戦前は華族の邸宅が点在し、今もホテルや大学の敷地内に、旧皇族の洋館や江戸時代の大名屋敷が残る東京・高輪。
ノーブルな雰囲気の漂う一角に昨年、経営難の東芝から日本テレビが買い取った「高輪館(旧・東芝山口記念会館)」がある。
旧三井財閥ゆかりのその瀟洒な洋館に、今年3月のある晩、安倍晋三首相の姿があった。会食の相手は、日本テレビ社長で日本民間放送連盟(民放連)の次期会長に内定している大久保好男氏である。
この席で、一時話題に上った放送法改正をめぐる議論が交わされたことは、すでに新聞・雑誌でも報じられている。
しかし、そこで安倍首相と大久保氏が交わした稀にみる「激論」の詳細、そしてその結果、いまNHKが熱望している「テレビ放送のインターネット常時同時配信」の実現が危機に瀕する事態へつながったことは、あまり知られていない。
この日の安倍首相と大久保社長の会食には、政治部記者時代から首相をよく知る日本テレビの粕谷賢之・報道解説委員長も同席し、いたって和やかに始まった。
だが、「放送と通信の融合時代の放送局のあり方」、つまり「テレビとインターネットの融合」に話題が移ると、場の雰囲気は次第にとげとげしいものになっていったという。
「おたく(=日本テレビ)はそれほどでもないが、テレ朝やTBSのワイドショーは、事実確認もしないでウソの情報を平気で垂れ流している。放送法では『政治的公平を守る』なんて書いてあるけど、全然守られていない」
安倍首相はこうひとしきりテレビ批判を展開した上で、踏み込んだ。
「インターネットの普及で放送と通信の融合がどんどん進んでいるのだから、放送に関する規制も見直す必要がある。その中で、放送法についてもゼロベースで議論した方がいい」
安倍首相が一方的にまくし立てるのを聞いていた大久保氏は、反撃した。
「経済合理性ばかりを優先させて、放送と通信を一緒に考えてもらったら困る。いまのような放送法があるから、放送はネットと違って自制心が働いているんです。それに、大震災のような緊急時には、採算を度外視して災害報道を優先させ、国民の命と暮らしを守っている」
このようなことを返したという。これに安倍首相が「災害報道はNHKがきちんとやるから大丈夫でしょう」などと口を挟むと、大久保氏は「いまは災害報道も日本テレビが一番ですよ。NHKを観る人なんて、あまりいません」と気色ばんで応酬するなど、やりとりは次第にエスカレート。
そして、「災害の時にはやっぱりみんな、NHKを見ていますよ」と反論した安倍首相が、続けてこう決定的な一言を口にした。
「大久保さんがうちのオヤジの番記者だった時だって、スクープ合戦ではだいたいNHKが勝っていたじゃないですか」
この首相の発言には、少し説明が必要だろう。
大久保社長は、読売新聞の政治部出身。政治部記者時代は、自民党安倍派(=現在の細田派)の担当が長く、安倍首相の父親の安倍晋太郎氏が自民党幹事長を務めていた頃、番記者を務めていた。
このとき安倍首相は、すでに神戸製鋼のサラリーマンを辞めて父親の秘書になっていた。そのため、記者として永田町の現場を走り回っていた大久保氏の仕事ぶりを知悉しているのだ。
安倍首相のこの一言は、大久保氏の逆鱗に触れる「失言」だった。現在は民放の雄・日本テレビの社長にまでのぼりつめた人物に対して、「取材競争でNHKにいつも負けていた記者」と後輩の前で暴露されたに等しい発言だったからだ。
プライドをいたく傷つけられたのか、大久保氏は「そんなことはありません!」と強い口調で反論したという。
その後、話題は放送と通信の融合の問題に戻ったものの、大久保氏が「外資による株保有の規制まで外したら、中国資本に放送局を乗っ取られる」と懸念を示すと、安倍首相は「そこは方法を考えるが、いずれにせよ規制緩和は時代の要請だ」とやり返すなど、「ケンカ腰」の議論が続いたという。
大久保氏の民放連会長内定のお祝いも兼ねたはずの会食は、気まずい雰囲気のまま終わった(後日、上記の内容に関して日本テレビに取材を申し入れたが、「お答えできません」とのことだった)。