サッカーJ2 徳島ヴォルティスの井筒陸也選手 予防医学研究者の石川善樹氏が、自らの価値を世に問い続けている人々の思考法に迫る対談シリーズ。今回はサッカーJ2の徳島ヴォルティスに所属する井筒陸也選手に聞く。学生サッカーの主要タイトルを総ナメにした関西学院大学時代は、自分のプレーよりチームをどう勝たせるか、マネジメントのことばかり考えていた。Jリーガーとなった今もスポーツとビジネスを常に比較しながら考えるという。
■日本一なのに「意味のない勝利」
石川 井筒さんはツイッターやブログなどで積極的に情報を発信しています。中でも読者のさまざまな悩みにネット上で答える「質問箱」のコーナーは、サッカー以外の哲学的な質問にも図解を交えて丁寧に回答していて、スポーツ選手としては珍しい試みだと思います。なぜ、こうした取り組みを始めたのですか。
井筒 プロの選手なんだからサッカーに集中し、オフの日は心身を休めろ、というのがサッカー界の支配的な価値観です。しかし、これまでの経験から、別の世界で知ったことや人と会うことは必ずサッカーにも生きてきます。それを多くの選手に伝えたくて、あえていろんなことに挑戦しているし、それがサッカーを辞めた後のセカンドキャリアにも自然につながると思っています。
石川 Jリーグができてサッカーチームは非常に増えましたが、日本代表になれる選手はほんの一握りです。もし代表になれたとしても、引退後にコーチや監督、あるいは解説者として食べていける人はさらに限られます。引退後の面倒を見てくれるわけでもないのに、選手時代はサッカーだけに集中しろというのは、いささか無責任かもしれませんね。これは一般の企業にも言えることかもしれませんが。
井筒 スポーツの世界は、働いてパフォーマンスを出せば給料は上がるし、出せなければ下がる。ただ、経験を重ねることで、その人のサッカーに関する知見や人のつながりといった資産は右肩上がりになるはずです。僕はいろんな角度からサッカーを見ることで、自分の付加価値を高めたいと考えているのです。
石川 ブログに関して1つ聞きたかったことがあります。井筒さんは関西学院大学の主将として、4年生のときには関西選手権、関西学生サッカーリーグ、総理大臣杯、インカレで優勝し、史上初の4冠を達成しました。しかし、総理大臣杯での優勝は「意味のない勝利」だったと最近、ブログで書いていましたね。あれはどういう意味だったのでしょう。
井筒 ブログは大炎上しました(笑)。実は3年の時も同じ大会で決勝戦に進んだのですが、いざピッチに立ってふと考えたのです。成山一郎監督がめざす個々人の人間としての成長や、チーム全体の結束力は高まったのか、このまま優勝してしまっていいのか、と。そんな思いのまま試合に入ってしまい、結局、ディフェンダーである自分のミスで負けてしまった。そんな失敗があったにもかかわらず、4年生で主将として本当に日本一になったとき、いざ下級生たちの顔を見たら、心から喜んでいる表情ではなかった。だから余計にがく然としたのです。
石川 なぜ、下級生たちは心から喜べなかったのでしょうね。
井筒 結局、意思の疎通ができていなかったのだと思います。部員は150人くらいいて、僕たちは顔と名前は覚えていたのですが、関係はほぼないに等しかった。大会が終わり、10歳くらい上のOBの方と話す機会があり、「勝ったときこそできる改善が必ずある」という言葉をいただきました。そこで、冬のインカレに向け、全部員と30分ずつ面談することを決め、実行しました。趣味や休日の過ごし方に始まり、部活動についてどう思っているか、どこに価値を置いているか、掘り下げていったのです。
■ニッチな場で自分の価値を最大化
プレーする井筒陸也選手 (C)TOKUSHIMA VORTIS 石川 サッカー選手としてではなく、一人の人間として接しようとしたわけですね。ビジネス界でも、ヤフーが2012年から「1 on 1ミーティング」と称して、上司と部下が週1回、一対一で話す機会を設けています。基本的に上司は部下の話を引き出す役に回る。お互いの信頼関係があって初めて強いチームになるという考え方からだと思います。ただ、井筒さんはずっとレギュラー選手の側にいたのですが、補欠の選手の気持ちってわかるものですか。
井筒 僕は小学生からサッカーを始めましたが、自分がプロのサッカー選手になるとは夢にも思っていませんでした。中学でも、高校でも、大学でも、いつも卒業時には辞めようと思ってきました。その都度、いろんな背景があって続けてきたのですが、なぜ自分はサッカーをやるのか、徹底して考えてきました。それが次のステージで非常に役立った。だから自信を持って、下級生たちに成功体験として話すことができました。
石川 そもそも、チームマネジメントに興味を持ったのはどういうきっかけだったのでしょう。
井筒 単純です。大学に入ったとき、同級生にものすごくうまい選手が2人いて、こいつらには勝てないと思ったのです。では自分が勝てるのはどこか。1年生は部室などのカギの管理をするので、まずカギについて完璧にマスターしました(笑)。そこから、遠征時のチームの荷物管理をすべて引き受けたり、同級生の間でトラブルがあると仲裁役を買って出たり。だんだん1人では管理できなくなったので、人を動かすようになり、マネジメントにつながっていった。ニッチな場で自分の持つ価値を最大化していく過程で、能力をシャープにしていったのだと思います。競争しないで勝つのが最善の策といいますよね。
石川 戦略論の大家、マイケル・ポーターも「戦略とは競争を回避するポジションを確立すること」と述べています。それを実践したわけですね。独自性を打ち出すには、遠いものを組み合わせるなど、いくつか方法があります。元陸上選手の為末大さんは、走るとは何かを根本から考え、世界トップクラスの成績を残しただけでなく、引退後は義足の開発でも先端を走っていますね。井筒さんもサッカーとは何か、勝利とは何か、根本から考えることで、オリジナリティーを発揮しているように見えます。
井筒 何事も順序立てて考えれば、要素を構造化して抽象度を高めていけると思っています。例えば、試合に出て得られる充実感とは何か、何が幸福感をもたらすのか、そのメカニズムがわかれば、試合に出ていない部員も同じ充実感や幸福感を得られるのではないか。水くみや応援をするだけでも、サッカー部はすごく価値のある存在になれるはずだ。4年生の最後はそんなことを考えていましたね。
■多様性より思考の深さが大事
予防医学研究者の石川善樹氏 石川 すごく面白い考え方ですね。現代は情報があふれていますが、情報を追いかけすぎると溺れてしまいます。本当に革新を起こす人は、答えを見つけるのでなく、自分で作ってしまうのでしょうね。
井筒 僕はよくビジネス書やビジネス雑誌を読むのですが、サッカーとビジネスを2つに分けて考えることが、最近すごく気持ち悪いなと感じるのです。就職活動のとき、会社員になるか、サッカー選手になるか、二者択一を迫られたのですが、それがすごく嫌でした。どちらも会社に所属するのは同じだし、給料をもらうのも一緒。自分の能力を生かして顧客に価値を届ける、そのために日々努力する。抽象度を高めていくと、どんどん近づいていくわけです。違うのは、ビジネスのノウハウは集合知として書籍化されていますが、サッカーはほとんど言語化されておらず、誰でも利用できるほど体系化されてもいないこと。でもサッカーには学ぶべき要素がものすごく詰まっているのは間違いありません。僕はその体系化、言語化のところで存在価値を出せるのではないかと考えています。
石川 今まで、そういう研究をしてきた人はいないかもしれません。プレーヤーだからこそ理解できる領域もありますからね。
井筒 最近、僕が考えているのはサッカーだけに集中した選手と、ビジネスなど他分野からも学ぶ選手では、どちらのパフォーマンスが高いかということです。僕はサッカーとビジネスは横に並ぶのでなく、サッカーを掘り下げて考えると他分野に学ぶことに行き着く、つまり縦の関係だと思うのです。
石川 スポーツでも芸術でも通用するパフォーマンスの放物線というのがあります。最初は遊びから始まり、小さな改善を積み重ねていきますが、それも限界が来る。その後はムダなものを取り除き、他分野からの学びを取り入れ、最後は再び遊びの域に達する。
井筒 結局、多様性よりも思考の深さが大事ではないでしょうか。安易に多様性に逃げるのはよくない。どこまで深く掘り下げられるか、そこで勝負したいですね。
井筒陸也 1994年大阪府生まれ。初芝橋本高校、関西学院大学でいずれもサッカー部主将を経験。2016年にJリーグの徳島ヴォルティスに入団。ポジションは一貫してディフェンダー。ブログ「敗北のスポーツ学」、匿名質問サービス「Peing―質問箱」など情報発信にも熱心。
石川善樹 1981年広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業後、ハーバード大学公衆衛生大学院修了、自治医科大学で博士(医学)取得。「人がより良く生きるとは何か」をテーマに企業や大学と学際的な研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学など。
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