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[第四節【偽りの理想郷(エリュシオン)】1]
「フフ…そろそろ【頃合い】かな…」
数名の人物が集まったとある飛行戦艦のブリッジの中、【慧眼】は自らの弓を見つめながら一人呟く。その言葉を聞いた仮面を被った【道化師】は、苦笑したような声を出しながらやれやれ、と首を振った。
「本当に趣味が悪いねえ♪全く呆れを通り越して感心しちゃうよ」
「フフ、趣味が悪いとは失礼な。私はただ彼らを言われた通り【助けた】だけだよ?彼らは素晴らしい第二の生を送っただろうからね、そろそろ【目覚めて】もらおうと思っているだけさ」
もう突っ込む気力も無くしたのか、はたまた最初から諦めているのか、【道化師】は大きく溜め息をつくと確認作業に移る。
「それじゃあ先ずは彼らを【新型】で誘き寄せつつ【砕氷】をする、それで良いんだよね?」
「ああ、その通りだよ。もっとも私の趣味がかなり盛り込まれているがね」
【慧眼】は楽しみで堪らない!と言うようにウキウキとした声で応じる。それを見て周囲の人物が少しばかり身を引いた。
そして一通り確認が終わった後、【道化師】は【慧眼】に耳打ちをする。
「全く貴方はあれだから人望が無いんだよ…さて、今回の計画…貴方が要なんだから楽しみ過ぎたり、油断したりして遅れを取らないようにね。大司書…いや、【慧眼】殿♪」
【慧眼】はにっこりと微笑んだ。氷よりも尚冷たい、まるで炎すら凍らせる事が可能な笑みで。
そんな彼らの飛行戦艦の周りを、何羽もの烏が飛んでいた。これから起こる惨劇でのおこぼれを狙うかのように…

「すまないね、忙しいのに呼び出して」
アルス達を呼び出したのはアヴァロニア大図書館司書、アーノルド・トレイター。近年珍しいエルフ族の男性で、十数年前からアヴァロニアにいるらしく、その穏やかな振るまいや豊富な知識、優しくストイックな性格から、彼を先生と仰ぐ住人も多い。アルス達もアヴァロニアの冒険者協会の宿舎に泊まるようになってから彼と知り合い、彼は無償で様々な情報を教えてくれたり、様々なサポートをしてくれたりしていた。
「いえ、お気遣いなく。先生こそいつもお世話になってます。それでお願いというのは?」
「ああ、それがね…ボブ!彼らにお茶を!すまないね皆、ちょっと待っていてくれ--」
助手のボブにお茶を出すよう命じると司書は山積みになった資料の山を漁りだす。司書にはいつも良くしてもらっている。なので出来るだけの依頼には応えたかった。
助手のボブがお茶を持ってきてくれた。一行はお礼を言ってお茶を受けとる。一方の司書はまだ目当ての物を見つけられないらしく、何度も「すまないね…」と言っては本の山を漁っていた。
「ボブさんもいつもありがとう♪」
ネヴィアが微笑みかけると助手は顔を赤くした。最近ボブがネヴィアを意識しているような気がするのは気のせいだろうか?アルスは少し妬いている自分に驚きお茶をすする。
「ああ!見つけた!待たせて申し訳ないね。この記事を見てくれたまえ」
そう言うと司書は一枚の新聞記事を差し出した。エリュシオン新聞社の発行する新聞だ。そこには一枚の写真と大きな見出し。
「【ベルナーゼで子供達の誘拐事件。そして謎の騒音が一ヶ月間連続で。この2つの事件の関係は】………ベルナーゼって西の大都市の?」
ネヴィアの問に司書は頷く。ベルナーゼとはエリュシオン中立王国の西にある大都市だ。ボレアオネに匹敵する大都市で、以前アルス達も依頼の関係で訪れた事があった。お世辞にも治安が良いとは言えない街だったので、依頼が終わるとすぐに去ったのだが。
「ああ。今までも誘拐事件は度々あったらしいのだが…如何せん今回は規模が大きい。流石にこのまま見過ごすワケにはいかないのだよ。更に謎の【音】…この2つであそこの住民の負の感情が高まれば、それだけでも魔物の大量発生に繋がるレベルだろう…」
どんな原理かはわからないが、魔物は人間の負の感情を糧として生まれるらしい。子供を誘拐から守るためにも絶対に解決しなければならない事件だ。
「分かりました。引き受けます」
アルスはすぐに頷いた。ネヴィア達も頷いているのを見ると、司書は1つの装置を渡した。
「これは…?」
「データ測定用の装置だよ。これがあれば事のあらましを国王陛下に報告しやすいからね。まったく…陛下が国自体に戦力を持たせればこんな事には…」
司書が珍しく愚痴を吐く。彼の収入は安定しているとはいえ、国の戦力を巡った反逆の使徒との戦いから税はより重くなっており、そのおおもとの原因は国王にあるのだから当然と言えば当然ではあるが。司書がこほん、と咳払いをして立ち上がった。
「それでは皆、気を付けて。何か胸騒ぎがするからね…」
「ええ。ありがとうございます。行ってきます」
そしてアルス達はベルナーゼへと向かうために、工房へと赴いた。工房では親方が一行の到着を待ちわびていたようだ。一行を見つけると大きく手を振る。
「おう!アルス、出来上がったぞ!……おい!準備しろ!」
親方が弟子に合図し何かを持ってこさせる。弟子が工房の電子パネルを操作すると、工房の奥で何やら物音がした。親方は一行を手招きし、奥へと案内した。
幾重にも道が重なり、半ば迷路のようになっている工房の地下を抜けた先には造船ドック。そしてそこにあったのは--
「凄い…!」
ネヴィアが息を呑む。
巨大な飛行艇が、一行を待っていた。船体の色は鮮やかな緑に塗装されている。両翼の下には小型の機銃が備え付けられており、ブリッジも広々としているようだ。流線型のボディは美しく煌めき、その重厚な煌めきは装甲の頼もしさを体現している。そういえば動力機関が見当たらないが…
「ヘッ!動力機関が見当たらないって思ってやがるな?」
「え、ええ…」
親方がアルス達の心配を鼻で笑う。親方は快活な、どこか得意気な笑顔を浮かべ船体を指差した。
「こいつの動力機関には最近帝国とかで開発が進んでるっちゅう永久動力機関【プロメテウス粒子炉】っていうのを使ってんだ!俺も貰い物だから詳しくは分からねえが…とりあえず何の燃料もいらずに、最近発見された未知のエネルギー、【プロメテウス粒子】を使って永久に動き続ける夢のエネルギー機関なんだぜ!小型化に成功してるし、性質上エンジンみたく吹かなくても良いんだぜ、すげえだろ?」
「そ、そんなお伽噺みたいなのが…」
人類は今まで永久機関の作成を目指してきた。それが果たされたのは非常に素晴らしい事だが…本当にあり得るのだろうか?親方の気を悪くするワケにもいかないので素直にお礼を言っておこう。
「親方、ありがとうございます。支払いは幾ら--」
「ガッハッハッハ!金なんざいらねえよ!」
「え!?」
親方は確かにまけてくれるとは言っていたが、何故いきなり御代をいらないと言い出したのだろうか?それに最新の、しかも永久機関ならばお金は相当--
「良いんだよ!俺は永久機関を触らせて貰えただけでありがてえんだ…帝国の知り合いにこの飛行艇の話をしなかったら貰えなかったしな…」
そこで親方は珍しく真面目な顔になり、アルス達一人一人の目をじっくりと見つめる。
「ただそのかわり…正しいと思う事に使ってくれ。国王に異議を唱えるために使ってくれても良いしな。御代はこれで救われた人達の笑顔だ、たくさん頼むぜ?」
「親方…」
ヒサメが少し驚いた顔になる。親方の願いと優しさをしっかりと受け止め、一行は深く頭を下げた。親方はそんな一行に優しく微笑みかける。
「良いってこった…こいつにはまだ名前が無い。良い名前を付けてやれよ!……子供の事件、頼んだぜ!」
そう言うと親方はハッチを開けて立ち去っていった。アルス達は親方の背中にもう一度頭を下げる。そして船内へと乗り込んでいった。
「凄いですね…!」
ティールが小さく息を飲む。船内は思ったよりも広々としており、空調が完備。何故か個室が10個もある。仲間が増えた時のための親方の粋な計らいだろう。
全員が就寝した時のために自律飛行もある程度は可能なようである。シャワーやトイレも完備されているので、女性陣は静かにガッツポーズをした。更に簡易ながらもキッチンが備えられているので、必要とあらば何時でも料理が作れるようになっている。食料庫も完備だ。一行は自室を決めて荷物や武器を置くと、一旦ブリッジに集まった。
「それじゃあ先ずは名前を決めようと思うんだけど…皆は何が良い?」
「うーん…」
とりあえず案は皆たくさん出た。ドゥローレン、パトラッシュ、パトリシア、アルグレオン、サフィラ、トリシューラ、ヒュペリオン、グングニール、ヴィシュメルガ、グレイダー、シュルーカン、ヴァリマール、リボルバー、クリスティア………だがどれも全員が良い!と思えるような名前ではなく、アルスは一人頭を捻る。
「緑色だから…ん?」
そこである名前が頭の中に浮かんだ。人の役に立つのに相応しい名前があるではないか。この世に産業革命を起こしたと言われる科学者の名が。
「科学者プロメテウスから取ってプロメテウスはどうかな?」
「確かに…皆の役に立つ飛行艇だもんね!」
「俺も賛成だ」
「異存はありません。良い名前です♪」
「僕も賛成ですね」
「私も賛成!」
皆が同意を示したのでこの飛行艇の名前はプロメテウスとすることになった。そういえばこの飛行艇の動力機関も【プロメテウス粒子炉】。使用されているのも【プロメテウス粒子】という新種の燃料らしいからぴったりだろう。
「それじゃあ皆…行こうか!」
「おお!」
一行はベルナーゼへと飛翔した。
「ゎ…わ…悪かった!欲しい子供は幾らでもやる!金も払う!だから--」
「……死ね」
ベルナーゼの影の側面である貧民街。サッ…と静かな音を上げて太った男の首が斬れる。許しを乞い、怯えた表情を浮かべたまま男の首はポトリと落ちた。少女--ローズはダガーをしまうと忌々しげに男の死体を見下ろす。
「…ローズ、お疲れ様♪」
「………お兄ちゃん!」
ローズが声を聞いた瞬間に声の主へとダイビング。声の主は--【道化師】は--彼女を優しく抱擁し、頭を優しく撫でながら仮面の下で静かに微笑みかける。
「お疲れ様♪よく頑張ったね…それにしても…」
【道化師】IVは辺りを見渡し溜め息をつく。そこは貧民街の違法な夜の店で、未成年の--まだ思春期を迎えていないような--少年少女が多く働かされていた場所だったのだから。IVは人間の醜さを改めて痛感し、使い物にならなくなると殺された後に捨てられた少年少女に祷りを捧げた。
【道化師】は少し考える様子を見せると、ローズを先に帰らせ床に転がっている男達の死体に向けて指を鳴らす。すると男の首の目がゆっくりと開いた。男は助かったのか、と喜び勇むがそこに動かすべき肉体は無く、表情は恐怖へと変わる。IVは男の首をこれでもかと踏みつけると、苦痛に顔を歪める男達の首に向けて再び指を鳴らした。顔を近付け囁きかける。
「良いかい人間?君はその血液が流れなくなるまで強制的に意識を保有させられる。そして首が斬れたりくっついたりする苦痛を意識が消えるまで味わい続けるんだ♪楽しいだろ?アハハハハ♪」
「な…ふざけるな!こんなことが許されるとでも--うぐっ…!?」
男の一人がすぐに苦痛を感じ、顔を歪めた。IVは振り返り指を鳴らす。店内が炎に包まれた。
「【許される】…ねぇ…君達の行いの方が許されないんだから言う権利なんて無いでしょう?君達はこの世の屑なんだからね♪苦しみながら死んでよ♪…おっと屑に失礼だったね♪」
店が焼け落ち、【道化師】は醜い屑の前から光と共に姿を消した。

「久しぶりに訪れたけど…」
アルス達は一時間の飛行の後にベルナーゼに到着した。一行はかなり久しぶりに訪れたベルナーゼの様子を見て溜め息をつく。
以前よりも街は荒れていた。街道にはゴミが散乱し、腐敗臭が漂っておりまともに息が吸えるものではない。住民達は辛そうに歩いているが、誰一人としてゴミを片付けようとする者はいない。
「……先ずは情報収集だね…早く帰ろう…」
「うん…」
アルスの声に一行が頷く。ネヴィアはハンカチで鼻と口を押さえているがまだ辛そうだ。それを見かねたティールが詠唱を始める。
「それ!」
辺りのゴミが消滅し、それまで漂っていた汚い空気が嘘のように消え去った。住民達が驚いた様子でティールを見ている。レンが思わず彼女に聞いた。
「凄いなティール!今のはどうやったんだ!?」
「えへへ…ゴミを魔力に変換して、辺りの空気を浄化したんです♪」
これならゴミも無くせて一石二鳥ですしね、とティールはどこか得意気にえっへん!と胸を張る。
「いやあ…お嬢さんありがとうね!」
痩せばらえた老人がティールに感謝の言葉を掛ける。それに続いて住民達も次々に彼女に感謝の言葉を述べた。そこでティールは魔導杖をコン、と鳴らして笑みを浮かべる。
「こちらこそ♪ところで皆さん、最近この街で起きてる大規模誘拐事件と騒音について…何か御存知の方いらっしゃいますか!?」

「--そうですか、ありがとうございました!」
ティールが情報をくれた住民にぺこりと銀髪を揺らしてお辞儀をする。あれから7分もの間、ティールは途端に上機嫌になった住民から情報収集を行っていた。街をティールが綺麗にしたからか、住民は警戒した態度を解き、進んで情報を提供してくれたのだ。
「中々の策士ですね、ティールさん。ゴミを処理する事で街の人々の警戒を解き、情報を無料で得るとは…」
ヒサメがなるほど、と頷いてみせる。当のティールは恥ずかしそうにはにかんだ。
「ここの人達の悩みを解決出来て、且つ私達の目的を達成出来るのはこれくらいかな、って…」
少し顔を赤くしながら微笑むティール。ヒサメが苦笑をすると皆に言った。
「さてと…それでは手分けして情報を集めましょう」

先程得た情報を基にアルス達は3つに分かれた。アルスとネヴィアは大通りを、ティールとスノーは貧民街を、レンとヒサメは裏通りをそれぞれ調べて回る。
一番怪しそうな貧民街は情報収集と交渉術に長けたティール達に任せた。女の子だけは危ないだろうが、ティールが空気を綺麗にしないと貧民街の人々は話を聞いてくれないかもしれない。一行は再度待ち合わせ時間を確認すると散開した。
「ああ、あの騒音ねえ…一番怪しい工場からでもないみたいだしね…」
商人が首を捻る。ここベルナーゼは商業で栄えた街だ。その気になれば独立出来る程の資金があるが、その経済成長の弊害で空気が汚くなっている。
商人は思い出したように手をポン、と叩く。商人は二人に声を極限まで潜めて耳打ちをした。
「なんか噂だけどね…憲兵の連中がこの街の郊外にある古龍の塔で何かをしてるって噂だよ…それもかなりヤバい兵器を作って反逆の使徒を潰そうってさ。反逆の使徒もこの辺りで動いてるっていうし…やんなっちゃうわねえ…もう…」
「そうですか…ありがとうございました」
それのせいで税金が重いんだよ、と商人は首を振る。商人に礼を言うとアルス達は立ち去った。
それにしても…ネヴィアと二人きりになるなんて冒険者になってから初めてだな、とアルスはふと思った。最近自分でもネヴィアの事が気になっているような--特別に思っているような--気がするが気のせいだろうか?
家族愛に似ているもののどこか違う自分の経験した事のない感情が何なのかわからないアルスは、一先ず得た情報を整理してみることにした。
貴族や国王直属の憲兵が動き始めていること、反逆の使徒が目撃されるようになっていること、そしてこれは先程別の人物から聞いた話だが、貧民街で建物が燃やされる事件が多発していることや【緑色の巨大な何か】が西の森で目撃されていること…
特に【緑色の巨大な何か】というのが引っ掛かる。形容し難い不安を覚えながら、アルスは先に進もうと--
「きゃああああああ!」
「アルス!」
「ああ。今の声って…」
ティールの悲鳴が街にこだまし、アルス逹は貧民街へと駆け出した。

「鳥の声…ですか?」
「ああ、何か甲高い鳥みてえな…どっちかっつーと鷲?みてえな鳴き声が最近聞こえてんだ」
ヒサメは首をかしげる。たかだか鷲一匹の鳴き声がそこまで五月蝿くなるとは思えない。つまりそれだけ【鷲】は巨大ということになる。子供が多く誘拐されている今、そんな巨大なものを野放しにしては--
「!?お話を聞かせて頂きありがとうございました、ここで失礼します…レンさん!」
「ティールの声!?くっ…行くぞ!」
二人は老人に礼を言うと裏通りから貧民街までの道のりをこれでもか、とばかりに疾走した。

「それ!」
「おお…」
「嬢ちゃんすげえよ…」
ティールは浄化を終えると小さく溜め息をつく。とある事情で人の多いところは苦手だ。気丈に振る舞ってはみせたものの、さっきの浄化の時でさえ緊張したのだ。こんなゴミの山の中で、しかも煙草や酒を朝から堪能して生活している貧民街の人々には恐怖すら覚えている。
しかしさっきレンに誉めて貰えて嬉しかったのも事実だ。レンに惹かれている自分に少し驚きながらも無茶をしてヒサメを困らせていそうな彼の笑顔のために、ティールはスノーと情報を聞いて回った。
「あんまり大した成果は無かったね…あれ、ティーちゃん大丈夫?」
スノーが肩を落としながら振り向く。ティールは人の多いところにいる疲れからか顔色が悪そうだ。すぐに手当てをして休ませないと…とスノーは彼女に声を掛けたがティールは首を振った。

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