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file234 「青森の刺し子」

菱形(ひしがた)が連なる幾何学模様。
これは藍色の布地に白い糸を刺しつづって浮かび上がったもの。
かつて青森の人々がふだん着としていた、刺し子と呼ばれる着物です。

青森の刺し子は厳しい風土が生み出したものでした。
江戸時代、青森では一年を通じ、衣類と言えば麻でした。
雪に閉ざされる冬にも、目が粗く冷たい風を通す麻布を身にまとうしかありませんでした。

やがて江戸の末期になると北前船で木綿の糸が入るようになります。
庶民たちは、麻布の目を木綿の糸で塞ぎ、着物に保温と補強をしたのです。
それが女性たちのおしゃれ心によって美しい模様へと発展していきました。
今日は、世界に誇る刺し子の美を、たっぷりご紹介します。

壱のツボ 菱形に込めたおしゃれ心

青森の刺し子には、2つの種類があります。
ひとつは弘前周辺で広まったこぎん刺し。

もうひとつは、南部菱刺し(ひしざし)。
どちらにも菱形模様が使われている理由は、青森独自の布を隙間なく意図で埋める刺し方にありました。

刺し子を研究する成田さんはこう語ります。

成田 「最初はただ埋めることだけで用途は足りるわけです。そこは女性の仕事である意味偶然布目をずらすことで模様が構成されることに気がついて、それを追っかけて模様を刺して、完成度の高いものが出てきた。」

びっしり布目を埋める作業の中で、偶然生まれた「菱形」。
そこに女性たちは創意工夫の心を込めました。

1つ目のツボは、
「菱形に込めたおしゃれ心。」

刺し子が盛んだった江戸時代の末から大正時代。
女性たちにとって糸を刺しつづる時間はかけがえのないものでした。
しんしんと雪が降る夜。
夫や子どもが寝静まった後、かじかむ手で作り続けた刺し子。

ものづくりに没頭できる、自分だけの時間。
新しい模様を考える楽しみもありました。
できあがった菱形には、かわいらしい名前がつけられました。
例えばこれは、「花こ」。

こちらは、ふくべ。津軽弁でひょうたんをあらわす言葉です。
紺色の部分がひょうたん型をしています。
できあがった菱形の連なりには、女性たちの小さな幸せが、たくさん詰まっているのです。

弐のツボ 刺し子の色は風土の色

明治初期の野良着。真っ黒な生地に刺し子の模様が浮かんでいます。
こうした刺し子を着るのは、最高のおしゃれとされていました。
この刺し子も、作りたての時は紺の布地に真っ白な糸が映えていました。
しみや汚れが目立つようになると藍で染められ、回数を重ねるごとに藍色は深まっていきます。


そして数十年を経ると、黒に近い色となり、光沢を帯びた模様が浮かび上がります。
実は黒く染まっている方が木綿糸が刺された部分。
そしてほのかに白いのは麻の生地。
長く着古すことで麻はこすれ、磨かれ、光沢を帯びるのです。

刺し子作家の間山さんは、こう語ります。

間山 「こういう感じはやはり、雪国に育った人が培った色彩感覚だと思います。冬になると山は真っ白で、それがだんだん溶けてくると真っ黒で、半年近くは黒と白の世界。その間にこういう感性が生まれたと思うんです。白と黒の世界でもこうして美しいものが生まれると思うんです。」

2つめのツボは、
「刺し子の色は風土の色」


青森県南部地方。一年を通じ、強い風が吹きすさぶ独特の風土です。秋には作物を枯らし、冬には外出をも妨げる風。暮らしは厳しいものでした。
麻布を染める藍も節約しなくてはならず、衣服は薄い藍色中心でした。
女性たちはこの色を利用して、おしゃれを楽しみます。薄い青の布地に、紺の木綿糸を巧みに刺しつづり、淡い色彩の縞(しま)模様つくったのです。


大正時代に入ると、刺し子の色使いに劇的な変化が起こります。
それは、前掛けに表れました。
カラフルな色は毛糸。鉄道の発達によって、青森の農村に出回るようになりました。
娘たちは毛糸を宝石のように扱い、刺しつづったといいます。


普通の農家の娘が一度に買えるのは、数十センチの色糸が数本。
時に一本の毛糸を二本、三本にほぐして大事に大事に使いました。そんな中、途中で糸が足りなくなり、やむなく他の色で続きを刺し綴った柄が多数生まれます。
それが柄合わせの妙となったのです。


娘たちがわずかな小遣いで買った毛糸で、工夫をこらして創り上げた前掛け。
祭りの日には、皆誇らしげにしめて歩きました。
刺し子の前掛けは、ここぞという時の勝負服。
熱い思いが刺しつづられた、華やぎの色です。

参のツボ 菱の小宇宙を今に受け継ぐ

今、青森の刺し子の柄を洋服などに施して楽しむのが、女性たちの間で静かなブームを呼んでいます。
針と糸だけで、既製品をおしゃれに飾ることができるのが人気の秘密。

ブームのきっかけを作ったといわれるのが二人の女性。束松(つかまつ)陽子さんと、福田里香(りか)さん。 菱形の規則があることが、独自の美につながるのだといいます。

福田 「何をやってもいいから美、という考え方もあると思うんですけど、規則があって、その中で生まれる美ということだと思います。」

100年以上も前に、野良着に使われた菱の模様が、現代の洋服に新しく息づいています。

3つめのツボは、
「菱の小宇宙を今に受け継ぐ」

青森には昔から、古くなった刺し子を小物などに作りなおす伝統がありました。
使い古されすりきれた刺し子の着物から、柄がきれいに残った部分を切り取り、いろんな小物に作りなおしてきました。

刺し子の裏地には、表面とは違う素朴な味わいがあります。
表の汚れが激しいときは、裏地の味わいを生かし、バッグなどに作り替えました。
新品のバッグにはない、時を経た素材ならではのやわらかい風合いが魅力です。

青森出身のグラフィックデザイナーの山端家昌(やまはたいえまさ)さん。
高校時代、刺し子の着物に出会って以来、緻密な菱形に心を奪われ、刺し子の不思議な魅力をコンセプトにした作品を作り続けてきました。

山端 「青森の津軽の人たちだけでこんなすごいものができていた。ありえないと思うんですよ。普通に考えると、図面も何もない状態で刺していたことが奇跡的ですし、それをどうにか人に伝えたい。」

こちらは刺し子の魅力を、2枚のアクリル板の間で表現した立体作品です。
刺し子はもともと、糸を途中で切ることなくさしつづるもの。貴重な木綿糸を無駄なく使うためです。その技術の高さをたたえた作品です。

こちらはLEDの光で表した刺し子の模様。表面に和紙を張ることで、光が和らぎ刺し子の温かみが表現されています。
菱の小宇宙には、厳しい風土を生きるため、一針一針刺しつづった、青森の女性たちの貴い時間が込められているのです。


磯野佑子アナウンサーの今週のコラム

数年前に青森を旅行しました。
その時、ギャラリーやお土産屋さんで見た「刺し子」。
模様の細密さと、人の手作業のすばらしさに驚きました。
そして何より、手仕事ならではのあたたかみがぎっしりつまっているな~と感じました。
冬、雪に閉ざされる中で女性たちがちくちく縫い上げた情景を思い浮かべると、心がほっとします。
恥ずかしながら、私は学生時代から編み物や縫い物があまり得意ではないのですが、番組で登場した、どこにでも刺し子刺繍(ししゅう)が出来る道具を使えば、大丈夫かな・・?
ちょっとだけでも刺し子のアレンジが施してあるだけで、ちょっと自慢ですし、自分だけの大切な物により愛着がわきそうですよね!
ずーっと見ていても飽きない刺し子の模様。
アートにも用いられているのも素敵でした!
南部地方の人たちにとっては、ふるさとを象徴する模様なんでしょうね。
そういった物があることって、うらやましいことです!

今週の音楽

楽曲名 アーティスト名 使われた場所
(番組開始後)
Moanin' Art Blakey & The Jazz Messengers 0分2秒
It Don't Mean A Thing Ella Fitzgerald 1分20秒
Decidedly Theronious Monk & Gerry Mulligan 4分38秒
All The Things You Are Akane Matsumoto 6分23秒
Polka Dots And Moonbeams Paul Desmond 8分32秒
The Sigle Petal Of A Rose Joe Temperley 12分43秒
Fat Bach And Greens Christian McBride 15分30秒
Out To Lunch Eric Dolphy 17分0秒
Mood Indigo Ella Fitzgerald 17分38秒
Parisian Thoroughfare Bud Powell 20分15秒
You'd Be So Nice To Come Home To Jim Hall 21分30秒
Skating In Central Park Bill Evans & Jim Hall 23分15秒
Senor Mouse Chick Corea & Gary Burton 24分43秒
Stella By Starlight Ella Fitzgerald 26分25秒

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