東京オペラシティアートギャラリーで3月25日まで開催された「谷川俊太郎展」。そこで注目を集めたのが、インターフェースデザイナー・中村勇吾さん(tha.ltd)による映像と、コーネリアスこと小山田圭吾さんの音楽によるコラボレーション作品だ。『いるか』『かっぱ』『ここ』というシンプルなひらがなの詩が、展示室に壁面にずらりと並ぶ24台のモニタにリズミカルに表示されていくという展覧会の冒頭を飾った。この作品で詩を表現するために使われたのが、アドビが開発したフォント「貂明朝(てんみんちょう)」だ。「可愛らしくも妖しい」イメージの貂明朝と、クールなイメージのある中村さんの映像作品の組み合わせの妙がフォント好きの「文字っ子」たちの間で話題を呼んだ。
ひとつのテーマに対して異なる視点からざっくばらんに語りつくす対談企画【「つくる」の前の「つくりかた」】の第2回目は、日本を代表するインターフェースデザイナーである中村さんと、貂明朝をデザインしたアドビ タイプフェイスデザイナー西塚涼子さんによる対談をお届けします!
中村勇吾には文字フェチ的な要素はない!?
――まず、貂明朝が「谷川俊太郎展」のインスタレーションに使われていると聞いてどう思いました?
西塚涼子さん(以下、西塚):会場のグラフィックを手がけている大島依提亜さんから「絶対見て」って言われたのがきっかけでした。「どうしてだろう?」と思いながら会場に足を踏み入れたら、一面に貂明朝が……!感動しました。谷川さんのイメージって、自分ではリュウミンとかA1とか、もっとトラディショナルでしゅっとした明朝のイメージが強かったので……。
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西塚涼子
アドビシステムズ 研究開発本部 日本語タイポグラフィ タイプフェイスデザイナー。小塚昌彦の指導のもと、「小塚明朝」、「小塚ゴシック」の開発に携わる。その後、アドビオリジナルかな書体「りょう」および「りょうゴシック」ファミリー、フルプロポーショナルかな書体「かづらき」、「源ノ角ゴシック(Source Han Sans)」をリリース。モリサワ国際タイプフェイスコンテスト、NY TDC審査員賞など多数受賞。
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谷川俊太郎展 東京オペラシティ アートギャラリーでの会場風景 「自己紹介」より 2018 撮影:木奥惠三
中村勇吾さん(以下、中村):自分のフォントって見た瞬間にわかるんですか?
西塚:わかりますよ(笑)!
中村:僕は大島さんにもフォントの話はしていないのに、いつのまにか話題になっていて驚きました。
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谷川俊太郎展 東京オペラシティ アートギャラリーでの会場風景 「音と映像による新たな詩の体験」
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谷川俊太郎展 東京オペラシティ アートギャラリーでの会場風景 「音と映像による新たな詩の体験」
西塚:特に紙もののデザイナーは、文字フェチが多いですよ。装丁も本文の書体も選ばなくちゃいけませんからね。とくに大島さんは海外の映画の国内パンフレットをつくる時も、海外のロゴを和文風につくり直したり、かなりの文字フェチです。
――中村さんは、文字フェチ的な要素はありませんか?
中村:ないですね。セリフ系も英文も、「みんなが使ってるのでいいんじゃない」なんて思ってるぐらいなので。
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中村勇吾
ウェブデザイナー/インターフェースデザイナー/映像ディレクター。2004年にデザインスタジオ「tha ltd.」を設立。以後、数多くのウェブサイトや映像のアートディレクション/デザイン/プログラミングの分野で横断/縦断的に活動を続けている。おもな仕事に、ユニクロの一連のウェブディレクション、KDDIスマートフォン端末「INFOBAR」の UIデザイン、 NHK Eテレ「デザインあ」のディレクションなど。主な受賞に、カンヌ国際広告賞グランプリ、東京インタラクティブ・アド・アワードグランプリ、TDC賞グランプリ、毎日デザイン賞、芸術選奨文部科学大臣新人賞など。
――と言いつつも、欧文系はかなりこだわられていると思いますが。
中村:使っているのは、本当に限られたフォントです。使うフォントは年に1回ぐらいのペースでちょっとづつ増やしています。
西塚:ヘルベチカをよく使われていますよね。ユニバースはどうですか?
中村:ユニバースは使い方がよくわからないので(笑)。最近はゴッサムのようなビジネスっぽいフォントが好きです。
西塚:アドビから出ている欧文フォントAcumin(アキュミン)もぜひ使ってみてください。ヘルベチカやゴッサムのように使えるし、けっこうウエイトもいろいろあって、イタリックもいっぱい搭載されてます。Typekitから使えますよ。アドビの有名なタイプフェイスデザイナー、ロバート・スリムバックがつくった新しいゴシック体です。
中村:あとでチェックしてみます。今回の谷川さんの作品でわかったのが、明朝にも違いがあるということ。当たり前のことなんですけどね(笑)。
フォントはプロダクトデザインの文脈に近い
――中村さんがフォントを試行錯誤されるタイミングは、モーションができた時点ですか?
中村:はい。モーションがすでにある時点で、そこにフォントファイルをいろいろ差し替えていきます。今回の作品は真ん中にポンと文字があるものでした。貂明朝を選んだのは、存在感があるけどしつこくなく、適度に造形された跡があることがポイントでしたね。
西塚:一文字一文字を、キャラ立ちさせたデザインにはしているんです。「し」のように簡単な形でも、他のフォントとは明らかに違う形にしています。
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西塚涼子さんのデザインによる新しいアドビオリジナルの和文書体「貂明朝」。躍動感のある手書きの文字の特徴に加え、江戸時代の瓦版印刷に見える運筆の特徴も取り入れられている。伝統的な明朝体の画線の先端を丸め、やや太めに仕上げ、ふところは小さめに処理されている。
中村:貂明朝には、そういうワンアイデアが入ってる感がありますよね。でもそんなにしつこくないのが良かった。椅子でいうと、マルニ木工のHIROSHIMA的な。造形はしているけど、あくまで素直というか。
西塚:椅子に例えられたのは初めてです(笑)。
中村:フォントと椅子のデザインは似ていますよね。
――その観点は斬新ですね!
中村:じゃあ、その話しましょうか(笑)。以前、深澤直人さんと対談した時に、新しい椅子は毎年出ているけど、名作として残るものが少ないと話していたんです。深澤さんは大きい流れのなかで残る椅子をつくっていますけどね。フォントも同じだと思うんです。椅子もフォントも、後世に残るものは特徴が大きいというよりも、嫌な部分がない。
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西塚:そういう側面はありますね。
中村:最終的には嫌な部分がなくて、良さが素直に出ているものが残る。フリーフォントのサイトにあるような、やたらと特徴的なものではなく。椅子もフォントも、時間軸の長いものですしね。フォントは、スパンが短いグラフィックデザインの文脈よりも、プロダクトデザインに近いのではないかと思います。
西塚:実際にプロのデザイナーのようにフォントをたくさん使っている人は、意外に特徴が少なく感じる普遍的なものを欲しがることが多い気がします。
中村:僕自身も、フォントはできるだけ少ない種類で済ませたいと思っているんです。究極の明朝体があって「どう打っても大好き!」というフォントがあったらいいな、と思いますよ。
――その“究極”はまだ存在していませんか?
中村:明朝だと、まだないかもしれないですね。でも欧文ではずっと使ってるものもあります。フォントは買うと高いですから。買ったものは元を取らないと……。
――西塚さんはデザインするときに“普遍的”ということを意識してつくられるんですか?
西塚:ある程度はあります。貂明朝は本文というよりもディスプレイやタイトルのためのフォントなんです。タイプデザイナーとしては、ある程度の長文までは組めるフォントをつくるべきなのかな、と考えたりしますね。そうすると汎用性がすごく上がるので。
中村:本文として使えないのはどうしてですか?
西塚:太いし、形が違います。小説を組んだら読む気が起きないかも。
中村:僕はポップ体でも読めますよ(笑)。西塚さんが敏感なだけで、普通の人はもっと鈍感なんじゃないですかね。
西塚:ポップ体だと文字が大きくなって、ページが増えちゃいますよね(笑)。だから、今回の映像で使ってもらえるのはすごく新しくて嬉しいジャンルでした。これからのフォントの使われ方としてすごく価値がありました。紙媒体も電子化されていますし、Webフォントの需要も多い。貂明朝でブログをつくった方もいらっしゃいました。だから、デジタルだったらあまり本文用ということにこだわらなくてもいいのかもしれませんね。
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――確かに、インスタレーション用や映像をターゲットに開発されたフォントというのはまだ無いんじゃないでしょうか?
西塚:貂明朝は明朝体にしては横線と先端が太いのが特徴なんです。勇吾さんの作品でも、黒字に白で貂明朝で出てくると、先端が尖っていないので、画面が優しい感じになるんですよね。明朝は基本的に、先端が尖っているので、かなり強いんです。
中村:あ、だからいいと思ったんだ。いま気づきました。やっぱり俺、センスがいいから(笑)。
西塚:そこはすごく意識してつくったので、勇吾さんに伝わったのはすごく嬉しいですね。
お金を払ったからにはちゃんと使う
――コーネリアスの「いつか、どこか」のMVでの文字も印象的ですが、使われたフォントは何ですか?
中村:「din」のイタリックです。ずっと前に買ったものです。当時は6〜7万円ぐらいだったでしょうか。ちゃんと使わなくちゃ、と思ってずっと使っています。最近ではレギュラーや細いものにも飽きてきて、まだ使ってないイタリックがあったので「いいな」と思って使いました。
西塚:お金を払って買うと、やっぱりそういう気持ちになりますよね。
中村:お金を出すと「ちゃんと使おう」という気持ちになりますよ。ソフトでも数万円なのに、フォントは1種類で同じくらいの価格ですから。お金を払って使うというのはすごくいい行為だと思っていて、カメラも買ったら頑張って使うじゃないですか。そういうことですね。
――Typekitも同じでしょうか?
中村:Typekitもすごく便利なんですが、もっと「なけなしのお金をはたいて使う」という覚悟を持たせるUIにしてほしいなと……。たくさんあるのは良いことですが、自分に合うフォントって、すごく少ないんですよね。長く付き合っていけるフォントを見つけられるようになったら良いと思います。
西塚:それなら、Typekitにビジュアルサーチの機能がありますよ。「こんなフォントがいいな」っていうイメージを入れると、似たものを提案してくれるんです。
中村:今度使ってみます(笑)。
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タイプフェイスデザイナーは文字を“どう読んで”いるのか?
――フォント好きのクラスタ「文字っ子」が話題になったりしていますが、西塚さんの“絶対フォント感”はどのくらいあるんでしょうか?
西塚:例えば、ヒラギノや新ゴ、游ゴシック体とか、明朝体でもリュウミンと秀英といったメジャーどころはわかりますが、フリーフォントはわからないですね。本文系はわかるけど、ディスプレイフォントは難しい。「フォントかるた」でもディスプレイ系はあまり取れなかったです。
中村:本を読む時には、どう文字を読んでるんですか?この「は」の文字、良いわ〜なんて思ったりするんですか?
西塚:思います(笑)。ぜんぜん文章が進まないんですよ。でも一番進まなかったのは、自分がデザインした源ノ明朝で本文が組まれた本を読んだ時。「この文字はちょっと大きかったかな」「ここに黒味が溜まってるな」なんて考えて、内容がまったく入ってこなかった。
中村:フォントって何十年も使われますからね。デザインする時に、ベジェのコントロールポイントをどこで決めるんだってドキドキしないですか?
西塚:もちろんしますよ!フォントの開発には長い期間がかかるので、最初のデザインと後半のデザインでも結構変わっちゃうことがあるんです。決定するときは「1ミリたりともベジェを動かしたくない」と思うんですが、迷っているフォントはたくさんのレイヤーで保存します。いじりすぎて、最初のデザインの方が良かった、なんてこともあります。
中村:文字を見ると、ベジェのポイントが透けて見えたりします?
西塚:多分ここに置いてあるんだろうな、というのは見えます(笑)。フォントでは、水平垂直にポイントが置いてあるのが良しとされているんです。パスが折れにくくなるので。でも私は、間にも置いちゃうことがあるので、逆に折れて微妙に凹んでたりすると、「やっちゃったな」って思います。
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――貂明朝は開発に何年くらいかかったんですか?
西塚:2年間です。「文字塾」(※字游工房の鳥海修さんが主催)という塾でつくったフォントが元になっています。「源ノ明朝」の合間合間につくっていきました。
中村:文字って、すごく人気がありますよね。「デザインあ」(NHK Eテレ)でフォントを掘り下げるコンテンツをつくったら、食いつきがすごかった。フォントの細かい感じが、多分日本人の気持ちに合ってるんでしょうね。
西塚:「デザインはしないけどフォントが好き」というクラスタがあるんです。SNSでそういう方たちの活動がメジャーになってきて、「こんなにたくさんフォント好きな人たちがいるのか!」と驚きました。
中村:僕の子どもも、デザインが崩れるという理由でゲームのUIをわざわざ英語版にしたりしていますよ。無意識下にありますよね。
――中村さんも、街中の映像を見て「この動き気持ち悪いな」って思ったりしますか?
中村:それはありますね。CMで出る企業ロゴの動きとか、「いまいちだな」と思ったら脳内でつくり直して、見積もりまで取ったりして。
西塚:それも職業病ですね(笑)。
インタラクティブな文字のこれからの可能性
中村:僕はインタラクティブな文字をよくつくっています。アウトラインから多角形化して、ふにゃふにゃ動かしたり。骨格のデータを自分で書いてそこから派生するいろんな形を作ったりしています。そこで思うのが、幅だけじゃなくていろんな属性で、骨格と属性が自由にできて、プログラマーが触りやすいフォーマットみたいなのができたらいいと思っているんです。
西塚:いまはバリアブルフォントができるようになって、可能性を感じています。ただ、マスターになるフォントは普通の書体制作と変わらないので、同じように手間がかかるんです。パスの数などがシームレスにモーフィングされている感じなので、実はオーソドックスなフォントのつくり方とあまり変わらなかったり。それよりもユーザー側の使い方に可能性を感じます。変わるフォントの間をいかに繋ぐかが鍵になっていて、ユーザーがレギュラーとかボールドとかこちらが決めたウェイトだけではない太さを選択できるような。そういったフォントを何か新しいデバイスやグラフィックに使って、いままでできなかった表現ができるようになったらスゴいと思います。
中村:いま、ちょうど富山県美術館で開催している「デザインあ」展では、映像コンテンツを出展しているんですが、多角形データを拾ってきて、骨格を捻るようなことをしています。
西塚:むしろ私もこんなことができたら嬉しいです。
――それでは今後、アドビと中村さんのコラボレーションがあることを期待して。
中村:よろしくお願いします!
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取材・文:齋藤あきこ 撮影:高木亜麗
タイトルデザイン:有馬トモユキ(TATSDESIGN)
取材協力:アドビ
tha ltd.
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