恥の多い人生を送ってきました。
今でも思い出すのは、レンタルビデオ屋に借りたビデオではなく、間違えて自己所有していたエッチなビデオを返してしまったことです。
確か「隣のどスケベ奥さん」シリーズでした。取り返しに行った時に、店員のニーチャンが我慢できず吹き出していました。とても恥ずかしかったです。
それからも恥ずかしいことばかりして生きてきました。昨日のことのように覚えているのは、ワタクシの人生の転機となった恥ずかしい出来事です。
その日、ワタクシは朝から出張で、夜遅くに新幹線に乗って自宅の最寄り駅に着いたところでした。馬車馬のように働いてばかりの日々で、とても疲れていました。
列車から降りてホームの階段を下っていると、激しい便意を催し駅のトイレに駆け込みました。個室に入るとパンツに実がついていないことに、ホッと胸を撫でおろし、最後の力を振り絞るかのように気張りました。
ストレスで胃腸がおかしくなっていたのでしょう。頑張っても、なかなかお腹が落ち着いてくれません。ピンク色の個室のドアとにらめっこしながら、30分ほど粘ってなんとか持ち直し個室を後にしました。
いつものように洗面台の前で鏡に写った覇気のない顔を確認しながら手を洗い、ついでに顔も洗い、さらには異臭を発する耳の後ろも洗い、身なりを整えます。
そうしていると、なぜか妙齢の婦人が隣に手を洗いに来ました。「男子トイレなのに、ああ、間違えてしまったんだな」と特に気にせず、ワタクシはトイレを出て改札に向かって歩き始めました。
100メートルほど進んだ頃でしょうか。改札を目前にして、ふと気になって後ろを振り返りました。
トイレは男性用が青、女性用がピンク色の壁で仕切られていました。そして、気づいてしまいました。ワタクシが出てきたのは、ピンク色の壁の方でした。そういえば、トイレの個室の壁もピンク色でした。
トイレの前では、中で出会った隣の奥さんが駅員さんとワタクシの方を指さしながら、何やら話していました。その刹那、ワタクシは無意識に走り出していました。
自分を探していた10代の頃、自転車で意味もなく夜中の街を走り回りました。夜風を切り裂きながらペダルを漕ぐと、自由になれた気がしたものです。
気づけば20代、ブラック企業で毎日頭を下げながら、自由とは無縁の生活を送っていました。ワタクシはどこで間違えて、女子トイレに入って走って逃げる大人になってしまったのでしょうか。
走り出した改札から家まで徒歩15分の道のりを、一度も振り返ることなく全力で駆け抜けました。パンツまで汗でビチョビチョになって家に辿り着いた頃には、ワタクシは決めていました。
それから数か月後に会社をやめました。特に次のあてがあるワケではありませんでした。ただ、もっと自由に生きたいという心の叫びに素直に従っただけでした。
以来、フリーで10年ほどのらりくらりと生きています。なんとか会社に雇われずやっていく生活力を身に付けることもできました。
今でもなんだか逃げ続けているような気はしますが、頬に感じるのは心地良い夜風です。愛する嫁とかわいい子供達とネッコと姑にも囲まれて、能天気にやっています。
必死に走ったあの日から、後ろを振り返ることはしなくなりました。振り返ってもロクなことはありません。
隣にいる奥さんと手をつなぎながら、ただ前を向いて歩くのがワタクシの道だと信じています。