なぜ、新島のマッサージ師はソバ屋を兼業するのか?

東京の離島「新島(にいじま)」。

長い砂浜には白砂が広がり、いい波が打ち寄せるとサーファーに評判の島だ。

 
12月31日。新島にやってきた。
よりにもよって大晦日。ほとんどの飲食店が休業している。

宿はおさえてあるものの、素泊まりなので夕食をどうしようと途方に暮れていると、民宿の女将さんに奇妙な問いを投げかけられた。

「マッサージ屋さんがうった年越しそば、注文する?」

と。

マッサージ屋がうったそば。
耳なじみのないフレーズだけど、マッサージもそばもコシが大切。なんだかうまそうだ。

この記事は、「東京の離島1ヶ月渡り歩きます会社」企画の第四弾です。他の記事も順次公開していくのでお楽しみに!
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この建物2階が「マッサージそば屋」だよ

新島の人口はおよそ2,700人。
島民は島のことならたいていなんでも把握している。ご近所さん、行事、飲食店にスーパーなどなど。

そんな離島にあってなお、知らない人が多いという隠れ家中の隠れ家なお店。それがマッサージそば屋だ。店名は「医食同源」。

上の写真、階段あがって2階がお店。看板すら出していない。
 

施術スペースはきわめてシンプル。

「人体模型とか経絡図貼って、それっぽい感じにするのがイヤ」という店長さんのこだわりでが貫かれている。

素朴なつくりで、ひとんちに来たようだ。
 

店長の秋澤さんが出迎えてくれた。

マッサージ部屋の隣のそば打ちスペースで、まさに年越しそば作りの真っ最中。

「今日はマッサージは休み! 夕方までに20人前、届けなきゃ!」と大忙しだ。

 
世にも珍しい、マッサージ師とそば屋の兼業スタイル。

「なぜ、そばとマッサージを兼業することになったのか」
疑問をぶつけてきた。

新島ではマッサージ師だとバレないようにしてた

そば屋もマッサージも予約制。ゴールデンウィークと夏場の繁忙期は毎日営業している。

もともとワンフロアぶち抜きの飲み屋だったテナントを借りて、壁を自作。
そば打ちスペースとマッサージスペースに分けている。
 

── 離島でこんな珍しい兼業をされてる方がいるとは……。新島のお生まれですか?

秋澤さんいや、生まれは横須賀。
今も2週間おきに新島と神奈川を行ったり来たりしてるよ。
向こうにもマッサージのお客さんがいるし。

うちの子どもがさ、「通勤が面倒だ」ってボヤいてるけど、俺なんて通勤に十何時間かかってるからな!
神奈川の家から竹芝ふ頭まで行くのが面倒くさいだよ。

── ははは、参勤交代なみの通勤! このお店は長いんですか?

秋澤さんマッサージ師になって25〜6年で、新島でやりはじめたのは21年だね。
そばはここ最近、5年ぐらいの話。
 

── 新島に通うきっかけは?

秋澤さん釣りだよ、釣り! 釣りがしたくて新島に来てた。

マッサージ師だってバレたら、この島に通うはめになりそうだから、仲間に「こういう商売やってるの内緒ね」って言ってたんだよ。

── 通うはめ?

秋澤さんマッサージ出来る人が島にいないからさ、してほしいってニーズが大きいね。

結局、仲間にバラされて、定期的に行き来する生活になったよ!

俺の後にも何人かマッサージ師は来たけど、お客さんがつかなくて、どんどん辞めてっちゃったな。

何が違うって? まあ、腕じゃないかな。
 

── マッサージのお客さんは常連さんが多いんでしょうか?

秋澤さんそうだね。
新島も神奈川も、もう何十年も受け持ってる古くからの人が多いね。いまでも伊豆、下田、西伊豆をまわって、茅ヶ崎あたりまで行くよ。

前は富山まで出張してたからね。むこうでお客さん集めてくれてて。

と言っても、せいぜい10人くらいだけど。
俺、1時間5千円で施術してるからさ、交通費で赤字だよね。

── 神奈川にも店舗があるんですか?

秋澤さん店舗はなくて、訪問だけ。
むこうで店持っちゃったら、こっち来れなくなっちゃうじゃん。

そばを食べたいけどそば屋がない。じゃあ、自分でやろう

── マッサージ師として固定客をしっかりつかんでるのに、なぜそば屋を!?

秋澤さんそば屋がないのよ、新島に。
俺、そばが好きでさ、うまいそば食いたいんだけどないんだよ。
もう、自分で打つっきゃないわけ。

── 「ないなら作る」って発想、離島っぽいですね。

秋澤さんそばの修行もしてないから、インターネットと本だけで独学。

そばやり始めた頃は、毎日打つじゃん。
それ処理しなきゃいけないから、昼も夜も毎日そば食ってた。体重10kg落ちたね。

飽きるよ、さすがに。いま食いたくないもん。
おつゆをあんかけにしてみたり、いろんな工夫しても飽きるんだ。

── 最初は自分が食べるためだったのかあ。

秋澤さんそう。
でも、練習で打ったそばをマッサージのお客さんにあげてたら、評判になって。

そば目当てでマッサージに来るお客さんも出てきて、保健所が「もう、許可取って」って。
それで、そば屋もやることになったね。
 

── 今日は大晦日ですけど、どれぐらい年越しそば作ったんですか?

秋澤さん今年は120食。毎年それぐらいだね。
もう、それぞれの家に渡してきたよ。

島の人たちには世話になってるから、お歳暮みたいなもんだよね。

「耳たぶの硬さ」っていわれてもさ

そば粉に水を行き渡らせる「水回し」の作業

── 納得いくそばが打てるようになるまで、どれぐらいかかりましたか?

秋澤さん1年ぐらいかかったかな。

水回しって作業が1番てこずったね。これ適当にやると、打ったときはそばの形でも、すぐぶつぶつに切れちゃうんだ。

本読んでも分かんないんだよ。
「そば粉を耳たぶぐらいの硬さにする」って言われてもさ、そば粉なんて最初からだいたい耳たぶの硬さじゃん。細かい差なんて分かんないよ。

── たしかに(笑)

秋澤さん水も、最初は水道水使ってたし。水道水じゃ塩素にやられて香りが消えるんだよな。

御蔵島の水をもらって、試しにそれで打ったらすごくソバ粉の香りがするの。
最近は畑の地下水を使ってるよ。
 

職場の内乱でマッサージ師に

── ちなみにマッサージは、納得いくまでどれぐらいかかりましたか?

秋澤さんそうだなあ。
7000人押したあたりから、やっと「ああ、こうか」って納得できたね。

マッサージ師になる前は造船会社に勤めてたけど、体壊して辞めて「自分の体なんとかするほうが先だな」ってスイミングクラブに通いはじめて。

体が良くなって、そこでコーチとして2年働いたけど、内乱があって辞めたよ。

── 内乱!

秋澤さんそれから横浜の自動車学校を13〜4年勤めてた。

腰悪くしてたから整体に通ってたんだけど、どこ行っても治んなくて。すこしマシになるけど、帰りにはまた痛くなってる。

そんな時、たまたま良い先生に出会ってね。そしたら、違うんだ。帰り道も痛くない。

── そこでマッサージに出会ったわけですね

秋澤さん定年まで勤めると65歳でしょ。そしたら寿命まで長くない。すぐ死ぬんだよ。
そうなる前に「なにかやろう」ってマッサージを選んだわけ。

まあ、「憎まれっ子世にはばかる」だから、俺は長生きできるかもだけど!(笑)

── いちおう最後に聞きますが、マッサージとそば打ちって似てますか。どちらも指で押しますけど。

秋澤さんマッサージとそば、まったく違うよ!
もし同じなら、ソバ屋はみんなマッサージできるよ!

そもそもマッサージは指先使わない。曲げて関節で押すから。

── ですよね(笑)。

 

秋澤さんの打ちたてそばをすすって、年を越した。香りが良くて、つるっと美味しいそば。

離島のかたと話すと「なんでも自分でやる」とよく聞く。頼むべき専門家が島にいないからだ。

その精神を突き詰めた先にマッサージ屋とそば屋、奇跡の兼業があったわけだ。

ぜひ新島でマッサージを受けそばを食べ、医食同源を体感してみて欲しい。

取材・編集/松澤茂信(別視点)+プレスラボ
写真/斉藤洋平(別視点)