CQ32 | 乳癌診療ガイドライン2 疫学・診断編(106-110ページ) | |
推奨グレード | C1 | (未発症変異陽性者の両側リスク低減乳房切除術) BRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異をもつ未発症の女性に対して,リスク低減乳房切除の実施を検討してもよい。 |
C1 | (既発症変異陽性者の対側リスク低減乳房切除術) BRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異をもつ既発症の女性に対して,対側のリスク低減乳房切除の実施を検討してもよい。 |
推奨グレードを決めるにあたって
乳癌未発症者における両側リスク低減乳房切除術(bilateral risk—reducing mastectomy;BRRM),一側の乳癌発症者に対側の乳房切除する対側リスク低減乳房切除術(contralateral risk—reducing mastectomy;CRRM)いずれにおいても,乳癌発症リスクは確実に減少する。
一方,これまでにBRRMによる生命予後の改善効果は示されていない。このため,発症リスクの減少効果を目的としたBRRMは,BRCA関連乳癌の生物学的な特徴,あるいは不安の軽減の観点から本人が希望する場合,検討すべき予防介入である。CRRMでは,これまでに複数のコホート研究で総死亡率の低下を示唆する結果が報告されている。また,長期的な観察期間でみると既発症者の対側乳癌の発症リスクは高いため,同時性・異時性のCRRMの実施を検討すべきである。ただし,リスク低減乳房切除術(risk reducing mastectomy;RRM,予防的乳房切除術prophylactic mastectomy;PMとも称す)は医療者が実施を推奨するものではなく,対象者が自らの意思で実施を選択するのが原則である。BRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異をもつ女性の乳腺のサーベイランスには乳房MRIや乳房超音波などの感度の高い検診という方法もある。乳腺科の診療および遺伝カウンセリング外来の中でRRMの実施の医学的意義および注意事項について十分な説明を受け,理解したうえで受ける必要がある。わが国ではRRMは保険の適用外であり自費診療での実施となる。また,各医療機関での倫理審査委員会などで承認を受けたうえで実施する必要がある。
背景・目的
BRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異をもつ女性における70歳時の乳癌発症リスクは49~57%と高率である。よって,BRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異が明らかとなった女性に対して,有効な予防方法を確立することは重要な課題である。乳癌が臨床的に認められない段階で乳房を切除するRRMの有用性を検討し,BRRMとCRRMに分けて解説する。
解 説
BRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異をもつ女性では,変異を持たない女性と比較して乳癌発症リスクが高いことが知られている。こうした乳癌発症リスクの高い女性を対象としてリスク低減乳房切除のランダム化比較試験は,倫理的理由により実施不可能で,報告はみられない。以下,RRMの有用性について,乳癌の発症リスクの減少効果,生命予後の改善効果に分けて検討する。
(1)RRMは乳癌発症リスクを低下させる
1.BRRM
個人の意思に基づき,BRRMを受けたBRCA1/2遺伝子変異陽性女性(RRM群)と乳房切除を受けなかった女性(対照準)の乳癌発症リスクを前向きに比較検討した研究1)では,対照群の発生率が378人中184人(48.7%)の乳癌が発症したのに対し,RRM群では105人中2人(1.9%)とリスク減少率は90%であった。RRM群において1.9%の術後乳癌が発生したが,その理由は微小な乳腺組織が残存していたことによるものと解釈されている。ただ,この研究での観察期間中央値はRRM群と対照群でそれぞれ5.5年と6.7年と短期間であるため,さらなる長期観察の結果が望まれる。
Mayjers—Heijboerらの前向きコホート研究でも,乳癌の既往がなくBRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異を有する女性139人を対象として,個人の意思でRRMを受けた女性76人(RRM群)と受けなかった女性63人(非切除群)の前向き比較が行われた。RRM群では2.9年の平均観察期間中に乳癌の発症例を認めなかったのに対し,非切除群では3.0年の平均観察期間中に8例(12.7%)が乳癌を発症した。以上よりBRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異を有する女性に対するRRMは3年間の観察において乳癌の発症を減少させると結論付けられている2)。
また,BRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異を有する女性に対して,ヨーロッパ,アメリカのPrevention and Observation of Surgical Endpoints(PROSE)consortiumに所属する22施設で前向きコホート研究が行われた3)。その結果,RRM群247人では乳癌の発症が認められなかったのに対し,受けていない女性では3年間で98/1,372人(7.1%)で乳癌が発症した。
以上のコホート研究の結果から,BRRMは乳癌の発症を90~100%抑制していると考えられる。
2.CRRM
これまでの研究で,BRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異をもつ女性において,反対側の乳癌が発症するリスクは,後ろ向きコホート研究の結果,初発癌術後10年で43.4%4),別の研究でも初発癌術後25年で47.4%5)と,依然高いことが示されている。
オランダのコホート研究では,148人のBRCA1/2遺伝子変異陽性者のうち3.5年の観察期間で69人のサーベイランス群で6人の乳癌が発症したのに対して,79人のCRRMを受けた群で乳癌は1例しか発症しなかった。この結果,乳癌発症後,CRRM(CPM)も91%の乳癌発症リスクを抑えることが示された6)。また,Kaasらによる研究では,CRRMを受けた107人のうち平均5.4年(580人年)の経過観察中,1例で浸潤性乳癌が発症した。また切除標本で5つのDCISが発見されている。同時に調査したBRRMを受けた147人の中には経過観察期間には癌の発症は認めず,切除標本に潜在癌が7病変認められた。遺残する乳腺組織からの乳癌発症リスクは0.2%/人年未満と極めて低いとしている7)。
以上より,RRMにより,乳癌の発症リスクを下げることは,BRRM,CRRMともに確実である。また,RRMの切除標本に潜在癌が見つかる頻度は前向き研究の結果から2.8%という報告がある3)。
(2)RRMは総死亡率を低下させる
これまでは,RRMにおける総死亡率の低下を示す研究がなく,乳癌の発症リスクを下げ,また本人の癌に罹患する不安,抑うつの改善など心理的な便益を医学的根拠として海外ではRRMを実施してきたと考えられる。
しかし,最近複数の総死亡率の低下を示唆する研究がみられている。
1.BRRM
未発症変異陽性者のサーベイランスと比較して,BRRMが生存率の改善効果を見たオランダの単施設の前向き研究がある。これによると,570人のBRCA遺伝子変異陽性者の中で212人がBRRMを受けた。BRRM群では平均観察期間8.5年(1,379人年)で,乳癌発症は認められなかった。一方,サーベイランス群では平均観察期間4.1年(2,037人年)で57人が乳癌と診断され,4人が乳癌で死亡した。この期間の死亡者・1,000人年あたりの死亡率はBRRM群,サーベイランス群でそれぞれ1人・0.7および6人・2.7であった。10年生存率は,BRRM群で99%,サーベイランス群で96%であった。BRRM群の総死亡,および乳癌特異的死亡はハザード比でそれぞれ0.2(0.02—1.68),0.29(0.03—2.61)であった。観察期間が短いこともあり,統計学的に有意な差は得られていない8)。
文献2)では,RRMによる乳癌死を比較検討している。平均観察期間3年のうち,RRM群では乳癌死は0(0/76)であったが,RRMを受けていない群ではこの期間に8人が乳癌に罹患して1人の乳癌死亡があった(1/63)。
2.CRRM
カナダの後ろ向きコホート研究では,BRCA遺伝子変異陽性者390例のうち,StageⅠあるいはⅡの乳癌の診断で両側乳房切除(CRRM群)を受けた181例,および病側のみ切除209例(対照群)を最長20年観察し乳癌による死亡を比較した。フォローアップ期間14.3年でCPM群18例,対照群61例に乳癌が発症した。20年目の生存率はCPM群88%,対照群66%であった。多変量解析によりCRRMは乳癌による死亡を48%減少させることが示された〔HR:0.52(95%CI:0.29—0.93)〕。ただ,傾向スコアを調整した79組の補正解析ではこの差は有意ではなかった〔HR:0.60(95%CI:0.34—1.06)〕9)。
また,イギリスの後ろ向き観察研究では,CRRMを受けた105人と受けていない593人をそれぞれ平均観察期間9.7年,8.6年であった。10年生存率はCRRM群で89%,CRRMを受けていない群で71%と有意にCRRMを受けている群では,生存率の改善が認められた。この生存率改善効果は,卵巣切除,遺伝子変異の内訳,グレードや病期を調整しても有意差を認めている〔HR:0.37(0.17—0.80)〕。さらにこの研究では,CRRMおよびRRSOのそれぞれを受けているかで4群に分類して,10年生存率を検討している。手術なしの群では65%であったのに対して,CRRMのみの群では83%,HR(0.19—1.14),RRSOのみの群で81%,HR(0.27—0.78),CRRM+RRSOの群では92%,HR0.16(0.06—0.44)であり,後者の2群では,生存率が有意に改善していた10)。
さらに,オランダの前向きコホート研究では,BRCA遺伝子変異を有する初発乳癌患者を対象にCRRMを実施した群242人と対照群341人を平均11.4年追跡した結果,CRRM群では4例,対照群では64例の乳癌が発症した。死亡率はCRRM群で有意に低いことが示されている〔HR:0.49(95%IC:0.29—0.82)〕。この統計学的有意差は,この生命予後の改善効果は特に40歳未満の初発乳癌でグレード1/2あるいはTNではない乳癌で薬物療法を受けていない患者にみられた11)。
以上のようにRRMが乳癌の発症リスクを下げることはほぼ確実である。
一方,生存率の改善効果について,CRRMでは2つのコホート研究では有意な生存率の改善を,1つのコホート研究では改善傾向を認めている。また,未発症変異陽性者に対するBRRMは生命予後改善の傾向は認められるが,統計学的有意差を示す報告は未だない。
治療法の是非を考慮する場合,最も大きな根拠となるのが生命予後の改善の有無である。したがって,この観点からはCRRMは検討すべき予防介入である。また,BRRMでは未だ明らかな生命予後の有意な改善は認められていないが,特にBRCA1に発症する乳癌はサブタイプとしてトリプルネガティブが多い,p53変異陽性症例が多いことなどから,リスク低減手術の実施を考慮してもよいと考えられる。また検診のたびに癌が見つかる不安と向き合う変異陽性者の心理的負担を軽減する効果も考えられる。実際,RRMの受検者の満足度は大きい(二次資料①)。したがって現時点では,RRMの実施については推奨グレードを,BRRM,CRRMともにC1と結論付けた。
BRCA変異陽性者のマネジメントは,クライエント本人が現在の社会的状況や家族の意向なども考慮しつつ,自らの意思で決めるものである。したがって,医療者がRRMについて「実践するように推奨」するものではない。医療者はそれぞれの対策についての十分な情報を提供したうえで,クライエント本人がRRMの実施を希望した場合,実施を前向きに考慮してよいと思われる。BRRMは生命予後の改善に関する根拠が十分ではないことは本人に十分な理解を得る必要がある。また,乳癌のサーベイランスにはMRIのような感度の高い方法もあることに理解を得る。
RRMは現在,保険の適用になっておらず自費診療として実施する(2015年3月現在)。また,RRM実施の際には,各医療機関の倫理審査委員会など公的な審査機関で実施についての承認を得てから実施する必要がある。
検索式
検索はPubMedにて,Breast Neoplasm/prevention and control,Breat Neoplasms/surgery,BRCA1,BRCA2,Mastectomy,のキーワードを用いて行った。検索期間は2012年9月~2014年9月とした。抽出された58件のうち,4件を採用して検討を行った。
参考にした二次資料
① Lostumbo L, Carbine NE, Wallace J. Prophylactic mastectomy for the prevention of breast cancer. Cochrane Databese Syst Rev. 2010;(11);CD002748.
② National Comprehensive Cancer Network. NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology. Breast Cancer Risk Reduction ver2. 2014.
参考文献
1) Rebbeck TR, Friebel T, Lynch HT, Neuhausen SL, van’t Veer L, Garber JE, et al. Bilateral prophylactic mastectomy reduces breast cancer risk in BRCA1 and BRCA2 mutation carriers:the PROSE Study Group. J Clin Oncol. 2004;22(6):1055‒62.
→PubMed
2) Meijers‒Heijboer H, van Geel B, van Putten WL, Henzen‒Logmans SC, Seynaeve C, Menke‒Pluymers MB, et al. Breast cancer after prophylactic bilateral mastectomy in women with a BRCA1 or BRCA2 mutation. N Engl J Med. 2001;345(3):159‒64.
→PubMed
3) Domchek SM, Friebel TM, Singer CF, Evans DG, Lynch HT, Isaacs C, et al. Association of risk‒reducing surgery in BRCA1 or BRCA2 mutation carriers with cancer risk and mortality. JAMA. 2010;304(9):967‒75.
→PubMed
4) Metcalfe K, Lynch HT, Ghadirian P, Tung N, Olivotto I, Warner E, et al. Contralateral breast cancer in BRCA1 and BRCA2 mutation carriers. J Clin Oncol. 2004;22(12):2328‒35.
→PubMed
5) Graeser MK, Engel C, Rhiem K, Gadzicki D, Bick U, Kast K, et al. Contralateral breast cancer risk in BRCA1 and BRCA2 mutation carriers. J Clin Oncol. 2009;27(35):5887‒92.
→PubMed
6) van Sprundel TC, Schmidt MK, Rookus MA, Brohet R, van Asperen CJ, Rutgers EJ, et al. Risk reduction of contralateral breast cancer and survival after contralateral prophylactic mastectomy in BRCA1 or BRCA2 mutation carriers. Br J Cancer. 2005;93(3):287‒92.
→PubMed
7) Kaas R, Verhoef S, Wesseling J, Rookus MA, Oldenburg HS, Peeters MJ, et al. Prophylactic mastectomy in BRCA1 and BRCA2 mutation carriers:very low risk for subsequent breast cancer. Ann Surg. 2010;251(3):488‒92.
→PubMed
8) Heemskerk‒Gerritsen BA, Menke‒Pluijmers MB, Jager A, Tilanus‒Linthorst MM, Koppert LB, Obdeijn IM, et al. Substantial breast cancer risk reduction and potential survival benefit after bilateral mastectomy when compared with surveillance in healthy BRCA1 and BRCA2 mutation carriers:a prospective analysis. Ann Oncol. 2013;24(8):2029‒35.
→PubMed
9) Metcalfe K, Gershman S, Ghadirian P, Lynch HT, Snyder C, Tung N, et al. Contralateral mastectomy and survival after breast cancer in carriers of BRCA1 and BRCA2 mutations:retrospective analysis. BMJ. 2014;348:g226.
→PubMed
10) Evans DG, Ingham SL, Baildam A, Ross GL, Lalloo F, Buchan I, et al. Contralateral mastectomy improves survival in women with BRCA1/2‒associated breast cancer. Breast Cancer Res Treat. 2013;140(1):135‒42.
→PubMed
11) Heemskerk‒Gerritsen BA, Rookus MA, Aalfs CM, Ausems MG, Collée JM, Jansen L, et al;HEBON, Hooning MJ, Seynaeve C. Improved overall survival after contralateral risk‒reducing mastectomy in BRCA1/2 mutation carriers with a history of unilateral breast cancer:a prospective analysis. Int J Cancer. 2015;136(3):668‒77.
→PubMed