日本を代表する臭い料理、くさや。
その名を知らぬ人はほぼいないが、実際食べたことあるのは一握りじゃないだろうか。
東京の伊豆諸島の名産品で、どの島に行ってもある。居酒屋、定食屋、おみやげ屋さん。どこにだって置いている。
くさやはムロアジやトビウオの干物で、「くさや汁」に浸けてつくられる。
当初は普通の塩水に魚を浸けていたが、離島での生活には塩も水も貴重品。塩水を1度で捨てずに使いまわしていたところ、魚の成分が蓄積し、微生物が住みついて、絶妙な発酵をうながすくさや汁が出来たとされる。
つまり、くさやは偶然の産物だ。
伊豆諸島では焼き魚としてだけでなく、パスタになったり、
ピザになったり、食べ方もいろいろ工夫されている。
そんな伊豆諸島のソウルフード・くさやも、徐々に生産工場が減っている。
たとえば、八丈島。
1990年には島全体で3億7千万円あった売上高も、2015年には8千7百万円。現在12軒のくさや加工場があるが、一年通しで営業してるところは少ない。
くさやは誰が買っていくのか?
そもそも、くさやは売れてるのか?
八丈島のくさや屋さん「長田商店」の長田店長に、そのあたりの疑問をぶつけてきた。
目隠ししても自分のくさやが分かる
── そもそも、くさやって誰が買ってるんでしょうか?
昔は兄弟が7~8人いるのが普通でしたから、島を離れた兄弟にお歳暮やプレゼントでくさやを送ってました。その客層も現在では70代、80代になり、送られることもなくなってきました。
今はマンションでくさやを焼くと「臭い!」って怒られちゃいますしね。
── 一軒家ならまだしも、マンションだと気軽に焼けないわけですね。
私なんて、もう、くさやのこと考えすぎて目隠しでどこのくさやか当てられますよ。
── え、目隠しで!?
── くさやソムリエだ!
親父には「電話に出るな! 手を休めるより働け!」なんて言われてた時期もありますから。「味が良ければ、次の客はすぐ来るから!」って。
── 電話に出るなってスゴい指示ですね。
当時はまだダイアルアップ接続だったので、通信料の安い朝と夜だけ繋げて。売上は月100万円が目標だったかな。
そんな時、奄美大島でタンカン(亜熱帯性の柑橘類)を売ってるネット担当者さんに出会ったんです。その当時、ネットで1億円ぐらい売ってたんだから相当なもんですよ!
この方と親しくなって、私のホームページは日本オンラインショッピング大賞で1,322サイト中34位に選ばれました。
── すごい!
そうして“個人”を発信してることもあって、ネット販売って言っても顔が知れてて、人付き合いの感覚ですね。わざわざ八丈島まで遊びに来てくれたり、そういうお客さんばっかりですよ。
── 出会いの力ですねえ
── はい
── 八丈島でベンツは目立ちすぎる!
くさやからアワビへの転身
幼少期から家業のくさや作りを手伝っていた長田さん。
魚を木箱に詰めてから登校していたそうだ。
東海大学海洋学部を卒業した長田さんは、北海道にあるアワビセンターに入所。技術主任になった。
そこで、アワビを育てて放流するプロジェクトを担当した。
── くさや作りからアワビへ転身。プロジェクトは成功しましたか?
内地ったって、こっちは離島なのにね(笑)。最初はたった一人でした。
── それは大変だ。
北海道でアワビが一番取れる浜になってから、トップ3年目に辞めました。
── せっかく成功したのに、なんで八丈島に戻ったんですか?
センターに11年いて、浜への達成感もありましたし。「新しい栽培センターの所長にするから北海道に残れ」とも言われたのですが、32歳で八丈島に戻りました。
君は知っているか!? くさや製造の隠されたこだわり
ここで、くさやの作り方をご紹介しよう。
八丈島では、くさやの原料としてトビウオとムロアジを使っている。
港から届いた魚はすぐにさばいて、内臓を取る。心臓から血が染み出て、身が赤黒くなるのを防ぐためだ。
これは割裁(かっさい)機。ムロアジ用は1機100万円、飛魚用は200万円するそうだ。
魚をぐいっと入れると身が2つに割れるので、エラと内臓を取りだす。
細かいこだわりなんだけど、血抜きのときは、魚の頭を必ず上にするんですよ。
── え、なぜですか?
── そんな美的センスが持ち込まれてたとは!
血抜きをしたら、くさや汁に漬ける。冬場は12~13時間、夏場は8時間ほど。
── 温泉っぽい匂いですね。硫黄臭というかアンモニア臭というか。
うちの汁とよその汁を調べて比較したことがあるんだけど、あっちにいてこっちにいない菌とかも色々いましたから。
── 案外、曖昧なんですね。その菌たちは何をしてるんですか?
目には見えないけど菌も呼吸をするんで、汁に浮かぶ泡で菌がどういう状態か分かりますね。
── 泡で菌と会話してるのかあ。
── くさや汁ってどうやって作ってるんですか?
だから、お店によってくさや汁がぜんぜん違うんですよ。
── はー、秘伝のタレみたい! 同じ汁は再現できないわけですね。
くさや汁から出した魚は水洗いして、しばらく水に漬ける。これは八丈島特有の工程で、他の島ではやらないのだとか。
八丈島は昔から水がたっぷり湧き出るからこそできる工程だ。水洗いするので、他の島のくさやに比べると臭いもだいぶマイルド。
最後に乾燥室で乾かしたら、完成。
くさやを通して、八丈島を知らせたい。
── 今後の展望はありますか?
私、PTA連合の会長もやってたんで、地元の中学生に体験授業もしたんですよ。工場で3日間手伝ってもらって、伝統食を作る苦労を知ってもらおうと。
── それはいいですね。僕もお話聞くまで、くさやを「臭い物」としか認識してなかったので。
ここが取材されたテレビ番組を、その子らと一緒に観てたら、レポーターが「わー臭い!!」ってリアクションしてて。「いい匂いなのに!」って怒るようになってました(笑)。
── 情が移ってる!
まとめ
・極めれば目隠ししても、臭いでどこのくさやか判断できる
・「目に血を溜めず、黒くしない」など美的こだわりに充ちてる
・くさや汁は代々受け継がれたもの。正確にはどんな菌がいるかはっきりとは分からない
一度途絶えてしまうと再現のできないくさや汁、目の色やハネの向きにもこだわる美的感覚。くさやは民芸品のような作り手の個性があらわれる物だなあと感慨深かった。
食わず嫌いしてないで、ぜひ一度チャレンジしてみて欲しい。八丈島製は匂いもマイルドで食べやすいよ。
取材・編集/松澤茂信(別視点)+プレスラボ
写真/斉藤洋平(別視点)