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1731話
「この串焼きは美味いな」
「そうだな。オークの串焼きだから、こういう場所だともっと高いと思ってんだけど」
エレーナが串焼きを食べながら呟いた言葉に、レイはそう帰す。
実際、ギルムのようにオークがそれなりに頻繁に出る場所であれば、オークの肉はかなり安くなる。
だが、それは周辺にオークがいるからこその可能なことであって、当然のようにオークが近くにいないのであれば、オーク肉の値段は高くなるのだが当然だった。
塩漬けや干し肉のように日持ちするようにした肉もあるが、そのような肉はどうしても生の肉よりも高くなるし、場合によっては保存性を高める為に塩辛くなりすぎて、調理をするのにも塩抜きのような手間が掛かる。
「普通に考えれば、俺達が攻略したダンジョンが影響してるんだろうな」
「ふむ、可能性としてそれが一番高いのは分かるが、だからといってダンジョンから落ちて死んだオークだけで、ゴルツの肉全てを賄うのは難しいと思うがな」
「んー……ダンジョンの中にオークの集落はそれなりにあったから、纏まった数が一緒に移動していて、あの崖から落ちたとか?」
自分で言っていても有り得ないと思う予想に、レイは串に刺さっているオーク肉を口の中に収める。
味付けは、塩と香草を使った単純なものだったが、串焼きになっているオークの肉には、その単純な味付けが合っていた。
「ま、理由はともあれ……こうして美味い串焼きを、この天気の中で食えるのは幸せなことだと思うぞ」
「ふふっ、そうだな」
レイの言葉に、エレーナは岸焼きの味を楽しみながら空を見上げる。
そこには秋晴れと呼ぶに相応しい青空と、夏に比べれば大分柔らかい光を地上に降り注いでいる太陽の姿がある。
まさに、デート日和と呼ぶに相応しい天気だろう。
「ん? エレーナ、どうした?」
空を見上げたままで動きを止めたエレーナに、レイが声を掛ける。
その声で我に返ったエレーナは、何でもないと首を横に振った。
「晴れていて良かったと思ってな」
「そうだな。雨が降ってれば、解体とかも今日は出来なかったし。明日になっても、地面とかが濡れているとやりにくいのは間違いないか」
「そういうつもりで言ったのではなかったのだが」
若干不満そうに呟くのは、出来ればデート日和だと、そうレイに言って欲しかったからなのだろう。
だが、レイはそんなエレーナの態度に不思議そうな表情を浮かべつつも、それ以上は何も言わずに次の店に向かう。
レイが目を付けた店は、様々な食器をメインに、他にも色々と売っている雑貨屋だ。
フォークやナイフ、スプーン、食器……金属で出来ている物や、木製の食器の類も多い。
そんな中でレイが目を付けたのは、木で出来たコップだ。
取っ手の類もない、本当にただ水や酒といったものを飲む為のコップだったが、レイの目にはどことなく良い物に見えた。
(味がある……って、こういうのを言うのか? まぁ、普段使いようにコップとかは、あっても困ることはないしな)
そう判断してコップを手に取ると、近くで見ていたエレーナは不思議そうに近くに置かれていた別のコップ、金属で出来たコップを手に取る。
「買うのであれば、こういうコップの方がよくないか?」
「んー。それもいいかもしれないけど、こっちの方が使いやすいような……金属だと、冷たいのを飲む時にはいいけど、温かい……熱いのを飲むとき、困りそうだし」
「ふむ、そう言われればそうか」
レイとエレーナがそんな風に話していると、店の店員が姿を現す。
四十代ほどの女の店員は二人を見て一瞬動きを止めたが、すぐに笑みを浮かべて口を開く。
「おや、新婚さんかい? それとも、恋人同士の同棲かな? なら、見た目は豪華じゃなくても、使いやすい食器を揃えているよ」
『なぁっ!?』
店員の言葉に、レイとエレーナは二人揃って声を上げる。
驚きとも、照れとも……そして喜びともとれる、そんな声を。
そんな状態で、最初に我に返ったのはエレーナだった。
「わ、私とレイは別に……その、まだそういう関係ではない!」
「あら……そうなの、ごめんなさいね」
店員がエレーナの言葉に軽く頭を下げて謝る。
そんな店員の様子に、少しだけ落ち着いたエレーナだったが……
「でも、『まだ』そういう関係じゃないんだね。ふふっ、そうなると将来的にはどうなるのかしら」
「っ!?」
そっと告げられたその言葉に、エレーナの顔は見て分かる程に赤く染まった。
「な、な、なぁっ!? ……もういい、これは代金だ。これを貰っていくぞ!」
恥ずかしさが限界に達したエレーナは、レイの持っていた木のコップと自分の持っていた金属のコップを手にすると、代金として金貨を一枚店員に渡し、レイを引っ張って店の外に出る。
そんな初心な様子のエレーナを女の店員は呆気にとられて見送っていたが……ふと、手の中にある者を見ると顔を引き攣らせる。
この店で売っている食器は、殆どが銅貨数枚……どんなに高価な代物であっても、銀貨数枚といったところだ。
とてもではないが、金貨で購入するような高価な品を置いている訳ではない。
「ちょっ、ちょっとお客さん! 貰いすぎ、貰いすぎ!」
店員は慌てたようにエレーナを追い……何とか金貨を返し、きちんとした代金を貰うのだった。
「全く……全く……何なのだ、あの店員は」
そう言いながらも、エレーナは決してレイの方を見ようとしない。
もしレイの方を見れば、間違いなく赤くなっている顔を見られてしまうからというのもあるし、何より『まだそういう関係ではない』と、盛大に自爆してしまったというのもあるのだろう。
……何気に、エレーナの言葉を聞いたレイも顔を赤くしているのだが、ドラゴンローブのフードを被っているおかげでそこまで目立っている様子はない。
エレーナ程の、それこそ光り輝くような美人とでも称すべき人物が頬を赤くして街中を歩いているのだから、当然のように周囲からの注目を集める。
だが、エレーナは自分が言ったことに対しての羞恥心から、自分がどれだけ視線を向けられているのか全く気にした様子がない。
「その、だな。エレーナ? おい、エレーナ。聞いてるか?」
本人が自爆した訳でもないことから、レイは比較的早く我に返ることに成功し、エレーナに声を掛ける。
だが、エレーナの方は全くレイの言葉を聞いている様子はない。
「全く……そもそも……大体……どにかく」
口の中で意味のない言葉を何度となく呟いている様子は、麗華の容姿が良い意味でも悪い意味もで非常に目立つからこそ、どこか不思議な気持ちにさせる光景だった。
レイも、そんなエレーナの様子をもっと見ていたいと思わないでもなかったが、周囲の通行人やら何やらがそんなエレーナの様子に意識が集中しているとなれば、いつまでもそのようにしておく訳にもいかない。
「ほら、エレーナ。しっかりしろ」
「っ!? ……ああ、すまない。ちょっと混乱していたようだ」
レイの姿に驚きつつも、それを表に出さないよう努力してエレーナが答える。
尚、幾らそれを表に出さないようにしていても、赤く染まった頬を隠すようなことは出来ない。
……もし普段の、それこそ姫将軍としてのエレーナしか知らない者が今のエレーナを見れば、姿形は同じでも、誰だこれ? という感想を抱いてもおかしくはない。
それ程に、今のエレーナは普段のエレーナとは違っていた。
レイもそれは理解していたが、今それを指摘すればエレーナにとっても……そして自分にとっても良い結果にはならないだろうと判断し、話題を逸らすことにする。
エレーナの考えが別の方向に向ければ自然と落ち着くだろうと、そう考えて。
「ほら、向こうに武器屋があるけど、ちょっと見てみないか?」
「……ふむ、そうだな。少し覗いてみるとするか」
武器屋という言葉に若干落ち着きを取り戻したエレーナは、レイと共に武器屋に向かう。
エレーナも戦いを生業としている以上、当然ながら武器屋と言われれば興味を惹かれる。
もっとも、マリーナ辺りがこの光景を見ていたら、何故デートで武器屋と頭を抱えることになるかもしれいなが。もしくは、レイやエレーナらしいと納得するか。
ともあれ、二人は視線の先にあった武器屋の中に入る。
「いらっしゃい!」
そう言ってレイ達を迎えた店主だったが、やってきたのがレイとエレーナという、色々な意味で目立つ者達であったことにより、少しだけ戸惑った様子を見せた。
だが、レイとエレーナはそんな店主の様子には構わず、早速店の中を見て回る。
もっとも、このゴルツは周辺で最も栄えている街ではあっても、結局のところ田舎の街だ。
出てくるモンスターもそう多くはなく、盗賊の数もそこまでいない。
そうなれば当然武器の類も一流と呼ばれるような物は仕入れても売れるようなことは滅多になく、そこそこ程度の武器が大量に並ぶこととなる。
だが、レイもエレーナも、その辺りの事情は知った上でこの武器屋に入ったのだ。
……実際には動揺しているエレーナを落ち着かせるという目的の方が強かったのだが、それでもこの武器屋に用事がない訳ではない。
長剣や槍、ハルバードといった武器を見ているエレーナとは裏腹に、レイは店の隅に向かう。
そこにあるのは、立派な武器という訳ではなく……それこそ、冒険者になったばかりの者や、金に余裕のない者が購入する、捨て値の商品。
とてもではないが、長期間使うのは難しいだろう武器の数々が、乱雑に木の箱の中に置かれている。
「あ、お客さん……」
レイが真っ直ぐそのような武器が置かれている場所に向かったことに気が付いた店員が何か声を掛けようとするも、レイはそれを気にせずに槍を選ぶ。
穂先が掛けているような槍を中心に、五本。
他にも柄が腐食している槍もあったが、そちらはレイにとっても使い道がない。
レイがデスサイズと共に使うことの多い、黄昏の槍。
念じれば自分の手元に戻ってくるという特殊能力を持っているマジックアイテムの槍……いわゆる魔槍だが、中にはそのような槍を使いたくないような敵もいる。
そのような時に便利なのが、こうして使い捨ての槍だった。
黄昏の槍を手に入れてから、何だかんだとこのような槍を使う機会は少なくなっていたが、それでも皆無という訳ではない。
特に触れたくないような相手に対して槍の投擲をする時は、黄昏の槍よりも使い捨ての槍の方が気軽に出来る。
そうして何か言いたげな店員に支払いをし、五本の槍を購入する。
「用事は済んだか。なら、他の場所に行くとしよう」
武器を見ている間に……そしてレイが離れている間に、ようやく落ち着いたのだろう。いつものエレーナに戻り、そう告げる。
「俺はいいけど。エレーナは何か買わないのか?」
「うむ。私は特に武器に困っている訳ではないしな」
「……まぁ、そうか」
エレーナの言葉に、レイはエレーナの腰にある鞘に視線を向ける。
連接剣という非常に特殊なマジックアイテムだが、それを使いこなすエレーナにしてみれば、他の武器はそうそう必要ないだろう。
長剣で近接戦闘を、鞭状になれば中距離から自由に攻撃出来る連接剣という武器は、使いこなすのが非常に難しい武器ではあるが、使いこなすことが出来るのなら非常に強力な武器となる。
そんな連接剣のミラージュを持つエレーナにとって、この武器屋に置かれている武器は特に欲しい物がなかったのだろう。
直接的にそのようなことを言った訳ではなかったが、店員は話の流れから何となくそんなことを感じたのか、残念そうな表情を浮かべていた。
もっとも、ゴルツにある武器屋でレイやエレーナが本気で欲しいと思うような武器を扱うとなると、店をやっていけなくなる可能性の方が高い。
その武器を仕入れるのに相当な値段が必要となるし、そのような武器の保管にも盗まれたりしないように厳重にする必要もある。
そしてゴルツの冒険者は、そこまで強力で高価な武器を必要としていないというのもある。
そのような現状を考えれば、この結果は当然と言うべきものだった。
武器屋を出ると、レイとエレーナは先程とは違って落ち着いた様子で周囲の店を見て回る。
特にレイが興味を示したのは、やはり珍しい食材だ。
ゴルツの名物といえる、保存食。
特にこれから冬を迎えるにあたって、その間に食べる為の野菜の保存食が頻繁に作られていた。
「これって……」
そんな中、レイが興味を惹かれたのは大根によく似た野菜の漬け物。
薄い赤で大根とは思えない色だったが、その形は大根に似ている。
「おや、興味があるのかい? 今は干してるけど、これを燻製にして漬けるんだよ。そうすれば……ほら、こんな感じになる」
レイ我興味を示したことに気をよくした五十代程の女が味見をさせてくれたその漬け物は、レイににとっても懐かしい味だった。
「いぶりがっこ、か?」
「ん? 何だいそれは」
そう尋ねてきた女に説明しようとしたレイだったが……
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アースアロー:土で出来た矢を飛ばす。レベル一では五本、レベル二では十本。
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