ジェームズ・ダイソン、電気自動車とデザインの未来について語る
ダイソンの創業者であるジェームズ・ダイソンはサイクロン掃除機のみならず、ドライヤーから洗濯機まで、あらゆるものを考案しデザインしてきた。彼はどこからインスピレーションを得ているのか? ダイソンは次に何を目指すのか? 開発中の電気自動車(EV)や自社開発に取り組むバッテリー(全固体電池)についても、自ら語った。
TEXT BY JEREMY WHITE
TRANSLATION BY YOKO SHIMADA
WIRED(UK)
サイクロン掃除機で知られるダイソンの創業者であり、プロダクトデザイナーでもあるジェームズ・ダイソンは、テレビ番組「Dragon’s Den」[編註:起業家が事業計画をプレゼンテーションし、審査員が出資するかどうかを決める番組]に出たことがあるのだろうか?
実はこれが、生きている人物のなかで最も有名と言っていい英国の発明家について、Googleに最も多く寄せられる質問のひとつらしい。ほかにも「1億ポンド(約151億7,200万円)を超える損失を出した商品ながら、彼自身はいまも使い続けているものとは?」、あるいは単純に「彼の成功の秘訣を知りたい」といった質問もある。
そこで、実際に尋ねてみた。上記の質問だけでなく、さらにそれ以上のことも。
ダイソンはこれまで洗濯機から高速船まで、ありとあらゆる製品を開発してきた。そして、質素な掃除機を大胆につくり変え、5,000種類を超える試作品を生み出した。これを初めて市場に出したのが1993年のことだ。以来、彼は世界に広がる工業帝国を打ち立て、自身も個人純資産78億ポンド(約1兆1,800億円)を稼ぎ出した。
そしてこの3月、ニューヨークに降り立ったサー・ジェームズは今後について、コード付き電気掃除機の開発を取りやめると発表した。これを機に、われわれはこの多産を極める発明家に時間を割いてもらい、デザインにかかわることや、彼が力を入れ始めた電気自動車(EV)について尋ねてみたというわけだ。
製品開発の話題以外にも、例えば19世紀の英国の技術者であるイザムバード・キングダム・ブルネルをヒーローとして尊敬する理由や、どうして数ある楽器のなかからファゴットを選ぶ間違いを犯したか、自社の掃除機をフーヴァー[編註:米国の掃除機メーカーであるフーヴァー社から派生した掃除機の通称]と呼ばれるのが気になるか、自社のエンジニアが牛乳を動力とするロケットをつくったいきさつといったことも語ってくれた。
そして、ぼくらが知りたくてたまらない『Dragons’ Den』についての疑問にも、明確な答えをくれた。
開発の道のりは『天路歴程』のようなもの
──そもそも、最初に家具のデザインに興味を持ったのはなぜですか。
アートスクールで絵画を学んでいたからなんです。これは非常に学ぶ価値がありました。そのときに、デザイン学校に行けば違った種類のデザインをいろいろ学べると言われて。そこで自分でデザインするところを想像できたのが家具しかなかったんです。なぜなら単に、自分がいつも椅子に座っているからね! そこで、ああ、それも面白いかもしれないなと思って。ちょっと思いつきで決めたように聞こえるでしょう。実際、そうだったんですけどね。
──開発製品のカテゴリーはどのように決めているんですか。
まあだいたい、自分たちが興味をもっていて、問題点があるものですよね。技術を開発すれば、その問題を解決できる。だから、われわれが差異化を図れるポイントがあるということ、われわれにできることがあり、われわれがやりたいことである、ということ。その点は自分たちでも問いかけながらやっています。ですが、極めてランダムにもなり得ます。以前、いきなりドライヤーをやったようにね。社員の誰ひとりとして市場調査もしないまま、やってしまったんです。
──電気掃除機は、従来の掃除機に対するあなたのいらだちから生まれたそうですが。
そうです。6歳のときから家で掃除機を使っていましたから。父が早く亡くなったので、掃除はわたしの仕事だったんです。当時のものはとにかく気に入りませんでした。その後、自分の家族ができて、家をもつようになってからも、まだ掃除機はあのうるさい音と醜悪なにおいを出していました。それなのに、ゴミをちっとも吸いこんでいないわけですよ。それで思ったんです。わたしはエンジニアなんだから、自分でなんとかすればいいじゃないか、と。
デザインに関していえば、「非常に機能が優れているけれど見た目が悪い」というものも人は好きでいられるし、すごく愛着が湧くことすらあるかもしれません。一方、見た目は素晴らしいけれど、機能的にあまり優れていなければ、すぐに嫌気が差すでしょう。つまり、重要なのはこの点です。まず性能が確かなこと。つまり、確かな機能をもっていて、確かな技術があることです。見た目はその次に来るはずです。本当に素晴らしい製品は、機能を優先したところに生まれるんです。
──初の電気掃除機には開発に15年をかけ、5,000を超える試作品をつくったとか。こんなことをしていて、よく正気でいられましたね。
退屈に思えるでしょうが、実際には、とても面白い発見の旅なんですよ。まさに『天路歴程』[編註:ジョン・バニヤン作の寓話で、「天の都」に到達するまでの旅の記録]を現実に味わっているようなものです。うれしいこともつらいこともあり、実際には退屈など少しも感じません。本当ですよ。すごくわくわくします。試作品をひとつつくるたびに、新たな試みをしているわけだし、常に学び続けているのです。面白いことに、成功よりも失敗から学ぶことのほうがずっと多いんですよね。
ほかの会社に勤めたことがないので、よその人たちがどのようなやり方をしているのか見当もつきません。例えば、わが社には本来の意味で技術者といえる人間がいないので、エンジニアは自分たちで試作品をつくり、実証テストをしています。そういうやり方をする理由は、まずは自分の手でものをつくるのが好きだから。そして第2に、失敗の理由が自分でわかるからです。グラフといくつかの試験結果だけだとしたら、失敗も実感として得られないし、どうやって改善すればいいかもわからないままでしょう。それに、ほとんどの場合で言えるのは、不思議なもので、何かを自分でつくると、よりよいつくり方がわかってくるものなんです。
「軽蔑されているもの」に目を向ける
──最近では、工学の分野に対する人々の関心が薄れてきてはいませんか?
おっしゃる通りです。いま英国の大学で機械工学を専攻している学生の6割強が、欧州連合(EU)以外の国から来ている留学生です。大学院で研究している学生となると、9割がEU以外の出身者です。つまり英国という国そのものが、工学系にまるで関心がないんですよ。政治家が高速鉄道や電力供給といった新しいプロジェクトの話をするときに、政策ばかりではなく、技術的な話をしてくれないかとつくづく思います。テクノロジーについてはまるで口にしてくれませんが、実際にはこちらのほうがよっぽど重要なことですよ。
──全固体電池の開発は、EV開発計画に向けた重要な一歩ということになりますか?
ディーゼルゲート事件[編註:フォルクスワーゲンがディーゼルエンジンの排ガス試験で不正を行ったことが発覚した問題]と都市部の汚染問題によって、大きな変化が起きました。あれでディーゼル車を都市部で即禁止すべきではないか、という話にまでなりましたから。フランスと英国は内燃機関を用いたエンジン車の販売を2040年以降は禁止すると決定しました。そういうふうに状況は動きつつありますね。走行可能距離について不安はあるにしても、社会はEVを求めていると思います。それにEVは静かです。ただし、タイヤはもっと音が出ないようにすべきですね。われわれが改良できる部分は数多くありますし、改良すれば社会は本当にEVを使おうという気になるはずです。
──ダイソンには現在、自動車分野の強力な助っ人がいますよね。元BMW幹部役員だったイアン・ロバートソンとか。
彼はBMWを退社したばかりですが、もう何年も前からうちの役員でした。われわれが自動車の分野に進出すると発表したとき、役員を辞めざるを得なかったのですが、これでまた役員会にも復帰すると思います。わが社はBMWとは非常にいい関係にあります。重要なのは、われわれが自動車業界の人間を連れてきて、わが社の人間と組み合わせることです。自動車にはまるで疎いけれど、発想力の高い人材が揃っていますよ。非常にいい組み合わせだと思います。
──あなたがつくるクルマは「根本的に違う」ものになるとおっしゃっていますね。どういう部分が大きく違うのか、少しでも教えてもらえませんか?
それは無理ですよ! 4年前にわれわれがこの分野に手をつけたとき、テスラはまだ本当に小さな会社で、ディーゼルゲート事件も起きていませんでした。当時、本気でEVのことを考えている人はいなかったんです。だから、EVメーカーの後追いというわけではありません。いずれこんなふうにEV全盛時代がやってくるとわかっていたから、全固定電池に投資し、プロジェクトを始めたのです。
──最後になりますが、あなたはどんな人物として人々の記憶に残りたいですか?
うーん、もし後世の人の記憶に残るとするなら、「違うことをやろうとした人間として」でしょうか。よりよい製品を生み出そうと技術を進歩させ、使っていて楽しいものをつくろうとした人間として。だいたいにおいて、わたしはiPhoneのような派手な商品を開発しようとは思いません。それよりも、みんなが嫌がるような、ほとんど軽蔑すらしているような製品に目を向けます。クズみたいなものを拾ってきて、それをもっと面白いものに変えるということが、すごく好きなんですよ。
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