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[第五節【古龍の塔】3]
ネヴィアの魔導杖槍が神々しい桃色の輝きを纏う。桃色の輝きはネヴィアの身長の4倍もの巨大な槍となり、エネルギー球を貫く。エネルギー球にピシッ…!と小さな亀裂が走り--
「グギャウ!?」
パキッ…ガシャアアアアアン!
魔物が驚きと恐怖のあまりに残った額の目を目一杯見開いた。それもその筈。実体を持たないエネルギー球をアルス達の攻撃が斬り裂いたのだから。エネルギー球の破片は魔物とアルス達に襲いかかり幾つも切り傷を作る--と思われた。しかし実際には術者たる魔物本体の顔面の真近で大爆発を起こし、魔物を顔面から悉く粉砕。辺りに血しぶきではなく黒々とした魔力の奔流が飛び散った。キュオオオオン…という魔力解放時特有の音が部屋に響く。
「な、なんとかやったね…」
「ええ。ありがとうアルス。それに皆も!」
「こちらこそ。二人の最後の攻撃が無かったら危なかったぜ…」
「私達全員の手で掴んだ勝利ですね!」
「さてと、皆、怪我は大丈夫?」
「治癒を施したら先に進みましょう」
魔物を見事打ち倒したのだ。あの巨大な魔物を。一行は顔を見合わせ満面の笑みを浮かべると傷の手当てをし、次の階層への道を進んだ。心なしか、下の階層から時折聞こえた戦闘の音が、徐々に薄らいでいった気がした。

「あれが頂上への昇降機?」
アルスが首をかしげる。あれから20分程度が経過し、一行は階段が途絶えている大広間へと到達した。昇降機らしきものがあるが、明らかに上へと続くための部位が見当たらない。明らかに下へ降りるための装置にしか見えなかった。そして装置の前には--
「意外にお早い到着ですね」
「君は…」
そこに立っていたのは一人の女性。メイド服を見に纏い、大型のナイフや殺人用ワイヤーを持つその姿には見覚えがあった。--いや、あるどころではなかったが。女性は清楚で優雅な仕草でお辞儀をする。澄んだ声が大広間に木霊した。
「お久しぶりです。アルス様、レン様、スノー様、ヒサメ様、ティール様。そしてネヴィア様は少ししかお顔を合わせていませんが…覚えていらっしゃいますか?」
「貴女はあのA級冒険者試験に潜入していた…あの時は私の仲間達がお世話になったわね」
「ええ。私はネーナ…ネーナ・マリオネットです。以後、お見知りおきをお願いしますわ」
再び優雅な仕草でふわりとお辞儀をするネーナ。
以前出会った時からアルスは疑問に感じていた。彼女の仕草や言葉遣い、服装を見るに教養や常識は伴っているのだろう。実家もあの様子だと貴族か何かの家に違いない。あんなに優雅な所作を覚えさせられるのは貴族のお嬢様ぐらいだ。
ならば、何故恵まれた彼女が以前の件や、今回の件のように自らの手を汚し、人を殺めるような行為に手を貸すのだろう?普通の人間でさえ人殺しは躊躇うものだ。しかし彼女からは、嫌々やっているようにも、喜んでやっているようにも感じられない。ただデスクワークを淡々とこなす秘書のような雰囲気さえ漂っている。ただそれだけが疑問だった。
「3つ程聞かせてくれ…壱達は何処にいる?君達は一体何物なんだ?そして君は何故以前の件や…今回の実験に協力するんだい?」
彼女は暫し考える様子を見せた。15秒程もたっぷり考える時間を取ると、彼女は深々と溜め息をつき質問に応じた。小首をかしげる仕草をしながら淡々と話す。
「1つ目ですが…彼らは別の任務に赴いていますわ。何の任務かは…ご想像にお任せしますわ。2つ目ですが…私達の属する組織が国王に【雇われている】とでも申しましょうか?いえ、どちらかと言えば【利用し利用される関係に敢えてなっている】、とでも申しましょう。そして3つ目ですが…」
そこで彼女は言葉を切る。少し目をしばたかせると、彼女は大型のナイフと綱糸を構えて目を開いた。その水色の美しい両目には、冷たい殺意の炎が燃えていた。
「それは私が【あの方】に忠誠を誓ったからです。あの方のご意志は私の意志も同じ…さて、言葉は最早不用ですね?」
「ああ…君を倒せば扉が開かれる。僕達に断る道理は無いッ!」
「貴女達の望みが何なのかは知らないけれど…子供達のためにも、ここは届かせて貰うわ!」
「俺達冒険者が正しくて、あんたら政府が間違ってるってことを教えてやるぜ!」
「私は…私みたいな思いをする子供達を一人でも減らしたい!」
「言葉は不用…ですか…ならば僕もあの時の決着を付けにいきます」
「私達の信念…貴女達に見せてあげるよ!」
「良いでしょう…フッ…!」
「バーニング・シールド!」
六人が武器を構えると同時にネーナが綱糸を放つ。触れただけで肉まで斬れそうな殺人ワイヤーの雨がアルス達に降り注ぐ。それをレンの灼炎の盾が光輝き弾き返す。しかし一部は意思でも持つかのように大きく湾曲し、側面から襲いかかってきた。
「くそっ…!?」
迫り来る綱糸を目にしながらも、レンはその場を動く事が出来ない。彼の正面からは未だ綱糸が飛来している上に、バーニング・シールドを解除すれば、いくら頑丈な盾であっても鋼の連撃を受ければ貫通される恐れもある。そして遂に綱糸の一本がレンに飛来し--
「それ!」
「あら!?くっ…」
ティールがその綱糸めがけて雷の魔法を唱えた。ネーナは慌てて綱糸を離すが一歩遅かったようだ。金属が保有する電気を通しやすい性質が災いし、彼女に高圧の電流が襲いかかった。綱糸がバラバラと宙に舞う。
レンがティールに笑いかけ、彼女もそれに応じ敵に向き直る。ネーナも電圧に耐えきれず勢いよく吹っ飛んだが、すぐさま体勢を直すと腕を振り、逆に黒々とした闇属性魔法の矢を無数に放ってきた。
「アイシクル・ランス!」
「フッ…!」
スノーが氷の槍で迎え撃ち、ネヴィアが魔導杖槍を振り回し魔法で作られた矢を落とす。手首や腕だけでなく体全体を翻しながら、彼女は次々と襲い来る悪意を弾いていった。スノーも一本だけにとどまらず、数百本もの槍を生成して迎え撃つ。
「ハアッ!」
「セヤァッ!」
そして愛槍を投げ付け剣で斬り掛かってくるヒサメ。そしてそれに続いて緑の長剣で心臓に狙いを付けて突進をしてくるアルス。
彼らを目にして薄く微笑むネーナ。彼女は大型のナイフでヒサメの槍を振り払うと大きく後退し、スノーやティールの魔法を華麗に避けながらよく通る澄んだ声で一行に告げた。
「なかなかやるようですわね?ならば…!」
「何!?」「早い!?」
彼女が懐から新しい綱糸を何本も取り出しナイフを構え跳躍する。アルスとヒサメが咄嗟に剣を構えるが既に遅かった。彼女は一行の間を縫うように跳躍し、綱糸をバラ撒きながらナイフで斬り付けていく。
「嘘…!?」「マジかよ!?うっ!?」
「えっ!?」「…ピンチです」
先程よりも速度と威力を増した綱糸の群れが一行の肉を食まんと鳥の如く飛翔し取り囲む。ネヴィアとレンも応戦するが一瞬の差で懐を取られ拘束されてしまった。ティールとスノーも電撃を放ち返り討ちにしようとするがもう遅い。逆に仲間を焼いてしまうため何もできない。
「失礼…ですがこれで終わらせます」
拘束されたアルス達一人一人に神速の斬撃を放っていくネーナ。アルス達の身を守ろうと構えた剣や槍が弾かれ宙を舞う。そしてネーナは一際高く跳躍し--
「秘技…【ダンス・マカブル(死の踊り)】!」
「ピアニッシモ!」
指を鳴らすと一息の内に綱糸が彼女の手元に巻き上げられる。アルス達に幾重にも巻き付き彼らを拘束していた綱糸は主の元へ戻らんと、ヒュウウン!と唸りを上げて高速回転。綱糸同士が擦れ合い激しく火花が散り、空気を震わす大爆発が起きた。ネーナはふわりと優雅な所作で床に舞い降り首をかしげる。
「仕留めたと思っていたのですが…」
「…………」
「まだ…よ…!」
煙の中からヒサメとスノーがよろよろと立ち上がる。二人の服はボロボロで、体中に切り傷が刻まれており、あちこちに血が滲んでいるが生きている。後ろを見るとアルス達もなんとか存命していた。
ネーナは再びナイフを構え静かに問う。
「先程聞こえたアルスさんの声…やはりピアニッシモでダメージを軽減していましたか…」
ピアニッシモ。音楽記号で「とても弱く」を示す名の通り、魔術ではダメージを軽減する効果を持っていた。咄嗟のアルスの判断に敵ながら天晴れ…と舌を小さく打つネーナ。
「ですが…」
しかしどうということはない。六人に一気にかかって来られれば少し危険だったが、今戦闘可能なのはヒサメとスノーだけ。スノーに関しては戦闘能力はそこまで高くないように思える上、高い実力を誇るヒサメの方も重傷を負っているためそこまで脅威ではない。あの様子では回復も出来まい。六人全員を始末するのに5分とかからないだろう。
足を引き摺りながらも剣を出すヒサメと、レイピアを重たそうに拾いあげるスノー。訂正しますわ。彼ら全員の始末に3分もかかりません。
「では行かせて頂きますよ?ハッ…!」
床を蹴り突進するネーナ。二人はもうカウンターで迎え撃つだけの体力も力も無いのだろう。なのにそこから逃げようという素振りを見せない彼らに勝ちを確信。ネーナは淡く微笑んだ。
「貰いま--くっ!?」
「はあっ!」
嫌な予感がしたため即座に身を翻しナイフを構えるネーナの胸元をスノーがレイピアで貫かんと刺突した。偶然ナイフの腹に当たったため、吹っ飛ばされるにとどまり膝をつく。突然の反撃にではなく、自分が弱っている相手に力負けをしたことに頭が着いていかなかった。
「何故…」
「……フッ…!」
ヒサメがぼろぼろの体に鞭を打ちながら床を蹴り突進した。彼の全身から湯気にも似た冷気が立ち上ぼり、まるで古に伝わる氷龍のような印象を受けた。ただの、しかも傷だらけの人間が何故--
「そういうことですか…!」
ヒサメの怒濤の斬撃を捌きながらネーナは小さく舌打ちをした。彼らの後ろでティールが前髪から滴る血を目に入りそうにさせながらも、必死に杖を構え二人に強化を施しているのだ。治癒術が使えないのではない。仲間の勝利を優先して使っていないだけなのだ。
「ならば…!」
ヒサメを振り切り綱糸を束ねてティールに放つ。術者がいるのならば大元を断てば良い。
それに強化の理由は術だけではない気がした。あの二人の【目】…諦めようとしない不屈の【目】…ならば仲間を文字通り目の前で殺す事によってその希望を打ち砕いてやろうとしたのだ。
「させない…よ…!」
「な…!?きゃっ!?」
とても重傷の人物とは思えない速さでスノーが飛び出し、手首をくるりと翻して綱糸を弾く。反射された綱糸は主であるネーナの元へと飛来し、彼女の足を傷付けバランスを崩させた。その隙にヒサメとスノーが彼女へ肉薄する。
「私達を強くしてるのはティーちゃんの魔法だけじゃない!」
低く構えたスノーの一瞬の突きがネーナのダガーをガキン!と刺突し彼女を大きくのけぞらせる。「崩れた!」と彼女は右に跳び、ヒサメに攻撃の場を譲った。
「…ハアアア!」
「くうっ…!?」
ネーナは慌てて綱糸を束ねて投げんと構えた。しかしヒサメは飛び出した反動と重さ、エネルギーを全てその斬撃に乗せ、彼女のナイフと束ねられた綱糸を真っ二つに斬り落とす。パキン!と快音と共にナイフの欠片が宙を舞い床に刺さった。そして再びスノーが踊り出て--
「皆との絆が…私達に力をくれた…!私達冒険者の力…受け取りなさい!【アージェント・レイピア】!」
「ぐっ!?」
銀色の眩い光を纏いしスノーのレイピアが、ネーナの胸部を深々と刺し貫いた。傷口の周囲を輝きが覆い、みるみるうちに凍らせていく。ネーナは痛みに喘ぎながら後ろに跳ね、膝をついた。「くっ…はあ…はあ…」
「やった…の?」
ヒサメとスノーも剣を杖代わりにして膝をつく。荒く弱まった息を肩でする二人の前でネーナはゆっくりと立ち上がると自らの胸の傷に手をかざした。みるみるうちに彼女の傷が治癒されていき、遂には塞がった。そして彼女は懐から何かを取り出し天に掲げる。一方のアルス達は立ち上がることさえできない。
「嘘でしょ…まだそんな余力が…」
ネヴィアが目を見開きながらなんとか立ち上がろうとするが、全身裂傷だらけの彼女にそれは叶わない。ネーナは一行を名残惜しげに見つめると、懐から取り出した何かのスイッチを押した。
「よもやここまでやるとは思いませんでしたわ…私も得物を失いましたし…ここは痛み分けとしましょう」
くるりと優雅に身を翻し、転移結晶による転移を開始した彼女は、完全に転移をする寸前、彼らに向き直るとふわりと優雅にお辞儀した。
「そこの昇降機に10秒以上乗ると、転移術が発動し、最上階に上がる事が出来ますわ。それでは皆さん、御機嫌よう♪」
殺人メイドは彼方へ消えた。それも余裕たっぷりに。アルス達は彼女が消えた場所をまじまじと見つめ、深く溜め息をついた。半分は安堵。もう半分は6人相手に余裕を見せていた彼女の強さへの感嘆や恐怖から。外を見ると既に日が暮れており、一行は顔を見合わせる。
「とりあえず傷の手当てをしてから上に行こう。そこまで猶予は無いと思うから」
アルスの言葉に皆は頷き、傷を癒すためにヒリングの薬を飲み、魔力を回復するためにウィズダムドリンクを一気飲みした。傷が癒えたことと、痛みがある程度回復した事を確認すると、一行は昇降機へと歩を進めた。

「ほう…意外に早かったではないか」
「貴方は…」
頂上は夕日に照らされ赤く輝いていた。緑色の落ち着いた床はそのため赤と緑が合わさった美しいグラデーションを一行に見せつけ、さながら紅く染まりかけの紅葉のような印象を与えた。
そして眼下にはエリュシオンを一望できる。雄大な自然に加え、東には順にベルナーゼや王都アヴァロニアと、その向こうにはレオーナの街並みが、南には南の大都市トゥリファスの港の灯が、そして北にはボレアオネの灯が見えた。心なしかボレアオネがいつもより明るく見えるのは気のせいだろうか?嫌な予感がアルスの背筋を襲う。
そして今、目の前にいるのは小太りで禿頭の中年男性。上級貴族特有の優美なスーツをピッチリ身に纏っているが、腹部がキツいのだろう。腹回りのボタンとベルトが激しく自己主張をしている。
「オーリン・ランスロット首相…」
ネヴィアが魔導杖槍を握る手の力を強める。彼女の家は中級貴族のため、議会や政治によく顔を出すのだそうだ。そして彼女の両親は人格者のため今の腐敗しきった、貴族や王族のためだけの政治に不満を持ち改革をしようとしたが失敗。更に議会でオーリン首相が堂々と不正をしているところを目撃してしまい、議会を辞したのだという。
そんな人格者の両親を持つ彼女がこんな中年糞親父を見て許すハズが無いのだろう。彼女は怒りのあまりに手をプルプル震えさせながら、不正首相に問った。
「貴方は…貴方は何故こんな実験を!?議会で不正をするだけじゃ飽き足らず…国民に重税を強いるだけでは飽き足らず…今活動をしているかどうかも怪しいレジスタンスを潰すためだけに子供達を犠牲にするんですか!?」
「フフ、まあ待ちたまえ。そう焦るでないぞグレイス家の拾い子よ?」
「拾い子?」
オーリンが意地汚く笑みを浮かべ、煙草を取り出し堂々と喫煙をする。後ろには衰弱し切った子供達が倒れているというのに。
彼の言葉にアルスは呟く。その呟きにネヴィアは目を附せた。
「ごめんね、黙ってたつもりは無かったんだけど…私もアルスと同じ。お父様とお母様に拾われたの。今まで話す機会が無かったけど…」
「ううん、大丈夫だよ。実子か拾われた子かなんて関係ない。僕だって拾われた子だし、君はこんなに素敵な子なんだから」
「あ、ありがと…」
少しアルスの言葉に顔を赤くしたように見えたネヴィア。夕日のせいだろうか?彼女は「ともかく」と魔導杖槍を首相に向けて静かに、怒りをこめて言った。
「何故なんですか?」
「なに、簡単なことさ」
首相は煙草を美味しそうに吸いながら彼女に微笑みかける。
「子供達【と】反逆者を殺して国民を救うためだよ」
「何を言って…!」
「どういうことだよアンタ…!?」
さも当然の事のように、国民を救うのに本当に必要だと思い込んでいるように首相は両手を広げて言った。あまりにも酷い理由を聞いてネヴィアは呆れのあまり言葉を失い、アルスとヒサメも口を真ん丸に開いて「は?」と呆れ顔。ティールは信じられないと言うように聞き返し、スノーとレンが怒りを露にした。
「ガッハッハッハ!」
そんな彼らの様子を見て首相が笑う。涙が出るほど馬鹿笑いを続けた首相の腹がタプン、タプン、と大きく揺れた。何がそんなにおかしいのか。
「何故君達は理解出来ない!?子供を設けてしまった家は子供を育てるための養育費が必要!しかし今…この世界が大きく揺れているご時世で養育費を持てない家庭のなんと多いことか!だから私は国王陛下に進言し、庶民の生活を楽にしつつ敵を倒す計画を今実行しているのだよ!」
「ふざけているんですか…!?」
あまりの馬鹿馬鹿しさに一行が言葉を失う。するとティールが前に進み出て来て声を荒げた。あまりの気迫に首相が情けない声を出して後退る。いつも穏やかな彼女が声を荒げるなど滅多にあることではない。彼女は目を瞑り、震える声で話し始める。
「庶民の生活が苦しくなったのは重税のため…中立王国のこの国には世界の揺れなんて関係無いでしょう!?そしてその重税の用途が国民への援助ならまだ分かります!しかし貴方達政府は自らを肥やすだけで、魔物に襲われる国民に手をさしのべることをしなかった…違いますか?」
「うぐっ…」
首相は変な音を漏らす。彼女の言っていることに反論が出来ないのだろう。しかしすぐに汚らしい笑みを浮かべると、今思い付いたであろう理由を並べ、いきりたって反論してきた。
「しかし…いくら中立王国とはいえ国際間の立場というものもある!それに今の重税はレジスタンスを倒--」
「レジスタンスを生んだのは貴方達の欺瞞でしょう!」
ネヴィアが魔導杖槍の柄でゴン!と床を叩く。彼女の気迫に押され、再び情けない声を出して怯えるオーリンに二人は正論を次々にぶつけた。
「貴方達が安全を保証する保証すると宣いながらも結局は国際間での争いに巻き込まれたくないという事を理由に軍隊を良しとしなかった!」
「だから反逆の使徒達が発起してこんな事態を招いている…全ては貴方方政府の責任です」
「うぅ…うるさぁい!黙れ黙れェ!…そうだ…来たまえ!【ヘパイストス】殿!」
首相は満足に反論もできずに黙れ黙れと喚き散らす。言論では勝てないと悟ったのだろう。錯乱した彼は誰もいない虚空に向かって大声を出す。すると虚空の一部が大きく歪み、一人の人物が現れた。
「はいは~い♪お呼びですか?おっ!テストですか?テストしちゃいますか~!?」
そこから現れたのは黄緑色の髪を後ろで束ねた美青年。白衣を纏った彼は瞳をキラキラ輝かせ、首相にぐいぐいっと迫っていく。
「な…何故…何故貴方が…!?」
その青年を見てヒサメが信じられない、と言わんばかりに目を見開く。恐怖からか四肢がガタガタと震え、必死にそれを抑えるヒサメ。彼がここまで動揺するとは--
(【貴方】…まさか!?)
アルスが結論に辿り着くと同時にその青年がヒサメに気付き振り返る。青年はヒサメの顔を10秒程もまじまじと見つめると、「思い出した!」と手を叩き微笑みを浮かべた。
「やあ、久しぶりだね。僕が氷龍の怨念から造りあげた人造人間君♪」
「え!?てことは…貴方が…」
「やっぱり…」
ネヴィアが驚きのあまり目を見開き、首相を含めた他の面々も信じられないと言わんばかりに絶句した。青年はふわりと床に下り立つとヒサメに話しかける。
「そう言えば君、名前とかは貰ったのかい?あれから何かあったのかい?どうなんだい?」
「………」
彼の問に答えはせず、剣の柄をギュ…っと強く握り締め、ヒサメは剣先を首相に向け言い放つ。
「………そんなことはどうでも良いでしょう…皆さん、あの首相を倒して子供達をさっさと解放してあげましょう」
「あ、ああ…」
レンが心配そうに彼を見る。よく稽古を共にしていた好敵手として彼には判るのだろう。友の心に起きた異常を、そして動揺を。しかし彼は敢えてそれを指摘することはせずに剣と盾を構え、太った首相に不敵に笑う。
「さてと…もう逃げられないぞ!」
「クックック…ガッハッハッハッハ!」
レンの台詞を聞き、いきなり馬鹿笑いを始めたオーリン。彼は青年に頷きかけ、青年もまた頷き返すと指を鳴らした。
パチン…
「な!?」
アルスは言葉を失った。青年が指を鳴らした瞬間、空間の一部が歪み、巨大な機械兵が姿を現した。
高さ7m、幅は3m程度。しかし背中や腰、腹部や両腕に羽のようなパーツがついているので、実際はもっと高さはあるのかもしれないし細いのかもしれない。頭部は小さく中心に緑の一つ目が怪しく光る。脚は細く、翼の先端は幾つにも枝分かれしており、腕の装甲からは何本もの鋭い爪が生えている。

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