●初夏に戻った。
==
●最近、タルコフスキー『サクリファイス』(1986)が2010年代後半の世界/環境において「思想」的な潮流として重要な意味を持ち始めている。これは日本においては2011年3月11日以降、随所な傾向だが、世界的にも地球環境の変化と政治の不穏化、経済の不安定化、国家という枠の崩壊など伴い、よりリアリズムを持って受け入れられつつあるように思える。むろんチェルノブイリの原子力発電所の事故は本作の公開と同年であり、旧ソ連という国が崩壊するのはこの映画からさらに5年後であり、そもそも『サクリファイス』は1984年に脚本が書かれ、その後、スウェーデンで撮影されているからすべては単なる偶然なのだが、しかし、本作に亡命していたタルコフスキーのロシアという国への「望郷の念」が、反転するようにロシア、ソ連という国家=世界への終わりの感覚へと結晶しているような作品で、結果、それが現代の世界特有の終わりのムードへと繋がっているともいえる。世界/人間という「終わり」状態を描くこのロシア出身の作家は、世界の終焉の直前を人間の非劇と救済を描く。では世界は終るのか。人間が終わるのか。しかし世界は、人間滅亡以降も人間とは関係なく続いていく。それが明白になっている現在、われわれはタルコフスキー以降の世界を生きてることも事実である。
==