関では低負荷になるほどポンプ損失が増える.ピンクのハッチングがそれである.このポンプ損失が無いと仮定したときの図示熱効率は赤の破線であり,負荷の大小に関わらず図示熱効率はほぼ一定値を採る.これはサイクル論の最初に出てくる Otto サイクルが示す性質そのものである.


 吸気弁の開閉時期とリフト量は回転速度,負荷に関わらずメカニズムとして一義的に決まっているのが普通である.この様子を右図に示す.

 絞り弁全開 Full Throttle 時以外は,吸入空気流路には絞り弁と吸気弁との,二箇所の狭隘断面部位がある.絞り弁の上流は大気であるとすると,吸気行程に無限の時間が与えられていれば,下死点 BDC における圧力は必ず大気圧まで回復する.しかし,実際には与えられた時間は有限であり,絞り弁,吸気弁を含む流路と許容時間との関係から下死点 BDC における圧力が定まる.そういう圧力をとりあえず pi と書く.吸気弁開口断面積が小さくなければ,この圧力は絞り弁下流の吸気管 Intake Manifold の空気圧に近い.つまり,pi は絞り弁開度に依存し,絞り弁を開くほど大気圧に近づく.このことは二つ上の図によく現れている.


 一方,排気管内圧でもこれと同じようなことが起こる.排気管 Exhaust Manifold の下流には通常消音マフラが付くから,排気管内圧が直ちに大気圧であるということはなく,たいていはいくぶん大気圧よりも高い.排気行程終り TDC での排気管内圧をとりあえず pe と書く.

 このように pipe を考えることは,吸入空気流路における絞り弁と吸気弁という二箇所の狭隘断面部位のうち,前者を重視した 取り扱いと言ってもよい.

 上に示した図からも分かるように,p-V Diagram では正の仕事ループがどのようになっているのかについてはよく分かるが,排気・吸気行程の経緯は小さすぎて分かりにくい.それを分かるようにいま Otto サイクルを仮想して模式的に描くと右のようになるが,縦軸,圧力はリニアには目盛れない.

 これを logp-logV Diagram で表せば, 右,奥の図のようであり,4 つのストロークが満遍なく表示され,目盛りを振ることができる.排気・吸気行程の経緯が拡大されて出てくるだけでなく,圧縮や膨張における状態変化の指数が線の傾きとして現れるという利点も加わる.


 logp-logV Diagram でなら,圧縮過程,膨張過程を直線で近似できることについては 燃料空気サイクルのページ に説明してある.各過程をポリトロープ変化とみなし,各過程でその指数 n がひとつであるとして差し支えないからである.

 上右,奥の図においてもハッチングが施された袋状のループがポンプ損失 W - である.しかし,実際の圧力経過は,例えば二つ上の図のようであり,模式的な経緯からも違えば,ポンプ仕事 W - そのものの量も異なる.

 吸入行程における 吸気管・吸気弁・シリンダ周りの流動を可視化した写真 が火炎伝播のページにある.参照されたい.

 火花点火機関で,その負荷を小さくするために絞り弁開度を下げて行くと,絞り弁下流仮想吸気管圧 pi が低下し,圧縮開始圧力も低下する.この様子を右図に示す.圧縮開始が状態 1 である.圧縮終り圧力 2 も下がり,吸入している混合気量も少ないので,等容熱供給量も少なくて 2-3 のようである.絞り弁を設置している理由は,このように仕事としての正のループ 1-2-3-4 のハッチング部が与える容積仕事の大小を要求に応じて調整することである.しかし,やむを得ずのことながら,それに自動的に 5-6-1 の負のループが付帯してくる.これがポンプ損失であり,要求負荷が小さいときほどポンプ損失が大きくなる.三つ上の図のピンクでハッチングされたところがそれを示している.


 通常の説明では,負荷が大きいときにはポンプ損失は小さいのであるが,そう簡単にもいかない.時間の要素,時間的拘束によって,そうとは言えない状況が出来する.右図*2 は比較的高速,エンジン回転速度 4,000 rpm において,無負荷,1/2 負荷,全負荷の排気・吸気行程弱ばね線図を比較したものである.低速の場合とは様子が異なるので,留意されたい.

 無負荷 (青線) では絞り弁がほとんど閉じているため,吸気行程におけるシリンダ内圧の低下が激しく,高回転下であるゆえ時間も短く,シリンダ内圧の回復はごくわずかに留まる.その低い圧縮開始圧ゆえに,大気圧にまで圧縮されるのに圧縮上死点前 60 くらいまでかかる.供給空気量,供給燃料量は共に少なく,Blow-Down は排気管へと大気圧近くまで問題なくなされ,排気行程におけるシリンダ内圧は高くない.

 一方,全負荷 (赤線) では絞り弁全開なので,吸気行程初期におけるシリンダ内圧低下は避けられないものの,後期でシリンダ内圧は充分回復し,ほぼ大気圧に達し,そこから圧縮が開始される.供給空気量,供給燃料量が多いから燃焼最高圧も高く,膨張終り圧力も高いであろう.Blow-Down でシリンダ内圧は大気圧近くまで下がらず,排気行程全域を使って膨張してもなお,排気上死点 TDC におけるシリンダ内圧は pe よりかなり高い.残留ガス量も多いと見て取れる.絞り弁開度が小さいときにのみ負のループ W - が大きいというわけではない.

 ポンプ損失,袋状ループの面積を較べてみると,無負荷 (青線) よりも全負荷 (赤線) の方が大きい.高速高負荷時の Blow-Down から排気行程において,排気管内圧力を下げる工夫が必要であると知られる.「WOT ならポンプ損失は無い」というような言辞が誤りであることも分かる.


 *2 古濱庄一,内燃機関工学, 産業図書, ASBN: 4-7828-4027-6, (1970), 第六刷 (1973), p. 50

 負のループ W - を常にポンプ損失であるとすることは,必ずしも正しくないことがここでも知られる.絞り弁全開 WOT についての模式的な右図*1で,排気弁開 EVO 時期が上死点より少し前になっていて,赤線のように,早めに Blow-Down が始まることによる損失や,シリンダ内圧低下が排気行程にまで持ち越される 膨張遅れ損失 Expansion Loss も理想過程 3 - 4 -5 - 6 (緑線) からの乖離として存在するうえ,その大半は負のループ W - を形成する.しかし,WOT 下のこのような損失ないしは W - をポンプ損失と呼ぶのは厳密ではない.あくまでも便宜上のことである.上で述べた "薄肌色の長方形部分" を厳密にポンプ損失とするなら,このとき長方形は無く,ポンプ損失も零である.WOT 吸入行程で,過程 6 -1 が大気圧上の直線ではなく,凹となるのは 流動損失 である.

 4-ストローク機関で 1 サイクルの半分にあたる二行程,排気・吸気行程を贅沢にもチャージの準備に充てても,シリンダに充分に空気を用意するのは容易でない.


・ 吸気速度係数 Inlet Mach Index

 他方,吸入空気流路における絞り弁と吸気弁という二箇所の狭隘断面部位のうち,後者を重視して いま,吸気管 Intake Manifold 無し,排気管 Exhaust Manifold 無し,当然,絞り弁無しとすると,pipe 共に大気圧である.もちろん絞り弁全開に相当する.このとき吸気弁隙間を通る新気の速度によって弱ばね線図がどう変わるかが C. F. Taylor の教科書*3 に出ており,右図がそれである.

 14.8 psia は 14.8 Pound per square inch, absolute であって,大気圧 101.3 kPa のことである.目盛り 15 のところを大気圧として図を見ればよい.

 図中の Z は C. F. Taylor のいう "吸気速度係数" Inlet Mach Index であり,新気が吸気弁開隙間を通るときの平均的な速度をマッハ数で表したものである.図の上から下に向かって Z が増えているのは,エンジン回転速度が上昇して,ピストン下降速度が上がってゆくためである.吸気速度係数 Z には時間の考えは入っていないが,Z の増加にあわせて吸入行程に与えられる時間が減少する.

 吸気速度係数 Z が小さいときには,吸気行程初期のピストン下降によりシリンダ内圧力は真空側に低下するものの,空気が動き出して吸気弁開隙間を通過してシリンダ内へ入り始めれば,シリンダ内圧力は容易に上昇する.排気・吸気行程袋状ループの面積,ポンプ損失も小さい.三つ上の弱ばね線図は Z =0.4 あたりに相当していることが,シリンダ内圧力経緯から知られる.

 さらに回転が上がって吸気速度係数 Z が大きくなると,シリンダ内圧の回復が進まず,吸気管内圧 pi に達することなく下死点に至り,吸気弁が閉じられる.ポンプ損失も小さくない.ここで注意すべきことは,上の模式図で pi が水平線で描かれているそれと,右図の Z =0.6 や Z =0.8 で吸気行程弱ばね線図経緯が水平線に近いということとは同義ではない.吸気弁から空気が流入せずしてピストンが下降すれば,吸気行程弱ばね線図経緯は右下がりになる.それが水平になっているのは,少ないとはいえ,空気が入って来ているということを意味している.

 基本的に,エンジンの負荷が小さい,つまり絞り弁開度が小さいときにポンプ損失は大きい.しかし,右の図からも分かるように,回転速度が高いときには,絞り弁全開の最大負荷においてもポンプ損失は小さくならない.絞り弁による絞りと吸気弁による絞りがあり,それらはシリンダ内圧に対して別々に効く.前者の影響が patm - pi,後者の影響が Z というわけである.

 *3 Taylor, C. F., Internal Combustion Engine in Theory and Practice, Vol. 1, (1960), MIT Press


・ 容積効率

 吸気行程の機能を評価する指標として,容積効率 (体積効率) Volumetric Efficiency ηv が定義される.容積効率の大小は出力トルクの大小にほぼ一義的に対応する.エンジンの行程容積 Vh に相当する外気がシリンダに取り込まれたときを基準に採る.容積効率の定義は右の図で説明される.

 まず,エンジンが冷えていて,クランクを手動でゆっくり廻せば,クランク位置,上死点 TDC からクランク位置,下死点 BDC までピストンが下降するあいだに吸入される外気の量は行程容積 Vh に等しい.行程容積 Vh と同じ容積をエンジン外部に仮想し,そこに図のように 25 個の緑色空気玉を置く.エンジンが冷えていて,ピストンが静的に下降するなら,吸入空気流路に絞り弁と吸気弁との,二箇所の狭隘断面部位があっても,25 個の緑色空気玉はそのままシリンダに入る.


 しかしながら,静的でなく,エンジンに火が入ったあとでは,絞り弁と吸気弁と狭隘断面で流入空気の流れは絞られ,それが流れの抵抗になる.また,シリンダには前サイクルの熱い残留ガスが存在する上,燃焼室壁も高温になっているから,シリンダに取り込まれた緑色空気玉は加熱されて膨張し,その容積増加は後続の緑色空気玉がシリンダに入るのを阻止するように働く.ピストンが下死点 BDC まで下降して吸気弁が閉じられたときには,エンジンの外部に仮想した 25 個の緑色空気玉すべてはシリンダに入りきらず,例えばその内の二,三個が取り残される.

ここに,N はエンジン回転速度 [1/min, rpm], はエンジンの外部で見た吸入空気質量流量, は外気状態における吸入空気の密度である.N /120 となっているのは 2 回転に一回しか吸気行程がないことと,エンジン回転速度 N が秒 s ではなく分 minute の単位であるからである.
 容積効率についての さらなる説明 を別のページに置いてある.


・ 容積効率についての次元解析

 C. F. Taylor の取り扱いを紹介する.上から四つ目の図で,幾何学的理想容積効率を,新気も残留ガスも同じ物性値を持つと仮定して考えると,

表現できる.実際には静的には行かず,熱と仕事の出入りがある.それを上から二つ目の図のようであるとして,吸気弁が x で開き,y で閉じる.y=Vy/Vmax である.吸気弁がy で閉じたとき,チャージのエネルギーバランスは,

ここに,u は内部エネルギー,添字 r は残留ガス,air は新気を表す.Q=maircpΔT は吸気行程で吸入新気に与えられた熱量,Wintake はチャージがピストンになす仕事と吸入管内圧がチャージになす仕事との差,すなわち,吸気行程においてチャージが外部になす仕事である.

 幾何学的理想容積効率の式に熱伝達の効果と,狭隘部を通るために絞られる効果とを加えると,


絞り損失は { } の中でさらに二つの効果に分解され,α は吸入行程圧力経過が pi より下がり,ピストン仕事が減っているための損失である.pyy がかかる二項目は,与えられた時間が短くて,y の時点においても圧力が pi に達しないための損失である.この二つの絞り損失効果の上に熱伝達の効果が ΔT の形でかかってくる.上から五つ目の図にある Z=0.6, Z=0.8 の経緯を参照されたい.

 これを図示したのが上の図であり,ここに,ηvi は幾何学的理想容積効率,ηv は実測された容積効率である.ηvh は熱伝達が無いとしたときの容積効率,ηvy は熱伝達が無く,かつ pyy/pi =1 としたときの容積効率である.

 C. F. Taylor は,4-ストローク往復ピストン式エンジンの吸気能力についての一般則を得ようとして,次元解析でそれを考察した.吸気弁狭隘隙間を通って新気がシリンダに流入する過程を,喉部 Throat を持つノズルの流れに置き換えた.ピストン式エンジンの間歇性を捨てて,定常ノズル流れとして扱われる.この様子を右に示す.このとき,吸気管や排気管による,脈動効果・慣性効果を排除するため,吸気管,排気管は無いという条件に限定されている.時間も定常と看做せるだけ充分に長く採られている.

 熱と仕事の出入りが無い,流れだけについてなら理想気体の等エンタルピ流れである.まず流量に関係する変数として,上流塞き止め温度 Ti における音速 を規準とする喉部のマッハ数 Z,上流塞き止め圧力 pi を規準とする圧力比 p/pi,それに作動流体の物性値としての比熱比 κ の三つである.流体の粘度を考えに入れるためにレイノルズ数 Re を加え,吸気弁座や燃焼室壁から流体への熱伝達を入れるためにヌッセルト数 Nu と流体壁温度差温度比 τ を関係変数としてこれらに追加する.しかし,Nu = f(Re, Pr) で結ばれているので, Nu との替わりに Prτ とを加える.Pr はプラントル数で,熱伝達に関する物性値である.

 吸気弁座後方の圧力を得るために,平均ピストン速度 Sp を導入するが,これを無次元化するため,流速に断面積を乗じた容積流量と,ピストン面積と平均ピストン速度の積との比を用いる.この無次元量は容積効率 ηv そのものである.これら七つの無次元量のあいだに方程式が成立して,


これを容積効率 ηv について解いて,

作動流体を決め,入口・出口の圧力比を固定し,入口流体温度と冷却水温度を押さえると,熱伝達量は Nu 数だけで表せるから,

となって,容積効率には吸気マッハ数, "吸気速度係数" Z Re 数だけが関係することが知られる.燃焼室形状やクランク-コンロッド比などが相似のエンジンでは Re 数と吸気マッハ数 Z との関係は一義的であるから,

となる.4-ストローク往復ピストン式エンジンの構造は似たり寄ったりであるから,吸気管,排気管が無い場合についてなら,おおまかにはこの関係がどのエンジンにも当て嵌まる.

 これで4-ストロークエンジン吸気能力の一般則が得られた,関与変数が何かという定性のみで,定量は実験に依る.右図がその実験結果であって,C. F. Taylor の教科書にある二枚の図を重ねて描いてある.元の図は二枚とも拡大図である.拡大してしまうと,それが全体の中のどこを提示しているのかを認識しにくい.ここではそれを避けた.図中,上に凸の黒い実線が,二つ前の図の赤い実線に対応する.エンジンの大きさに関わらず,ほぼ一本の曲線上に乗るのは次元解析で証明されたとおりである.


 容積効率 ηv の極値は 0.85 くらいであり,極値を与える吸気速度係数 Z より Z が小さくても大きくても容積効率 ηv は低下する.相似機関なら吸気速度係数 Z と平均ピストン速度 Sp とは一対一に対応する.それも図に描き込まれている.再度ながら,吸気管,排気管は無いという条件の下でのことであるので留意されたい.

 二つ上の図に示したように,Z が小さいときに容積効率 ηv が低下するのは,ピストンの動きがゆっくりで,熱伝達に時間を与え,流入した空気が膨張するためであるのに対し,Z が大きいときに低下するのは,狭隘流路を通って流入するのに与えられた時間が短く,絞り損失が強く出るためである.吸入終り/圧縮始め時点で大気圧まで回復できない.エンジン設計では吸気速度係数 Z を 0.5 以上にしないようにと戒められている.C. F. Taylor の教科書に出ている結論を転載しておく.

 Engines should be designed, if possible, so that Z does not exceed 0.5 at the highest rated speed.

 Similar engines running at the same value of mean piston speed and at the same inlet and exhaust pressures, inlet temperature, coolant temperature, and fuel-air ratio will have the same volumetric efficiency within measurable limits.

 "冷却" のところでも述べたが,C. F. Taylor という人は相似則を記述することに情熱を傾けた人である.唯一成功しているのがこの "吸気速度係数" Inlet Mach Index, Z である.


・ 吸気管の脈動効果と慣性効果

 吸気管にはエアフィルタや絞り弁を,排気管にはマフラを付けなくてはならないから,上記の考察や実験のように,吸気管,排気管を付けないというのは現実的でない.

 吸気管長さ ls を順次変えて,エンジンをモータリングし,吸入空気流量 を計測すると右のような図が得られる.図中,吸気管長さ ls=0 m の赤い実線が,ひとつ前の図の黒い実線,三つ前の図の赤い実線に対応する.吸気管の長さに応じて容積効率曲線に幾つかの山や谷が現れ,山となる極値は吸気管,排気管を付けないときより高くなる.つまり,管系内の流体の圧力振動をうまく使えば容積効率を 1 に近づけ,トルクや出力を上げることができる.

 これは管内の気柱振動と弁開閉時期との位相が合致するからである.これを "脈動効果" Pulsation Effect という.管内の気柱振動は縦振動であり,その波は疎密波,縦波である.エンジンの使用回転速度範囲全域にわたって容積効率を高め得るような管長は存在しないので,断面や管長を可変にする工夫がなされる.


 吸気管長の効果としてはこれ以外に "慣性効果" Inertia Effect がある.吸気弁が開いた瞬間に弁上流直近吸気管端に負圧が生じ,そのパルスは吸気管内を伝わり,他方解放端で正圧パルスとなって吸気弁に戻る.戻ってきたときまだ吸気弁開位相の後半であるなら新気がシリンダ内へ押し込まれる.あるサイクルの負圧が正圧パルスとしてそのサイクル中に戻る場合のことを "慣性効果" と呼びならわす."脈動効果" は次のサイクルへ影響するものについて言うものであるが,しばしば混同して使われる.

 排気管長についても同様の脈動効果,慣性効果があり,うまく作用させれば残留ガスを吸い出す効果として働く.残留ガス量の低減は新気の流入を助け,容積効率を高める.

 このあたりのことについてはもう少し詳しく書くべきかもしれない.ご感心の向きには,まずは次の書籍を一読なさるよう勧める.
  村山正・常本秀幸:自動車エンジン工学, 2008, 東京電機大学出版局, pp. 153-169, ISBN978-4-501-41660-7
  平尾栄滋:自動車の高性能化, 2002, 山海堂, ISBN4-381-08806-9


・ 可変バルブタイミング/リフト機構のポンプ損失

 吸気管に絞り弁を置かず,吸気弁の閉時期とリフトを可変にして所定の吸入空気量を得ようとする動きが急である.BMW の "Valvetronic" が先鞭をつけた.吸・排気ポンプ損失を減らして,低負荷での燃料消費を減らそうとするものである.(低負荷時であって,低速時というわけではない)

 通常の絞り弁で空気量を制御したときと吸・排気行程を比較した弱ばね線図*1 を右に載せる.回転速度 2,000 rpm,図示平均有効圧 IMEP: 200 kPa に揃えての比較である.

 灰色細線が "従来の絞り弁方式",濃紺太線が "吸気弁早閉じ",紫線が "吸気弁遅閉じ" の圧力経過である.排気行程の経緯は三者でほとんど差がない (排気行程は濃紺太線だけのように見えるが,背後に重なって紫線と灰色細線とがある).薄青色の面積が通常の絞り弁で制御されるときの吸・排気ポンプ損失,青ドット付与部の面積が "吸気弁早閉じ" の吸・排気ポンプ損失である.十分の一くらいの吸・排気ポンプ損失になっていることが分かる.従来の絞り弁方式で EGR 17%,吸気弁早閉じ・吸気弁遅閉じは EGR 20% であって,吸気そのものの差は小さく抑えられている.紫線 "吸気弁遅閉じ" ではそれ以外のループもあり,この条件においては削減割合はやや劣っている.

 縦軸については,標準大気圧は 101.3 kPa,0 が真空である.


 吸気弁はチャージ量最大化を目指して開口面積を可能な限り大きくし,その流路抵抗を小さくしようとするものであるのに対して,絞り弁はその名のとおり,チャージ量を絞ることを使命とする.火花点火機関では基本的に量論混合気の量を加減して負荷の大小に対応する.通常の絞り弁制御法では吸気行程長さは負荷の大小に関わらず同じであり,吸入終りの下死点でシリンダ容積は最大かつ一定値なので,チャージ質量の大小は吸入終了時におけるチャージの密度,ないしは下死点でのシリンダ内圧で制御されていることになる.それゆえ,チャージ量を減らさなくてはならないときのシリンダ内圧は必然的に低くなる.その例が上の図で灰色細線にて示されている履歴であり,それが pi の意味でもある.吸気弁開口部で流路抵抗がほとんどなくても,絞り弁開度が小さく,圧力低下を来して絞り損失が生じる.

 一方,絞り弁を使わずに,圧力を大気圧近くから大きく下げず,吸気弁の開口時間を短くすることでチャージ量を少な目にしたのが上の図の濃紺太線 "吸気弁早閉じ" である.この方式でなら pi は大気圧であり,吸気弁での流路抵抗はもともと小さいから,圧力低下も少ないまま空気/混合気が流入して,早めに閉まる.この段階での圧力低下は小さい.閉まったあともピストンは下がるが,新たな流入はないからチャージの容積が増えてしっかりと圧力が下がる.しかし,圧力降下過程での流入量は零 0 であるから絞り損失を生まない.下死点で膨張から圧縮へと反転し,ほぼ同じ経路を辿って吸気弁閉時期に近い状態へと戻る.吸気弁の開き始め・閉じ終り付近では開口面積が小さくなるので,そこでの僅かな絞り損失は避けられない.上図にもそれは明確に認められる.

 紫線 "吸気弁遅閉じ" の場合には,吸気行程の大半ならびに下死点から吸気弁閉時期までのピストンの戻りまで,大気圧近くで推移する.流動があっても吸気弁開口部での流路抵抗は小さく,絞り損失が大きくは生じていないからである.

 下でも説明してあるように,図示仕事 (W + - W -) が等しい条件で比較されているから,可変バルブタイミング方式よりポンプ損失 W - が相対的に大きい絞り弁制御従来方式では,圧縮-膨張 の正ループ仕事 W + も大きい.仕事の源泉は燃料の化学エネルギーであり,仕事への変換効率は変わらないと看做すと,その量に対応しているのは正ループ仕事 W + である.すなわち,絞り弁制御従来方式では所要燃料量,所要混合気量が多い.それぞれの方式で圧縮行程が標準大気圧線 101.3 kPa (雑には 100 kPa の水平線) と交わるときのシリンダ容積の大小を較べてみれば,可変バルブタイミング方式の "吸気弁早閉じ","吸気弁遅閉じ" で共に容積 165 cm3 あたりである.これは可変バルブタイミング方式では "吸気弁早閉じ" でも "吸気弁遅閉じ" でも燃料消費低減効果もほぼ等しいことを示唆している. なる理想気体の状態式で,p は同じ,T はほぼ同じとして,チャージのモル数 n がほぼ同じとすることができるからである.絞り弁制御従来方式では容積 225 cm3 あたりにあり,この方式では容積 V も大きいが,下死点からすでに圧縮を受けているので温度 T も高いという関係になっているから,この容積の大小だけで可変バルブタイミング方式と比較することには意味は無いものの,絞り弁制御従来方式でのチャージのモル数 n は可変バルブタイミング方式のそれよりポンプ損失 W - が大きい分だけ,ひいては正ループ仕事 W + も大きい分だけ大きいはずである.雑ではあるが,いま,可変バルブタイミング方式の p =101.3 kPa, V =165 cm3 なるところと,絞り弁制御従来方式での下死点 p =38 kPa, V =540 cm3 なるところとで混合気温度に差がないとして混合気のモル数 n を比較すると,後者では前者の 23% 増しになる.この勘定でなら,回転速度 2000 rpm,図示平均有効圧 IMEP = 200 kPa についての燃費低減割合は 1/1.23 = 0.81 と得られる.絞り弁制御従来方式でのポンプ損失平均有効圧を 55 kPa くらいであると考えると,正ループ仕事 W + に対応する平均有効圧は 255 kPa,可変バルブタイミング方式のポンプ損失は絞り弁制御従来方式の十分の一くらいであるから,正ループ仕事 W + に対応する平均有効圧は 206 kPa,両者の比 205.5/255 = 0.805 がこれまた燃費低減割合であり,それは先の 0.81 に充分近い.ポンプ損失 W - を平均有効圧で表すというのは等面積長方形の高さで表すということなので,ここではポンプ損失 W - の面積を丁寧に積分することなく,目分量で 55 kPa くらいとしたのである.混合気量から追っても,正ループ仕事量 W + から追っても,燃費低減効果をほぼ同じように評価できる.

 吸気弁早閉じ・吸気弁遅閉じの部分負荷では,大気圧線から勘定すれば,圧縮行程 < 膨張行程 or 圧縮比 < 膨張比 となって自ずとミラーサイクルが実現されていると看做せないわけではないが,全負荷では 圧縮行程 = 膨張行程 であるから,これをミラーサイクル機関というわけには行かない.大気圧線からの勘定なら,従来の絞り弁方式ですら,部分負荷では 圧縮行程 < 膨張行程 となっていることは上の図から容易に知られよう.

・ Non-Throttled 直接噴射層状吸気機関のポンプ損失

 ディーゼル機関と同じように,吸気管に絞り弁を置かず,吸気弁の動作も変えずに,負荷にかかわらず吸入空気量をほぼ同じにし,負荷の大小に対して燃料の増減だけで対処しようとするのが燃料直接シリンンダ内噴射・層状吸気火花点火機関である.こうすれば,部分負荷においても吸・排気は全負荷時と大差なく,ポンプ損失は小さい.三菱 "GDI", BMW "Spray-Guided" がその典型例で,上と同じように,低負荷時の燃費低減を図るものである.

 BMW の "Spray-Guided" 直接燃料噴射機関における吸・排気行程を,通常の絞り弁で空気量を制御したときと比較した弱ばね線図*4 が右の図である.論文に出ている図を W - として識別できるように修正してある.回転速度 2,000 rpm,正味平均有効圧 BMEP: 200 kPa の場合のものであるという.斜線ハッチングを施された面積が通常の絞り弁制御ポンプ損失,灰色べたの面積が "Spray-Guided" の吸・排気行程ポンプ損失である.

 *4 Schwarz, Ch., Schünemann, E., Durst, B., Fischer, J. and Witt, A., "Potentials of the Spray-Guided BMW DI Combustion System", SAE Paper 2006-01-1265


・ 摩擦損失とポンプ損失

 作動流体がシリンダ内でなした仕事が "図示仕事" Indicated Work であり,それは p-V Diagram で 圧縮-燃焼-膨張 という時計廻り・正の仕事ループ W + と 排気-吸入 という反時計廻り・負の仕事ループ W - との差し引きである.そこで W - がポンプ損失である.上に遡って 10 番目(上から数えて 6 番目) の図を参照されたい.

 この図示仕事 (W + - W -) はそのまま出力軸に出てくることはなく,図示仕事の一部がピストンリングとシリンダ間の摩擦抵抗や各所軸受の摩擦抵抗に抗する仕事,吸・排気弁を駆動するための機械仕事 (作動流体がなす p-V 線図のポンプ損失とは別物であり,細かく分ければ結局は摩擦仕事) などで消費される.これら,言葉どおりの摩擦などによる損失や吸・排気弁駆動に消費される機械仕事などを引っ括めた機械損失の合計Wfr は通常 "摩擦損失" Friction Losses と呼ばれる.

 (正味) 軸仕事Weff = 図示仕事 W ind - 摩擦損失仕事Wfr
  Weff = W ind - Wfr = (W + - W -) - Wfr
であり,回転速度一定で考えると,トルクや平均有効圧で表現でき,
 正味平均有効圧 BMEP = 図示平均有効圧 IMEP - 摩擦損失平均有効圧 FMEP
  BMEP = IMEP - FMEP
でもある.

 オルタネータ,エアコンディショナコンプレッサなど,外部的な補機駆動仕事は,それをエンジンの "摩擦損失"Wfr には繰り入れず別途扱う.エンジンから取り外してもエンジン単体として火を入れて廻せるものならそれを取り外す.潤滑油ポンプ駆動仕事は摩擦損失Wfr に繰り入れられていることが多いが,冷却水ポンプ駆動仕事をどうするかは微妙である.

 絞り弁制御の火花点火機関におけるポンプ損失 W - が,この "摩擦損失"Wfr とどの程度の大小関係にあるのかを示したものが右の図*5 である.

 *5 Gish, R., McCullough, S., Retzloff, J. and Mueller, H., "Determination of True Engine Friction", SAE Paper 117, (1957)


 ピストン速度 Sp=6.1 m/s となっているので,エンジン回転速度でなら 2,500 rpm あたりであろうか*6.時代を経たデータである上,圧縮比も高いので摩擦損失 (濃紺の曲線) は現在のエンジンに較べてやや高い目になっているかもしれない.他に適当なデータを見つけられなかったのでこれを挙げた.本稿の趣旨に沿って取捨選択し,描き加えてある.横軸は正味平均有効圧 BMEPであり,出力軸へ出ている仕事量を表す.縦軸には摩擦損失平均有効圧 FMEP (青色の実線) とポンプ損失 W - に対応するポンプ損失平均有効圧 (紫色の実線) ,ならびにそれらの合計 (点線) が示されている.ポンプ損失 W - は図示仕事 (W + - W -) にすでに組み込まれているものなので,単純に機械損失Wfr にポンプ損失 W - を加えた合計 (淡青色点線) はたいていの場合意味を持たない.モータリング所要動力としてエンジン駆動仕事が計測されたときには必ずこういう表示になる.

 軸仕事の増加は絞り弁開度を上げることに対応しているので,順次ポンプ損失 W - が下がる.これに対して軸仕事が大きくなると軸受面圧も上がって機械損失Wfr が増す.低負荷では,ポンプ損失は機械損失より小さいものの,オーダは同じ であり,低負荷でのポンプ損失を減らす意義はここにある.

 エンジン回転速度が変わったときの摩擦損失,ポンプ損失については,さらに 別のページに説明 を置いてある.

 *6 上の図はピストン速度一定・回転速度一定の条件下の,絞り弁開度・負荷の大小による機械損失の変化を示したものであるが,回転速度の上下による機械損失の変化 については,"エンジンオイルの低粘度化と燃料消費低減" のページにある図が参考になる."機械損失はエンジン回転速度の二乗に比例する" などというとんでもない言辞を見ることがあるが,そこにも示されているとおり,そこまでの増加はない.

 モータリング Motoring というのは,エンジンに火を入れず,外部から駆動すること.単体試験ではエンジンのクランク軸は動力計に繋がれ,動力計はモータにも発電機にもなる.火を入れたときには発電機としてエンジンが出力する動力を吸収するが,火を入れないときにはモータとなってエンジンを廻す.モータリングするに必要な動力は軸受摩擦や動弁系,オイルポンプ駆動などの機械損失Wfr と吸入・圧縮・膨張・排気の各行程を巡るサイクル仕事 -(W + - W -) の合計である.このとき,燃料は供給されず,かつ火も入っていないので,圧縮と膨張は p-V 線図上でほぼ同じ経路を通り,正の仕事ループ W + は零 0 と看做せ,排気-吸入のいわゆるポンプ損失 W - だけがモータリング所要動力として機械損失Wfr に加わる.それが上図の "Total" 点線に相当する.上図の値は火を入れた Firing のときのものなので,モータリング時の値より幾分大きいが,大差はない.エンジンブレーキというのは,絞り弁開口最小で,エンジンを外から廻している状態であり,それはモータリングと等価である.


・ エンジンブレーキ

 アクセルペダルから足を離したときや,アクセル Off のまま坂を下るという場合には,モータリング時とほぼ同等条件であり,このいわゆる エンジンブレーキ と呼ばれる状況下では燃料が Cut されているので燃焼がない.燃料は Cut されていても,絞り弁開度最小の下で空気を吸うので,ポンプ損失はそのまま存在する.上の二つの図は燃料 Cut 時の指圧線図であって,左が横軸をクランク角度に採った p-θ Diagram,右が p-V Diagram である*7.青線と茶線でサイクル 2 回分が描かれているけれども,両者で差がなく,重なっている.そこでは圧縮-燃焼-膨張 を巡る時計廻り・正の仕事ループ W + は生じず,むしろ,圧縮線より膨張線が下に来て,時計廻り仕事ループ W + なるところはわずかに負となっている.圧縮線より膨張線が下に来ていることは p-θ Diagram で,TDC に対して膨張側が痩せていることで知られる.絞り弁でしっかり絞られているので,圧縮終り圧力はわずかに 6 bar, abs. と低い.容積仕事としてのポンプ損失が p-V Diagram に典型的に表れている.このとき図示トルク,図示平均有効圧も負である.

 燃料 Cut をやめ,燃料を噴射し始めた直後のサイクル 2 回,いわゆる "Fuel Cut Recovery" を茶線と青線とで描いたのが上の図である*7.極く低負荷の指圧線図を見る機会は多くないので,これは興味深い.燃焼最高圧もそれぞれ 7.0, 9.3 bar と順次上がっているけれども,このページの最初の図にある 24 bar に較べてはるかに小さい.点火時期は TDC 以降に設定されているが,順に前進している.絞り弁は幾分開き側であるはずだが,おそらくシリンダに排気が環流しない分だけ,燃料 Cut のときよりも吸気圧は低めになっている.

 いわゆる エンジンブレーキ と呼ばれる制動力としては,ポンプ損失と機械的な摩擦損失とが合わさって効く.燃料を Cut 状態でも上に述べたようにポンプ損失は出るし,機械摩擦損失,外部補機駆動仕事もそのまま残る.

 上掲の図にある曲線を外挿して,エンジンブレーキに対応する点を右図に二重丸で表示した.エンジンブレーキはその名のとおり制動効果であって,もちろんそのときエンジンの軸仕事は負である.機械的な摩擦損失平均有効圧 100 kPa 分とポンプ損失平均有効圧 80 kPa 分を図の横軸を負側に延ばすと横軸左端の値と縦軸にある二重丸の値とが一致する.外部補機駆動仕事はこの図には含まれていないが,実際にはそれも加味されてエンジンブレーキとして効く.

 右図を用意するまで,エンジンブレーキに対応する二重丸を BMEP 零の縦軸上に描いてあった.それは絶対値としてはほとんど変わらないが,表示位置としては厳密とは言えないのでこのように修正した.もちろん,元の図*5には横軸 BMEP が負の部分は無い.横軸 BMEP が負の部分で正の部分にある曲線からほぼ水平線へと転移しているのは,そこでは絞り弁開度がもはや小さくならないからである.

 *7 Courtesy of Kistler Japan Co., Ltd.


 絞り弁は薄い板一枚と軸からなるバタフライ弁であり,絞り弁開度最小位置でも全閉になることはない.最小絞り弁開度は機関のアイドリング要求によって決まっている.それゆえ,絞り弁開度が小さくなって行くと共にポンプ損失は単調に増えるけれども,その究極で絞り弁全閉となることでポンプ損失が零になるというような設定にはなっていない.アクセルオフでは絞り弁全閉と呼称されていても,真に全閉ではなく,絞りを伴って空気は吸気管,シリンダへと流れる.これは下に述べる気筒休止と異なるところである.この絞りを伴ったシリンダへの流れが pi を下げ,それは必ず pe より低いがために負の容積仕事:ポンプ損失を生む.

 実際の車輛では,上に述べたオルタネータ,エアコンディショナコンプレッサなどの外部補機駆動仕事が,制動力として,エンジンの "摩擦損失"Wfr に上積みされているから,ポンプ損失の重みはもともとせいぜい数十 % どまりであって,ポンプ損失低減でエンジンブレーキ効果が一挙に大幅に落ちるわけではない.

 ディーゼル機関では吸排気ポンプ損失は絞り弁を持つ火花点火機関に較べてずっと小さいけれども,摩擦損失仕事は相対的に大きいし,外部補機駆動仕事ももちろんあるので,サイズの近いエンジンで較べれば,エンジンブレーキ効果は火花点火機関のそれと大きくはかわらない.

 ポンプ損失が容積仕事であるということは必ずしも理解容易ではないらしい.サイクルとしては,熱として捨てていると考えてしまうからであろうか.熱力学では通常,ポンプ損失の無いサイクルが取り上げられていて,ポンプ損失を伴うサイクルを扱った熱力学の教科書はおそらく存在しないであろう.自分で思考するよりない.熱効率を ηth = 1- (Q2/Q1) としてスタートすると,ポンプ損失があることによる熱効率低下はサイクルが捨てる熱量 Q2 の増加として反映されると考えてしまうことになり,そこに落とし穴がある.サイクルを熱力学で扱うとき,作動流体 (エンジンではチャージ) が外界とやりとりするエネルギーは,貰う熱量 Q1,捨てる熱量 Q2,それに外部への容積仕事 W である.熱効率本来の定義は上式以前にまず,外部から与えた熱量がどれだけ外部で使える仕事に変換されたかという定義 ηth = W/Q1 であり,ポンプ損失仕事 W - がある場合なら仕事は W = W+ - W - である.この W+ は上に述べた正の仕事ループであり,これが熱ではなく仕事という形態で外界と係わることには誰も疑問をいだかないであろう.同じようにポンプ損失仕事 W - も,熱ではなく仕事という形で外界へ出る.ただし,それは正ではなく負なのである.上に挙げたエンジンブレーキ時の p-θ Diagram,p-V Diagram を見れば分かるように,排気行程のシリンダ内圧力はほぼ 1 bar という大気圧なので,ピストン背面 (クランクケース側) もほぼ大気圧であることから,この行程ではピストンは外界から仕事を貰うことはほとんどない.他方,吸入行程のシリンダ内圧 (ピストン上面) の過半は 0.2 bar 程度と読み取れ,ピストン背面はほぼ 1 bar のままなので,ピストンは下降 (容積増) しているのに,それに逆らう方向 (容積減) に背面から押される.つまり,外界から仕事を貰う.機械工学では,外界に出す仕事を正に採るから,この仕事は負である.それでもピストンが下がるのはその分だけフライホィールに蓄えられている運動エネルギーを貰っているからである.すなわち,ポンプ損失仕事 W - とはクランクケース側の空気を圧縮するとか空気に流動を与えるとかの仕事でもある.外界にエネルギーが捨てられるときの形態はあくまでも仕事であり,熱ではない.もちろん,クランクケース内の空気に与えられた仕事は最終的には熱に変わる.ここに説明した例では吸入行程のみで負の仕事が生じているのであるが,一般的には排気行程・吸入行程がつくる負のループであることは言うまでもない.熱効率は ηth = (W+ - W -)/Q1 であるけれども,Q2 = Q1 - W+ であって,Q1 - (W+ - W -) = Q1 - W+ + W - となるわけではない.正の仕事ループ W+ から割愛してもらったポンプ損失仕事 W - はあくまでも仕事として外界に捨てられる.排気エネルギー Q2 に含まれて捨てられるわけではない.ここでは熱効率は ηth = 1- {(Q2 + W -)/Q1} であり,捨てられるエネルギー形態として熱もあり仕事もありということになる.


・ 平均有効圧の呼び方,IMEP での混乱

 トルク Torque T と平均有効圧 Mean Effective Pressure pm とは,4-ストローク期間では,次の関係で換算する.欧州では平均有効圧 pm を [bar] の単位で言うことが多い, [MPa] で出した値を 10 倍すれば [bar] で言う値になる.


 近年,文脈によって,図示平均有効圧 IMEP が指し示す意味が変わるという事態に陥っている.正味平均有効圧 BMEP,摩擦平均有効圧 FMEP の組み合わせで出てくるときには BMEP = IMEP - FMEP であって,このときの IMEP は,Wind = - = W + - W - についての図示平均有効圧である.図示平均有効圧はシリンダ内の作動流体が 1 サイクルでなす仕事量という概念であるから,こちらの定義が真っ当なものである.

 ところが,NMEP = IMEP - PMEP のように出てくるときには,上に言う Wind についての図示平均有効圧は NMEP と呼ばれ,それと同時に IMEP は正のループ W + = だけについての平均有効圧にその意味を変える.すなわち:

NMEP: Net Indicated Mean Effective Pressure: これはこのページでいう,もともとの図示平均有効圧 IMEP のことである.せめて nIMEP と表示してはどうか.
PMEP: Pumping Indicated Mean Effective Pressure: ポンプ損失 W - ないしは
= についてのポンプ損失平均有効圧のことである.これについては混乱はない.
GMEP: Gross Indicated Mean Effective Pressure: p-V Diagram 上の正のループ W + ないしは = だけについての図示平均有効圧のこと.これが IMEP と呼ばれるので混乱を引き起こす.gIMEP なる表示を提案する.

 上述のエンジンブレーキのようなところでは,gIMEP はほぼ零,PMEP があるだけなので,nIMEP = gIMEP - PMEP の関係より nIMEP は負となるから,名称はともかくも,nIMEP, gIMEP, PMEP などの量で取り扱う意味がないわけではない.従来の IMEP の取り扱いでは,それが負になるというところまで考えることはなかった.旧来の気化器方式では燃料 Cut にはならなかったし,ディーゼル機関ではもともと絞り損失を考える必要がなかったためである.当然のことながら,nIMEP が負の領域でも,BMEP = nIMEP - FMEP の関係がそのまま生きており,そこに変わりはない.こうしたときには,Wind = - として減算の前後が取り扱われているのか,それとも WindW + - W - としてあるのかも見極めておかなくてはならない.

・ ポンプ損失を生まない気筒休止

 絞り弁を取り払ったり,可変バルブ閉時期/リフト制御を導入したりするとポンプ損失が減る.その効果分だけエンジンブレーキの効きが低下する.吸・排気弁を全く作動させず,燃料も Cut しておくなら,チャージの出入りがなく,p-V 線図上での圧縮履歴と膨張履歴はほとんど同一曲線となって,ループ面積が生じず,ポンプ損失をほぼ零にすることができる.これは 気筒休止 Cylinder Disactivation と呼ばれる.上の可変バルブタイミング/リフト機構のポンプ損失とあるところの図を参照されたい.濃紺太線 "吸気弁早閉じ" の極限が気筒休止である.気筒休止の場合には 吸入-圧縮-膨張-排気,四行程すべてで吸・排気弁全閉であり,シリンダチャージの出入り・漏れはほとんどないところが,単なるアクセルオフとは状況が異なる.

・ 強化エンジンブレーキ

 エンジンとしては通常,ポンプ損失はありがたくないものであるが,それを積極的に使わねばならないこともある.大型トラックでは乗用車などに較べ,最大車輌質量に対するエンジン排気量が相対的に小さいからエンジンブレーキはあまり効かないし,空車時と積載時とで重量配分が大きく変わるので,摩擦式ブレーキの他に排気管を閉じる排気ブレーキや強化エンジンブレーキを設置して車輌制動機能を確保する工夫がなされる.

 排気ブレーキ Exhaust Brake は排気管にバタフライ弁などを設けて排気管を閉塞し,背圧/排圧を上げることによってポンプ損失を増やして車輌に制動効果を与えるものである.しかし,それだけでは所要制動力が稼げないことが多く,そこを強化したものが圧縮開放ブレーキ Compression Release Engine Brake である.これはもともと Cummins で最初に発想されたジェイクブレーキ Jake Brake であり,エンジンコンプレッションブレーキ,エンジンリターダなどとも呼称される.エンジンブレーキの一種であって,流体式リターダや電磁式リターダの一変種ではないことに留意されたい.

 ピストンが上死点に近づいた圧縮行程の終り近くから上死点を越えてしばらく,燃料を噴かずに,排気弁を開け,圧縮されているシリンダー内の空気を排気マニフォールドへと解放する.

 ここにあげるのは,燃料噴射はコモンレール方式,ターボチャージャーは可変ノズル式,EGR などが施された,Bore φ130 mm 級のトラック・バス用のディーゼルエンジンにおいて,圧縮開放ブレーキを作動させたときの指圧線図実例である.

 右手前の図は,ほぼ全開負荷条件下での縦軸 logp 横軸logV 両対数表示の指圧線図であって,回転速度は 1,400 rpm,図示平均有効圧 IMEP 1.94 MPa である.圧縮行程がポリトロープ変化過程 pVn = const. でほぼ一義的に近似できることがよく解る.


 右上,奥の図は圧縮開放ブレーキ作動時の logp-logV 両対数表示指圧線図である.速度が落ちて,回転速度 1,100 rpm,ループは反時計廻りとなっていて,図示トルクとしては負.このとき,サイクル全体で負の図示平均有効圧 -1.02 MPa IMEP が得られ,全開時にエンジンが発する正の図示トルクのおよそ 1/2 とその絶対値は大きい.残念ながら,上掲の二図は両対数表示であって Linear な p-V 線図ではないため.一見しただけでループ面積の大小を比較できるわけではない.両対数表示なら,上で説明した正の仕事 gIMEP 発生ループを単純明快に表せるだけでなく,給・排気の過程を併せて詳しく表示することができる.一方で,計測時の僅かなノイズが大きく現れるのは已むを得ない.こうしたサイクルが順次続いて車輌の持つ運動エネルギーが吸収されて制動効果となる.この図を見ると,ポンプ損失が単なる流動損失などではなくて,"容積仕事" そのものであることが容易に理解されよう.圧縮開放ブレーキ作動時には途中でチャージの質量が減るので,サイクルを考える場合には注意が必要であろうが,サイクルに燃料 (熱) は与えられておらず,熱効率などを勘定する案件ではない.


 Still not fixed.


名古屋工業大学 機械工学科の 「エンジン工学」 という科目で講義していた内容の一部,もしくはそれをすこし増補したものである.
読者を想定している書きようであるかもしれないが,聴講者のある講義が基であるがゆえであり,本稿の趣旨は自分のためのこころ覚えである.

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