ごちゃごちゃした男の内面を描く
山内マリコ(以下、山内) この本の感想を男性に聞くのは、武田さんがはじめてなんです。ぜひ忌憚なきご意見をお願いします。
武田砂鉄(以下、武田) 男性読者、と男性を代表するのはイヤなのですが、微笑みながらジャブを打たれ、気づけばノックアウトに持ち込まれる、そういう作品集だと感じました。
山内 おお、ありがとうございます!
武田 男性には、多かれ少なかれ、女性に対して、「オレたちのコミュニティに入ってこないで。たとえ入ってきても動じないけどね」と身構えている感覚があると思います。
山内 女性の作家に何を言われても動じないってこと?
武田 はい。日頃の付き合いもそうですし、映画や小説でも。その身構えている感じに対して、「え、なんで、身構えてんの?」と疑い、お前たちのドリーミングな幻想は通用しないんですよと、時間をかけ、ゆっくり刺され、最終的に体を貫通しているという……。
山内 武田さんに刺さった作品はありました?
武田 まずは「さよなら国立競技場」ですね。サッカー部に所属している主人公の、すっかり斜に構えている感じが好ましくって。たとえば、「監督はいいよな。入れ替わり立ち代り現れる新しい生徒に、夢を託したり、さじを投げたりできるから」なんて最高です。今の自分がなぜ、ピュアに夢を追いかけようと笑顔で肩を組むような爽やかな物書きではなく、ひねくれた物書きになってしまったかと考察すると、中学時代、サッカー部でずっと控えゴールキーパーに甘んじていたからだと思っているんです。
山内 ほおー。
武田 試合中は、ベンチからずっと「ナイッシュー」「がんばれー」と応援するんですが、勝てば来週もまた試合で休日が潰れちゃうので、内心では「負けろ!」と願っている。そんな自分を守るために、サブカルの本を読んだり深夜ラジオを聴いたりしていました。「オレ、サッカーは下手だけど、オマエらの知らない世界、知ってるからな」って心に秘めながら「がんばれー」と叫ぶ。あの頃の歪みが、いまだにエネルギー源になっているんですね。
山内 私も文化系だったからわかります(笑)。もしかしたら男性の方が、体育会系メインストリームから外れてることに対しての、挫折感とか敗北感は大きいのかも。
武田 そうかもしれませんね。そういう歪みを抱えたままなので、サッカー日本代表戦の試合後にスクランブル交差点でハイタッチするような群れから距離を置けている気がしています。この小説の主人公も、内心ごちゃごちゃしてるじゃないですか。僕もごちゃごちゃした側でありたい、って思いました、改めて。
「男性」小説を書こうと思った理由
山内 今回なんで男性を主人公にしようと思ったかというと、私はちょうど10年前に新人賞をとって、その4年後に『ここは退屈迎えに来て』でデビューしたんですけど、その頃に、額でチャクラが開くようにフェミニズムに開眼したんですね。
武田 チャクラが(笑)。
山内 パカっと(笑)。そうすると、建前上の男女平等の陰に隠されていた部分がわーっと見えるようになって、そこを指摘したくなる。デビュ―作の『ここは退屈~』も、女の子にとっての救いは男の人との恋愛じゃなくて女性同士の友情、っていうテーマだったけど、二作目の『アズミ・ハルコは行方不明』はもっと怒りを爆発させてたり。以降も、女性の友情や連帯を善いものとして描くっていう部分は外さずに来たんです。
武田 なるほど、なるほど。
山内 この10年で潮流も変わりましたよね。デビュー前は同性の編集者にすら「山内さん、女性作家はやっぱり恋愛書かなきゃ!」って言われて、女同士の友情ものに難色を示されていたのが、いまではそういうテーマの小説が普通に書かれて、普通に読まれるようになった。それに、SNSがインフラ化したことで、女性たちが膿を出し合えるようになって、その中で目覚める人も出てきたと思うんです。
武田 そう思います。
山内 異性との恋愛に、女同士の友情が取って代わることが普通になって、もうそこが物語的なカタルシスとして新しくなくなった。さらに自分の生活も、親友と何時間も話し込んで助け合っていた時代から、結婚して、主要人物が夫に変わり、男性でいるのってどういう気分なのか、突っ込んで訊くようになった。そんな変化もあって中庸になり、そろそろ少しくらい男性に肩入れしてもいいかなと思うようになりました。
「プロジェクトX」で止まっている男たち!?
武田 確かに近年、山内さんが描くシスターフッドのような、これまでの男女の構造に縛られない女性の「個」を描く女性作家の作品をよく読みます。でも男性の方はというと、池井戸潤さんにすべてを象徴させてはいけないけれど、『半沢直樹』としてドラマ化された時に「土下座エンタテインメント」と化したように、会社での出世がグレイトフルだとする前提に立った、人事抗争が軸となる小説がまだまだ存在する。企業ではなくても、警察、政治家など、「つまるところ人事!」という小説の人気ってやっぱりブレないですよね。
山内 ああ、たしかに。あくまで会社っていう枠組みの中で展開しますね。
武田 もう10年以上前になりますが、『プロジェクトX』というNHKの番組がありました。大きなトラブルを仲間たちのキズナで乗り越える。主たる登場人物は男。例えば黒部ダムを貫通させた話を見て、「俺も明日のプレゼンがんばろう!」「俺が現場でバリバリやってた頃を思い出すな」と自分を投影させてきた。
山内 破砕帯を突破するぞ的な(笑)。昭和の男のロマン礼賛ですね。
武田 で、あの頃から何かが変わったのか。毎週、EXILEの番組(『週刊EXILE』)を録画していることもあって、彼らのことをよく考えるのですが、彼らの言動を見ていると、黒部ダムを貫通させそうな勢いがあります(笑)。徒党を組み、いかにその中で個々の夢を高め合うか、その中で誰を敬い、いかに動くべきかを見定めている。結果、とにかく、トップへの尊敬が過剰になる。何十年も前の会社小説を読んでいるかのよう。EXILEファミリーってなにかとハイタッチするの、知ってますか?
山内 いや、知らないです(笑)。
武田 EXILEファミリーは上下関係が徹底している。ある番組で見たのですが、後輩が先輩にハイタッチするときには、片手だけを出して、もう一方の手を添えていたんです。
山内 サラリーマンが乾杯のときグラスに手を添えるやつだ!
武田 そう、じゃあしなきゃいいのに、って思いませんか。ハイタッチって、「フェア」の証しじゃないのかと。この『選んだ孤独~』に所収されている「男子は街から出ない」に登場する、30歳近くになっても仲間だけで群れてボーリングに行って、ハイタッチして、「みんなで店やろうよ」ってはしゃぐ男たち……頭でEXILEをキャスティングしながら読みました。映画化して欲しいです。
山内 この作品、実は、ボーリング場で実際に見た光景から膨らませたんです(笑)。たぶん地元っぽい、オラオラした感じのアラサー男子集団がやって来て、紅一点きれいな子がいて、一人全然ハマってない男の子がいて。
武田 目に浮かびます。自分たちが住む世界って、個人がいて、家族がいて、地域があって、会社があって、日本があって、諸外国があってと、重層的になっているじゃないですか。重層的になっているからには、自分では手の届かない世界がある。知らない世界がいくらでもある。それが世界というものの構成です。でも、ボーリング場の彼らにとっては、自分のコミュニティと世界がいつも一致しているように思えてしまう。閉鎖的だな、って思うけれど、閉鎖的ではなく、自分の世界以外は世界じゃないのかもしれない。
山内 男性って帰属意識の強い人が多い気がします。会社もそうだし、最初にお話に出てきたサッカー部の、自分がスタメンになれないっていう世界もそうですよね。小さい世界なんだけど、そこでしか生きられない、そこで競争するしかないっていうことに、男性はがんじがらめになりがちで、そこからドロップアウトできない。
武田 帰属意識、そうですね。道を外れていないかを確かめるためにも帰属する場所を求め、頻繁に、俺、帰属してるよねって、確認しているのかもしれません。
(後半につづく)
同時公開の『選んだ孤独はよい孤独』特別編もあわせてお楽しみください。