前回記事の続きです。
本題に入る前に、いわゆる前がん病変(高度異形成~上皮内がん)の病理診断の問題について少し触れておきたいと思います。
異形成という病変の異形度合い、その病理学的な分類は、欧米や日本との間で多少の違いがあります。例えば米国に比較して日本はより細かく分類する傾向があり、またよく言われるように、海外と日本の病理診断にずれや不一致があることは少なくありません。日本の病理医の間でも診断が一致しないことがあります。
この事は、検診で「異常」を発見された同じ受診者でも、担当した病理医や産婦人科医によっては、手術になったり、「無罪放免」になることを意味します。
本題に入ります。
近藤氏は、前回ブログ記事の文献〔3〕を『がん放置療法のすすめ』で引用した上で、次のように述べています。(P58)
「この報告には、少し問題があります。生検でがんと診断することはできますが、子宮切除のような手術をして組織検査をしなければ、がんが上皮内にとどまっていると確定診断できないからです。・・・つまり、その報告で(ゼロ期が1期に)進行したとされたものは、実際には最初から1期(浸潤がん)だった可能性があります。」
子宮頸がん検診で行われる細胞診は、子宮頸部粘膜表面から擦り取った細胞を顕微鏡で診るだけなので、それだけではがん細胞が粘膜上皮を越えて浸潤しているかどうかはほとんど分かりません。
そこで次のステップとして、子宮頸部から米粒大くらいの組織を採取する組織診が行なわれます。組織診では、がん細胞が粘膜上皮を越えて浸潤しているかをある程度診断できます。ある程度と言うのは、組織診はあくまでスポット的なものなので、複数箇所から組織を採取して浸潤が見つからなくても採取していない部位に浸潤がないとは限らないからです。
つまり、がん細胞が粘膜上皮内にとどまって浸潤していないことを最終的に確定診断するためには、近藤氏が指摘するように、子宮頸部を円錐切除するか子宮摘出して、標本を細かく念入りに調べる必要があります。
また、円錐切除の場合は断端部(切除した組織の切断端部)にがん細胞があれば、さらにもっと広範囲な切除もしくは子宮摘出を行なってみないと確定的な診断は下せないことになります。
高度異形成や上皮内がんの病変は腫瘤を作らないのがほとんどなので、コルポスコピー(拡大鏡を使った検査)でも正常組織との境がはっきりしないことがあります。円錐切除を行なって断端部に病変細胞があれば、切除した組織に浸潤がみられなくても、より広範囲な再切除を行なったり、子宮摘出になることもあります。
高度異形成や上皮内がんでは、がん細胞の浸潤がなくても粘膜表面での病変の広がりが大きい場合があり、その時には円錐切除が広範囲になりがちで合併症のリスクも高まります。
何年にも渡って経過観察する過程で組織診が何度も繰り返されれば、最初に見つからなかった浸潤部分が発見される確率が上がることになります。また未発見の浸潤部分のがん増大も、発見される確率の上昇に寄与するでしょう。
上皮内がんの経過観察を報告した論文は数多くありますが、それらの観察症例のほとんどが1950年代~1980年代と古いものです。
PubMedでそれらの論文を検索するとReferenceには同じく古い50年代~70年代の論文がたくさん引用されています。
その古い時代は、欧米でも日本でも、浸潤がんの罹患率が、若年層においても現在よりはるかに高い(数倍~10倍近く)時代でした。検診もほとんど普及していない時代なので症状があって発見された症例も多かったはずです。
以上のような、細胞診や組織診の特性や限界、また時代背景による患者の罹患特性(若年層でも浸潤がんの割合が今よりかなり高かったこと)などを鑑みると、文献〔1〕~〔4〕(前回ブログ記事を参照)などで報告された「上皮内がんの経過観察をしたら〇年後に〇%の浸潤がんへの進行があった」という観察には、最初から(発見されなかった)微小な浸潤があった症例が検査を重ねるごとに発見され、浸潤がんとカウントされた可能性が十分にあります。
何より、先のブログ記事(「子宮頸がん検診による過剰診断・治療の異常な発生頻度」)で示した異常なまでの過剰診断の頻度、つまり高度異形成や上皮内がんは10~30年後でさえ、その圧倒的多数は浸潤がんには進行しないという統計データの推算結果が、そのことを強力な証拠力を持って後押します。
そして、これまでの一連のブログ記事で書いてきたように、高度異形成や上皮内がんのほとんどは、命を脅かすような浸潤がんには進展しないという検討・検証結果の先には、高度異形成や上皮内がんの自然史とはどういうものなのだろう、それはごく一部でも浸潤がんに進展する、連続性をもった病態と位置づけられるものなのだろうかという疑問が検討課題として浮かび上がります。
少なくとも、統計学の初歩的な素養と予断にとらわれない健全な懐疑心を持った論理的な思考ができる人であれば、子宮頸がん検診を全面的に勧奨する産婦人科医たちの言説には、大いなる誇張と欺瞞、そして落し穴があることに気づくはずだと期待します。
【追記】
若年女性の検診によって発見される前がん病変(高度異形成~上皮内がん)には過剰診断が圧倒的に多いことを解説してきましたが、その治療(過剰治療)によって生じている不利益の実態については以下のブログ記事で具体的に解説しています。
『産婦人科医・婦人科腫瘍医の行ってきた治療行為について「子宮狩り族」と批判するのは不当か?』