出典:YouTube PPAP(Pen-Pineapple-Apple-Pen Official)
ピコ太郎の大ヒット曲「PPAP」のタイトルやフレーズ「ペンパイナッポーアッポーペン」などが大阪府内の無関係の企業により昨秋、特許庁に商標出願されていたことがわかり、ちょっとしたニュースになっている。
ピコ太郎、「PPAP」ピンチ!? 無関係の企業が特許庁に商標出願(産経ニュース)
「PPAP」の商標を勝手に出願した人物はベストライセンス株式会社の上田育弘氏であり、各メディアのインタビューに「私が(商標を)出願していますので、それを無視して事業を進めたら、今後商標権侵害になる可能性がありますので」と強気な回答をしている。(出典:MBS)
この問題を巡っては、「ピコ太郎がPPAPを歌えなくなる」「上田氏のような横取りは許せない」といった意見が溢れており、「PPAP」がファンの前から姿を消すのではという心配が高まっているようだ。
だが安心してください。結論から言うと、上田氏が商標出願した「PPAP」「ペンパイナッポーアッポーペン」は間違いなく特許庁に却下される。
商標ってなに?
商標(しょうひょう)とは、商品を購入し、あるいはサービスの提供を受ける需要者が、その商品や役務の出所(誰が提供しているか)を認識可能とするための標識(文字、図形、記号、立体的形状、色彩、音など)をいう。(出典:Wikipedia 商標)
要するに、ある商品やサービスの名前に独占権を政府が認定して、偽物を許さないということである。例えば、「PPAP」という曲名に商標が存在しないと、誰でも「PPAP」というタイトルの曲を発売できることになる。そうなると、ピコ太郎の「PPAP」を購入したいファンが、Amazonで「PPAP」と検索して、全く別の誰かの「PPAP」を買ってしまうかもしれない。そういった消費者の誤解を防ぎ、安心して商売をすることができるための知的財産権の一つである。
商標は、日本では特許庁に申請し、審査をパスし、登録を受けることで得ることができる。日本国内の商標は、全て特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)で調べることができる。
面白いところでは、あの有名ブロガー「ちきりん」の名前で検索すると、商標:「ちきりん」、登録番号:5521210号、権利者:「伊賀 泰代」でヒットする。ネット上では「伊賀泰代=ちきりん」という噂は良く目にするが、なんと本人が堂々と公開していたとは。
というわけで、これから「ちきりん」氏と議論する機会がある人は堂々と言ってみよう。「お前、伊賀泰代(さん)だろ」と。
知財関係者には知られていた“商標モンスター”
さて、上田氏が商標出願した「PPAP」「ペンパイナッポーアッポーペン」がどうなるかだが、間違いなく却下される。
上田氏は「PPAP」だけではなく、約3年前から年間1万件以上の商標出願を繰り返している。日本全体の商標出願が年間10万件程なので、一人で日本国内の1割以上の商標出願を行っているのだ。上田氏の存在は今回の「PPAP」商標問題で知った人がほとんどだと思うが、知財関係者の間ではかなり前から「商標モンスター」として悪名高い存在であった。
商標を「上田育弘」で検索すると、「カケホーダイ」「リニア新幹線」「妖怪ウォッチ」「エヴァンゲリオン」「アナと雪の女王」といった全く本人が創作に関わっていない商標出願がゴロゴロしている。面白いことに「商標モンスター」といった自虐ネタも出願していたり、「特許電子図書館」という出願も行っており審査をする特許庁にまで喧嘩を売っているあたり、面の皮の厚さを感じる。
上田氏の手法は、このようにインターネットやテレビで見たフレーズを片っ端から商標出願し、放置しておくことにある。上田氏は商標の審査に必要となる最低でも1万2000円の出願手数料を全く支払っておらず、出願から半年ほどで審査が始まるが、そのときに全て却下されている。
しかし、今回の「PPAP」のように実際に却下されるまでは最先の出願人となっており、実際の権利者は「もしかしたら、商標が上田氏に取られてしまうかも」と恐怖を感じることになる。上田氏はその恐怖に付けこみ、「商標を譲る(使っても良い)ので、お金をください」と取引を持ち掛けるのだ。
商標は、商標法第4条第1項により「他人が既に使用している商標について先取りとなるような出願は認められない」となっており、上田氏の商標はたとえ審査になっても認められることは無い。
過去にも「阪神優勝」の商標が、阪神球団とは全く関係の無い千葉県の男性が取得していたとニュースになったことがあった。これも後の阪神球団による無効を確認する裁判によって、無効と認定され、商標を取り消されている。
安心してください、特許庁が責任を持って商標は却下します
当然、こんな商標モンスターの存在を特許庁が許すはずがない。2016年5月17日に「自らの商標を他人に商標登録出願されている皆様へ(ご注意)」というプレスリリースを出している。
内容は、
・最近、一部の出願人から大量の商標登録出願が行われている
・ほとんどが出願手数料の支払いが無いので、却下になっている
・もし出願手数料の出願支払いが有ったとしても、出願人の業務で使用するものでない場合、他人の著名な商標の先取りとなるような場合は、商標登録にはならない
・だから、仮に自身の商標出願が他人からなされていたとしても、自身の商標登録を断念することのないように
・なお、制度上、出願したら一応データベースで公開する
というものだ。流石に特許庁のお役人が作成した文書である。個人名は出していないが、見る人が見れば「“商標モンスター”からの出願は特許庁が責任をもって却下する。みんな、安心してください」と断言していることが分かる。
なお、今回の「PPAP」商標問題では、「上田氏のような悪質な出願は事前に却下しろ」という意見もある。だが、これは難しい。
世界中で商標の出願手続の国際的な制度調和と簡素化を図るために、商標法条約というものが存在している。日本も1997年に加入している。
その商標法条約において、「意見を述べる機会を与えない手続の却下の禁止」という項目がある。どんな人間であれ、可能性がゼロで無い以上、申請した商標を門前払いすることはできない、ということだ。商標法条約に加入している以上、法改正は困難だ。
もっとも、出願手数料の支払期限を出願と同時にするとか、制度的な商標モンスター対策はできるかもしれない。特許庁には法律の範囲内で、できる改善を期待したい。
※この記事は、2017年01月30日にアゴラに投稿・掲載された記事を再掲したものになります。