とある産婦人科医のブログ

冷静と情熱の間を生きる産婦人科医のどうでもいい話。

子宮頸癌とHPVワクチンを取り巻く様々な問題について思うこと。

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先日仙台で行われた第70回日本産婦人科学会総会に参加してきた。

牛タン食べてビール飲んで治外法権の限りを尽くしてきたが、それなりに勉強もしてきて俺の知識もまた一層アップデートされた。

だから今回は、子宮頸癌とその予防について一般人が理解できるレベルまで噛み砕いてわかりやすく記事にしようと思う。

産婦人科医は多くの患者を診ているから知っているけど、子宮頸癌は本当に悲惨な病気です。この記事を読んだ方が正しい知識を知るきっかけになって、一人でも多くの女性の人生が救われることを望みます。

というわけなのでこの記事は、医学にまったく興味がない、子宮頸癌?HPV?ワクチン?なにそれ食えんの?ってレベルのギャルやギャル男(もしかして死語?)とか、これから大人になっていく中学生、高校生の男女やその子供を持つ親世代の方々にこそ読んでほしいと思い、とってもとっても貴重なばくちゃん先生のプライベートな時間を割いて書いていきますのでそこのところよろしく。では本題です。

HPV

ヒトパピローマウイルス HPV

この丸いのがヒトパピローマウイルス(HPV)ってやつです。なんか悪い顔してますね~。

引用:Human papillomavirus infection - Wikipedia

 

日本における子宮頸癌の現状

何回もおんなじこと書くのもあれなんで、俺が過去に書いた記事でも参照して欲しいところですが、めんどくさいよって人がほとんどでしょうから、ざっくりかいつまんで説明します。日本は世界でもわりと早い時期に子宮頸癌検診を導入して、それはそれなりに効果があって、それなりに死亡率・罹患率が減少傾向にあったんだけど、最近ではむしろ若年者の子宮頸癌患者とその死亡率が増加してます。これってものすごく異常でヤバい状態なんですよ。

今や子宮頸癌は画期的な予防ワクチンと効果的な検診によってその多くが予防可能だというのが医学界の常識です。実際に先進国の子宮頸癌は減少傾向にある中、日本はとっくの昔に後進国に追い抜かれています。語弊を恐れずに言えば、子宮頸癌はすでに医療体制の整っていない発展途上国の病気になっているのにもかかわらず、本来、世界一手厚い医療を受けられるはずの日本に住んでいながら、防げる病気を予防してもらえない、日本女性のことを俺はとても不憫に思う。

 

子宮頸癌検診の限界とHPVワクチンがもたしたもの

そもそもHPV?ワクチン?なんぞや?という人がほとんどだと思う。これも俺の過去に書いたこんな記事あんな記事を見てもらえればだいたいわかると思うんですが、みんな忙しいしそんな時間ないと思うのでざっくり説明します。

HPVとはhuman pailloma virusというイボをつくるウイルスの一種です。イボなら手術で外来で切り取ってそれで終わりなんだけど、このHPVの中にはイボじゃなくて癌を引き起こすタイプもいるわけ。ハイリスクHPV型なんていうんだけど、こいつがセックスを介して男女間で感染を起こして、その結果、将来の癌になる。

セックスで感染するっていうと、HPVと子宮頸癌が特殊な人*1の病気と考える人がいるんだけど、それは大きな誤解で、俺もこの記事を読んでるあなたもセックスの経験がある人のほとんどは過去にHPVに感染してる。生涯少なくとも8割の女性がどこかでHPVに感染する。性行動や経験人数と子宮頸癌の間には何の関連もないという事実はエビデンスもしっかりある。つまり、私(もしくは俺)、またはうちの子の限ってそんな病気になるわけがないっていうのはありえないわけ。子宮がある女性であれば、等しく誰にでもなる可能性がある病気、それが子宮頸癌。

また誤解してる人も多いんだけどHPVに感染=癌ではない。ほとんどの人は症状がでないまま、ほっといても勝手にHPV感染は治ってしまいます。ハイリスクHPVに感染した極々一部の女性が10~30年の経過を経て、子宮頸癌に移行する。この癌へ移行する前段階の時期に見つよう!っていうのがいわゆる子宮頸癌検診です。市町村がやってる子宮頸癌検診のはがきが家へ届いたことある人も多いんじゃないでしょうか?ぜひぜひ毎年受けてほしいのですが、実はこの子宮頸癌検診にも欠点があって、どんだけがんばってもぶっちゃけ子宮頸癌の3割くらいは見落とします!検診を受けてるから大丈夫ってわけではないんですね~、残念ながら。

そこで重要になってくるのが、HPVワクチンいわゆる子宮頸癌予防ワクチンなわけです。HPVワクチンはHPVの感染を未然に防ぐためのワクチンです。すでにHPVに感染している人に打っても効果はありません。最大限の効果を求めるためには処女に接種する必要があり、産婦人科学会が思春期女性に接種を勧めている理由はここにあります。

HPVワクチン反対派のおかしな人たちがいうオカルト理論で「一部のハイリスク型しかカバーできていない」「HPV感染は防げても子宮頸癌を予防するエビデンスはない」というものがありますが、ワクチンでカバーしているHPV型は16型と18型で最も悪性度が強く、若年者に多い型です。このタイプの予防のみで子宮頸癌全体の少なくとも6割と若年頸癌のほとんどを根絶できる。また後者に関してだが、HPV感染→子宮頸癌は今から30年以上も前に明らかになっている科学的事実で、揚げ足取りも甚だしい。実際、今回学会で勉強してきた最新知見でもHPVワクチンの明らかな有効性に驚かされたし、実際にフィンランドではHPVワクチン接種と効果的な検診により93%の子宮頸部異型成が減少し、ワクチン接種65000人の中から癌が発生していないという驚愕のデータが発表されていた*2。この通り、子宮頸癌は撲滅可能な病気になりつつある。

 

子宮頸癌をこの世界から根絶するためのたったひとつのシンプルな答えはHPVワクチン接種と定期的な子宮頸癌検診しかないだろう。

 

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HPVワクチンの安全性

HPVワクチンというと副作用の問題が大々的にワイドショーで取り上げられ、心配されている方も多いと思う。実際に俺が聞いた声では、ワクチンのせいであんな障害を負う可能性があるくらいなら、子宮頸癌になる方がましというものがあった。あんなショッキングな映像を報道されたら娘を想う親御さんがそう考えてしまうのも当然だと思う。2013年にHPVワクチンが打てなくなって5年が過ぎようとしているが、この間に何人の女性の子宮が癌に侵され、楽しい人生を送れなくなったのか、考えるだけで悲しいし憤りを感じる。

 

というわけなのでここでは、HPVワクチンは安全だということも説明したい。

まず、ワクチンといえばMRワクチン*3、BCGワクチンに代表される生ワクチンと、日本脳炎、B型肝炎、インフルエンザワクチンに代表される不活化ワクチンが私たちにとってなじみの深いものだと思う。

生ワクチンは簡単に言えば、細菌やウイルスの毒性を弱めた生の病原を注射して、その病気にかかった状態を作り出し、その病気の免疫をつけようというもの。だから生ワクチン接種後は軽い感染の状態になる。

また、不活化ワクチンは細菌やウイルスを殺して、どの毒性を消して抗原*4だけ残したもので、病気にかからずとも免疫力をつけることができる。

そのため、ワクチンの安全性という意味では

生ワクチン<不活化ワクチン だ。

一方、HPVワクチンは不活化ワクチンに分類されることも多いですが、実はVLPワクチンです。VLPと言われてもなにそれ食えんの?って感じだと思うから簡単にいうと、HPVの外殻を形成するただのタンパク質のみで形成されており、HPVウイルスDNAは含まれていません。簡単にたとえると、中身のないガチャポンのカプセルのみなのがHPVワクチンです。

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生ワクチン、不活化ワクチン、VLP(HPVワクチン)を簡単な図にすると上記のようになります。もちろん、VLPのカプセルを形成するL1蛋白はただのタンパク質に過ぎず、それ自体になんの毒性もありません。毒性もないため、有効な免疫を獲得するまでに3回もワクチン接種を行う必要はありますが、理論上、HPVワクチンは最も安全なワクチンといえる。

そのため、ワクチンの安全性という意味では

生ワクチン<不活化ワクチン<VLP*5 だ。

 

このように子宮頸癌の撲滅に有効で、なおかつ極めて安全なHPVワクチンが、現在日本で、なぜ積極的な接種勧奨の差し控えになっているか。2013年にセンセーショナルにワイドショーで騒がれた副作用問題はいったいなんだったのか。

それを次で説明する。

 

重大な副反応の可能性とは問題はなんだったのか

もともとHPVワクチンは副反応が強いことで知られている。摂取部位の局所疼痛が強すぎるのだ。HPVワクチン接種した子が痛みのあまり迷走神経反射を起こし、注射のあと気分が悪くなったり、倒れてしまう。これはよくある副反応で想定されていたし、痛みが治まればすぐに帰宅できる。そのため、HPVワクチンが副反応が強いということは間違いではない。ただ、前述したようにHPVワクチンはただのタンパク質を打っているだけなので、それ以上の危険はなく、安全である。というのが世界的なコンセンサス。

しかし、2013年にワクチン接種後痙攣を起こす少女の映像がマスコミでセンセーショナルに報道され、相次いでワクチン接種後に同症状を引き起こす少女が全国各地から報告された。正直言って、この報道には多くの産婦人科医が驚いたように思う。安全であるはずのHPVワクチンにより、世界で一つも報告されていないような多彩な症状がなぜ相次いで日本で出現するのか?その因果関係がはっきりしないまま、マスコミの報道は日に日に加熱していき、日本政府は安全性が確認できないとしてHPVワクチンの接種勧奨差し控えを発表した。それから5年、日本産婦人科学会は積極的な接種勧奨再開を一貫して訴えているが、いまだにそれは実現していない。その結果、現在日本に住むほとんどの若年女性がHPVワクチン接種の機会を失ってしまった。

 

HPVワクチン接種後に少女たちが引き起こした症状の正体はなんだったのか。報告されている症状は、身体の広汎な痛みや関節痛、長期に続く激しい疲労状態、多彩な神経症状、意識障害、月経異常、自律神経異常などだ。どの症状も日常生活に支障をきたしかねないくらい重たい症状なので、この症状が出現した少女たちも、その親御さんも大変だと思う。

日本の某大学の某えらい先生たちはこの症状をひっくるめて、HANS*6という新しい疾患概念を提唱して、被害女性の支援と補償、そしてHPVワクチン摂取の中止を訴え始めた。

ではここで、このHANSの診断基準をかいつまんで確認してみよう。

前提条件:①HPVワクチン接種後(期間は限定しない)

     ②HPVワクチン接種前は身体的/精神的ともに明らかな異常

     がない

これに: 身体の広汎な痛みや関節痛、長期に続く激しい疲労状態、

     多彩な神経症状、意識障害、月経異常、自律神経異常

     などの症状を認めるとき

とのこと。これらを認めるとHANSと診断されるらしい。大学にいるえらそうな先生が診断したらそれっぽく聞こえるけど、こんなの胃腸炎、急性咽頭炎、感冒並みのゴミ箱診断だから。前にツイッタ―で多くの共感を得た、大学にいる偉そうにみえて全然偉くない残念な先生の典型例です。ぜひ研修医からやり直しお願いします。

月経異常や自律神経異常なんて思春期女性では珍しくない症状だし、長期の激しい疲労は慢性疲労症候群、痛みや不随意運動なんかはCRPS*7と診断がつく。それに前提としてワクチン接種後の期間は限定しないって、これから先ワクチンを打った後に、上記のわりとよくある症状で外来受診した女性を片っ端からHANSに診断するつもりですか?それって科学じゃないよね。

ちなみにHANSが気になる方はぜひ論文検索してみてほしいんだけど、PUBMED*8HANSと検索しても該当するページは一つもでてこない。(2018年5月時点) 

反対意見として、HANSは日本人特有の疾患だから世界の論文では報告されていないというのがワクチン根絶派の意見でしたが、祖父江班が全国疫学調査を行い、これら症状とHPVワクチンの間には何ら関連性がないことを明らかにした。(http://www.jsog.or.jp/news/html/announce_20161227.html

つまり、日本の大規模調査でもHPVワクチンとこれら有害事象の関係はないと結論付けられた。いろんな症状を寄せ集めて作ったありもしない病気がHANSというわけ。まぁ俺には関係ないことだから別になんでも好きにやってもらっていいんだけど、HANSと診断され今も重たい症状に悩んでいる患者さんやその家族、子宮頸癌ワクチンが受けられなかった世代に対しては、大変申し訳なく思う。

 

まとめ

偉い先生がどれだけ偉そうに言おうとマスコミやテレビがいかに騒ぎたてようと、間違っていることは間違っている。

 

子宮頸癌はHPVワクチン接種と効果的な子宮頸癌検診で予防することができる。

 

HPVワクチンと接種後有害事象に因果関係はない。

 

もちろん極まれに、本当にワクチン接種後に症状が出現して、苦しんでいる患者さんもいるかもしれないが、その方が正しい診断を受けて、有効な治療を受けれるように。

 

日本ですべての女性がHPVワクチン接種の機会に恵まれる日が早く来るように。

 

子宮頸癌で子宮を失い、命を落とす女性がいなくなるように。

 

産婦人科医が解決すべき課題は多いけどがんばっていこう。

 

以上、第70回産婦人科学会総会でアップデートされた子宮頸癌とHPVワクチンの知識でした。読んでくれてありがとうございます。

卵巣癌、子宮体癌に関しては、元気があれば、また書きます。元気があれば・・・

 

 

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*1:ヤリマンヤリチン風俗従事者など

*2:理由はわからないが、HPV16,18型以外もブロックされていたよう

*3:麻疹・風疹混合ワクチン

*4:人間の免疫力を誘導するもの

*5:子宮頸癌ワクチン

*6:HPVワクチン関連神経免疫症候群

*7:複合性局所疼痛症候群

*8:世界の医学論文がすべて検索できるホームページ