ノッキング Knocking,続き,その 1
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 下の図は,日産自動車動力研究所の中島らによって撮影された高速影写真であり,広く教科書などにも紹介されているものである.

 燃焼室上面の四割くらいが可視化窓になっている.吸排気弁と点火プラグは残りの部分にあり,可視化部分は点火プラグと対向するように配置されている.写真列では時間が左から右へと流れており,上段が点火時期遅延でノックが生じない場合の履歴である.黒い部分が皺火炎で,別のページで "スポンジ状" と表現したところである.皺火炎部分より右側が未燃混合気,いわゆるエンドガスであり,皺火炎部分より左の胡麻塩部が既燃ガスである.火炎帯形状に 楔形の凹み が現れることについては別のページを用意した.

 下段の写真列がノックが生じた場合のものである.左から 4 枚目でエンドガス全域が暗くなっており,この直後にエンドガスほぼ全域で 強い発熱 (爆発) がある.そのことはそこで急峻な圧力上昇が観測されていることから明らかである.

 通常の火炎伝播では燃焼室内に大きな圧力差が生じることはないが,この自着火に起因する爆発では,ときには,シリンダチャージのうち,爆発に関与する混合気質量割合が数十 % のオーダともなり,それが極々短時間で起こるので,爆発したエンドガス部圧力が他より高いというパルス的な不均衡を生む.これは圧力波としてそれ以外の場所へ伝わり,ときには衝撃波が立つ.ここでは,急激な熱発生が皺火炎帯の進行を押し戻す様子は写っていないが,この押し戻す速度が以下に述べる音速を超えていることも無いではない.それゆえ,これら一連の現象を デトネーション Detonation と表現するのをしばしば見受けるが,もちろんこれは本来のデトネーション (爆轟 ばくごう) ではない.すでに燃え尽きているので,デトネーション波面としての衝撃波をその後も自立的に維持する (Self-sustained) だけの可燃混合気が無いからである.それゆえ,超音速燃焼というようなことを考える必要はほとんどない

 その後の,圧力波の行ったり来たりは既燃ガス中での Acoustic vibration 音響振動であって,その様子を概略的に下の図に示す.エンドガスの自着火で起きたパルス的な圧力上昇が赤線で示される.圧力波は で決まる音速 c でシリンダ内を伝播する.実際には場は三次元的な形状変化があるので,圧力波の行ったり来たりとはいえ,概略図のように単純ではない.

 それにしても,薄い円盤状の燃焼室において圧力波が走るときの振動モードとして考えられるのは,下図に示すような Circumferential oscillation mode 端面方向振動, Radial oscillation mode 半径方向振動 である.シリンダ内の圧力振動は一次の端面方向振動 (ρ1, 0) モードが基本であり,これは例えば 7 kHz くらいの振動として,耳にもノック音として聴こえ,ノックセンサ信号としても捉えられる.

 下段の写真列,左から 3, 5, 6 枚目を見れば,発生核のようなものがある.Hot spot, Exothermic center というように言う人もいるが,現象を的確に表現しているかどうかは疑問である.エンドガス全域で均一というわけではないというに過ぎないであろう.自着火現象では,まだその理由ははっきりしないが,均一から圧縮が始まっても必ず不均一に出現するという性質がある.発火核から伝播しているように見えても,それはただ単に不均一であるが故に時間的位相差が生じているだけであると解釈してなんら不合理はない.写真列,左から 5, 6 枚目は 4 枚目の続きではあるものの,すでに圧力波が一,二回往復したあとの状況である.自着火前の不均一 が着火後,圧力波の往復で顕在化したと読める.

 上のノッキングの例は,点火位置がシリンダの端近くであり,エンドガスがその反対側に三日月にできる場合であるが,ペントルーフ形の燃焼室のように,点火プラグが燃焼室中心付近にあって,エンドガスが円周状に配置されると予想される場合においてもノック振動はたいていは,一次の半径方向振動 (ρ0, 1) モードが優勢となるのではなく,やはり一次の端面方向振動 (ρ1, 0) モードが優勢である.それは,燃焼室中心付近点火といえどもタンブル流の影響があって,エンドガスは完全な円周環とはならず,タンブルの影側に三日月形に残るからである.

 いまのエンジンには多くノックセンサーが付いていて,ノックの発生と同時にそれを抑制すべく点火時期を遅らせるから,ノックの音そのものが運転者に聞こえるという機会が少なくなった.低速ノック音の例低速加速時ノック音 の MP3 ファイルを用意した.前者は低速で要求負荷に対応し切れず,回転が落ちて来て Engine Stall に陥る寸前のノック (同一のものの五回繰り返し),後者では,加速・減速が繰り返されていて,加速の際にカリ・カリ・カリと聞こえるノック. * ノッキング音の実例を呈示すべく,"Engine Knock", "Knocking Sound" などを Keywords にして YouTube 動画を検索したら,多くのページに行き当たったが,本当にノッキング音が出ているところはほぼ皆無であった.車輌を走行させず,停止させ,車輌のボンネットを開けてエンジンを除き見て,カタカタと音を立てているのを録画したものに付帯している音はそのほとんどが,タペット叩音,ピストンスラップ音,主軸受かコンロッド軸受の打音であって,そこで派手に出ている音は火花ノックのノッキング音ではない.低速ノックでのカリカリという音なら,極低速からの加速時,高速ノックなら高速走行時の,共にエンジンに負荷がかかっているときに出る音であって,停車時の無負荷アイドリングで出る音とは全く別物である.

・ノッキングでピストンが溶ける

 燃焼室は金属壁面で構成されている.側面はシリンダが,上面はシリンダヘッドが,下面はピストンが囲んでいる.燃焼室内は低温の混合気のときもあれば,それが圧縮されて,温度が持ち上げられた混合気のときもある.さらに高温になるのは燃焼終了時であって,燃焼ガス温度 Tburnt は容易に 2200 K 以上になる.この温度は金属の融点を超えるものであるから,エンジンは冷却されている.この様子を模式的に描けば右端の図のようであり,これは 接近消炎距離 のページで,伝播火炎の Head-on Quenching として説明したところのものと同じである.

 冷却剤温度 Tcoolant は,例えば水冷の場合には 80 - 90o C (353 - 363 K) に設定されている.燃焼室,ガス側の壁に接して層流底層 Laminar Sub-Layer, Viscous Sub-Layer があって,そこで急峻な温度勾配があり,ガス側壁温は例えば 150o C と金属材料の融点より十分低く保たれる.すなわち,消炎距離と層流底層とはその長さそのものはともかくも,そこの温度は火炎温度,燃焼ガス温度に較べてしっかりと低いという意味で同義であり,温度境界層になっている.金属壁内部の熱伝導はガスや水より大きいので,そこの温度勾配は僅かなものである.

 ノッキングを生じさせる自着火はエンドガスで起こり,その名のとおり端,つまり壁に近いところで爆発する.その爆発の圧力波がこの温度境界層を強く圧縮して破壊し,同時に高温の燃焼ガスは直接金属壁に当たり,ガス側金属壁面温度を上げる.燃焼室壁面で冷却が苦しいのは,背面に確実な冷却剤が用意されていないピストンと吸排気弁であって,ピストン材質は一般にアルミ合金でその融点は低く,最初の自着火位置に相当するピストンのトップランド部位がまず高温燃焼ガスに曝される.高温既燃ガスの圧力波は上述の端面方向振動 (ρ1, 0) モード,半径方向振動 (ρ0, 1) モードで何度も端面を襲い,Heavy Knock では上の写真のようなピストン溶損* へと進む.写真左手が自着火位置である.ピストンクラウンが最も薄いから,場合によっては写真のように貫通穴ができる.
 * かつては,東名高速道路,春日井インターチェンジ下の修理屋へ行けば,こうした溶損ピストンを見ることができた.

 しかしながら,ピストンに穴が開くというようなことは,低速のノック,交差点で左折してトップギアのままアクセルを踏んだらカリ・カリ・カリといっているような,1,000 rpm 程度の低速ノックでは起こらない.低速ノックは回転が上がるとともに消える.以下に述べるような高速ノックが別途存在し,危険なのはそちらである.

 ノッキングでピストンが溶けるのは,ガス側の温度境界層が破壊されるためであって,燃焼温度がことさら異常に上昇するというわけではない.大阪に 蘆月 という料理屋があって紙鍋で鍋料理を出すことで知られている.ガス側温度境界層が低温に保たれているかぎり,燃焼室壁は紙であって差し支えない.密閉形でない,単発の燃焼実験を実験室でするのなら,卒業証書を入れる紙筒でも塩化ビニールの樋でも十分その役を果たす.消炎距離が無限小でないことは,燃焼効率 から見れば有難くないが,エンジンを壊さないという点では必要不可欠である.


・低速ノックは回転が上がれば収まる

 ノッキングが起こるか起こらないかは,エンドガスで自着火が起こるか起こらないかで決まる.自着火が起こるのは,エンドガスに喰い込んでくる伝播火炎がエンドガスを嘗め尽くして燃え終わるより前に,エンドガス中で燃料の分解・酸化反応が進行して,熱炎爆発に至るからである.このエンドガス中における燃料の分解・酸化反応のことを 前炎反応 Preflame Reaction という.前炎反応の "炎" とは,急激な熱発生を伴う "熱炎" であり,前炎反応はその前駆である.

 すなわち,ノッキングが起こるか起こらないかは,"火炎伝播が進行するのと前炎反応が進行するのとの競合" の結果で決まる.この様子を漫画にしたのが右の図であり,前炎反応は逃げる七面鳥に,伝播火炎は斧を翳して追いかける騎兵隊員に例えられる.

 下表は火花点火で始まる火炎伝播と自着火前炎反応とについて,チャージの乱れがどのように作用するのかを示したものである.チャージの乱れ u' はエンジンの回転速度 N にほぼ比例することは別途 火炎伝播/燃焼速度のページ に説明してある.「なぜ回転速度が上がると火炎速度が大きくなるのか」のところを見ていただきたい.伝播火炎/騎兵隊員の走る速度はエンジン回転速度 N が上がるにつれて上がる.

 一方,前炎反応の進行速度について,チャージの乱れがどう効くかに関しては,確立した明確な結論はまだ得られていないという以前に研究データがほとんど無いが,当方のいくつかの実験結果は抑制 "Delayed" に働くと示唆している.少なくとも促進に働くということはない.つまり,自着火前炎反応に関しては,エンジン回転速度 N が上がるにつれて速くなることはない.

 1,000 rpm くらいから 2,000 rpm あたりまでで起こるノッキングでは,"火炎伝播と自着火前炎反応との競走" は,回転が上がれば必ず火炎伝播が勝つ.それゆえ回転が上がりさえすればノックは収まる.

 1,000 rpm くらいでトップギアのままアクセルを踏んで加速しようとしたらカリカリとノック音が出たとしても,加速するだけのトルクはなんとかあるから,徐々にではあるにせよ回転は上がって,2,000 rpm くらいになればノック音は聞こえなくなる.七面鳥は食べられる運命にある.このようにノックはまずエンジン回転速度の低いところで起こるので,下で述べる高速ノックと区別してこれを 低速ノック と呼ぶことがある.低速でも低負荷では起こらず,アクセルを踏んで,絞り弁を開けたとき,つまり低速・高負荷でノックが起こる理由については,このページの説明に加えて,前炎反応の圧力依存性 を説明しなければならない.これについてはもう一段深い別のページを用意した.ここでは 前炎反応の圧力依存性が高い からであるとだけ先に述べておく.

 * 上の表中,火炎伝播の基本は層流火炎の燃焼速度 SL であることは 火炎伝播/燃焼速度のページ で説明したとおりである.自着火の基本は 着火遅れ時間 τ であり,これについては前炎反応の進行速度に対するチャージ乱れの効果とあわせて,ページを改めて説明する.ガソリンのページ で述べた ハイオクタン/プレミアム ガソリン はレギュラガソリンに較べてこの 着火遅れ時間 τ が長い.自着火しにくいことの指標がこの着火遅れ時間の長さ,あるいは自着火時期の遅延 "Delayed" である.

 ガソリンのオクタン価はノッキングとの関連で定義されており,ノッキングは 火炎伝播と自着火前炎反応との競走 で決まる.エンジンでは火炎伝播も自着火前炎反応も混合気流動のある乱れ場で現象しているが,オクタン価は前者の火炎伝播とは無関係であり,後者の自着火前炎反応のみに関係している."ハイオクタンガソリンは燃えにくい" というような表現が誤りであるのは,それが前者の火炎伝播の困難さを助長すると述べているからであり,それは事実と異なる.ノッキングの成否に関して,オクタン価の高低で火炎伝播が変わるという現象は起こらない.火炎伝播の大枠は混合気流動の乱れ u' でほぼ一義的に決まり,おおまかには乱れ u' はエンジン回転速度 N に比例する.

 ここでノッキングを説明しても,ノッキングの音を現実に自らの耳で聞いたことのある人は少ないようである.体験している人はすでに 65 歳以上の高齢者だけかもしれない.低速から加速しようと絞り弁を開けた瞬間に出ていたあの音のことである.それらしき音でかろうじて拾えたものを上に挙げた.現今ではノックセンサーを使って,ノックしそうになると点火時期を遅らせているから,ノッキングの音そのものが日常には生じていないのである.次項の "高速ノック" については,幸いにも,音声ファイルを出している Web site がある.効果音を集めた CD などにもあたってみたが,ノックしている音はない.あの "低速ノック" のカリカリという音のする場面がなかろうかと,古い昔の映画を観るときには必ず気を配っているのであるが,未だ見つけられない.自動車技術会が 2004 年度に "ガソリンエンジン車の自動車音源 CD < j2004-31>" なるものを発売したと聞くが,それはまだ調べていない.

・高速ノック

 低速ノックとは別に "高速ノック" がある.4,000 rpm でも 5,000 rpm でも起こるが,これについて教科書や論文に記述がほとんど見られない.

 低速のノックは 1,000 から 2,000 rpm あたりで起こり,カリカリという感じの音が出る.回転が上がってくるとこれは収まる.高速のノックはこれとは違うものである.ドイツのピストンメーカ Mahle によるノックメータのパンフレット*1 に詳しく出ていた.いま手元にないが,MTZ の記事*2 になっているとの教示を得た.それが右の図で,"高速ノック" のあらましを最初に知ったのはこれによる.

 *1 MAHLE Broschüre "KI-Meter", 1983 年頃,カラーで印刷されていた.
 *2 Betz, G. u. Zellbeck, H.: Das MAHLE-Ki-Meter zur quantitativen Bestimmung der Klop
fintensität, MTZ 44-6, (1983), 231-234

 縦軸は Mahle 社が定義する "ノック強度 Klopfintensitätsfaktor/Knock Intensity Ki",これについては別ページを用意する.横軸は点火時期,右上がりの斜めに表示された軸がエンジン回転速度である.1.3-liter, 4-cylinder, ヘロン形燃焼室を持つエンジンで,全負荷条件下の様子が示されている.Ki 値 25 以上は激しいノックであるという.2,000 rpm で出ていたノックが 3,000 rpm に揚ると弱まる.しかし,4,000 rpm, 5,000 rpm では再びノックは起こり,激しいうえに,点火時期遅延でも容易に消えない.

 高速ノックについては個人的に経験があり,遥か昔,大阪,堺,一条通りの廉価スタンドでガソリンを入れ,名神高速道路を名古屋に向かって走っていたら,栗東の近くで急にエンジンからジージーーという音がし始め,みるみる水温計の針が上がった.昔のことで,18R のマーク II であったが.回転速度は 3,000 rpm より少し上だったと記憶している.急ぎ減速して,次のサービスエリアでハイオクタンガソリンを足して名古屋まで帰った.いまでも洗浄用やキャンプの燃料に使われているホワイトガソリンを入れたら実際に経験できるであろう.実際におやりになってエンジンが壊れても,私は責任をとれないが.

 高速ノック音ここ で聞くことができる.

 本当にピストンが溶けるようなノッキングは,実は低速のカリカリというものではなくて,こちらの高速ノックの方だと考える.しかし上述のように資料がない.大学で実機で実験するのはかなり困難であるし,エンジンが一瞬で壊れると危険である.ピストンのトップランドが溶けると多分シリンダとのあいだでスティックするであろう.これが起こる理由については三つばかり説を発表しているが,自分でもまだ確定的なことは判らない.メーカのエンジン研究者には高速ノックは知られた現象である.これが市販のエンジンで二三起きればリコールものであり,これが現実にエンジンの圧縮比を決めていると思われる.

 高速ノックの実験を大学で実機で行うのは困難であると上に述べたが,その理由は例えば右図のような状況が予想されるからである.この写真は昔,Kistler 社のカタログ,表紙に出ていたものであり,実車搭載ではなく,台上試験であるが,排気系とターボチャージャが赤熱状態にある.運転条件は明らかでないが,高速・高負荷であることは間違いない.金属壁はピンク色の,あたかも透けて見えるかというくらい淡い色になる.これを近くで見ると相当に恐ろしい.

 自動車を高速で運転するという行為は自分の足先 1 m 足らずのところにこのような高温物体を抱えているということである.見えていたらとても運転していられないであろう.ドイツの Autobahn で深夜,実験車と観測用車輛とを並走させたその観測用車輛に同乗し,実験車前輪の奥で光るこれを間近に見た.ノックしだすと冷却損失が増えるので,排気系が急速に冷えることも知られた.


 高速ノックの発生理由として考えていることはいまのところ:
1) 伝播火炎と前炎反応との干渉
 1-a) 強い流動によって伝播火炎の反応中間生成物が未燃混合気と混ざった後にしばらくしてその部位が爆発に至る.
 1-b) 伝播火炎が未燃混合気に向かって蒔く O, H, OH などの活性基を前炎反応が喰う.それによって伝播火炎の反応速度が低下し,前炎反応は活性基の援助を受けるだけでなく,反応を進めるだけの時間的猶予まで与えられる.これは 楔形エンドガス として現れる.
2) 圧縮速度の上昇:混合気の圧縮にかける時間が極端に短くなると,着火遅れ時間が短くなるという性質がある.
の三種である.

 前にも書いたように,オクタン価の測定法は低速で規定されてはいるが,高速ノックに対しても,燃料のオクタン価を上げれば必ず減る方向には行くはずである.

 6,000 rpm 以上のことは経験がないので,正確なことは言えないが,そういう領域でも高速ノックは起こるとのことである.高速高負荷運転領域は現在の市販ターボ過給エンジンでは空燃比 11 という超過濃混合気で運転してノックを防いでいる領域である.かつて第二次大戦のときの戦闘機の上昇時がこれに近い運転条件である.とにかく燃料をどんどん吸わせてノックしないようにしているわけで,この手法は "Fuel Cooling" と呼ばれる.いまの教科書には載っていないが,車は発売されている.いちど濃くしてみて,それで収まるなら高速ノックである.

 通常運転の 混合比 は理論混合比近くであり,およそ 15 である.空燃比 11 では燃料の 1/4 が発熱せずということになる.CO になって排気管から放出されている.ノックは空燃比 13.5 -14 あたりで最も起こりやすく,それより濃くなっても,薄くなっても起こりにくくなる.Fuel Cooling では濃くしてノックを防ぎ,トルクをなんとか確保している.ノック防止対策に濃い方だけを使って,薄い方を使わない.Fuel Cooling という言葉からも想像できるとおり,これには燃料の蒸発熱,気化熱で混合気の温度を下げるという効果が入っている.空燃比 13.5 - 14 あたりで最も起こりやすく,それより濃くなっても,薄くなっても起こりにくくなる,と言ったとき,温度条件はほぼ同じということが暗黙の前提になっている.しかし現実には燃料の蒸発による温度降下があるから,温度条件は空燃比を変えると変わり,濃い方では温度が下がって耐ノック性を上げるが,混合気を薄くするとこの温度降下が期待できない.

 けれども,ガソリンの蒸発潜熱はそれほど大きくなく,70 - 80 kcal/kg 程度である.空燃比 10 のときの温度低下を大雑把に計算してみると,空気の比熱を 0.24 kcal/(kgK) ガソリンのそれを 0.4 kcal/(kg⋅K) として 25 - 28 K(25 - 28o C)くらいになる.それだけ圧縮始めの温度が下がるわけで,そうすると,圧縮比 10 で,圧縮のポリトロープ指数を 1.33 として,圧縮終りの点火時期あたりで 52 - 60 K(52 - 60o C)くらい下がることになる.

 混合比を濃い側に振ってノッキングを回避する手法の効き目は,燃料の増量でその蒸発潜熱量増加がチャージの温度を下げることでそれが実現されるというに留まらない.火炎速度 wF を上げ,さらには皺火炎領域,スポンジ状部位での反応速度をも上げて,ノッキング抑制に貢献する.このことは 火炎伝播のページにある一節 で説明してある.


 高速ノックの発生理由を含め,火花ノックが起こる理由を解説せよと言われて出した小文があるので,ここにその pdf ファイルを置く.

Initiations of Engine Knock: Traditional and Modern
Y. Ohta
Flame Structure, Vol. 2, 1991, O. P. Korobeinichev: Ed., 372-375, USSR Academy of Sciences, Siberian Branch
Paper presented at the Third International Seminar on Flame Structure, Alma-Ata, USSR, September 18 to 22, 1989

There is no faultless fundamental explanation of the engine knock over the range of engine conditions at which knock occurs. The widely accepted end-gas autoignition theory is available only for the knock at low engine speeds. There has to be other mechanisms which lead high-speed engine knock, potentially most damaging. In this paper the approaches to the in-cylinder autoignition are reviewed and three novel mechanisms are proposed on the basis of our experimental observations. The proposed mechanisms would give more appealing interpretations for the high-speed knocking and former non-autoignition theories of knock initiation.

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 Still not fixed.


名古屋工業大学 機械工学科の 「エンジン工学」 という科目で講義していた内容の一部,もしくはそれをすこし増補したものである.
読者を想定している書きようであるかもしれないが,聴講者のある講義が基であるがゆえであり,本稿の趣旨は自分のためのこころ覚えである.

「言わずもがなのことだが,内容の一部であろうとも 無断転載を禁ず
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