Hatena::ブログ(Diary)

Commentarius Saevus このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter




電子書肆 さえ房」開業!電子書籍『共感覚の地平』を無料公開中

2018-05-17

フルーツから身を守る房中術~『君の名前で僕を呼んで』(注意:本日のエントリにはネタバレ及び性的な表現があります)Add Starmaturi

| フルーツから身を守る房中術~『君の名前で僕を呼んで』(注意:本日のエントリにはネタバレ及び性的な表現があります)を含むブックマーク フルーツから身を守る房中術~『君の名前で僕を呼んで』(注意:本日のエントリにはネタバレ及び性的な表現があります)のブックマークコメント

 ルカ・グァダニーノ監督君の名前で僕を呼んで』を見てきた。同じ監督の『ミラノ、愛に生きる』『胸騒ぎのシチリア』とあわせて「欲望三部作」らしい。

D

 違った、こっちだ。

D

 舞台1983年(私が生まれた年だぞ)のイタリア主人公である17歳のエリオ(ティモシー・シャラメ)は考古学者の父や果物を育てている母と一緒に、毎年このイタリアの別荘で夏休み冬休みを過ごしている。そこに、父の助手としてひと夏手伝いをするためにやってきた24歳の大学院生オリヴァー(アーミー・ハマー)がやってくる。エリオオリヴァー最初はなかなか打ち解けられなかったが、いつのまにか恋に落ちて…

 全体的にはものすごくロマンティックで美しい映画である。以前、『ノクターナル・アニマルズ』について「トイレでケツふいてる人まで美しく撮る」と書いたことがあるが、これも道端でゲロってる人とかボロそうなマットレスとかまで徹底的に美しく撮っている映画だ。さらに『ノクターナル・アニマルズ』に比べると絵の触感が生々しくて、登場人物が食べてるものとか浴びてる水とかのテクスチャギシギシと感じられるような撮り方をしている。とくに最後エリオの顔をとらえた長回しなどは凄くて、近くで燃えてる暖炉の熱とかエリオの涙の塩味まで伝わってくるようだ(我ながら気持ち悪い表現だが、この映画触感の生々しさにはちょっと気持ち悪いくらい鮮やかなところがある)。正直、見終わった時にはうっとりしてこんな感じになってた。久しぶりに映画が綺麗すぎてつらくなった。

f:id:saebou:20180517231910g:image

 …しかし、同時に私はかなり絶望した…というのも、「これ、『アメリカンパイ』じゃん!」と思ったからである

 『アメリカンパイ』(1999)は、高校卒業までに童貞を捨てようと誓った男子高校生4人組を描いたハイスクールバカコメディであるアメリカでは大ヒットしてたくさん続編も作られている。そしてこの映画で一番有名な場面は、紛れもなくジム(ジェイソンビッグズ)がアップルパイセックスする場面である。この場面はとにかくすんごいバカだ。

(『アメリカンパイ』の例の場面。閲覧注意。)

D

 そして、『アメリカンパイ』とはかけ離れた美しい映画である君の名前で僕を呼んで』にも、まったくこのケツ出したジェイソンビッグズがアップルパイに突っ込むのとほぼ同じ発想で作られた場面があるのである!もちろん、自然の恵みが豊富イタリアに住んでいて何か国語もしゃべれる美少年アップルパイなどというサクサク加工の食い物には突っ込まないのであって(アップルパイになんか突っ込んでいいのはアメリカ高校生ナチスだけだ)、母の果樹園でとれた桃とセックスするのである。そしてさらに、その桃をそのまま放置してオリヴァーに見つかるというコメディみたいな展開になる。食ったフルーツちゃんゴミ箱に捨てよう。

 …そして、どういうわけだかこの爆笑ものバカコメディ展開が、コミカルではあってもひたすら美しく撮られているのである!そして、笑うところはあっても、この映画ものすごくロマンティックで美しい映画だ。フルーツセックスする男子高校生映画なのに、そしてどっちもやけにものわかりのいいお父さんが出てくるのに、なぜ『アメリカンパイ』はあんなにバカ映画で、『君の名前で僕を呼んで』はこんなに美しい映画なのか。その答えはイケメンが出てるからだ。イケメンはどんなにバカバカしいことでも美しくしてしまう。セクシーになるはずなかったLMFAOバカソング"Sexy and I Know It"が、リッキー・マーティンが歌った瞬間ものすごくセクシーになってしまったのと同じだ。いやもう絶望的に理不尽だと思う。まるでホンモノのデレク・ズーランダーが出てきたみたいだ。

f:id:saebou:20180517231911g:image

 そういうわけで、私は『アメリカンパイ』と同じことをしていてもイケメンが出ていれば美しい映画になってしまうのだという事実絶望して、『お願い!チェリーボーイズ』(『アメリカンパイ』をパロった大バカゲイコメディ映画で、主人公キュウリセックスしてる)とそれに輪をかけてひどい続編を見て、やっぱりバカ映画バカだと思えるようになるまでこの批評を書けなかったわけだが、『君の名前で僕を呼んで』がそれ以外の食物とセックスする若者映画(そんなジャンルあんのか…)と違うのは、別に主人公好きな人セックスできないから果物セックスしてるわけではないということであるエリオオリヴァーという恋人がいるのに、欲望が有り余ってるから桃に射精しているわけであって、『君の名前で僕を呼んで』は、フルーツ欲情しないためにどうするか、フルーツの誘惑から身を守るためにはどうするかっていうことを描いている『アメリカンパイ』とは違う。『君の名前で僕を呼んで』においてエリオ果物セックスする場面は、彼のセクシュアリティものすごく非定型的で、それこそ指でつぶせば変形してしまフルーツみたいに柔らかく、固まってないことを示しているのかもしれない。やはり加工されてないフルーツだということに映画的な意味がある。いや私がこのように場面を真面目に分析しているのもやはりイケメンが出ていてこの映画が綺麗だからであって、『アメリカンパイ』のジムパイに突っ込む場面ももっと真面目に分析せねばならないのではないか。したくねえ…

 しかしながらよく考えてみると、『君の名前で僕を呼んで』には、あまりにも綺麗で見てるほうが思考停止してしまうせいで覆い隠されてるものがけっこうあると思う。全体的に女性の扱いは刺身のツマみたいで、マルツィアは都合が良すぎるキャラクターだ(ベクデルテストは一応、お母さんとマファルダのパスタに関する会話でパスする)。それに、美しすぎるせいで気付かないが、アーミー・ハマー24歳の大学院生にしては老けすぎてる気がする。さらに、エリオオリヴァーはどちらも輝くばかりに美しく傑出した才能を持っていて、明らかに飛び抜けた人たちだ(とくにエリオは、フルーツに突っ込む以外はものすごく知的成熟している)。これは完全に個人的趣味だが、誰が見ても美しく特別な人々の特別な恋をものすごく美しく描いた映画よりも、『彼の見つめる先に』みたいな、パッとしないところもある若者同士の地に足の着いた恋をすごく美しく描いた映画のほうが、映画としては見所があるんじゃないかと思う。なぜなら我々はパッとしないほうだからだ。なんてったって、『君の名前で僕を呼んで』を見ている我々ときたら、主人公の2人に比べればしょちゅう画面に映ってるハエレベルの容姿だ(ちなみに、ゲイ男の子とつるみたがる女のことを英語スラングでFruit fly果物バエ」という)。ハエにはハエ映画がある。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/saebou/20180517/p1