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[第二節【予兆】1]
薄暗い空間の中、一人の男が頭を垂れている。その先には淡く輝く光の珠。魔術的なモノとも科学的なモノとも違うソレの中から慈悲に満ち溢れた、よく通る女性の声が響く。
『わざわざ足を運んで頂き、いつもありがとうございます、我が名代よ。して、各方面の動きは?』
「はっ…我が主に労いのお言葉を頂けるとは…」
名代、と呼ばれた男は蒼い衣服を纏っており、髪も蒼。顔には中世の道化師を彷彿とさせる不気味なマスクを付けている。名代は頭を垂れたまま報告をする。落ち着いた、静かな少年のような声が空間にこだまする。
「まず帝国では貴族派と連携する者達が皇帝暗殺に向けて動き出しているとの事で、現在【紫毒】が調査を試みています。共和国では、共和国がペルセフォネ州のKBOPビルを襲撃してから早くも3年。未だに内乱は続いております。中立王国では使徒が動き出しており、タナトスがボレアオネを襲撃、二人の冒険者にペットのポイズンゴイル五匹を殺られたと。【彼ら】は沈黙を保っているみたいですが…如何なさいますか?」
暫し沈黙し、声は名代に命を下す。
『そうですね…【計画】のためにも先ずは中立王国の【鍵】からです。【道化師】よ、【慧眼】達を連れ、計画が一、【龍鍵計画】をスタートしなさい』
「全ては御心のままに…我が主よ…」
【道化師】と呼ばれた男は立ち上がり、主に向かい深々と礼をした。
「【真実の騎士】代行者がNo.0、私IVはこれより御身の名代として、【龍鍵計画】及びそれに続く計画完遂のための監視に移行します」
こちらにもまた1つ、エリュシオンを脅かす者達がいた。
「!?」
アルスは一人飛び起きる。横ではネヴィアが静かに寝息を立てており、彼は一人呆然と呟く。
「今のは…」
『--そうだ、入金は確認したかね?』
「ええ。確認致しましたよ」
金髪と青白い肌をランプの光で煌めかせ、吸血鬼の末裔、ブラッド・タナトスは画面の向こうの雇い主(オーナー)へ妖艶に微笑みかける。そして彼は足を組み替え、血のように赤いワイン--もしかしたら本当に血かもしれない--を優雅に味わう。
『君はまだ18のハズだが…ワイン等飲んで大丈夫なのかね?』
雇い主の疑問を鼻で笑い、タナトスはワインを味わう。
「我々吸血鬼の年齢を貴方方と同じ尺度で見て貰っては困りますね。そうそう…ボレアオネの件ですが、ポイズンゴイルが全滅しましたよ」
『なっ…!?』
雇い主の様子を愚かだと感じながら、彼は報告を続けた。
「相手はたった二人…一人は王都からの新米冒険者で、恐らく商隊の護衛か何かでしょう。そしてもう一人は冒険者でも何でもない少年…髪と瞳は葉よりも尚青々とした緑で、弓と剣を使っていました。その剣と弓、そして容貌や後の展開からオプサイト家の養子だと推測されますね」
『なるほどな…彼奴の拾い子がそこまで成長していたか…して実力は?』
分かりきった事を聞く雇い主に少々呆れにも似た感情を感じながらも彼は答える。
「弓、剣、魔術の腕全てに才能がありましたね。種族が同じならば私に一矢報いる事も出来たやもしれません。何せあのポイズンゴイル四体を一息の内に真っ二つにした程ですから」
タナトスは一人彼らの事を思い出す。吹っ飛ばされても生意気に見つめてきたあの【目】。思い出すだけで不快になり顔を少しばかり歪めた。
『どうしたのかね?』
そんな彼の様子に気付き、雇い主が声を掛ける。それにやんわりと微笑みで返し、彼は報告を続ける。
「冒険者の方は魔導杖槍の使い手で、こちらも新米ながら中々の腕前でしたね。さて…その後ですが…」
自らの肌が太陽に晒された苦痛と屈辱を思い出すやいなや、タナトスは微笑みでそれを押し隠す。
「二人を殺そうとした時、シュヴァルツとアズナル・オプサイトが邪魔をしてきました。その時のオプサイトの台詞から、少年は養子で間違い無いかと。そうそう、シュヴァルツさんから伝言です。今度来たら地獄まで追い掛けると♪」
その伝言を聞き、雇い主は思わずといった調子に笑い声を上げる。涙が出るまで笑い続けた雇い主はようやく言葉を発した。
『平民出の領主風情と下級貴族風情が…誰かも分からぬ相手がこの私…中立王国首相、オーリン・ランスロットと国王陛下を率いる政府だとも知らずに脅しをかけるとは…滑稽も良いところですなあ!ハッハッハッハッハ!』
尚も笑い続ける雇い主、オーリン卿に哀れみの視線を向け、彼はワイングラスを爪で叩く。
「…最後に、私が偵察、及び聞きこみをした限りではレジスタンスの残党が潜伏している可能性は限り無く低いです。王都程は広くないとはいえ、見落としの可能性もありますがね」
『そうか、ご苦労であった。次もよろしく頼むぞ』
「金に寄ります。それでは」
通信を切り、タナトスはグラスで揺れる美しいワインを眺め、そこに映る自らの金髪と肌の美しさに見惚れながら一人鼻で笑う。
「人間とはどこまで愚かなのだろうな…それにしても、オプサイト家、か…借りは返させて頂くよ」
そして太陽が沈み月が浮かぶ。吸血鬼は一人血を求め、街に出た。
「さて、いよいよ実技試験だね、アルス」
一方のアルス達は王都にて、アルスが冒険者となるための試験開始を待っていた。
タナトスの一件から3ヶ月。本来なら鉄道を使って来ていたハズだったが、吸血鬼の出現によってか、ボレアオネ周辺の鉄道の線路に謎の赤い杭が何本も突き刺さっているのが発見。二人は2週間の徒歩での旅を余儀無くされた。
もっとも、そのお陰でお金や経験もだいぶ溜まり、加えてアルスは筆記の時点で上位10名に選ばれる事が出来たため準備は万全だった。
「それじゃあ私は情報仕入れてくるから、後でね!」
「うん、君も気を付けて!」
二人は別れ、アルスは控え室の中へと入っていった。
一時間後、アルス達上位10名は会場の地下の大扉の前に呼び出された。見たところ男子、女子共にアルスを含めて五名ずつ。
『よくぞ来た、選ばれし十名の者達よ』
動力スピーカーからしっかりとした男の声が聞こえる。男の名はスミス・アーロン。王国政府直属の憲兵隊に務めていた壮年の勇士で、以前の反逆の使徒鎮圧作戦の際、大きな功を修めたという。
『さて、諸君らにルール説明をしたいと思う。なに、至ってシンプルだ。扉が開けられてから2日以内に迷宮の出口を見つけ、そこから脱出出来た者全員を合格とし、A級冒険者として認める。リタイアする場合は端末を通して即座に伝えたまえ。端末を通じて転移魔法を施す。武器や道具は自由だ。それに手を組む、組まぬもな。但し、他の人物を傷付ける、盗みを行う等の不正行為は即失格とする。以上だ』
通信が途切れ、重々しい音を立てながら鉄張りの巨大な扉が開かれる。
遂に試験が始まった。
「それじゃあ自己紹介でもするか!」
突然細身で長身の美男子が声を上げた。得物は盾と剣というスタンダートな装いで、共にかなり使い込まれているようだ。髪は黒。快活な笑みを浮かべ、青年は続ける。
「ほら、皆で協力した方が早く攻略出来るし、全員がA級冒険者になれるかもしれないだろ?俺はレン。レン・バニングス。帝国出身だ。よろしく」
なるほど、初対面の相手に物怖じしないリーダー的素質はあるようだと勝手に納得をする。そしてレンは一人の女子の方を向いた。
「それじゃあ次は君にお願いしようかな」
その女の子は「何故私が」と言うように肩をすくめながらも自己紹介をした。
「私は結城桜。東洋の島国、大和出身だ。得物はご覧の通り太刀。冒険者になり己を極める旅に出るつもりだ。よろしく頼む」
濡れたように美しい黒髪をポニーテールに結び、紅葉のような色の服を纏った長身の美少女は東洋風のお辞儀をした。彼女の振るまいから常識人だと確信する。続いてこれまた東洋風の少年が名乗り出る。
「俺は新月壱。大和出身。得物は己の拳。邪魔する奴には拳で抵抗するぜ?まあ俺と仲良くしたいって奴は精々頑張りやがれや」
壱と名乗った少年は九人一人一人に無遠慮な視線を這わせ、フンッ、と鼻を鳴らし先に進んだ。一同に気まずい雰囲気が漂う。
「フッ…彼は美しくない…」
金髪の青年が髪をかきあげ壱に続く。それに追従してか二人の女子も扉へと入って行った。
「えっと……」
銀髪の魔導杖を持った少女がどうしよう、と足をモジモジさせる。それを見かねた桜が少女の肩に手をポン、と置く。
「あの男のせいで調和が乱れたが…我々だけでも協力していこう。だが人数が多すぎるのもなんだ。男と女、丁度三人ずついるわけだ。男女で別れて行くというのはどうだろう?」
桜がレンの方を見て問い掛ける。レンも頷き、他の面々も同意した。まず先程の少女がぺこりとお辞儀をする。
「ティール・プラネーです。この国出身で魔導杖の実験も兼ねて試験を受けました。未熟者ですがよろしくお願いします」
再びぺこりとお辞儀をして後ろに下がる。続いて水色の髪を横ポニーテールにしたレイピアを持つ少女が歩み出た。
「スノー・ダオラです。この国のボレアオネ出身で、得意な事は氷属性魔法。よく天然と言われます」
彼女はアルスの学生時代の同級生であり、あの領主シュヴァルツの愛娘。アルスに気付くと少しだけ目元を和らげる。
女性組の自己紹介が終わり、次は男性組の番となった。青い服を纏った白髪の青年が前に出る。
「……ヒサメと言います。私も氷が得意です…よろしく…」
感情をあまり表に出さない静かな青年だ。しかし表情は無表情を通り越して少し暗め。何かあったのだろうか?と思っている内に自分の番であることに気付いた。
「僕はアルス・オプサイト。オプサイト家の養子です。弓と剣を使います。これからよろしくお願いします」
オプサイト家の名に恥じぬよう、儀礼的な礼を完璧にこなし下がる。
「よし、それじゃあ皆頑張って行こう!」
「おう!」
「……はい」一行は迷宮へとくり出した。扉の向こうは、スミスが称していた通り【迷宮】そのものだった。あちこちに分岐点や魔物が存在し道を阻む。幸い魔物は弱めのモノばかりだったので無駄な体力は使わずに済んでいる。
「そういえばレンは何でエリュシオンに?」
小一時間程も経っただろうか。ふと疑問が浮かび彼に問う。帝国出身の冒険者候補は苦笑しながら答えてくれた。
「今の帝国は結構ヤバくてさ…知ってるかもしれないけど内戦が起こりそうになってる。共和国との融和を望む連中と、自分達の利益を優先する貴族派でね。国際的に見ても世界は今大きく揺らいでいる。なのに内戦なんて起きたら、それによる悪感情の増加で魔物が増えて……貴族達がバカやろうとしてる間にも犠牲者は増えていく…帝国の冒険者協会は今その対応に終われててさ…だから向こうの手を煩わさないようにこっちで試験を受けてるのさ。それに経験を積めば融和派を助けられるかもしれない」
凄い。純粋にアルスはそう感じた。アルスは人々を助けたいという漠然とした理由だった。しかしレンはちゃんとした見通しを持って行動しているのだ。やはり自分はまだまだだな、と痛感する。
「そういやヒサメはどうして冒険者に?」
レンがそう言えば、と無言を貫くヒサメに問う。氷の剣士は無表情のままこちらの問に答えた。
「大したものではありません…一族の無念を晴らすため、とでも言いましょうか……」
それ以上は聞くな、と言わんばかりに表情を硬くするヒサメ。今後のためにも親睦を深めておきたかったが、先は長いようである。
「アルスはどう--」
「ぃ……ぃやめろ…来るなあああああ!」
「何だ!?」
「ッ…!?」
ヒサメが顔をしかめる。突然通路の奥から悲鳴が聞こえた。どうやら先程「美しくない」と言っていた金髪の青年の声のようである。三人は急いで声の方へと向かった。
「一体何が--え!?」
レンが硬直する。視線の先には怯えている先程の青年と、巨大な黒い猿のような魔物。そして通路の上の階層からその様子をニタニタ笑って見ているのは--
「壱か…」
アルスは瞬時に弓を引く。しかし彼が弓を引く刹那、彼は既にその場から消えていた。
「何処へ--」
「遅いな」
「なっ…!?--ぐっ…!」
突然背後から壱の声と神速のボディーブローが届き、アルスは前から壁に突っ込んだ。
「アルス!」
「アルスさん…!」
二人が心配する中、痛みのあまり立ち上がれないアルスを壱が嘲笑う。そうしている間にも、青年は魔物に軽々と持ち上げられ--
「やめろ!その汚らわしい手で触--やめ--」
二人の救援も間に合わず、青年は魔物の胃の藻屑と化した。その様子を見て壱が嫌らしい笑みを浮かべる。
「第一目標クリア…よくやった、ティタン」
ティタンと呼ばれた猿は口をクチャクチャと歪めながら主に微笑む。そして壱は三人から距離を取り、構えの姿勢となった。猿も口の中身--何かは思い出したくもない--を飲み込むと大きく伸びをし吠える。レンがアルスに治癒魔法をかけ立ち上がらせる。なんとか痛みを堪えた彼に対し、壱は嘲笑を浮かべた。
「おいおい…?今回のターゲット二人共雑魚過ぎだろ?」
「ターゲット…?」
ようやく治まりつつある腹部の痛みに耐えながらアルスが訊く。壱は尚も笑いながらその呟きに答えた。
「今回のターゲット…まず一人目はあの金髪、一等貴族のボンボン、ナルキッソス・ミラー。凄腕の魔術師って噂だったんだが…所詮は御曹司。そして二人目は…お前だよ、アルス・オプサイト」
「僕…?」
一等貴族の子ならば権力争いやらなにやらで狙われる事はあるのだろう。しかしアルスは下級貴族の養子。この前正式に跡取りとして認められたとはいえ、実の子で無い事に変わりはない。それに狙うのならば旅の途中で--
そこまで考えて思考が止まる。ジグゾーパズルを解けたかのようなスッキリした感覚が駆け巡った。
「あの吸血鬼とグル、ってわけかい?」
「ヘッ…そうよ、そのまさかよ!いやああいつが雇い主に物凄く機嫌悪そうにしてたらしいからな…雇い主から直々に始末の依頼が来たってワケさ!」
そして彼は拳を構える。こちらもヒサメ、レンがそれぞれ刀を抜き、ヒサメが静かに言い放った。
「…なるほど、用件は理解しました。どちらにせよ吸血鬼に加えて貴方まで雇うその【雇い主】とやらが気になりますが…いくらその魔物がいるといっても多勢に不勢。貴方に勝ち目は--」
「それはどうでしょう?」
「私の事忘れてもらっちゃ困るな♪」
突然後ろから声が聞こえ、振り向くより先にメスのような刃物と、触れただけで斬れそうな鋭利なワイヤーが飛翔する。瞬時にアルスは跳躍で、レンは盾で、ヒサメは氷で作った壁でそれらを防ぐ。
「へえ?中々やるね、お兄さん達♪」
紫髪をショートに切り、黒いマントで小柄な体をくるんだ少女が無邪気な笑みを浮かべる。その無邪気さとは裏腹に、その可憐な手には邪気の塊であるナイフが幾つも握られていた。
「私の綱糸を阻むとは…やりますね」
そしてもう一人は落ち着いた色の長いスカートを履いた清楚な少女。右手には大型のナイフ一本。左手には何本もの綱糸--殺人用ワイヤー。そして二人は--
「君達…試験の上位10人の中にいた…?」
レンが問い掛ける。そう、二人は今は亡き金髪の青年の後を追うように先へと進んで行った少女達だったのだ。まさかタナトスと同じ【敵】が既に身近にいたとは…
「君達…何故僕『達』を殺そうとするんだい?タナトスから僕を始末するよう言われたみたいだけど…それなら僕『だけ』を始末すれば良い。だけど君達二人はレンやヒサメも殺そうとした…契約内容は、さしずめ【A級冒険者候補全員を始末し、冒険者協会を潰す口実を作れ】ってところだろ?」
「あ?テメエ何故--」
アルスの言葉に壱が絶句する。見ればヒサメとレンも驚きのあまり口をポカンと開けているようだった。
クスクスクス、と笑っていた紫髪の少女がアルスに向き直る。
「凄いね、お兄さん♪予想の理由を聞かせて貰えるかな?」
わざわざ答える必要も無いが、ここは何とか逃げる隙を作るためにも彼女を引き付けておかなくてはならない。アルスは慣れないながらも不敵な笑みを浮かべる。
「簡単な事だよ。ボレアオネを襲撃した時もそうだけど…君達は冒険者がいない方が任務とやらを遂行しやすいんじゃないかと思ってさ」
そしてアルスは緑色の長剣を構える。
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