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     論文など、フォーマルな文章を構成する言葉たちは、最初からフォーマルな形で生まれてくるのではない。
     磨き上げられてフォーマルな文になるのである。
     
     今回は、その磨き上げられる様子を、英語のアカデミック・ライティングの例文を素材に、少し細かく観察してみる。
     
     後で見ていくように、フォーマルな英文を生み出すには、インフォーマルな言葉を単に置き換えていくだけでは難しい。
     
     表現を磨き上げることは、言葉の解像度とともに、主張・思想の精緻度をも高めていくことである。
     最初はぼんやり曖昧だった主張が、どのように特定化され厳密化されていくか。また、その精緻化のプロセスと前回見たような単語・フレーズ単位の置き換えとが、どのように統合されるかに、注意して見ていきたい。
     
     また磨き上げのプロセスを逆にたどることで、フォーマルな文章を、ずっと飲み込みやすい表現に読み砕くことにも活用にすることができるだろう。

    writing.png



    【例文】

    (つぶやきレベル)
    A few people have the money and power. Many don't. It is bad.
    少数の者が金と権力を持つ。多くの人は持っていない。間違ってる。
      ↓
    (インフォーマル・レベル)
    Because only a few people sew up most of the money and power in Australia, I conclude that it is not an equal society.
    ほんの少数の人々がオーストラリアの金と権力のほとんどを独占しているので、私はオースラリアが不平等な社会であると結論する。
      ↓
    (フォーマル・レベル)
    The inequity in the distribution of wealth in Australia is yet another indicator of Australia's lack of egalitarianism.
    In 1995, 20% of the Australian population owned 72.2% of Australia's wealth with the top 50% owning 92.1% (Raskall, 1998: 287).
    オーストラリアにおける富の分配の不平等は、オーストラリアに平等主義が欠けていることを示す指標でもある。1995年には、人口の20%がオーストラリアの富の72.2%を所有し、上位50%が所有する富は92.1%になる(ラスカル,1998:287)。





    1.動詞・形容詞の特定化
     
     日本語でも英語でも、いろんな用途で使える意味の広い語が、話し言葉には頻出する。
     たとえば「見る」「思う」や"see", "think"といった語がそうだが、同じ「見る」にしても様々なものがあるし※、こうした語はまた、目以外の感覚にたよって物事をとらえる場合でも「味をみる」「夢をみる」と言うように、比喩的に意味を拡張していることも多い。「機械(の故障)を見る」は調べる、「甘く見るな」は判断する、の意味である。
     
     ※ながめる、みつめる、のぞく、望む、仰ぐ、見上げる、見下ろす、見やる、見入る、見とれる、見交わす、見回す、見渡す、にらむ、目を向ける、目をやる、目にとまる、目に入る、目を通す、目をみはる、見学する、見物する、観光する、一見する、再見する、一目する、一瞥(イチベツ)する、一望する、一覧する、閲覧する、回覧する、総覧する、通覧する、熟覧する、概観する、大観する、傍観する、静観する、参観する、観察する、観覧する、観望する、観賞する、観戦する、観遊する、着眼する、着目する、注目する、目撃する、実見する、直視する、正視する、監視する、巡視する、注視する、透視する、明視する、熟視する、凝視する、黙視する、座視する、睥睨(ヘイゲイ)する、細見する、展望する、俯瞰(フカン)する、鳥瞰する……
     
     
     フォーマルな文では、それがどのような「見る」なのかを特定して、より意味の狭い語にする必要がある。
     
     実際は、思いつき/つぶやきのレベルから、インフォーマル・レベルへ移行するところで、主張を煮詰め、言いたいことをはっきりさせる中、これらの語は無意識に置き換えられていくことも多い。
     しかし、すべての語に等しく注意を払えるとは限らないから、素通りして、最後まで残ることものも少なくない。
     
     文章の中に「見る」「思う」や"see", "think"といった語が残っているなら、特定化による言い換えを行う余地がある。
     またインフォーマルな性格を持つされる句動詞(phrasal verb)も、フォーマルな文章では置き換えるべきである。
     たとえば"go on" に替えて "continue" や "pursue"が、"get through it"に替えて"survive"、 "penetrate"が用いられる。
     また"active at night"(夜に活動する)、"job loss" (仕事が無い)といった表現も、"nocturnal"(夜行性の)、"unemployment"(失業)といった専門用語に、それぞれ置き換えられる。
     
     
     冒頭の例文では、例えば


    (つぶやきレベル)
     have(持っている)

      ↓ ………どのように〈持っている〉のか? 

    (インフォーマル・レベル)
     sew up(独り占めする/口語)

      ↓ ………フォーマルな語に言い換えると? 

    (フォーマル・レベル)
     own(所有する)



    という置き換えが行われている。


     ある単語がフォーマルな動詞・形容詞かどうかは辞書で確認することができるし、思いついた言葉に対して、どのようなフォーマルな動詞・形容詞があるか知るためにはシソーラスが使える(先の「見る」のリストを作るのにシソーラスを使った)。

    ※オンラインで使えるシソーラス
     日本語 thesaurus.weblio.jp →「見る」の例
     英語  thesaurus.com   →"think”の例

     もちろん最も良いのは、専門用語を含めて、自分が書こうとしている分野のフォーマル文(論文など)から表現を採集しておくことである。


     しかし動詞・形容詞の特定化は、単なる言葉の置き換え以上のものを含んでいる。
     つぶやきや思い付きのレベルでは、まだ漠とした広がりをもっている主張や思考を、より限定されたものに絞り込む作業が平行して/時には先んじて、行われる必要がある。
     
     冒頭の例文で、主張の種が育っていく経路を取り出すと、次のようになる。


    (つぶやきレベル)
     bad(悪い)

      ↓ ………何が悪いのか?どう悪いのか?

    (インフォーマル・レベル)
     not an equal society(平等でない社会)

      ↓ ………何について平等でないのか?

    (フォーマル・レベル)
     The inequity in the distribution of wealth(富の配分における不平等性)



     ここで「少数の者が金と権力を持つ」ことがbadであるのは、どこにおいてか、また何についてか、と問うことで、society(社会)やequal(平等)といった表現が得られ、主張がはっきりとした形を取り始める。
     これはさらに「富の配分における不平等性」として、より詳細化されていく。
     
     あらゆる主張には価値判断が含まれており、煎じ詰めればその底には是認か否認が埋まっているが、その主張の種は、何が、何に比して/何に対して/どこにおいてか是認か否認されるかが特定化されるなかで、より明確な形をとっていく。
     
     頭のボキャブラリーや、メンテナンスされたフレーズ・ストックは、適切な表現を見つけるためだけでなく、主張を明確にするためにも役立つ。的確な表現を見つけることと、思考内容を精密にすることは別の作業ではなく、互いに一方が他方を促しながら進んでいく一連のプロセスである。



    2.動詞・形容詞の名詞化と名詞の限定化

     特定化されるものは動詞・形容詞だけではない。
     名詞については、それに修飾語をつけることで範囲を限定し、意味内容を特定化することができる。
     
     英語の場合、名詞の前に形容詞をつけ、後ろに句や節を伴うことで、前と後の両方から名詞を修飾することができる。
     特に比較的長い句や節を後続させることで、かなりの情報を添加することができる。
     このため動詞・形容詞を名詞に置き換えた方が、修飾語を付け加えていく上で便利であることが多い。
     
     また出来事や行動を記述するレベルから、それらを概念化し分析するレベルに移行する際にも、名詞化は行われる。
     ひとつの文で表現される内容を、名詞を中心とした句にまとめ、主語や目的語という文の一要素として扱うことができるのも、複雑な事象や概念間の関係を取り扱うのに都合がよい。
     このため、物事を論じる文章において、名詞化は非常に良く利用される。
     
     これらの理由から、フォーマルな英文では、名詞表現が中心を担うことが少なくない。
     
     
     冒頭の例文でいうと、


    (インフォーマル・レベル)
     not (an) equal (society)(平等でない(社会))
       ↓
    (フォーマル・レベル)
     The inequity in the distribution of wealth(富の配分における不平等性)



     ここではnot equal(平等でない)という形容詞がinequity(不平等)という名詞に置き換えられている。同時に、ある社会が「平等でない」という〈状態の記述〉が、「不平等」という〈概念〉として扱われている。
     さらにin the distribution of wealth(富の配分における)という修飾語が付け加わることで、何についての不平等なのか、限定付けを行っている。
     

     さらにインフォーマルな文を、フォーマルな文に書き換えた例を示そう。
     

    (インフォーマル・レベル)
     Crime was increasing rapidly and the police were becoming concerned.
     犯罪が急速に増え、警察は憂慮し出した。
       ↓
    (フォーマル・レベル)
     The rapid increase in crime was causing concern among the police.
     犯罪の急速な増加が、警察が憂慮する原因となってきた。




    (インフォーマル・レベル)
     Germany invaded Poland in 1939. This was the immediate cause of the Second World War breaking out.
     1939年、ドイツはポーランドを侵略した。これが第二次大戦が起こった直接の原因であった。
       ↓
    (フォーマル・レベル)
     Germany's invasion of Poland in 1939 was the immediate cause of the outbreak of the Second World War.
     1939年のドイツによるポーランドへの侵略が、第二次大戦勃発の直接の原因であった。




     名詞化の度合いが高いフォーマルな英文を、そのまま日本語に移し変えると、読みづらい文章になりやすい。
     したがって解読には、名詞化をほどく逆のプロセスが役に立つ。
     名詞を動詞・形容詞に変換して名詞句を文に戻し、また、元の文の構造を反映するよう名詞句を戻すことで生まれた生まれた文と文の間の関係を整理する。
     こうした脱名詞化によって、かたい文章を解きほぐすことができる。



    3.主語の非個人化

     概念化を伴う動詞・形容詞の名詞化が進められることで、文の主語は、書き手を含む人から、取り扱われる概念などへと移っていく。
     つまり人称代名詞を主語とする文が消え、無生物主語が押し出されてくる。
     これに伴いagreeやdisagreeのような判断動詞や、書き手の思考活動を表すthinkやbelieveのような動詞が消えていく。
     
     といっても主張や主張する主体(私)が消える訳ではない。 このことを前回も登場した以下の置き換えを例に説明しよう。


    (インフォーマル・レベル)
     I think ~
     私は ~と考える。 
       ↓
    (フォーマル・レベル)
     From examining the findings, ~
     研究成果を検討した結果、~である。



     ある結論を出した私の思考と、その判断のもとになったデータの関係を簡単に図式化すると以下のようになるだろう。

    d-t-c2.png

     
     上記のインフォーマル・バージョンは、上の図式のうち、〔私の思考〕と〔結論(主張)〕に光をあてている。
     対してフォーマル・バージョンの方は、〔データ〕と〔結論(主張)〕に光を当て、それをつないだ〔私の思考〕はむしろ背景に退いている。
     もちろん、フォーマル・バージョンでも、得られた結果findingsを検討examineしているのだから、書き手の思考の働きがなくなった訳ではない。
     thinkという言葉は思考の様々な面を含む広い意味を持っているが、ここではただ単に〈考えるthink〉というのでなく、より特定化することでexamineという動詞を選び、さらに思考の働きのうちでも〈得られた結果から結論を導き出す〉という機能に絞り込み、、〔データ〕と〔結論(主張)〕の関連付けを前面に出した表現に結び付けているのである。
     
     〔データ〕と〔結論〕の関連付けが前面に出れば出るほど、思考主体としての「私」は登場しなくなる。
     
     冒頭の例文では、以下のように、私を主語とする文は消えてしまっている。
     

    (インフォーマル・レベル)
     Because ...., I conclude that~
     ....だから、私は~であると結論する。
       ↓
    (フォーマル・レベル)
     The inequity ~. (データ)





    4.データによる脱形容詞化

     グラスに入った酒の量を「まだ半分も残っている」というか、「もう半分しか残っていない」というかは、発言者の主観である。
     同様に程度を表す形容詞(多い/少ない、大きい/小さい等)には、書き手の主観が反映している。
     主張が、単なる主観以上となるためには、判断の根拠が示されなくてはならない。
     判断の根拠としてデータが示されれば、改めて程度を表す形容詞は不要になることが多い。
     
     冒頭の例文では、


    (インフォーマル・レベル)
     only a few people /  most of the money.
     ほんの一握りの人 / 金のほとんど
      ↓
    (フォーマル・レベル)
     20% of the Australian population / 72.2% of Australia's wealth
     オーストラリアの人口の20% / オーストラリアの富の72.2%


     
     「少数の人」という表現は「人口の20%」に、同じく「金のほとんど」という表現は「オーストラリアの富の72.2%」という具体的数字を含む表現に、それぞれ置き換わっている。
     加えて、例文では数字の出典が示されている。
     
     基本的に、状態・程度の形容詞は、データを含む表現に置き換えられ、最終的には根絶されることが望ましい。
     出典だけでなく、数値はいつ、どこの、何についてのものなのかを明記することはもちろんだが、そのデータが元々主張したかった内容と整合的であるかも確かめておきたい。
     データと対話する中で、思い込みの一部は正され、また主張には必要な限定が付される。
     これもまた主張の内容が鍛え上げられるために必要なプロセスである。


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    (参考サイト)
    この記事は、前回の記事と同様、以下のサイト
    UniLearning http://unilearning.uow.edu.au
    Academic Writingの項を参考にした。

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