どんな人を採用するかという会話の中で、地頭がいい人がいいよねという話になった。
なんとなく言いたいことはわかるが、同時に「地頭がいいって何だろうな」という話にもなり、結局結論は出なかった。
出なかったんだけど、やはり採用を強化する上で採用基準が明確じゃないのはよくないので、「地頭のよさとは何なのか」について雑に書きなぐって整理しておきたい。ちなみにこれを書いてる今も「何なんだろうな?」と思っているのでうまくまとまるかはわからない。
問題解決能力なのかなと思ったが、地頭のよさというのはその一部な気がする。問題を解決するためには色々なプロセスが求められるが、地頭のよさはそのうちのひとつでしかない。
じゃあもう少し分解して「問題定義」と「問題解決」にしてみると、なんだか問題定義の能力の方が地頭のよさに近いんじゃないかと思えてきた。思い返してみると、地頭がいいなーと感じる人って、会議中の発言でも何かのキャッチアップ中の質問でも、そこを抑えれば前にすすむという部分をピンポイントに突いてくる気がする。
1を聞いて100を知るみたいな人はどうなんだろうか。そういう人を地頭がいいと言う人もいると思う。ある物事とある物事を有機的に繋げて考えられる人は、それができない人と比べて指数関数的に差をつけていくのだろう。
なんだかこのまま考えてもうまく整理できない気がしてきた。こういう抽象的なことを考える時はまず具体的なことを連想して共通要素を抽象化していくのがよい。ということで、地頭がよさそうなキャラを思い出してみることにしよう。
まず最初に思いつくのは、ぶっちぎりでハンターハンターのフランクリンだよね。「シャル、今オレ達にとって最悪のケースってのは何だ?」というセリフ。あの短く本質的な発言によって、的外れな議論を軌道修正することができたんだよ。ああいう発言をあるべきタイミングでできるってのは地頭がいいと言えるのではなかろうか。と思ったけど、あれって「本質を見極める」とか「問題定義能力」みたいな言葉の方がわかりやすいよね。地頭がいいってのはやはり抽象的すぎる。
もう一つ思いついたのは、アルドノア・ゼロの界塚伊奈帆だ。スレインが現れ、敵か味方かわからず皆がどよつく中で放ったセリフ。「どっちでもいいよ。敵の敵なら、味方でなくても役に立つ」これって地頭よくないですかね?今集中するべき問題は何かを冷静に見極めて次の行動を速攻で決めてるんだよな。こういう論理的思考の瞬発力みたいなものも地頭がいいに入るのかもしれない。
ここまで書きなぐってきて思ったんだけど、そもそも地頭がいいという言葉をそのまま採用基準に入れるのはめちゃくちゃイケてないと感じた。いろんな要素を含みすぎだし、直感的に何を見ればいいのかわからないし、「地頭がいい人が欲しい」という言葉を使った時点で欲しい人材をちゃんと言語化できてないと思った方がいい。
結局地頭のよさとは何なのだろうか。自分にとって一番しっくりくるのは「問題の本質を見極めて定義する能力」「解決までの論理的思考能力」だろうか。うーん、なんかかっこいい言葉を並べただけみたいになってしまった。そんなことより最後までやり遂げられるかとか、必要に応じてまわりをいい感じに巻き込めるかとかの方が重要な気もする。
余談だが、地頭のよさについてググってみた時に「地頭のよさは後から身につけられるのか」みたいな話を書いている人材系の記事があった。個人的には「できるけど、素直な人に限る」と思っている。地頭のよさの定義にもよるけど、変にプライドが高い人は無理なんじゃないかな。「地頭がよい」の逆を考えると、「頭が固い」になるのかもしれない。本質を疑ったり、誰かの意見を柔軟に取り入れられることも地頭のよさに入るのかも。
とにかく、ここまででわかったことは「地頭のよさ」という言葉を使うのはやめた方がいいなということだ。抽象的で役に立たない言葉だと思うけど、もしかしたら「あなたは地頭がいいと思いますか?また、地頭のよさとは何だと思いますか?」という質問をすれば、求める答えが得られるのかもしれない。