性的プレイと性的虐待 犯罪の一線を越えないために
ソラヤ・アウアー、BBCニュース
米ニューヨーク州のエリック・シュナイダーマン州司法長官が7日、女性4人を暴行したという週刊誌報道を受けて、辞任を発表した。同氏は疑惑を否認し、同意のない性交渉は自分が絶対に越えない一線だと強調した。
シュナイダーマン氏は女性たちの主張を掲載した米誌ニューヨーカーに対し、「親密な相手とのプライベートな状況で、ロールプレイを含む同意のもとでの性行為を行ったことがある。誰かを襲ったことなどない」と語った。
一方で、被害を主張する女性4人は、シュナイダーマン氏に繰り返し叩かれたと非難している。うち1人は、同意のない状態で「マスター(ご主人様)」と呼ぶよう強要されたと話した。
シュナイダーマン氏と交際していたミシェル・マニング・バリッシュ氏は「これはセックスゲームがおかしなことになった、という話では絶対にあり得ない(中略)私は肉体的暴行に同意などしていない」と話している。ニューヨーク検察は疑惑の捜査に乗り出した。
暴行容疑のかけられた男性が、同意のもとの手荒なセックスだった、暴行ではないと主張するのは、今回が初めてではない(シュナイダーマン氏の場合、自分を糾弾する4人のうち3人と性的関係を持っていた。残る1人は誘いを拒絶した際に殴られたとしている)。
2014年には、カナダのミュージシャンでラジオDJのジアン・ゴメシ氏が複数の女性から、合意なしで首を絞める、叩く、噛むといった行為を理由に、複数の性的暴行容疑で告訴され、起訴されたが無罪となった。
2015年にはポルノ男優のジェイムズ・ディーン氏が9人の女性から、性的に越えてほしくない一線やセーフワード(後述)を無視したとして非難された。ディーン氏は容疑を否定し、不起訴となった。
同意に基づいて力関係を楽しむロールプレイをBDSMという。ボンデージ(拘束)、ディシプリン(懲罰・しつけ)、ドミナンス(支配)、サブミッション(服従)、サディズム、マゾヒズムの頭文字を取った表現だ。
シュナイダーマン氏の事件は、BDSMコミュニティーで大きな注目を浴びている。
BBCがセックスの専門家やBDSMコミュニティーの著名人を取材したところ、BDSMで最も重要な要素は、当事者が自由に、かつ全面的に同意していることだと、答えが返ってきた。行為に参加する当事者が、相手に苦痛を与える、あるいは苦痛を受ける、身体的に暴行を加える、暴行を受ける――といった行為を、本人の自由意志で全面的に受け入れていなくてはならないのだという。
では同意にもとづくBDSM関係とはどういうものか、専門家やBDSM関係者は進んで説明してくれた。
「こうした事件はBDSMに良い印象を与えない」と、世界最大のフェティッシュクラブ「トーチャー・ガーデン」のディレクターの1人、アレンTG氏は話す。
「一般的に、BDSMの関係にはとても強いガイドラインがある。同意が全て」
BDSMやキンク(変態行為)と呼ばれるセックスをする人々は、自分たちがそういう関係性にあることや、BDSMコミュニティーで活発に活動しているという自覚はないかもしれない。性的想像力の限界を探検する行為は、きわめて個人的なことで、個人の嗜好(しこう)にも関わってくるからだ。
世界セックスコーチ協会の重役で、自身も認定資格を持つサラ・マーティン氏は、「多くの人は、目隠しなどシンプルなところから始める。それで十分エロチックで深いつながりを覚えられるし、必ずしも道具を使ったりする必要はない」と説明した。
「同意は自由意志のもとで与えられるべきだ。同意を撤回したいとなったら、いつでも撤回できなくてはならない」
「多くの人は、一度同意すれば(その行為が)終わるまで同意は続くと思いがちだが、それはまったく違う」
BDSM用語
- キンク:普通とされる性行為から外れた行為
- BDSM:事前の同意に基づいた力関係の総称。必ずしも性的関係ではない
- ドミナント(ドム)/サブミッシブ(サブ):BDSMにおける役割。ドムが支配する側、サブが従う側
- プレイ/シーン:BDSM行為そのものを指す言葉
- マンチ:BDSMに興味のある人たちのカジュアルな出会いの場
- バニラ:キンクでない人やセックスを指す言葉
- セーフワード:行為を止めるためにあらかじめ決めた言葉やジェスチャー
- アフターケア:BDSMから日常に戻るために毛布に包まったり、抱きしめたり、会話をしたり、お茶を飲んだりすること。シーンと同じくらい重要とされる
安全に楽しむ
インフォームドコンセント(十分な説明の上での同意)の過程では、サブ(従う側)はどんな行為がどのように行われるかを知る必要がある。
「人それぞれ、行為それぞれに違う」とマーティン氏は説明する。「例えば平手で叩かれることに同意しても、パートナーが道具を使ったら、それはインフォームドコンセントに違反している」。
「叩いたり、むち打ったり、目隠しをしたり、事前に話し合っていない行為で相手を<驚かす>ことは全く認められない」と、セックスブログ「ガール・オンザ・ネット」の匿名投稿者も書いている。
「トーチャー・ガーデン」のディレクター、アレン氏はさらに、世の中にはドム(支配する側)が状況もコントロールしているという誤解があると付け加えた。
「良いドムはサブに快感を与えることで自分も快感を得る。これが一方通行なら、それは不健全な関係だ」
性科学者のセリーナ・クリス博士もこれに同意する。「その場で強い立場にあるのは、実はサブの側だと言える。サブの同意がなければ、何も起きないので」。
あらゆる健康な関係性の礎石となるのは、コミュニケーションと理解だと専門家は言う。自分の性的妄想を告白するのは非常に親密な行為なだけに、BDSM関係を築いていく過程で、一定の信頼関係が確立されていく。
クリス博士は「BDSMコミュニティーに参加している人は、自分たちのコミュニケーションや交渉スキルに誇りを持っている」と話す。「理想としては、話し合いはお互いに触れ合う前にしておくべきだ」。
「ガール・オン・ザ・ネット」は、プレイの全段階でお互いが心地よいことを確かめるために、相手の話をよく聞き、仕草や声のトーンを観察し、質問をしていくことを勧めている。
同サイトの匿名投稿者も、BDSM関係の間では「行為を即座に中断するためのセーフワードやジェスチャーを、あらかじめ決めておく」と説明する。
最も簡単で一般的なセーフワードやジェスチャーは、信号の色や、その色のカードを使うことだ。マーティン氏によると青は「続けて」の意味になり、「黄色は止める必要はないが抑えて欲しいという合図で、赤はノー。止めて、そして終わりという意味だ」
どうして「ノー」だけでは不十分なのか?
「人によっては、ノーと言っても聞いてもらえないこと自体が性的妄想の一部なので」とマーティン氏は説明する。
「けれども事前にドムと話し合っていれば、自分はそういうことでカタルシス的な快感を得られるんだと、相手も承知している」
一線を越える
性的な一線を越えてしまうことはあり得るし、実際に起こることだ。しかしクリス博士によると、コミュニケーションと話し合い、相互合意を繰り返すことを順守すれば、乱暴なセックスがわがままな暴力に転じることはないという。
「BDSM行為に関わらない人ほど、映画のせいで誤解が多い」
クリス博士は特に、有名なエロティック・ロマンス小説「フィフティー・シェイズ・オブ・グレイ」とその映画を名指しした。
セックスコーチのマーティン氏は、主要メディアに登場するBDSM描写はファンタジーに過ぎないし、BDSM経験を成功させるために必要なレベルの交渉や、継続的な会話をほとんど全く描写していないと警告する。
「ガール・オン・ザ・ネット」はBDSMを、身体的な接触のあるスポーツにたとえる。
「BDSMと虐待の違いは、たとえばボクシングと、いきなり殴られることの違いに似ている。どちらも前者の場合、当事者は同意しているし、リスクを理解している。一方で、後者にはどちらも同意も理解もない。つまりは暴行だ」
「以前も権力のある複数の男性が、『BDSMのせいだ』と言い訳して責任を逃れようとしてきた。これは許されない(中略)BDSMは虐待の言い訳にはならない」
「BDSMはセクシーであると共に、相手を心から思いやる行為にもなり得る」と、マーティン氏は説明する。暴力行為を正当化するものとして、キンクな性行為が言い訳に使われては決してならないという。
「社会は一般的に、BDSMについてよく分かっていない。その無知に付け込んで、言い訳しようとしているように、私には思える」とマーティン氏は憂慮する。