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[第三節【プロメテウスの火種】2]
「警備隊の皆さんは住民の避難を!そして鬼人族、せめて貴方達の気が変わる程度には攻めさせてもらう!」
レンもまっすぐ彼らの目を見て剣を構えた。そんな二人の様子を見て、鬼人族のリーダーらしき男が鼻を鳴らした。
「貴様らのそのまっすぐな【眼】…いくら人間とはいえ、その眼の持ち主の名を知らずに戦うのは愚かなこと。我々とて事情がある故、多対小になるが貴様らのその【眼】に敬意を表し名乗りを上げる猶予を与える」
一旦下ろしていた剣を二人に向け、ニヤリと笑い力強く言った。
「我は鬼人族のイアペトス・オーグ…さあ、名乗りを上げよ!人間!」
「オプサイト家の養子にして跡取り…A級冒険者、アルス・オプサイト!」
「同じくA級冒険者…レン・バニングス!」
二人の名を聞いてイアペトスが更に笑みを浮かべた。剣を構え、赤い闘気を放つ。それに倣い、配下の鬼人族も武器を構えた。
「アルスにレンか…良き名だ。貴様らの名は我々の記憶野に永遠に刻まれる事であろう…行くぞ!」
「おう!」
鬼人族が閧の声を上げる。遠距離から弾丸や矢が飛来し、斧や剣の斬撃が休む間も無く繰り出される。
「バーニング・シールド!」
レンが叫ぶと彼の盾から赤い光が放たれ巨大な盾と化し二人を弾丸や矢、斬撃から守る。
「…ハァッ!」
その間にアルスは矢を一気に五本ずつつがえ、炎症の術式バーニングと強化の術式フォルテを唱えると敵陣に向けて次々に放った。
「ぐぬう!?」
「やるな…人間め!」
彼の矢は的確に敵の弓や銃に着弾し破壊していく。いくら強化を施しているといっても矢だけで倒そうという気は毛頭ない。先ずは後方支援を断っていくところからだ。得物を失った鬼人族は斧や剣、槍を構えるがすぐには動けない。いつかバーニング・シールドは突破されるだろうが、それ以前にやたらめったらに動くと前衛だらけの戦場では味方を傷付けることに繋がるからだ。
そこで彼らは考えたようだ。イアペトスが手を振り後方で手持ちぶさになっている配下に命を下す。すると後方の鬼人達は街の方へと散っていった。
「くっ…」
アルスは即座に強化と速射の術式を掛けて散っていく敵を射るが、流石に散っていく数が多すぎる。このままでは街の人達が--
「お待たせ!こっちは任せてね!」
「遅れました!」
「買い物したかったのに…なッ!」
雷の魔法と炎の雨、そして水色と蒼色の氷の槍が街を侵略する鬼人達へと降り注ぎ、彼らが苦痛に悶え地面に崩れる。
「ネヴィア…それに皆!」
「来てくれたか…!」
ネヴィア達が来てくれたのだ。しかしスノーが少し顔を不満そうに膨らませ、槍を放つ時から無言のヒサメが物凄く疲れているように見えるのは気のせいだろうか。いや、きっと気のせいだろう。そうであって欲しい。
「増援か…各員!被害を最小限に抑えよ!私はこやつらを引き付ける!」
イアペトスが叫ぶと鬼人達は密集陣形を築きながら街へと侵攻しようとするが、行く手をネヴィア達の攻撃に阻まれる。
「バニッ--」
業を煮やしたのか鬼人の一団が術を唱え始めた。バニッシュ。Banish=追放する、という意味の単語の名を冠する通り、対象を一定時間異次元に隔離する大規模術式。これを発動されればネヴィア達は--
「そうはいかんな」
「…斬!」
最凶の魔法を唱えんとする一団に二人の壮年の偉丈夫が斬り掛かり、詠唱を中断させた。アズナルとダオラはそれぞれ長剣と斧を構え、逞しい声でアルスとレンを鼓舞する。
「アルス!こやつらは我らに任せよ!」
「君達はその精鋭達を頼む!」
「…はい!」
「武運を…!」
二人の偉丈夫に目礼をし、アルス達は目の前の敵へと視線を戻す。リーダーのイアペトスを含め、こちらの一団は全20名。剣持ちがイアペトスを含め7人、槍持ちが5人、魔導杖持ちが2人、斧持ちが6人だ。厳しいが、やるしかない。
アルスは緑の長剣に持ちかえる。レンも一旦後退し、二人は背中合わせに剣を構えて立った。
「アルス、俺に1つ案がある…行けるか?」
「ああ……来るぞ!」
斧持ちの戦士が二人めがけて斧を振る。二人は大きく跳躍してその斬撃を避けると再びくっつき、攻撃を避け砂煙を起こすことを繰り返した。
「小癪な…」
図体が人間よりも大きい鬼人は人間よりも小回りが利かない。流石に何度も避けられてイラッときたのだろう。斧持ちの、特に体の大きい、頭に血が上った鬼人達が砂煙に包まれたアルス達に同時にとびかかり--
「ぐぬううううう!?」
「うおあっ!?」
「うっ…!?何をしている!」
砂煙の中からアルス達が一斉に飛び出し、視界の悪い砂煙の中で攻撃を避けられた鬼人達は味方に当てまいと動き回るが、砂が目に入りよろよろと味方同士でぶつかってしまう。そこに魔導杖を持った者達のアルス達狙いの雷や炎が降り注ぎ、鬼人達は怒りの雄叫びを上げる。これがアルス達の作戦だった。
「セイッ!」
「そうらよ!……バーニング!」
味方を傷つけてしまい動揺する魔導杖持ち二人をアルスが斬り、レンが斧持ちにバーニングで追い討ちをかけそれぞれが膝を付く。これで残りは槍持ちと剣持ち、そしてリーダーのイアペトスのみ。剣持ち達は傷ついた味方を見て、怒りに燃えた目でこちらを睨み突進してくる。
「上等だよ…!」
「!?正気か貴様…!?散開!」
アルスは不敵な笑みを浮かべながら逆に突進をし返す。そんな無謀なアルスの様子に何かを感じた鬼人達は勢いを殺しきれないまま散開しようと--
「エメラルド・サークル!」
アルスが突進の勢いに身を任せ、刀身に緑色の光を纏わせ回転斬りをした。エメラルド・ブレード。突進しながら回転斬りを放つシンプルな剣技。しかしアルスのソレは魔法のような緑色のエネルギー波での追撃も行うかなりの高等テクニックだ。エネルギー波とアルスの斬撃の二段攻撃により、剣持ちの鎧と体が大きく裂けて吹っ飛んだ。 一方のレンは槍持ち達の刺突を必死に避けていた。
「あっぶねえな!ちょっとは手加減しろよ!」
「敵に対して何を言うか…フンッ!」
五人の槍持ちの刺突を懸命に避けながらレンは敵に駄々をこねる。盾で防いでも盾が壊れる可能性がある上に、何より防いだ時のノックバックの隙を文字通り突かれるので盾は使えない。
「なら…よっ!」
「ぬう!?」
盾をフリスビーのように投げ、敵の脳天に直撃させる。味方を心配する鬼人の背中を一薙ぎすると、残りの三人の懐に潜り込み--
「黒雷剣!」
三回の雷を纏った斬撃を放ち、残りの三人が吹っ飛び塀に激突。残るはイアペトスのみとなった。イアペトスは無様に倒れた部下達に結晶を放り投げ剣を構える。
「貴様らは先に戻り委細を報告しろ。責任は全て私が受け持つ。さてと…決闘と行こうか」
イアペトスが静かに、そして低く剣を構えた。アルス達には数の利がある。しかしそれも彼らの疲労とイアペトスの力量によってすぐに覆されるだろう。だが彼らには人としての意地があった。負けるワケにはいかない。
「ああ…行くぞ!」
アルスが地面を蹴って突進する。エメラルド・サークルを放とうとするがイアペトスが彼の後ろにくるりと回り、剣の柄で彼を吹っ飛ばす。
「くうっ…」
アルスは何とか体勢を整え再び突進した。レンが既に追撃を行っているが軽くあしらわれ蹴飛ばされた。レンに注意が向かないようにアルスが怒涛の斬撃で波状攻撃を仕掛ける。
キン!ガァン!カァン!何度も打ち合う彼らの剣から火花が飛び散り互いの皮膚に降り注ぐ。復帰したレンも加勢し、二人がかりでイアペトスの斬撃に対抗していく。
「やるな…!」
遂にアルスの斬撃が彼の腕を掠め、イアペトスの体勢が崩れたその時--
「しかしまだ甘い!オーガ・クライング!」
「何!?……うわああああ!?」
「この衝撃は…!?くうううう!?」
イアペトスの全身が赤いオーラに包まれ大きく息を吸い込むと、彼が大地を震わす大咆哮を放ち二人を50m程もごみ切れのように吹き飛ばした。鬼人族は魔術への適応能力が比較的低い代わりに身体能力が異常に高い。冒険者協会でも注意を受けていたが、迂闊だったようだ。イアペトスが再び剣を構える。
「アルス、そしてレンよ…私を楽しませてくれた礼だ。私は貴様らに本気を出そう…奥義・鬼ノ怒龍斬…!」
赤いオーラを纏ったイアペトスがレンとの50mの距離を一瞬で詰める。そしてレンに向かって赤い雷に包まれた剣を振り下ろした。
「ぐああああああああああ!」
レンがゴムーボールのように地面を跳ねて吹っ飛ばされた。その様子を見てアルスは堪らず叫ぶ。
「レンーーーーー!」
レンの口から鮮血がほとばしった。その様子を見てアルスの悲しみが怒りへと変わり--
「奥義・鬼ノ怒龍斬!」
イアペトスがアルスを切り刻む刹那、彼の背中に【翼】が生え、風圧により勢いに乗ったイアペトスを押し返す。イアペトスは即座に体勢を立て直すと、アルスの様子を見て舌なめずりをした。
「ほう…その【翼】…良き力だ!これで私も存分に戦えるというもの!」
『せやあああああああああ!』
イアペトスが再び突進する。アルスはそれを剣で受け止め斬撃を返すが弾かれた。【翼】をもってしても力量は全くの互角。ガァン!バン!キン!幾度も剣戟の音がなり響き、辺りの兵士達も思わず見とれて手を止める。
「ヌン!」
「ハアッ!」
アルスがイアペトスの腹を刺そうと突きを放ち、弾かれ反撃をされるがこれも弾き返す。逆手に持って振り下ろした剣は再びイアペトスに避けられ相手もまた渾身の一撃を放つ。まさに死闘。
「埒が明かぬか…」
イアペトスが大きく下がり剣を鞘に納める。すると彼は腰と背中に装備した柄と穂先を組み合わせて槍を作り突進する。槍が彼の本当の得物だったようだ。彼は天高く飛び上がると、アルスに向けて槍を構え--
「奥義・鬼ノ魔槍!」
ブウウウウン!という轟音を立てて赤黒い雷を束ねた槍がアルスを貫かんと飛翔した。
「くっ…【翼】が…」
そこで運悪く【翼】が消える。跳ね返すだけの魔力も、力も、気力も、避けるだけの時間も無い。遂にアルスは最期を覚悟した。どうせ死ぬのなら、せめて目だけは閉じまいとした。
「【未だ目覚めぬ王妃の慈愛(ロストギネヴィアーズ・ヘスティアス)!】」
「えっ…」
ネヴィアが槍とアルスの間に飛び込んできた。止められるハズが無いのに魔導杖槍で障壁を展開する彼女。急いで彼女を突き飛ばそうとした刹那、十二枚の美しい--花弁だろうか?--盾のような物体が巨大な魔法陣と共に出現し、全てが爆音と煙にかきけされた--
「はあ…はあ…はあ…」
「ネヴィア…?」
彼女は無事だった。アルスも全身が痛み、【翼】の副作用の吐き気や目眩等がする以外は無事だ。対するイアペトスは大技を放った反動からか肩で息をしている。レンも何とか起き上がったようで、ティールとスノーが手当てをしているようだ。そして満身相違のアルス達を見ると口惜しげに顔を歪めた。大声を出し、部隊に転移結晶を使用させると自らも転移結晶を取り出した。
「アルス、レン、そして女とその仲間達よ…口惜しさは残るが互いに全力を使い果たし…貴様らに至っては【本調子ではない】らしい。決着はまたの機会としよう。力を取り戻してからのな…」
転移結晶による転移が始まった。刹那、イアペトスはアルス達に言葉を掛けた。
「そこの氷の貴様…【人間ではない】な?フン、【彼奴】に造られたバケモノか…さてシュヴァルツ・ダオラよ、国王に伝えておけ!貴様ら人間が地上を治めている限り、これは始まりの戦いに過ぎない。我々魔族と貴様ら人類はいつかまた--」
最後まで言うことなくイアペトスは転移した。その言葉が一行に重くのしかかる。そういえばヒサメが「人間じゃない」とか…一体何なのだろう?当のヒサメは唇をキッ、と固く結びうつむいている。
「先ずは復興からだな…アズナル卿、復興の指導を頼みます。私は国王に進言をして参りますので。無駄かとは思いますが…そしてアルス君、レン君、ヒサメさん、スノー、ネヴィアさん、ティール殿…ありがとうございました」
「了解しました。さて、アルス達よ、一先ずは勝利を喜ぼうではないか。おめでとう!」
領主が転移をする前にアルス達を労う。それに続いてアズナルが一行を誉め、街は歓声とお祝いムードに包まれた。
祝祭は夕方から行われた。まだ損壊していない大通で行われ、アルス達も住民に請われたので疲れた体を引きずって参加した。様々な屋台が立ち並び、美味しそうな匂いがあちこちから漂ってくる。
「ヒサメ、ちょっと良いかい?」
そんな祝祭の途中、アルスはヒサメの姿を見つけて呼び止めた。ヒサメは少しも表情を動かさずに彼の疑問を察する。
「【人間じゃない】事についてですか。そろそろ話す頃合いだとは思っていましたので皆さんも呼びましょう」
そう言うとヒサメは人混みの奥へと姿を消した。アルスはネヴィア達を集めて彼の後を追う。
彼は街の中にあるちょっとした針葉樹林を抜けた先の小高い丘の上でたそがれていた。ヒサメは彼らに気づくと少し暗い表情になる。
「皆さんも薄々お気付きかもしれませんが…私は【バケモノ】…人ではありません…」
彼の肩に小鳥が止まる。小鳥の頭を優しく撫でながら、ヒサメは話を続けた。
「私はとある洞窟の中で生まれ--いや造られ--ました。私は産業革命の【黄昏大戦】で命を落とした氷龍の残留思念の塊…」
「だから氷の扱いが得意だったんだね?」
ええ、と頷きヒサメは夜空を見上げた。そして青色の紋章のような何かが彼の背中から浮かび上がる。眩い光を放つ紋章に刻まれていたのは、紛れもない氷龍の姿だった。その輝きに驚いて小鳥が慌てて飛び去っていく。
「本当は戦闘中に察して頂いた方が楽だったのですが…ご覧の通り、本気を出した時等には氷龍の思念より生まれた紋章が浮かび上がりますから」
そして大きな溜め息を一つついたヒサメ。紋章を消し、彼は自分の掌を見つめると話を再開した。
「洞窟に残留思念が集まっている事を…恐らく前々から知っていたのでしょうね…ある人物がその思念をかき集め、錬成し、長い時間を掛けて私を造り上げました。当然僕には何時から造られていたのかは分かりません。意識と呼べる明確なモノがなかったのですから。そして僕は一枚の大きな氷を割って、この世に生を受けました」
そう言いながら一枚の大きな氷を生成して見せたヒサメ。大きさは子供が一人入れるレベルだ。風が彼らの頬を撫でる。
「そして僕はその男--創造主とでも呼べば良いのでしょうか?--に魔法を使って様々な知識を叩き込まれました。そこで人間の事もたくさん知りました。血にまみれた歴史を繰り返していることも」
ヒサメは念じてゆっくりと氷を溶かす。辺りに新鮮な水の黒い染みが広がった。
「しかし僕は同時に人間の素晴らしさも知ることが出来たんです。友情、愛情、諦めない心、好奇心……そこまで知識を僕に教えると創造主は言いました。『気分はどうだい?』、と」
そこで拳を握り締め、唇を固く結んで空を見上げた。
「僕は怖かった…人の素晴らしさと愚かしさを教えられた僕は…その人が僕に何をしたいのか分からなかった…その事を質問すると創造主は洞窟を燃やして……」
「酷い…生まれたばかりのヒサメを…」
ネヴィアが思わず口元を抑える。生まれた時は少年サイズだったというヒサメ。いくら赤子では無いとはいえ、子供のいる洞窟を--しかもそこは彼の生まれ故郷なのにだ--燃やしてしまうとは本当に人なのだろうか?ヒサメは力無く握り締めた拳を下ろす。
「【好きにすると良い、僕は君を造れただけで満足だ】…そう言いながら創造主は消えました。そして僕はただひたすらに、ひたむきに走って走って走って…ようやく洞窟から出れた時、雪に包まれて白く美しかった洞窟は、赤く燃えていました…」
一人の生まれたばかりの少年から故郷を奪い、辛い経験をさせたその男が許せなかった。アルスは何とか自分を落ち着かせる。ヒサメにこれ以上辛い経験を思い出させるワケにはいかない。しかしヒサメは話を続ける。
「そして僕はとある小国の村に辿り着き、保護してもらいました。【ヒサメ】という名を付けられたのもその時です。そこで僕は多くの人々と触れあい、学び、温もりを得ました…」
懐かしくも楽しい日々を思い出してか、ずっと暗かったヒサメの表情が少し明るくなった。そして一行に頭を下げる。
「皆さん、ありがとうございました。今まで誰にも打ち明ける事が出来なかったので少しすっきりしました」
そして少し不安気な表情をするヒサメ。少し顔を赤らめながらヒサメが一行に問う。
「僕は今まであの村の人達のようになりたいと思ってきたのですが…皆さん、僕は…その…【人間】になれるのでしょうか?」
【人間】に造られた【バケモノ】が【人間】になりたいと願う。それはどこか悲しくて、寂しい願い。愚かな人間のエゴで造られた彼が人間になる必要などないのに。
しかしヒサメは人間の事を本当に大切に思っている。そんな彼の願いを無下にあしらうのはその男と同じ気がした。
「うん。というかヒサメは人間よりも人間らしい…だから君はもう人間なんだよ」
「えっ…」
アルスは心の底からそう感じた。人間よりも人間らしい望みを持っている彼のどこに人間ではない要素があるのだろうか。思った事を素直に口にすると、ヒサメの目から滴がポタリと草に落ちた。
「何故…今まで涙を流したことなんて…」
彼は慌てて止めようとするが、彼の涙は止まらない。初めてヒサメが感情らしい感情を露にした瞬間だった。
「ヒー君こんなに涙を流せるんでしょ?そしたら人と内面的に同じって事だよ…だから心配しないで」
スノーが彼の事を優しく抱擁する。レンが苦笑を浮かべてティールを見た。
「あーあ、こういう時の慰めポジは俺なのになー」
「でも良かったです!また一つヒサメさんとの仲が深まったみたいで」
ティールも満面の笑みを浮かべ、レンと顔を見合わせて小さく吹き出した。ネヴィアがアルスに微笑みかける。
「流石は私の相棒ね。これからもよろしく!」
「ああ。僕は何もしてないけどね…何でだろ?」
自分の発言がヒサメの心を慰めた事に気付かないアルスを見てネヴィアが苦笑をする。空では星が一行を明るく照らしていた。
「ほう…これが…」
エリュシオン中立王国王、エリファス・エリュシオンはダオラ領主との面会後、アヴァロニア城の地下に備えられた工房を視察していた。
「お役に立てたのならば」
お辞儀をするのは長身の美青年。黄緑の髪を後ろで纏めた青年からは、純粋な好奇心と危険な何かが漂っていた。そして傍らには巨大な弓を携えた長身の男と、蒼い衣服と道化師のような、騎士のような仮面を纏った【道化師】IV。代行者No.0を自称する道化師は気取った会釈をする。
「国王陛下、契約の内容…お忘れ無きように♪」
「我々も善意だけで協力しているワケではありませんので」
弓を携えた男も念を入れる。国王は頷きながら三人を見、そして【ソレ】を見た。
「アテにしておりますよ?【ヘパイストス】殿、【道化師】、そして【慧眼】殿」
その目線の先には黒々とした一体の巨龍。国王は両手を広げて高らかに宣言する。
「プロメテウスの火種は産業革命によって我々にもたらされた!そして我々はその火種を以てして、愚かなる反逆の使徒に鉄槌を下す!さあ、反逆の使徒殲滅作戦の幕開けです!」
『グオオオオオオオオオオ!』
巨龍が大地を震わす咆哮を発し、地下に集まった大臣達が歓声を上げた。
(人間というのは…どこまで愚かなのだ…)
(やっぱり人間って面白いね♪)
その様子を見て【道化師】と【ヘパイストス】が感じたのは、全く逆のモノだった。【道化師】は闇へと姿を消し、主の元へと帰投した。そして同僚を見つけ、声を掛ける。
「全く…貴方が産業革命なんて起こしたから…」
プロメテウスは微笑んだ。
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