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賢者の弟子を名乗る賢者 作者:りゅうせんひろつぐ
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262 召喚術指導

二百六十二


 大通りを行く事、十数分。ミラは昨日ぶりな組合前にやってきていた。しかし今回用事があるのは、組合ではない。その隣にある建物の方だ。

「確か、ここの二階にいるという話じゃったな」

 術士組合の右隣に建つそこは、一見すると宿舎のようであった。ちょっとした貴族邸よりも大きな三階建てだが、外観は地味な石木造りだ。
 玄関から入ると、小さなホールが広がっていた。正面には階段、左右に廊下が伸びている。その様子は、どことなく学校にも似ていた。
 それなりに広い建物ではあるが、人の姿はほぼ見られない。しかし、誰もいないわけではなく、皆がそれぞれの部屋にいるという事をミラは知っている。

「二階に上がって、右の突き当り、と……」

 正面の階段を上ったミラは、そのまま廊下を進んだ。そして、一つ二つと部屋の前を通り過ぎるたびに、「頑張っておるのぅ」と微笑ましそうに頬を綻ばせる。
 部屋には、子供がいた。それもただの子供ではない。冒険者になる事を夢見る、冒険者見習いの少年少女だ。
 剣の使い方の他、薬草の見分け方や素材の集め方、魔物についての知識など、ここで様々な分野の知識を教えているとは、ニナ達から聞いた話である。
 そう、術士組合に隣接する学校に似たここは、いわゆる冒険者の訓練施設だったのだ。

「多分、この部屋じゃな」

 ミラが、そんな施設にやって来た理由。それは、ニナ達と交わした約束を果たすためである。
 資料室と書かれた扉を開けて中に入っていくミラ。本棚とテーブル、椅子が置かれたその部屋は図書室そのものだ。そしてそこには、六人の子供の姿があった。調べものの他、勉強などもここでするようだ。

「さて……おるじゃろうか」

 やはり冒険者を目指す子供達は、精霊女王と呼ばれるミラの事を知っている様子だ。突然やってきたミラを見るなり、似ているだけか本物かと、ざわめき始めた。
 そんな中、簡単に室内を見回すミラ。ニナから聞いた話によると、彼女達の妹である『リナ』は、毎日ここで召喚術の勉強をしているとの事だ。
 しかし見た限り、それらしい姿はなかった。そこでミラは、一番手前にいた少年に向けて問いかけた。「ここにリナという女の子は、おらんかったか?」と。

「あ、えっと……は、はい。います!」

 精霊女王というAランクの大物と出会ったからか、それとも美少女に話しかけられたからか、少年はとても緊張した面持ちで答える。
 すると、その瞬間だ。ふと、ミラの背後の方で、ドサリと何かが落ちる音が響いたのである。
 何の音だろうかと振り向いてみたところ、そこには、本棚の傍に立ち茫然とする一人の少女の姿があった。そして、その足元には、音の原因であろう本が落ちている。

「あの子、です!」

 絞り出すようにして、少年が言う。どうやら、その女の子がリナであるそうだ。

「そうか。感謝するぞ」

 少年にそっと微笑みかけて礼を言ったミラは、早速とばかりに本棚の少女に歩み寄っていく。と、その背後では、少年が顔を赤くして硬直していた。どうやらまた純情な少年が一人、叶わぬ恋に落ちてしまったようだ。
 しかし、そんな事とは露知らず、少女と対面するミラ。

「お主が、ニナ達の妹のリナじゃな?」

 ニナ達から聞いていたリナの特徴と、目の前の少女の特徴が一致すると確認したミラは、そう優しく声をかけた。しかし、少女は答えない。というより、どうにも先程の少年以上に、緊張してしまっているようだった。あわあわと口だけが動き、視線も定まらずに泳ぎっぱなしだ。

(ふむ……聞いたところ、随分とわしに憧れているという話じゃったからのぅ。緊張するのも無理はないか!)

 思えば随分と、有名になったものだ。ミラは感慨深げにそんな事を思いながら、本を拾い上げる。

「あ、ありがとうございます! 私がリナです!」

 ミラが差し出した本を受け取ったリナは、勢いよく頭を下げた。そして再び上げたところ、その顔は緊張から一転、目一杯の喜色に染まっていた。

「あの、あの! お姉ちゃんから聞いて! 聞いてですね! ミラさんが! 先生で──」

 沸き起こる感情をそのまま次から次に言葉にするリナ。だが、それゆえにとりとめがなく、また騒々しい。

「うむ、わかったわかった。まあ、落ち着くのじゃ」

 どうにかこうにかリナを宥めたミラは、「騒がしくしてすまんかったのぅ」と謝罪しつつ、そのまま資料室からリナを連れ出した。
 そうして資料室を出た後、ミラ達はその隣にある会議室に入った。

「あの、ごめんなさい。私、すっごく嬉しくって……」

 もじもじと恥ずかしがりながら、目を伏せるリナ。けれどミラは、そんな事気にしなくてもいいと微笑み、そこまで喜んでもらえたのなら冒険者冥利に尽きると笑い飛ばした。



「では、早速始めるとしようかのぅ」

「はい、よろしくお願いします!」

 ニナ達に頼まれた事。それは召喚術士見習いのリナに、召喚術の指導をするというものだった。そしてミラは、召喚術の事になると妥協をしなくなる。
 その指導は、リナの現在の実力を計るところから始まった。
 ただ、それは年相応という結果で終わる。とはいえ、召喚術を習得していない召喚術士なのだから、当然といった結果だ。子供なら尚更である。
 しかし、召喚術についての知識がどれほどのものかという試験は違った。ミラが出す問いに、リナが答えていくという形式で進んでいったその試験。二十分ほどの後に、ミラは「素晴らしい、よく勉強しておるな!」と、その結果を称賛した。

「ありがとうございます!」

 笑顔を浮かべるリナ。彼女の知識は、その年齢に見合わぬほどであった。特に基礎の部分は完璧といっても過言ではない。実に将来有望な召喚術士だと、ミラは心底感心する。そしてこれが、ミラの心に火をつける事となった。

「そこまでわかっておるなら、もう座学は省略して良いじゃろう。では早速次に進むとしようか」

 初心者どころか、中級者クラスの基礎知識まで修めているならば今は十分だと、ミラは訓練施設からリナを連れ出した。そしてペガサスを召喚すると、その姿にはしゃぐリナをその背に乗せて飛び立っていった。



「凄いです、気持ちいいです!」

「そうじゃろう、そうじゃろう」

 はしゃぐリナを微笑ましく感じながら、ミラは正面にある遺跡の傍に着陸するようペガサスに伝える。ハクストハウゼンの街から十分ほど飛んだ先にあるその遺跡は、何かの砦の跡地のようであった。

「あ、あの……あれってもしかして……」

 連れてこられたのは、人気のない廃墟。リナは、ミラの手をぎゅっと握りながら、少し離れた場所で彷徨っているそれを指さした。

「うむ、そうじゃ。武具精霊じゃよ。まずは契約せねば始まらんからのぅ」

 そう。そこにいたのは、召喚術士の基礎となる契約相手、武具精霊であった。リナに座学は必要ないと判断したミラは、武具精霊と契約させるために、この古戦場にやってきたのだ。

「でも……あの……!」

 召喚術士にとっては初歩だが、武具精霊の戦闘力というのは、中級クラスにも匹敵するほどの強敵だ。今の実力で、どうこう出来る相手ではなく、リナは狼狽える。
 だがミラは、そんなリナの手を引いてずんずんと進んでいった。そして武具精霊に見つかるギリギリ手前で立ち止まると、繋いでいた手を離して、代わりに拳に収まる程度の石をその手に握らせる。

「あ……これってもしかして、九賢者のダンブルフさんが提唱していたっていう」

 召喚術について、その習得などの事も相当に勉強していたのだろう。リナはどうやら、それだけでミラが何をさせようとしているのか察したようだ。

「うむ、その通りじゃ。ならば魔封爆石の使い方も、わかるか? まあ知らなくとも、マナを通して投げるだけじゃ。ほれ、あの辺りならば、ダークとホーリーが揃っておるので丁度良いじゃろう」

 ミラは、何て事の無い単純な作業だとばかりに説明すると、二体の武具精霊が並んでいる場所を指し示す。

「でも、魔封爆石って……」

 詳しく知っているからこそ、魔封爆石が今では希少であるとも知っているようだ。それを使う事に遠慮を見せるリナ。だがそんな彼女にミラは「それはただの余り物で作っただけじゃから、遠慮なく使うと良い」と口にしながら、次から次に魔封爆石を取り出してみせた。そして、「わしが作れる事は内緒じゃよ」と小さく微笑む。

「──はい!」

 大量の魔封爆石とミラの秘密に、両目をパチクリさせながらも、リナは元気に答えた。それよりなにより、武具精霊との契約が出来るという事が嬉しかったのだろう。
 九賢者が提唱していた方法を実践出来るとして、リナの切り替えは早かった。次の瞬間には、魔封爆石をぎゅっと握り、その目を爛々と輝かせる。
 しかしリナは、直ぐに投げようとしなかった。少し距離が遠いので、届くかどうか心配だという事だ。
 術者のマナが起爆剤となる事で、打倒したのがその術者であると認識させる。それが武具精霊と契約するために魔封爆石を使う理由だ。ただ、言い換えれば、その魔封爆石に全てがかかっているという事でもある。
 確実に命中させて一撃で撃破しなければ、相手に気付かれて二回目三回目などという猶予がなくなってしまうからだ。
 けれどミラは、慎重になるリナに細かい事は気にするなと伝えた。

「ほれ、動き出してしもうたぞ。その石ならば命中させずともあの傍に落とすだけで構わぬ。さあ、投げるのじゃ!」

 動く相手には尚更当て辛い。それでもミラが、そう急かすように口にすると、リナは「わかりました!」と答え、言われた通りに魔封爆石を放り投げた。
 十メートルほど先を彷徨う二体の武具精霊。魔封爆石は、狙いを外れ、そんな二体の少し後ろに落下してしまった。「ああっ……」と落ち込むリナ。だが、次の瞬間であった。
 まるでそこに落雷でも起きたのではというほどの、強烈な雷光と雷鳴が轟いたのだ。
 その余りの迫力にびくりと肩を震わせ小さな悲鳴を上げたリナは、反射的にミラに抱き着いた。けれど、どうなったか気になるのか、そこからそっと顔を覗かせる。

「あ、倒せました!」

 ミラの背後で、リナが嬉しそうに声を上げる。
 見ると魔封爆石が落ちた場所を中心として、半径五メートル以内は焦土と化しており、そこにいたはずの武具精霊の姿も消えていた。当然というべきか、一撃で二体をまとめて倒せたようだ。

「うむ、上出来じゃな」

 実はミラが渡した魔封爆石は、召喚契約用に作製したものではなく、実戦用として作り置いていたものだった。ゆえにクレオスに提供していた石とは、もはや別格の威力を秘めていたのだ。それこそ、直撃させる必要がないほどに。
 と、そうして武具精霊の打倒に成功したため、ミラは早速とばかりにリナの手を引いて、武具精霊の依代がある場所に向かう。そしてリナにダークナイトとホーリナイトの二体と召喚契約を結ばせた。

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 確かな契約の手応えを初めて感じられたからだろう、リナの喜びようは、それこそ躍るようであった。
 そんなリナを孫でも見るようにして微笑むミラ。だが、それも束の間。さて、ここからが本番だと、本格的な指導が始まった。



 日が半分ほど沈んだ頃。ひらけた草原に横たわるリナの口に、ミラは薬瓶を突っ込んでいた。
 ごくりと中身を溜飲するリナ。すると少しの後、ふらりと起き上がり、「もう一度、お願いします……!」と声を絞り出した。

「うむ、良いじゃろう」

 そう答え、召喚したダークナイトを構えさせるミラ。
 なんとリナが初めて召喚術を習得した時から今まで、二人はずっとこうして特訓を続けていたのだ。
 正確な召喚と、新米のダークナイトとホーリーナイトの鍛錬も兼ねた特訓。それはリナのマナが尽きるたびに、ミラがマナポーションで回復させ、ほぼ休みなく続けられていた。
 まだまだ子供のリナにとって、相当にハードであっただろう。しかし、ミラという最高の指導者とリナの努力が上手くかみ合った結果、その上達ぶりは確かな才能を窺わせるものであった。
 始めは十秒かかっていた召喚も、今では三秒以内。そして、剣を振る事すら叶わず斬り伏せられていたリナの騎士も、今では二合三合とミラのダークナイトと打ち合えるほどにまで上達していたのだ。

「さて、今回はここまでにしておくとしようかのぅ」

 何度目になるかわからないマナ欠で再び目を回したリナを抱き留めたミラは、マナポーションをその口に突っ込んで、そう呟く。日は沈み、辺りはすっかりと夜の帳に覆われていた。流石にこれ以上は、人様の妹を連れ出したままに出来ないだろう。
 目を覚ましたところでその事を告げると、リナはもっともっと続けたいと、やる気を漲らせる。しかしながら、マナは幾ら回復しても流石に精神的肉体的な疲労は誤魔化せない。
 時間もあるが、このあたりが限界だろうと感じたミラは、休むのもまた特訓だと今更ながらに口にする。そして次の段階は、召喚術士としてリナがもっと成長してからにしようと続けた。

「わかりました……」

 彼女にとって、憧れの精霊女王に個人指導してもらえたという時間は、それこそ夢のような一瞬一瞬であっただろう。けれどその夢も覚める時がきたようだ。とても残念そうな様子ながら、ミラの言葉には素直に従うリナ。しかし、このままではまだ終われないと、リナは最後に言った。

「あの……どのくらい成長出来たら、また教えてくれますか?」

 今日のこの日は、きっと一期一会のものになる。相手は、あの精霊女王だ。ちっぽけな新米召喚術士では、相手にすらされないはずだった憧れの人である。そう考えていたリナは、僅かでも再会出来る希望を求めて、ミラを窺う。

「ふーむ、そうじゃな……。まずは、ゼロ秒召喚が出来るようになったら、といったところじゃろうか」

 そう答えたミラは、「こんな感じじゃ」と言いながら左に目を向ける。するとその瞬間に、ダークナイトが召喚された。召喚座標の確定と召喚を同時に行う、この技術こそが、上級への登竜門といって過言ではなく、今日の指導の半分は、これを成すための地盤固めのようなものだった。しかしミラの教えは、この程度で終わらない。

「そこまで上達出来た暁には、これの特訓をするとしようか」

 言いながらミラは、右側に目を向けた。その直後、ミラの隣に並ぶようにして、ダークナイトとホーリーナイトが交互に五体ずつ一斉に現れたではないか。
ミラお得意の同時召喚である。

「うわぁ……!」

 三秒で一体が限界のリナにとって、それは余りにも遠く果てしない目標であった。しかし彼女の目は、その光景を前に輝いた。今では、手応えすらつかめないほどの技術。しかし、それは可能であるものだとミラが証明している。だからこそ、リナはそこに希望を感じたのだ。

「では、帰るとするか」

「はい!」

 ミラが召喚したペガサスの後ろに乗っかりながら、快活に返事をするリナ。彼女の未来は、今果てしなく広がったばかりである。
 なお帰る間は、ミラ先生による深い応用レベルの召喚術講座が開かれていた。少しの時間も無駄にしなかった結果、街に到着する頃には、流石に優秀なリナですら、その頭はパンク寸前となっていた。






流石にとても安かったので、もう無いだろうと思っていましたが
今週も100円中華まんを買えました!
相当に在庫があるんですかね……。今週も美味しく過ごせそうです。

そういえば、暑くなってきましたよね。
エアロバイクを漕いでいると汗が流れてくるくらいに……。
辛い季節です……。

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