中国が軍事力を飛躍的に向上させた真の理由
中国・北京で行われた軍事パレードで天安門の前を通過する弾道ミサイル「東風26」(2015年9月3日撮影、資料写真)。(c)AFP/ANDY WONG 〔AFPBB News〕
人民解放軍の近代化を推し進めた旧ソ連の技術遺産
昨今、中国の軍事的台頭が著しい。まだ立ち遅れている部分も少なくはないが、かつての人民解放軍に比べれば格段の近代化が進んだことは事実である。
少し前まで見られたような、人民解放軍を「張子の虎」であるとして見下すような論調はもう通用しない。
ところで、こうした急速な近代化を可能としたものは何だったのだろうか。
中国の経済的な躍進と、これに伴う科学技術力の急成長が背景にあったことは間違いない。だが、それと同時に見過ごせないのが、外国からの技術導入である。
なかでも、旧ソ連諸国は、人民解放軍の近代化に不可欠の先端軍事技術を幅広く供給してきた。
1989年の天安門事件で欧米諸国の制裁を受け、西側の軍事技術を導入できなくなっていた中国と、ソ連崩壊で壊滅状態に陥っていた旧ソ連の軍需産業との利害がちょうど一致した結果であった。
では、具体的に旧ソ連の技術遺産が人民解放軍の近代化にどのように貢献したのだろうか。本稿ではこの点を少し具体的に検証してみたい。
カギは「技術移転」
1990年代以降、人民解放軍は旧ソ連の先端兵器を大量に導入し始めた。
「Su-27」戦闘機に始まり、超音速対艦ミサイルを装備したソブレメンヌィ級駆逐艦や「S-300」長距離防空システムを大量に購入し、技術的には2流に過ぎなかった人民解放軍は短期間のうちに「1.5流」くらいまで急成長したのである。
武器輸出の統計調査で有名なストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の推定によれば、ソ連崩壊後の1992年から2017年の25年間で中国が輸入したロシア製兵器の総額は約400億ドルにも及ぶ。
だが、この統計には、技術、ノウハウ、技術者などの技術移転は含まれていない。中国の独自武器開発能力の向上を考えるうえで真に重要なのは、こうした技術移転であることは言うまでもないだろう。
中国の軍需産業に詳しいロシア科学アカデミー極東研究所のワシリー・カーシンとカーネギー財団モスクワ・センターの中国専門家アレクサンドル・ガブーエフが2017年にまとめたリポート『武装せる友情:中露はいかに武器を取引しているか』(参照=https://carnegie.ru/2017/11/02/ru-pub-74601)によれば、ロシアから中国への軍事技術の移転は一般に想定されていたよりもはるかに大規模なものであったようだ。
問題のリポートによれば、ロシアは通常の武器輸出に加え、航空機、艦艇、ミサイルの開発・設計支援やライセンス生産など、極めて広範な技術支援を行ってきた。重要なのは、これが中露両国の合意の下に行われた合法的な技術移転であったことだ。
かつて中国がロシア製のSu-27戦闘機を勝手にコピーしてトラブルになったことは広く知られている。これに関連してロシア空軍基地からSu-27戦闘機の部品を違法に運び出そうとしたとして中国人スパイが摘発されたこともある。
しかし、それ以上に幅広い領域で軍需産業間の協力も行ってきたのである。こうしてロシア式の軍事技術を学んだ中国は、これを独自開発技術と結びつけ、世界有数の武器開発国にのし上がりつつある。
違法コピーを行うにしても、ロシア製の高度な武器をコピーするにはそれなりの技術力がなければ不可能であるから、この意味でも中国の技術力を侮るべきではない。
ウクライナというブラックホール
この意味では、旧ソ連のもう1つの技術大国、ウクライナの存在は無視すべきではない。
帝政時代から重工業の集積地であったウクライナは、ソ連崩壊後、ソ連の膨大な軍需産業基盤を受け継いだ。だが、ソ連崩壊後も巨大な軍事力を維持したロシアとは異なり、新生ウクライナ軍の規模は極めて小さなものであった。
現時点で最新の2016年度版ウクライナ国防白書によれば、ウクライナ軍の総兵力は20万4000人とロシア軍の5分の1に過ぎず(これでも紛争勃発後、かなり増強されている)、国防費に至っては594億フリブニャ(約2400億円)でしかない。
このうち装備調達費は93億7000万フリブニャ(約386億円)であるから、巨大なウクライナの軍需産業を内需だけで食べさせていくことは到底不可能だ。
2014年時点でウクライナの軍需産業が生産品の97%を輸出に回していたのはこうした事情による。
こうした中で、ウクライナは合法・非合法の様々な形で機微な軍事技術を中国に移転してきた。
合法の技術移転として知られているのは、ウクライナ最大の航空機メーカーである国家コーポレーション「アントノフ」(旧ソ連の主要な輸送機設計局であったアントノフ設計局の後身)によるものだ。
同社は2000年代から中国との協力を行っており、中国初の国産大型輸送機である「Y-20」の開発を支援したほか、日本のリージョナル旅客機「MRJ」のライバルである「ARJ21」の開発にも協力している。
2016年には、アントノフが開発した世界最大の輸送機「An-225」の技術情報を中国に売却することでも合意が成立した(An-225を中国でライセンス生産するとも見方もあったが、これは中国側が明確に否定)。
さらに問題なのが、非合法の技術移転である。
2005年に明らかになったところでは、ウクライナの武器ブローカーが長距離空中発射巡航ミサイル「Kh-55」を中国に6発、密輸していたとされる。
ミサイルはいずれも使用可能な状態になかったとされるが、射程300キロ以上のミサイルの移転を禁じたMTCR(ミサイル技術管理レジーム)に対する明確な違反である(中国はMTCR加盟国ではないが、ウクライナは1998年から加盟国)。
また、最近では、中国が開発している「DF-41」大型ICBM(大陸間弾道ミサイル)の鉄道移動バージョンにもウクライナの技術が使われているのではないかという懸念が米国の専門家から寄せられるようになった。
ウクライナはソ連でも有数の大型液体燃料ミサイルの開発メーカーであったユージュノエ設計局(旧ヤンゲリ設計局)を受け継いでおり、その技術遺産には鉄道移動式ICBMが含まれている。
ウクライナ人技術者を巡る中露の競争
中国は、技術遺産だけでなく、「人」にも目をつけている。
2017年にロシアの有力紙『独立新聞』(9月7日付)が報じたところによると、中国はアントノフ社のほか、ユージュマッシュ(前述したユージュノエ設計局の関連企業で液体燃料ロケットおよび弾道ミサイルの生産を担当)やモトール・シーチ(ジェットエンジン製造企業)の技術者数千人を中国に招致し、家族とともに暮らせる特別区を作って研究開発に当たらせているという。
ただでさえ資金難のウクライナ軍需産業だが、2014年にロシアとの紛争が勃発して以降は最大市場であったロシアへの軍需品輸出が全面禁止され、大量の失業者が出ている状況を中国が利用している格好だ。
実は、同様の取り組みは紛争当事国であるロシアも行っている。
失業者や難民キャンプに逃れた紛争罹災者の中から有用な技術を持つウクライナ人技術者を探し出し、ロシアの軍需産業にスカウトしているのだという。ウクライナ人であれば同じソ連の技術体系を共有しており、言葉の壁もないので、即戦力というわけだ。
ただ、前述の『独立新聞』によれば、ウクライナ人技術者の獲得競争でロシアは遅れを取っているという。提示できる給与の額が、中国とロシアでは桁違いなのだろう。
こうしてみると、遠いウクライナの紛争が日本近辺の安全保障情勢にも大きな影響を及ぼしていることが見て取れる。
今も中国の軍需産業では旧ソ連の技術遺産を受け継いだ旧ソ連の技術者たちが活躍しているはずである。
筆者:小泉 悠
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