戦国時代という素材は小説ではすでに書きつくされているような印象もありますが、探せばまだまだ面白い作品が見つかるものです。ここでは戦国時代を扱った小説本でおすすめの作品を15作選んでみました。
1.国盗り物語
司馬遼太郎の戦国時代の作品はたくさんありすぎてどれを選んでいいか迷いますが、2020年の大河ドラマが明智光秀を主人公とする『麒麟がゆく』に決まったので光秀も多く登場するこの作品を選んでみました。物語前半は斎藤道三が主人公ですが、頭が切れて戦にも女にも強い道三の活躍ぶりは圧倒的で、チート能力持ちのウェブ小説の主人公の原型にすら思えてきます。作品としては古いのにリーダビリティがとても高く、時代を経ても全く色あせない魅力があります。司馬作品は後期の作品は小説というよりも史伝という感じのものが多いですが、この時期の作品には本当に小説らしい躍動感があるので強くお勧めします。
2.のぼうの城
野村萬斎主演の映画も話題となった作品。この作品のおかげでマイナーだった忍城もすっかり有名になりました。北条家の一支城にすぎない忍城を治める「のぼう様」成田長親とその家臣たちが力を合わせて石田三成率いる二万の軍勢に立ち向かう、というストーリーですが、登場人物の口調がどこか現代的です。おそらく若い層に手にとってもらうことを意識しているのでしょうが、そのためか40万部を超えるベストセラーになりました。坂東武者の意地と誇りを賭けた戦いは王道ながら胸を熱くさせるものがあり、ラストシーンも清々しい余韻を残します。
3.影武者徳川家康
60代に入ってシナリオライターから作家に転じ、以後生み出す作品のすべてが傑作となった奇跡の作家・隆慶一郎。本作の主人公・世良田二郎三郎も『一夢庵風流記』の前田慶次郎と同様、隆慶一郎の得意とする「いくさ人」です。長年家康の影武者を勤め上げたために家康と同様の思考法を身に着けているため、家康暗殺後も家康になりかわり生きなくてはならなかった二郎三郎の活躍を描く物語ですが、本作の大きな特徴として、司馬作品などでは凡庸に描かれがちな徳川秀忠がとにかく陰湿であることがあげられます。一説にはこの作品が原因で信長の野望の秀忠の「智謀」の数値が高くなったとまで言われるほど。秀忠率いる柳生一族と主人公の味方である島左近や風魔忍軍の戦いは圧倒的に面白く、全3巻の長さにもかかわらず一度読みだしたら止められなくなることは必至。この作品とリンクしている『捨て童子・松平忠輝』も強くお勧めします。
4.嗤う合戦屋
一騎当千の武将でもあり天才的な軍略家でもある石堂一徹の北信濃での活躍を描く物語──なのですが、本作の裏のテーマは「男の嫉妬」にあるでしょう。一徹の仕える主君である遠藤吉弘はそれなりの器量の持ち主で、ある時期までは一徹をうまく使いこなしていたのですが、一徹が家臣として力を発揮すればするほど自分をしのぐその力量が恐ろしくなってしまうのです。この吉弘の疑念がやがて一徹にある重大な決断を迫ることになりますが、それは読んでのお楽しみです。この「君臣間の不和」は著者にとってのテーマなのか、続編の『奔る合戦屋』でもストーリーが同じ構成になっています。武田信玄も登場するので、戦国期の甲信越に関心のある方にもおすすめです。
5.戦国鬼譚 惨
大国に翻弄される小国の悲哀、国衆の立ち向かう試練の厳しさを書かせたら伊藤潤氏の右に出るものはいません。キレのある歴史短編を得意としている著者ですが、本作ではその技術の粋を堪能することができます。タイトルから想像されるとおり、この作品には戦国の成功者は誰も出てきません。登場するのは大きな時代のうねりの中で苦悩する国衆や弱小勢力ばかりです。生き残るための必死の努力が悲劇的な結末を招く「木曽谷の証人」、緊密な構成が光る「要らぬ駒」、化物めいた武田信虎の晩年を描く「画龍点睛」など、すべての短編が名作。
6.決戦!川中島
川中島の戦いをテーマとしたアンソロジー集です。上杉謙信を描く冲方丁氏の力量は流石に高いと感じましたが、個人的には木下昌輝氏の「甘粕の退き口」がおすすめです。文体が美しいことに加え、理想家である謙信が家臣の視点から見るとこうなるのか、という新しい視点が得られるからです。戦国時代はもうあらゆる題材が書きつくされたと感じていましたが、見せ方次第ではまだまだ新しいものが書けるのだなと感じました。この本については以下でもレビューしています。
7.でれすけ
ひたすらに苦い話です。主人公は常陸の名門の当主・佐竹義重ですが、この作品では義重の戦場での活躍や謀略家としての凄味を見ることはできません。戦国の世が終焉に向かう中、豊臣政権からの重圧が重くのしかかる常陸でどう生き抜くか、という、世知辛さが繰り返し描かれます。佐竹家の黒歴史として知られる南方三十三館の仕置きもこの流れの中で独自の解釈で書かれており、これが佐竹家にとっての苦渋の選択だったことになっています。
義重の息子の義宣は「律義者」と言われていますが、それは豊臣政権にとって律儀ということであって、どこまでも坂東武者でありたい義重と義宣は相容れません。この父子の節の相克もこの作品のテーマのひとつですが、時勢とは言え豊臣家に追従し武士らしさを失っていく義宣についていけない義重の立場には同情を禁じえません。関ヶ原の戦いが終わり、国替えを命じられた「鬼義重」が最後に臨んだ戦いとは何か?──苦さの極まるラストシーンですが、これもまた戦国を生き抜いた武士の直面した現実です。
8.忍びの国
武士の誇りなどどこ吹く風と、ひたすら銭と私利私欲のために動く伊賀忍者。一族の間ですら裏切りが常習化していて、誰も信用することができない。本作の主人公の無門もまた、そんな殺伐とした世界を生きています。自分のことしか考えない無門は、伊賀に攻め入ってくる織田信雄の軍勢を前に逃げ出そうとしますが、妻のお国のある作戦により心変わりし、織田軍を敵に回して戦うことになります。戦いの果てに無門が見たものは何か? それは、妻であるお国への想いでした。何もかもが嘘ばかりであるこの世界の中で、ただお国への気持ちだけが本物だった、という部分がこの荒涼とした世界に救いをもたらしています。『のぼうの城』が気に入った方にはこちらもおすすめできます。
9.黎明に叛くもの
ファンタジーノベル大賞出身の作者だけあって、戦国ファンタジーとも言うべき雰囲気を持つ作品。主人公は斎藤道三と松永久秀ですが、この時代を代表するこの二人の梟雄が実は西方の秘術を伝えられた兄弟弟子という設定になっています。戦国時代のヒールと言えるこの二人の視点から紡がれるストーリーは妖しくもどこか儚く、無常観も感じさせます。歴史小説というよりは伝奇小説の色が濃いですが、奔放な想像力を活かした作品を求める向きにはおすすめです。
10.城を噛ませた男
『戦国鬼譚 惨』同様抜群のキレのある伊藤潤氏の短編集。真田昌幸の軍略の冴えを存分に味わえる『城を噛ませた男』が白眉でしょうが、戦国鬼譚とは違い『鯨の来る城』のような爽快な読後感の作品も収録されています。『見えすぎた物見』は弱小の国衆の悲哀を描いた作品ですが、こうした弱者の視点から戦国時代を活写する手腕は『戦国鬼譚』同様に巧みで、戦国小説に新たな視角を与えてくれます。
11.軍師の境遇
松本清張の描き出す黒田官兵衛が主人公。古い作品なので斬新さはありませんが、オーソドックスな黒田官兵衛の活躍が楽しめます。煮え切らない主君である小寺政職の家臣として主君を信長側に付くよう説得する場面などは見てきたような説得力があります。司馬遼太郎の『播磨灘物語』も同じく黒田官兵衛が主人公ですが、こちらのほうが短くてシンプルです。
12.利休にたずねよ
多くの戦国小説が合戦や謀略など「動」の世界を描く中、これはひたすらに茶道という「静」の世界を描く異色作です。千利休とその周囲の人物を描く群像劇となっていますが、様々な人物の視点を通じて利休という人物がどういう人だったのか、立体的に浮かび上がるという構成になっています。文体も芸術的で、不思議と読んでいるうちに利休の茶室へ招き入れられているような静かな気持ちになってきます。ここで描かれる利休は恐ろしく美意識が高く、周囲には緊張を強いる人物です。天下は征服できても美の世界までは征服できなかった秀吉との決裂は、必然的なものだったのでしょう。
13.奔る合戦屋
『嗤う合戦屋』のエピソード0となる作品。この作品では主人公の石堂一徹は村上義清に使えていてまだ若いですが、一徹の郎党たちはさらに若い。この郎党たちの人間模様が前半のストーリーの中核になっていて、ここはある種の青春小説のような趣もあります。前作同様一徹の軍略が冴え渡っていますが、この一徹の器量がやがて主君の村上義清の疑念を招くことになり、悲劇的な結末へと導かれる……という流れは前作とも共通しています。君臣間の葛藤や軋轢が著者のテーマなのかもしれません。ラストシーンの喪失感は圧巻で、これは数ある歴史小説の中でも随一のものでしょう。
14.乱世をゆけ 織田の徒花、滝川一益
織田家の家臣の中でも、今ひとつ得体の知れない雰囲気をまとっている滝川一益。その原因のひとつが、彼が甲賀出身の「忍者」であるということにあります。本作では滝川一益が凄腕の忍者であるという設定を活かし、彼を信長の美濃出兵や桶狭間の戦い、三方ヶ原の戦いなど、多くの歴史イベントに忍者の能力を使って絡ませていきます。本作では一益が鉄砲の名手という設定もあり、ここから長篠の戦いの勝利も演出されます。武田の忍者である飛び加藤との対決シーンや、徳川の忍者である服部半蔵との交流も描かれるので忍者好きには特におすすめ。前田慶次郎もいい役回りで登場します。
15. 天を衝く
一貫して東北の歴史を書き続けている高橋克彦氏の代表作。「九戸政実の乱」で知られる九戸政実が主人公ですが、この作品は高橋氏にとって「火怨」「炎立つ」に続く「蝦夷三部作」の最終編ともなる作品です。九戸政実は「蝦夷」ではないのですが、中央政府の圧力に抵抗した東北人という意味では九戸政実もまたアテルイや安倍貞任の系譜に連なるものだという歴史観がここでは示されます。マイナーな主人公なのに存在感が圧倒的に大きく、脇を固める南部信直や津軽為信などのキャラクターも魅力的です。戦国時代の終焉は北条攻めではなく、この九戸政実を相手とする「奥州仕置」ですが、これを東北側から描いた作品は珍しいので紹介しました。著者の東北への強い愛着が伝わってくる作品です。