今、1冊の本が大きな話題を集めています。
漫画「君たちはどう生きるか」。
原作となったのは、80年前に書かれた児童書です。
しかし今、漫画版を買っていくのは、大人たち。
発売から3か月あまりで70万部を突破するベストセラーとなっています。
「どう生きるかみたいなので、ちょっと興味があって。」
「夢がなさ過ぎるんで、こういうのを読めばいいのかな。」
物語の主人公は、中学2年生の「コペル君」。
いじめなど、学校で起きる出来事に、どう向き合うか悩んでいます。
“どうすればいいのか、わからないんだ…。”
そんなコペル君にアドバイスするのが、近所に住む“叔父”です。
叔父さんは、コペル君とやりとりするノートに、悩みと向き合う、さまざまなヒントを書いてくれます。
“世間の目よりも何よりも、君自身が、まず人間の立派さがどこにあるか、それを本当に君の魂で知ることだ。”
自身も愛読者だという、コピーライターの糸井重里さんは、今、この本が大人たちの共感を集める理由について…。
コピーライター 糸井重里さん
「“力のないエリート”が、いま増えている、日本中で。
いろいろ分かりたいし、分かっているけど、自分に何ができるかにつながらない。
“これから君どうするの”って、問いかけられている。」
80年前の名作が、今の時代に問いかけるものを見つめます。
大学1年生の目野登生(めの・とうい)さんです。
入学はしたものの、将来何をしたいのか分からないまま、勉強を続けることに悩み、今は休学しています。
そんな時、『君たちはどう生きるか』を手に取りました。
目野登生さん
「いい大学を卒業して、大企業に勤めて定年まで働くとか、ひとつの正解みたいなものが崩れてきているんじゃないか。
そもそも何をしたいんだっていう、根本の部分から問いかける本だったので、自分の中に刺さった。」
目野さんは、漫画の中のあるエピソードが心に響いたといいます。
友達から「上級生に目をつけられている」と相談を受けたコペル君。
友達を1人にせず、上級生から守ると約束します。
“絶対に逃げずに、みんなで戦う…。
約束だ…!!”
しかしある日、友達が上級生に殴られているのを見ても、一歩も動くことができません。
コペル君は、自分を恥じて学校を休んでしまいます。
“僕なんて、死んだほうがマシなんだ…。”
苦しむコペル君に、叔父さんはメッセージを送ります。
“コペル君、いま君は、大きな苦しみを感じている。
なぜ、それほど苦しまなければならないのか。
それはね、コペル君、君が正しい道に向かおうとしているからなんだ。
「死んでしまいたい」と思うほど自分を責めるのは、君が正しい生き方を強く求めているからだ。”
コペル君と同じように、大学を休学するほど悩んでいた目野さん。
叔父さんの言葉に、悩むことは無駄ではないと考えられるようになったといいます。
目野登生さん
「自分が今まで悩んでいたのは、正しく生きようとしていたから。
悩んでいた自分は、別に間違いじゃなかった。」
今後、視野を広げるために留学するなど、将来について、時間をかけて考えていくことにしています。
目野登生さん
「自分自身と向き合わなければいけないし、その中で自分なりの決断をしていかなければならない。」
『君たちはどう生きるか』を出版した会社には、若い世代だけでなく、中高年からの反響も数多く寄せられています。
その中に「もう一度、自分の生き方を見直すきっかけになった」という感想を寄せた人がいます。
宮崎勝彦さん、65歳。
長年、IT企業の社長を務めてきました。
会社を引退し、第二の人生を考え始めたころ、タイトルにひかれて、本を手に取りました。
宮崎勝彦さん
「『君たちはどう生きるか』は、私の年代になると、『君たちはどう死ぬのか』と意味が同じ。
自分は死ぬときに後悔なく死ねるんだろうか。
また、そういうふうに、いま生きているんだろうか。」
印象に残った部分にびっしりとふせんを貼っている宮崎さん。
最も心を動かされたシーンがあります。
“なあ、コペル君。
自分じゃ、まだ気がついてないかもしれないけど、君は、ある大きなものを日々生み出している。”
“…僕が?
ふっ、何もないよ、そんなの…。”
悩むばかりで、自分は何も生み出していないというコペル君に、叔父さんはこう問いかけます。
“でも、ちゃんと生み出してるんだ。
それはなんだと思う?”
宮崎さんは、小さいながらも会社を立ち上げ、カラオケの歌詞を表示するシステムなど、数々のヒットを生んできました。
第二の人生でも、何を生み出していけるか考え続けることが大事だと、気付かされたといいます。
宮崎勝彦さん
「ハッとした。
自分は(引退後に)日々生み出しているものがあるんだろうか。
もう一度、自分に出来ることがあれば、チャレンジしてみたい。」
会社を引退後は、社会に貢献する事業ができないか、模索を始めた宮崎さん。
『君たちはどう生きるか』は、考えるきっかけを与えてくれる本だといいます。
宮崎勝彦さん
「答えがない、この本は。
“君たちはどう生きるか”という問いかけで、どう生きたらいいという答えはどこにもない。
それを自分で考える。
自分で人生を考え直してみることができる。」
80年前、原作を書いたのは、ジャーナリストとしても活躍した、吉野源三郎です。
そんな昔の児童書が、なぜ今、人々の心を捉えるのか。
原作者の息子で、日経新聞の論説委員も務めた源太郎さんは、考えることの意味を問い直しているからだとみています。
当時は、日中戦争が始まり、先が見通しにくくなっていた時代。
原作は、そんな時代だからこそ、子どもたちに考えることの大切さを知ってほしいと書かれたといいます。
吉野の日記には、どんな思いで書いたか、うかがい知れる一文がつづられています。
“自己と正面しているものに直面して、眼をそらさないこと。
黙って戦い抜くのだ。”
原作者の息子 吉野源太郎さん
「考え続けることは、自分の生きている証し。
(父は)最期まで、この本を書いたときのように、七転八倒、のたうち回りながら生きていた。」
悩み、考え続けたコペル君が一歩を踏み出し、走り出すラストシーン。
そこには、原作者・吉野源三郎からのメッセージが添えられています。
“最後に、みなさんにおたずねしたいと思います。
君たちは、どう生きるか。”
小郷
「この『君たちはどう生きるか』、宮崎駿監督が同じタイトルで新作を制作すると発表したことでも話題なんですけれども、二宮さんも読みました?」
二宮
「読みました。
もともと10代のころに原作を読みまして、予備校に通っていた浪人時代、まさにどう生きるか悩んでいた時期なんですけれども、考える一方で、ちょっと難しくてピンと来ない部分もあったんですが、今、30代になって漫画を読んでみると、いろいろ経験もして、人間関係も知って、“あっ、叔父さん、こういうことを言いたかったのかな”というのが、なんとなく理解できるようになってくる部分もあって。
だから、児童書ですけど、大人が手に取る気持ちというのは分かりましたね。」
小郷
「すごく深い内容だなと思ったんですけれども、本に答えというのは、全然出て来ないんですけれども、常に自分自身に問いかけられている感じがあって、本の中にすごくいろんな悩んでいる時のヒントが詰まっているなと。
何か突破するきっかけになりそうな本ですよね。」
二宮
「今回のヒットについて、原作者の息子の吉野源太郎さんは、『先行き不透明な今の時代と、戦争に向かっていた当時の不安定さに重なる部分があるからではないか』と話していました。」