「集団的自衛権行使反対派による徴兵制キャンペーンを考えてみた」という記事なんか見ても自衛隊入隊の応募者数が年間10万人以上いることを挙げて「海外派遣による隊員の命の危険が、募集を困難にしてはいない」と主張しています。
要するに、徴兵などしなくても志願者がたくさんいる、というロジックです。
自衛隊は志願倍率が高い(平成25年国防白書)ので、徴兵制を敷いて莫大な訓練費用をかける必要性などないんです。
http://blog.livedoor.jp/nonreal-pompandcircumstance/archives/50707636.html
という論者もいます。冒頭に挙げた数多久遠氏などは「航空学生採用試験の倍率は、高い数値を保っています」とも言っています。
戦前日本の軍隊構成
選抜徴兵制が布かれていた戦前日本では平時の軍隊規模は約25万人でこのうち20万人が徴兵された兵卒でした。軍隊全体における兵卒の比率は80%です。もちろん、これは歩兵を軍の主力とみなした半世紀前の軍事思想に基づくため、現代ではこんな大量の兵卒は不要である、という意見には一理あります。
なお、戦前(1941年以前)は徴兵され2年の兵役を終えても、その後5年ほどの予備役となり有事に召集されうることになってました。つまり、平時現役兵力の約25万人の他に約50万人の予備役が存在したわけです。
大雑把な構成ですが、現役士官・下士官:約5万人、現役兵:約20万人、予備役兵:約50万人、といった状況で運用されていたわけです。有事の際は、予備役を召集して一気に巨大な兵力を形成したわけです。
自衛隊の構成
志願制である自衛隊の規模は約22万人で戦前日本とほぼ同じですが、このうち兵卒にあたる士はわずか4万人しかいません。全体における兵卒の比率は約20%です。予備自衛官は即応など含めて約6万人(士官・下士官・兵卒の別は不明)です。
全体の構成を見てみますと、現役士官:約5万人、現役下士官:約13万人、現役兵:約4万人、予備役:約6万人、となります。
確かに現代戦では歩兵は主力ではありませんが、仮に予備役が全て兵卒であったとしても、全員召集して、13万人の下士官に対して兵卒が10万人しかいないことになります。部下のいない下士官が溢れているわけです。
予備役を除いた平時の兵卒率は、戦前日本で80%だったのに対し、現代日本では20%しかありません。これは果たして現代戦を戦うのに適した構成と言えるのでしょうか?徴兵制を合理的でないから不要と主張する論者はこの点については何も語りません。
もし下士官と同数程度の兵卒は必要であるとすれば、予備役全て召集してもなお、3万人の兵卒が不足します。
「自衛隊は志願倍率が高い」から大丈夫?
数多久遠氏が挙げている自衛隊入隊の年間応募者10万人以上という数字ですが、これは各種部門を合わせた全体の応募者総数であって内訳を把握せずに用いるのは誤解の元です。
2012年防衛白書から応募者の内訳を見てみると以下のようになっています。
区分 | 応募者数 | 採用者 | 倍率 |
---|---|---|---|
防衛医科大 | 7595 | 84 | 90.4 |
防衛大学校 | 15411 | 270 | 57.1 |
看護学生 | 3872 | 75 | 51.6 |
航空学生 | 4248 | 117 | 36.3 |
幹部候補生 | 8424 | 274 | 30.7 |
高等工科学校 | 4571 | 266 | 17.2 |
曹候補生 | 34123 | 3853 | 8.9 |
自衛官候補生 | 34038 | 9963 | 3.4 |
(防衛大学校は一般前期のみ、高等工科学校は一般のみ)
航空・看護・医科と言った特殊技能や士官といった幹部を目指す応募者は確かに多く、軒並み10倍以上の倍率ですが、一線で働く下士官・兵卒レベルを希望する人は倍率10倍未満で特に兵卒レベルである自衛官候補生を希望する人は3.4万人しかおらず倍率は3.4倍程度です。そしておそらく自衛官候補生に応募している人の多くは、曹候補生にも併願しているでしょう*1。そして曹候補生に合格すれば自衛官候補生に合格しても辞退するはずです。自衛官候補生の倍率3.4倍は、併願を考慮すると実態としてはもう少し低いでしょう。
当たり前の話ですが、兵卒・下士官・士官を選べるのなら、ほとんどの人は士官を希望するでしょうし、士官が駄目なら下士官、下士官も駄目なら兵卒となるはずです。
パイロットや軍医の候補を募集するのなら、応募者はたくさんいるでしょう。特殊技能や資格を国費で取ることができるわけですから。しかし、兵卒を募集しても容易に集められるかはかなり疑問に思えます。
繰り返しになりますが、戦前日本では25万人中20万人いた兵卒が、現代日本では22万人中4万人しかいません。
ハイテク化が進んだとか色々主張する論者は多いのですが、下士官13万人の3分の1に過ぎない兵卒4万人で果たして足りているといえるのでしょうかね?
*1:いずれもほぼ同じ3.4万人というのは偶然とは思えません。