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漫画村が社会問題化
「急展開」のきっかけになったとみられるのが、漫画村の社会問題化だ。同じくサイトブロッキング実現に向けて政府に働きかけていたコンテンツ海外流通促進機構(CODA)の後藤健郎代表理事は「2017年末ごろから『小中学生の間で漫画村がはやっている』と報じられるようになり、風向きが変わった」と証言する。
こうした状況で2018年2月16日に開催された知的財産戦略本部検証・評価・企画委員会コンテンツ分野会合(第3回)は、関係者が海賊版サイトの被害の実態や対策、法的な問題について率直な意見交換を行うとの理由で非公開になった。川上氏によれば、この会合を機に、知財本部などで「緊急避難によるブロッキングが児童ポルノ画像には適用でき、著作権には適用できない、という議論自体がおかしいのでは」との意見が相次ぎ出たという。
現在、ISP(インターネット接続事業者)は児童ポルノ画像についてサイトブロッキングを実施している。インターネットコンテンツセーフティ協会が作成したリストなどを基に、ISPが自主的に取り組むものだ。
児童ポルノ画像のブロッキングは通信データから特定のURLを検知してアクセスを遮断する点で、電気通信事業法における「通信の秘密」を侵害している。このため2010年に公開された「法的問題検討サブワーキング 報告書 - 安心ネットづくり促進協議会」では、児童ポルノ画像のブロッキングは刑法第37条の「緊急避難」に当たり、違法性が阻却されると整理した。児童ポルノ画像の配信は被害児童の人権を侵害しており、ひとたび流通すれば被害を回復できず、流通を阻止する他の手段が無いため、緊急避難の要件を満たしているとする。
一方で同報告書は、著作権侵害については損害賠償などによる被害の回復が可能である点、検挙や差し止め請求が可能である点から、緊急批判の要件は満たさないとしていた。
これに対し川上氏は、海賊版サイトによる被害について「2010年における児童ポルノ画像のブロッキングの議論とは状況が異なる」と主張する。当時よりも著作権侵害の被害規模が格段に大きくなったことに加え、その被害額に比べて海賊版サイトの収入は極めて小さいとみられ、損害賠償請求などで回復できる望みは薄いとする。
最終的に政府は、2018年4月3日の自民党政務調査会 知財戦略調査会などでの議論、総務省によるISPへのヒアリングを経て、4月13日に知的財産戦略本部・犯罪対策閣僚会議を開催。海賊版サイト対策の法整備に取りかかるとともに、法整備が整うまでの臨時措置として、海外の悪質な海賊版サイトに対するサイトブロッキングは違法には当たらないとする見解を示した。刑法第37条の「緊急避難」の要件を満たし、違法性は阻却されるとした。
「政府が『インターネット上の海賊版サイトに対する緊急対策(案)』で示した緊急避難の法的整理は正しい、と私は考える」(川上氏)。
「法執行力が及ばぬ悪質な海外事業者への対抗手段を持つべき」
今後、サイトブロッキングを含む海賊版サイト対策の法整備を進めるに当たり、どのような制度設計が望ましいのか。
川上氏は「問題の本質はインターネットにおいて国外で実施された違法行為について、日本側に対抗手段が無いことにある」と語る。「インターネットは元々性善説で運用されている。だが悪意の者が紛れ込んでいる今、性善説に基づく運用のままではいられない」(川上氏)。
同氏は「出版業界としての意見ではなく、あくまで個人の意見」としたうえで、法制化に当たって「DNSブロッキングだけでなく、IPブロッキングまで検討するべき」と主張する。この場合、IPブロッキングの対象は、日本の法執行力が及ばず、削除依頼や発信者情報の開示請求を無視し続けている海外のホスティング事業者に限る。
IPブロッキングを、日本からの発信者情報開示を拒否する悪質な海外ホスティング事業者に対する抑止力にする、というのが川上氏のアイデアだ。裁判所による仮処分などの司法の判断に基づき実施するという。「ほとんどのケースはDNSブロッキングとIPブロッキングの組み合わせで対応できるはず。(特定のキーワードがあるデータやコンテンツをブロックする)データブロッキングは検閲になるので、そこに踏み込むべきではない」(川上氏)。