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2018-05-14

[][][] トーマス・シェリング紛争戦略 トーマス・シェリング『紛争の戦略』を含むブックマーク Add Star

 2005年ノーベル経済学賞を受賞したトーマス・シェリングの主著。シェリングノーベル経済学賞を獲っているわけですが、この本が「ポリティカル・サイエンス・クラシックス」シリーズの1冊として刊行されていることからもわかるように、経済学という分野だけにとどまらない内容で、さまざまな分野における戦略意思決定ゲーム理論などを利用して論じた本になります

 トーマス・シェリングの本といえば、去年読んだ『ミクロ動機とマクロ行動』が面白かったわけですが、軽妙さもあった『ミクロ動機マクロ行動』に比べると、冷戦時代のど真ん中に書かれたこの本は戦争紛争を正面から扱っており、使われている理論文体ともよりハードな内容となっています(訳文もこちらのほうが硬い)。


 目次は以下の通り。

第I部 戦略理論の要素

第1章 国際戦略という遅れた科学

第2章 交渉について

第3章 交渉コミュニケーション限定戦争

第II部 ゲーム理論の再構築

第4章 相互依存的な意思決定理論に向けて

第5章 強制コミュニケーション戦略的行動

第6章 ゲーム理論実験

第III部 ランダムな要素をともなった戦略

第7章 約束と脅しのランダム

第8章 偶然性に委ねられた脅し

IV部 奇襲攻撃:相互不信の研究

第9章 奇襲攻撃相互的恐怖

10章 奇襲攻撃軍縮

補 遺

補遺A 核兵器限定戦争

補遺B ゲーム理論における対象性放棄のために

補遺C 「非協力」ゲームにおける解概念の再解釈


 後半はかなりテクニカル議論もあり、全体をまとめるというのは自分の力では不可能なので、以下、いくつか興味深かった点をあげます


 「自由に行動できるほうが強く、行動に制限がかかっている方が弱い」、将棋の駒において前にしか進めない歩よりもさまざまな方向に進むことができる金や銀のほうが「強い」と感じされることなからも、こうしたイメージはあると思います

 ところが、シェリングに言わせると、必ずしもそうではありません。例えば、狭い道を両方向から走ってくる車のどちらが避けるかという問題では、自由が効かない(寝ている、車が故障してハンドルが効かない、など)状態が、逆に相手に譲歩させる(避けさせる)ことになります交渉においても、裁量のない人物のほうが裁量を持つ人に比べて当初の要求を貫き通すかもしれません。つまりある種の不自由さが「強さ」を生み出すのです。


 シェリング選挙秘密投票についても次のようなユニーク見方を示しています

 政治的民主主義それ自体が、真実を伝達することを不可能にする特殊コミュニケーションシステム依存しているということは興味深い。というのも、秘密投票制度は、投票者がだれに投票たかを明らかにする力を投票者から奪い去ることによって、脅迫対象とされてしま可能性を排除しているのである。すなわち、脅迫通りに動いたかどうかを明らかにする力が投票者から奪われているため、投票社およびその脅迫者は、どのような懲罰も実際の投票関係なかったと知っていることになる。(18p)


 交渉において、相手を譲歩させる鍵がコミットメントです。先程も述べたように、何らかの約束をする、選択肢を捨ててしまうといった形でコミットメントを行うことで、相手に対して優位に立てる場合があります

 例えば、会社組合賃金交渉に関して、労働組合幹部組合員と2ドル以上の昇給約束しており、それ以下だったら自分交渉をおりざるを得ないと伝えることなども、交渉を優位に進めるためのテクニックと言えるでしょう(28p)。

 また、代理人を使うのが有効場合もあります自動車事故示談交渉では、この事故をなんとか穏便に終わらせたいと考える当事者よりも、今後の事故対応のためにも規定以上の保険金は払えないと考える保険会社代理人の方が強気交渉を行うことができるでしょう(29-30p)。


 交渉において譲歩はつきもので、譲歩がお互いの距離を近づけるわけですが、コミットメントということを重視すると譲歩には危険性もあります。譲歩はコミットメントを捨てたと取られる可能性もあり、また、将来的にもコミットメント価値毀損する可能性があるからです(35-36p)。

 

 交面と向かって交渉が行われることもありますが、双方がコミュニケーションを行わないまま暗黙の調整をしなければならないケースもあります

 この本では次のような一風変わった問題がいくつか載っています

問題1 「表」か「裏」を記入してください。あなたパートナーが同じものを記入すれば、両方とも賞金を得ることができます

問題8 100ドルをAとBの2つの山に分けてください。あなたパートナーも別の100ドルをAとBの2つの山に分けますパートナーの分けた金額と同じ金額あなたがAとBに分けることができれば、あなたたちはそれぞれ100ドルを得ることができますパートナーの分けた金額と違う金額を分けてしまった場合あなたたちは何も得ることはできません。(60-61p)

 全部で9つある問題の中の2つを紹介しましたが、どのように答えたでしょうか?

 多くの人が問題1では「表」、問題8では50ドル50ドル選択したと思います相手が何を選択するか当てなければならないケースでは、とりあえずもっと無難選択肢が選ばれます。この両者にとってもっと無難と考えられるポイントフォーカル・ポイントです。 

 「○○駅で待ち合わせ」としか決めていない場合、とりあえず改札に行ってみるかと考えるように、多くの人が思い浮かべるポイント、それがフォーカル・ポイントになります


 領土画定では、川やキリのいい経度や緯度がフォーカル・ポイントとなります韓国北朝鮮国境別に北緯38度ではなく北緯38度2分でもいいのかもしれませんが、お互いが納得しやすく、今後も安定すると考えられるのはやはりキリのいい数字でしょう。

 ですから、このフォーカル・ポイントは暗黙の調整だけではなく、普通交渉でも意識されます。例えば、12000円の商品を10050円まで店員がまけてくれたら、多くの人はあと50円まけてくれると考えるのではないでしょうか。


 また、シェリング第2次世界大戦毒ガスが使われず、広島長崎以降核兵器が使われなかった理由も、こうした暗黙の合意に見ています

 核兵器と通常兵器破壊力の差が似たようなものであっても、冷戦時においては、核兵器を使ったら限定戦争の一線を越えて全面戦争になるというフォーカル・ポイント核兵器保有国が共有していたと考えられるのです(このあたりは補遺A「核兵器限定戦争」に詳しい)。


 このフォーカル・ポイントは、例えば暴動の発生などにおいても重要役割を果たします。暴動が起きるには一定以上に人数が集まり、同じタイミングで放棄することが重要です。もちろん、リーダーがいれば場所時間を指示することができますが、当局はそうしたリーダーを拘束することによって暴動の発生を未然に防ごうとします。そこで重要になるのが、きっかけとなる「小事件」や、象徴的な場所記念日などのフォーカル・ポイントです(93ー94p、最近ではネットSNSの発達で以前よりもこのフォーカル・ポイントが決定的ではなくなっているのでしょうが)。


 このような暴動鎮圧に関しては、よくそ地域ではなく、外部の部隊が使われることがあります、これは警官と群集のコミュニケーションを断つためです。例えば、リトル・ロックでは連邦軍派遣されましたが、この連邦軍地元の軍や警察と違って地域価値観から切り離れされていましたし、住民から脅迫を受ける可能性も低かったため、事態をおさめるのに有効でした。外国人部隊が反乱の鎮圧に投入されるのも同じ理由です(151p)。


 この本は後半にいけば行くほど、ゲーム理論マトリックスを使った分析が中心になっていきます。さすがにそれを紹介していく能力も気力もないのでここでは触れませんが、むしろそういった部分がこの本の根幹をなすといっていいでしょう。

 ただ、そういった中でも、「脅し」、「約束」、「奇襲攻撃」、「軍縮」といった現実問題に即して議論が展開されており、ゲーム理論の部分でよくわからない部分があってもそれなりに面白く読めると思います


 あと、個人的に興味深かったのがゴフマンへの言及シェリングはゴフマンについて次のように述べています

 ゴフマン論文は、ゲーム理論に関連する駆け引きについてのすばらしい研究である。彼は、礼儀騎士道精神外交儀礼さらには法律といった定式化された行動様式もつゲーム理論的要素を例証した先駆け的存在であるといえよう。(133p注8)

 ゴフマンゲーム理論というのはつながらない感じがするかもしれませんが、ゴフマンの行った研究ゲーム理論マトリックスの上で再構成してみせる、それがこの本の一つの側面なのかもしれません。


紛争の戦略―ゲーム理論のエッセンス (ポリティカル・サイエンス・クラシックス 4)
トーマス・シェリング 河野
4326301619


 最初シェリングを読むならば、はじめに紹介した『ミクロ動機マクロ行動』のほうがずっと読みやすいと思います

ミクロ動機とマクロ行動
トーマス シェリング Thomas Schelling
4326550767

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