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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

最終章 完結編

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第二百六十一話「34歳」

 目が覚めた。

 不思議な夢を見た気がする。
 なんかこう、幸せな夢だ。
 シルフィとロキシーがいた。
 エリスはいなかったけど、エリスによく似た子はいた。

 ふわふわした夢だが、しっかりと覚えている。
 俺が死ぬ夢だ。
 なんとなくだが、俺はあの後、二度と目を覚まさなかったとわかる。
 しかし、心地は悪くなかった。

「ん?」

 ふと見ると、一人の少女が俺の手を取って、固まっていた。
 青い髪の少女。後ろ髪を一本のおさげでまとめている。
 彼女の右手には俺の手が、左手には、腕輪が握られている。
 その表情は、蛇に睨まれたカエルのようであった。

「……ごめんなさい」

 いきなり謝られた。
 悪いことをしたら謝る、教育の成果だろう。

「欲しくなっちゃったのか?」
「……違う。お姉ちゃんにお父さんの腕輪の下に、すごいカッコイイ隠された紋章があるって言ったの」
「ほう」

 無論、そんな隠された紋章など存在しない。
 俺は選ばれし民ではないのだから。

 しかし、よく見ると、腕輪を持つ彼女の脇。
 サイドテーブルの上に、筆が置かれているのが見えた。
 あんなもの、寝る前にはなかったはずだ。

「書こうとしたのか」
「…………ごめんなさい」

 嘘を誠にしようとする行動力。
 褒めるべきか、怒るべきか。
 いや、ここは怒るべきだな。うん。
 親は娘に対しては、教育の責任があるのだ。うむ。

「ララ、嘘をついたらいけないよ。お姉ちゃんに謝ってきなさい」
「はい……」

 ぽんと頭を撫でてやると、ララはしょぼくれた顔で部屋から出て行った。
 彼女が部屋を出るとき、白く大きな毛玉が見えた。
 レオが部屋の外で見張りをしていたらしい。

 俺は腕輪をつけようと思い、ふと、筆に目が止まった。
 俺はそれで自分の腕にミグルド族の紋章を書いて、ベッドから出た。

「うー……頭いてぇ……飲みすぎた」

 昨日の宴会の影響か、やけに痛む頭を押さえながら。


---


 ビヘイリル王国の戦いから約10年の歳月が流れた。
 俺は今年で34歳になる。

 この10年は、とても平和だった。
 10年の間、ヒトガミからの妨害は無かった。
 本当に、ピタリと、止まった。
 最近は、ヒトガミのヒの字も見ない年が続いている。

 無論、俺は警戒を解いてはいない。
 いつどこで、どういう形で攻撃があるのかと警戒しつつ、以前と同じように、対ラプラスに向けての準備を続けている。
 とはいえ、ヒトガミのちょっかいが無いとなると、物事はスムーズに進む。

 最初の5年で世界各国に声をかけ終わった。
 ダメな所もあったが、概ね、全ての国が同意してくれた。
 なので、今は魔法大学やアスラ王国で無詠唱魔術の研究や指導に力を入れている。
 さらに、ラプラスが行うであろう戦略・戦術への対策を、各国の軍部に指導に行っている。

 それと平行して『ルーデウス』の名前を隠し、『サイレント・セブンスター』の名前で活動するようにしている。
 いつぞや語られたナナホシの仮説があっているかどうかはわからない。
 だが、『もし元の世界から友人が来ていた時の事を考え、自分を探す手がかりにしてほしい』という彼女の意見を受けて、彼女の名前を広めている。
 悪名も轟かせてしまっているが、まぁ、いいだろう。
 ひとまずは知名度優先だし、異世界からの人間なら、俺が彼女の名前でやろうとしたことの意味というか、利便性をわかってくれるはずだ。

 最近はオルステッドの魔力の回復速度を上げるべく、魔力回復剤の研究をしている。
 一応、魔力を回復するポーションは出来たのだが、なぜかオルステッドの魔力は回復しない。
 人族と龍族で魔力の質が違うのか、それとも何か別の理由か。
 もう少し研究は進めてみるが、この方向ではダメな気がしてならない。
 ひとまず、ポーション自体は大ヒット商品になったから、まったく無駄ってわけでもなかったが。

 他にも、やるべき事は数多く残っている。
 まだまだ休む暇はない。


 子供たちは大きくなった。
 ルーシーは17歳。
 ララは15歳、アルスが13歳。
 ジークが11歳だったか?
 みんな、すくすくと成長している。

 あの後、さらに子供も二人生まれた。
 ロキシーとの子供の、リリ・グレイラット
 エリスとの子供の、クリスティーナ・グレイラット
 二人とも女の子だ。
 六人兄弟。
 子沢山だ。
 しかし、女の子ばっかりだな。グレイラットの血筋は女系家族なのかもしれない。

 ルーシーが7歳になった時に家族会議を行い、教育の大まかな方針を決めた。
 といっても、7歳から魔法大学に入学させ、卒業後に成人祝いをしてから、アスラ王国の国立大学に3年間通わせる、といった程度の事だ。
 子供に何かを強要しないというのが俺の持論であるが、教育の場や、進むべき方向への道標は用意してやらなければいけないと思っている。

 アスラ王国の国立大学に俺の子供を入学させるというのは、アリエルたっての要望だった。
 俺はアリエルに大きな借りを作ってきた。
 血のつながりを作るから、一人を自分の婿に!
 とか言い出されたら流石に断るが、子供を入学させてほしい、程度の事だったらノーとはいえない。
 借りは少しずつ、返していきたい。

 ちなみに、アリエルはビヘイリル王国での戦いの後、子供を産んだ。
 相手が権力を持ちすぎるため、結婚はしていない。
 さらに後宮には大勢の妾を抱え込んでいるそうだ。
 現在アリエルには5人の子供がいるが、そのうち4人は誰の子供かわからない、とルークが青い顔で頭を抱えていた。
 そんな状態で一人は父親がわかるのかと疑問を持ったが……今思えば、もしかすると、その判明している父親というのは、ルークなのかもしれない。

 アリエルは次なる計画として、うちの子供とその5人の誰かをくっつけようと画策しているらしい。
 個人的には政略に利用されるのは嫌だが、成人を迎えた本人同士が納得しての事なら許そう、と思っている。
 子供たちはまだ若く幼いが、一年経過する毎に大人になっていくのがわかる。
 特に、ルーシーあたりはもう立派に、判断力のある大人である。

 かといって、大人の方がより大人になったかというと、そういうわけでもない。

 俺は正直、自分では変化がわからない。
 悪い部分が改善したと思ったら、また別の悪い部分が出てくる。
 直した部分が再悪化したりもする。
 似たようなことを繰り返しつつ、歳だけ食っている感じだ。
 顔だけは、年々老けていってるのが分かる。
 最近では、ほうれい線とか出てきた。
 シルフィは「そんな所もいいんだよ」と言ってくれたが、シルフィの見た目が若いせいで、なんか申し訳ない気分だ。

 シルフィは順調に歳を重ねているように見える。 
 だが、俺と同い年というわりに、姿の変化が遅い。
 俺と同い年だから今年で34歳になるはずだが、まだ20歳前後に見える。
 肌もピチピチで、子供を二人産んだというのに、尻も小さい。
 相変わらず抱き心地もいい。
 ただ、中身は順調にもうすっかりおばさ……お母さんで、小言が多くなってきた。

 ロキシーは変わらない。
 見た目も変わらないし、言動もあまり変わらない。
 と、いうと怒るが、褒め言葉だ。
 変わらず、俺がダメな事をすると、師匠として指導をしてくれる。
 変わらずドジもするが、七転び八起きとも言う。人は失敗してナンボだ。

 エリスは、見た目からして一番変わったか。
 俺と同じく、順調に歳を重ねている感じだ。
 ただ、日頃から鍛錬を欠かさないせいか、俺よりずっと若々しく見える。肌年齢は、まだ20代後半ぐらいだろう。
 二人目の子供を産んでから性欲の方は減衰したようだが、時折襲われる事もある。
 シルフィとは逆で、中身の方はあまり変わっていない。
 だが、子どもたちに剣術を教えるようになってから、前より凶暴性が落ちた気がする。
 我慢強くなったのだ。
 相変わらず、無断で尻や胸を触ると殴られるが、それは当然の事だろう。

 リーリャとゼニスは、見るからに老けてきた。
 二人ともまだまだ元気だが、リーリャなんかは元々足が悪かったせいか、腰痛や肩こりの症状が出るようになってきた。
 治癒魔術で治るには治るが、一年ぐらいしたら再発する。
 完治は中々難しいようだ。

 その他の連中も、順調に歳を重ねている。
 ザノバも、クリフも、もう立派なおっさんだ。
 それぞれ仕事と家庭を持ち、忙しく動きまわっている。
 もし、それぞれに問題が起こった時は、互いに助けあってもいる。

 ノルンとアイシャも、それぞれ嫁に行った。
 相手は……それぞれちょっと複雑な相手だが。
 まあ、その点についてはきちんと話し合って納得したから、今更俺が言うべきことはない。

「……」

 それにしても、34歳か。
 思い入れのある年齢だ。


---


 その日の昼間、俺はある場所を訪れていた。
 郊外にある、小高い丘の上、丸っこい石がズラリと並ぶ場所。
 墓地だ。

「どうも、いつもありがとうございます」

 いつも通り、入り口にいる墓守に一言だけ礼を言って中へと入る。
 この墓地も、この十年で墓が増えた。
 人は死んだり生まれたりするが、墓石はあまり減らない。
 他の墓地だと、家族が全員いなくなったら、墓が取り壊される事もあるが、
 ここは貴族用の墓地だから、家が潰れない限り、墓が無くなる事はない。
 そして、ラノア王国と魔法都市シャリーアは、ゆっくりと力をつけている。
 それに伴い、貴族の数も増え、墓も増えるというわけだ。

 俺は一つの石の前に立つ。
 パウロ・グレイラット。
 そう書かれた丸い墓標。
 立てた当初に比べて、かなり古ぼけてきた石だ。

 持ってきた掃除道具で、その周辺を掃除し、墓石を磨いた。
 その後、墓前にお酒を供え、手を合わせた。

 ここに来るのも、久しぶりだ。
 昔は、事ある毎に来て、あれこれと報告していたものだが、最近は足が遠のいてしまった。
 それでも、年に一度、家族全員でお参りはしているのだが……。
 なんだろうな、気持ちの問題かな。
 年に一度のお参りは、パウロに会いに来ているというより、そういう行事だから来ている、という印象が強くなってしまっていた気がする。
 感謝の念が足りないのだ。

「父さん、みんな元気に過ごしています」

 最初にそう告げてから、ひと通りの近況報告。
 これも毎年していることだが、一応だな。

「俺は、今年で34歳になります」

 34歳。
 前世の俺が、死んだ年齢だ。
 あれよ、あれよという間に、こんな年齢になってしまった。
 だが、なぜだろうか。
 前世よりも、34歳になるまでに時間が掛かった気がする。
 やることが多いせいだろうか。
 それとも、前世に比べて、より多く動いてきたからだろうか。

「ただ、34歳になるというのに、74歳で死ぬ夢を見てしまいました」

 あの夢は、なんだったのだろうか。
 ただの夢だったのか。
 それとも、ヒトガミが見せた未来だったのか。

 ヒトガミは封印されていた。
 俺は満足そうに死を迎えていた。

 丁度、ララが俺の腕輪を外した瞬間でもあったから、ヒトガミが介入することは出来ただろう。

「もし、あれが本当の未来なら……」

 もし、ヒトガミがあれを見せたというのなら、あれが、今まで頑張ってきた事の成果なのかもしれない。
 ビヘイリル王国の戦いで、俺達は勝利した。
 あれが、本当に最後の戦いで、ヒトガミは俺とオルステッドに勝利する手段を失った。
 ゆえに、ヒトガミは諦めたのだ。

 なにせ、もう10年も、ヒトガミからの妨害が無い。
 もう、なんにも、だ。
 もしかすると、影でこそこそ動いているのかもしれないけど、
 ギースやバーディガーディの言っていた通り、本当に音沙汰が無い。
 時折、何のために動いているのか、忘れてしまいそうになるほどに。

「俺はもう、頑張らなくてもいいってことなんですかね?」

 ヒトガミが本当に諦めたのなら。
 俺の仕事が終わったというのなら。
 俺は、今の仕事を半分ぐらいにして、もっと緩やかに生きてもいい気がする。
 3日に1度ぐらい妻と1日中、子作りに励んだり、
 子供たちに色んなことを教えたり……。
 そんな、隠居暮らしを送ってもいい気がする。

「なんてね」

 俺はフッと笑った。
 馬鹿なことだ。
 仮に、ヒトガミが諦めていたからって、なんだというのだ。
 別に今の仕事を嫌々やっているわけではない。
 今が辛いわけでもない。
 オルステッドを勝利に導くため、後の戦いため、準備する。
 それは、結構楽しいのだ。
 そりゃ、苦しいことも、辛いこともあるけど、逃げ出したいほどじゃない。
 やるべきことはあるし、やりたいこと、やってみたい事もまだある。
 大体、俺にもういいとそう思わせるのが、ヒトガミの策略かもしれない。

「父さん、俺はこれからも頑張ります」

 俺は今まで通り、やっていくだけだ。
 あれは夢。
 願望が生み出した、都合のいい、夢だ。

「見守っていてください」 

 俺はいつも通りの言葉を言って、もう一度、手を合わせた。

「……」

 俺の存在がある限り、死後の世界って奴はあるだろう。
 とはいえ、パウロがこの墓にいるとは限らない。
 きっと、別の場所で、楽しく過ごしているだろう。
 だから、ここに来るのは、さして意味のある行為ではないかもしれない。

 でも、それでいい。
 これは儀式だ。
 俺は、今日から、また頑張って生きていく。
 それをパウロの墓標の前で誓うことが大切なのだ。

「ついでに、ギースも……」

 俺はパウロの隣にある、ギースの墓にもお供えものを置いて、手を合わせておく。
 ギースがどう考えているとかは分からないが、
 まぁ、アイツだって本気で俺の破滅を願っていたわけではないようだしな。

「恨み事は、40年後に聞くよ……まぁ、もっと長生きするかもしれないし、もっと早く死んじゃうかもしれないけど」

 ギースの死を美化するつもりはないが、
 10年も経てば、色々と薄れてくるものもある。
 そして、薄れてきた結果、思い出すのは笑顔だ。
 ギースはいつだってヘラヘラ笑いながら、ジンクスがどうのと言っていた。
 そんな笑顔を想い出すと、今となっては良い思い出だ、としか思えない。
 ギースのせいで誰か大切な人が死んだというわけでもなく、恨みに思うようなこともない。
 死んだ後に、こうしてお参りをしてやるぐらいのことは出来るってもんだ。

「じゃあ、また来ます。次は多分、家族で」

 俺はそう言って、立ち上がった。
 変な夢を見たからって、特に何かを変えることはない。
 俺はやるべきことをやりつつ、やりたいことをやるだけだ。

 そう思いつつ、俺は家族の待つ家へと、足を向けたのだった。
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