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[第一節【旅立ち】]
「それじゃあ、狩りに行ってくるね」
「おう、気を付けてな」
「行ってらっしゃい」
人類歴1872年、冬のある日、少年は狩りに出るため家を後にする。齢は18。髪と瞳は葉よりもなお青々としている翠色。体は細いが引き締まっており、肩には弓と矢筒を、腰には一本の長剣を帯びている。
少年の名はアルス・オプサイト。この世界では18歳の時点で大学レベルの教育を済ませているので、彼は丁度それを終えたところとなる。
彼の家族は義理の両親と義理の妹。彼は物心付いた時に彼らに拾われた。雪の中に捨てられた彼の傍らには今彼が帯びている長剣と、一枚の『この子を、アルスを頼みます』という手紙のみ。彼は出張から帰ってくる途中の義理の父に偶然見つかり、慌てて彼が家へ連れて行ったのだという。幸い拾われたオプサイト家は、裕福とは言えないもののそれなりに余裕のある家であり、家族も優しかったので彼は健やかに成長した。そして彼は今日、初めて狩りに出るのである。
(弓の練習はたくさんしたけど…大丈夫かな……)
『グルルルルル…!』
「このぉ!」
彼が不安を抱く傍ら、突然森の奥から唸り声と少女の声が聞こえた。慌てて思考を中断し、アルスは急ぐ。
「……なるほどね」
駆けつけたアルスは即座に状況を理解した。森の中にある少し開けた平地には、十数頭の白いワーム、ガイスートに囲まれた数人の人々。装備を見る限りは商隊のようで、内、一人は先程の声の主の少女で、護衛として雇われた冒険者のようである。
少女の得物は明るい黄色の魔導杖槍(スタッフランス・オブ・スペル)。かなり使い込まれているようで、少女も軽々と振るっている。少女の髪は彼女の活発さを表すような明るい桃色で、目は彼女の魔力を象徴するかのように空よりも濃い蒼。魔法杖槍は魔法の詠唱を助ける働きがあるが、彼女は槍としての機能を使うだけで一向に魔法を唱えようとしない。何故か。
理由は簡単だ。今は猛烈な吹雪が吹き荒んでいる。勿論寒冷の気候に適応しているガイスートには火属性の魔法を使えば良いだろう。しかしこの吹雪では如何に強力な炎を呼び出したところで掻き消されてしまう。仮に吹雪を乗り越える炎を呼び出したところで周りは森だ。冬の乾燥しきった木に火が付けば…後は想像出来るだろう。雷も同様だ。かえって氷属性や水属性の魔法を使っても効果は薄い。
「…やるしかないか」
小さく言うと彼は木の陰から弓を構え、これまた小さく唱える。
「……フォルテ…!」
温かな緑の光が矢に宿り、一気にアルスは5本の矢をつがえた。
「バーニング…!」
再び小さく呪文を唱えると、今度は赤い光に矢が包まれた。そして彼は限界まで弦を引き絞り--
「…そこッ!」
ヒュンッ!という澄んだ音と共に五本の矢がガイスート5体にそれぞれ深々と突き刺さる。
『グルルルルル!?』
白い不気味な長虫は悲鳴を上げた。見れば矢の刺さった部分から湯気が上がっている。そう、吹雪にかきけされてしまうのなら内側から燃やし尽くせば良いだけのこと。フォルテにより矢の威力は上昇し、バーニングにより炎症効果も発揮されている。矢が突き刺さったガイスートはいずれも息耐えた。
「せやぁ!」
残りのガイスートが怯んでいる隙に少女が魔導杖槍を次々と突き刺し同時に内側から相手を焼く。今までは詠唱をするだけの隙が無かったようだが、今のアルスの狙撃で何とか挽回詠唱の時間が出来たようだ。
「……セイッ!」
最後の一体もアルスの長剣に斬り伏せられ、戦闘は終了した。
「お兄さんもネヴィアさんもありがとうございました!お陰で助かりましたよ!」
商人達が次々と礼を言う中、リーダーらしき人物が名刺を渡して来た。
「私はヘルクス商会王都アヴァロニア支部長を務めております、ダーニックと申す者です。この御恩はいつかお返ししたい。もし王都に用がありましたら是非お立ち寄り下さいませ」
「ご丁寧に…こちらこそありがとうございます。僕の名前はアルス、アルス・オプサイトです」
アルスは名刺を受け取り礼を返す。商人達はアルスにお礼を言い終わると、荷車を引く馬に鞭を振り、手を振りながら去って行った。
アルスは途端にへにゃり、と座り込んだ。街の学校で魔法の訓練はした。弓や剣の練習もした。しかし実戦にいざ臨む、となると緊張で心臓がドラムを叩いているようにバクバク鳴っている。
アルスは狩りで経験を積み、王都に行き冒険者になるのが夢だ。しかし初戦がこれでは先が思いやられるな、と彼は一人苦笑を浮かべ立ち上がる。
「さて…戻ろうかな…っと君達の命、無駄にはしない。何かに使わせて貰うよ」
ゆっくりとガイスートの亡骸から皮や牙を剥ぎ取り黙祷する。そして彼は帰路に付いたのだった。

「あ、お兄ちゃんお帰り~」
「あらお帰りなさい♪早かったわね?」
「帰ったか。無事で何より…って何だソレは!?」
家に帰ったアルスを義妹のレーウ、義母のクェスと義父のアズナルが笑顔で迎え、即座に絶句する。
無理も無いだろう。彼の背の籠には、鹿等の肉ではなく、たくさんの牙やブヨブヨした皮が入っていたのだから。
「鹿は仕留められなかったよ。代わりにガイスートに襲われてる商隊を助けたんだけどね」
そして事のあらましを一通り話す。義妹と義母と義父は互いに顔を見合わせ苦笑した。
「む…虫じゃなくてこっちの蟲か…うえぇ…でも凄いじゃんお兄ちゃん!人を助けて魔物を倒すなんて!」
レーウが暗青色の目を大きく見はって牙や皮に生理的に無理、という視線を送る。
「あらあら、最初の狩りの相手が蟲だなんて…」
クェスは少し意外そうに、どこか誇らしげに微笑んだ。
「普通は鹿辺りから始めるものだが…人の役目に立てたのならば変わりはあるまい?さて、アルスも色々と疲れただろう。食事をし、風呂に入って寝ると良い。その蟲の皮や牙は何かに使えそうだな…明日にでも売りに行こう」
アズナルが牙を手に取り様々な角度から査定する。
「うん、わかった。おやすみレーウ、義母さん、義父さん」
そしてアルスは一人体を綺麗にし、疲れきった体をベッドという名の楽園に沈めた。
明くる日、アルス達は街へと繰り出した。昨日アルスが持ち帰ったガイスートの素材を売る、或いは加工してもらうためだ。
彼らの住む街、ボレアオネはエリュシオン中立王国の北端に位置する北部最大の街だ。街の周囲は高く、厚い防壁に囲まれており魔物の侵入を許さない。仮に門まで辿り着く魔物や賊がいたとしても、極寒のこの地で鍛えられたボレアオネ私設警備隊によって一瞬の内に返り討ちにされるであろう。
またこの街の領主、シュヴァルツ・ダオラはこの街出身の平民から実力だけで領主となった男であり、自らも平民の苦労を知っているため、市民に非常に良くしてくれると王国中から評判である。不作の時には王都の国王に直接無理を言って公債を借り、自らも畑仕事に精を出す。日照りが続いた時は自らの命が危険域になるまで水属性魔法で雨を降らし、就職難な時期には機械兵のテストパイロットとして王都に推薦してくれる等、市民からの人気も高い人物だった。
「いらっしゃいませ。如何なさいますかな?」
ボレアオネ最大の商店、ボレアオネ商会の店長は手を揉み合わせる。彼の机に大量の素材を置くと、彼の目が真ん丸に見開かれた。
「これはあの蟲、ガイスートの…しかも成体の牙と皮とは…こいつは何処で?」
「狩りに行った時に王都の商会の人達がこいつらに囲まれてて、助けるために倒したんですよ」
「それで幾らぐらいになりますかな?ああ、お前達は適当に街をふらついてて良いぞ」
アルスに続きアズナルが交渉を始める。父の言葉に頷き、アルスとレーウはショッピングモールの中を見て回った。 「そう言えば学校の方はどうなの?」
アルスがレーウに問い掛ける。彼女もアルスが通っていた学校と同じところに通っており、高校(我々の世界での高校レベルの内容に加え、魔法や武器の扱い、大学レベルの内容も学ぶためかなりハード)に入学したばかりで慣れないことも多いハズだが、と思いながら訊くと彼女はのほほん、と答える。
「う~、内容が難しくてちょっとキツいけど大丈夫でしょ。魔法とかは得意だしね。それに友達も出来たし」
「楽しいなら良いけど……座学も出来ないと退学になるから気を付けろよ」
そんなとりとめのない世間話をしていると、一人の少女の姿が見え、相手もこちらに気付き手を振りながら近付いてくる。確か彼女は…
「あ!昨日の男の子!昨日はゴメンね、色々とドタバタしててお礼を言えなくて。えっと…確か名前は…」
「アルスだよ、アルス・オプサイト。こっちは妹のレーウ」
「初めましてお姉さん。昨日兄が話していた冒険者の方ですか?」
それを受けて少女は頷き、そう言えば、と慌てて名乗りを上げた。
「自己紹介がまだだったわね。私はネヴィア。ネヴィア・グレイス。王都で駆け出しだけど冒険者をやってるわ、よろしくね、アルス」
そして突然思い出したように手をポン、と叩く。
「そうだ、立ち話もなんだし、昨日のお礼もしたいから何か奢らせてもらっても良いかな?」
「ああ、ありがとう」
「それではお言葉に甘えて」
そうして三人は連れ合い、ショッピングモールの食堂へと向かった。一応店で交渉を続けている義父には、直接出向いて伝えておいたので問題は無いだろう。そして頼んだ料理が来るまでの間、三人はにこやかに話をしていた。
そんな時、アルスはふと思い付いた事を訊く。
「そう言えば今まで街の周辺に魔物があんなに出るなんて聞いた事がなかったんだけど…何かあったのかな?」
それを聞いてネヴィアが顔を少し曇らせて頷く。何があったのだろうか。声を潜めてネヴィアが答える。
「これはあくまで噂なんだけどね…魔族が再び人類に侵攻しようとしてるっていう話があるの。何で今なのか、って言うと、今の世界はとても不安定。帝国は融和派が押しているといっても帝国と共和国の冷戦は次第に緊迫していってるし、その帝国の内部では内戦が、共和国の内部では一部の州が独立しようっていう動きがそれぞれ起きそうなの。それにこの国(ウチ)でも国王に対する不満が爆発しそうじゃない?その内反逆の使徒がもう一度政府と戦うんじゃないかってすら言われてる。加えてこの世界全体が魔法と機械の使いすぎと人々の負の感情の増えすぎで、その余剰エネルギーが今まで以上に魔物を生み出しているから…っていうのが冒険者ギルドの分析らしいわ」
そこで丁度料理が届き、三人は一旦話を中断して食べ始めた。
食べながら、アルスはある決意を胸に抱いた。
絶対に冒険者の資格を取り、人々を救うという決意を。
しかしそのためにはまず経験を積まなくてはならない。家族には冒険者になりたいという事は伝えてあるし、了承を貰っているがどうしたものか。いきなり試験を受けると言ったら了承してくれるだろうか。それに経験の浅いアルスが冒険者の試験に受かるかなど--
「そうだ!アルス、冒険者になるつもりは無い?」
そんな彼の思考を遮るかのようにネヴィアが突然彼の手を取る。彼女はアルスが突然の事に驚いているのを知ってか知らずか更に続けた。
「昨日アルスの腕前を目の前で見て感じたの。アルスは弓も魔法も剣も上手く使える才能があるし、動きを見た限り、貴方の不断の努力の賜物だと思うの。そんな貴方が今の世界で冒険者になってくれたら心強いな、って…それに私思うの。いくら才能のある人でも、他の人だったらあの場面で私達を助けなかったって。アルスは強いんだって」
強い。
その言葉を聞いた途端、何故かアルスは少し嬉しくなった。しかし、何故自分の心の赴くままに人を助けた自分が強いと言われるのか、彼にとっては疑問だった。彼は子供の時から苛められている子を助けたり、困っている人に手をさしのべたりしてきた。そこで彼にかけられた言葉は『ありがとう』や『アルスは優しいね』『いい子だね』といったもの。もしかしたら彼は、両親が誰かも分からず、拾われた自分を『弱い』と思っていたのかもしれない。だからこそ、『優しい』といった言葉ではなく、『強い』という言葉をかけられて嬉しくなったのかもしれない。
「まあ、出会って1日の私がこんな事言うのもアレだけどね。もし良かったら考えてみて欲しいな」
少し照れたように微笑むネヴィアにアルスも微笑み返す。
「ありがとうネヴィア。僕、強いなんて言われたの初めてだよ」
そこでちょうど自分の料理を食べ終えたレーウが『ちゃんとお父さんとお母さんと話し合ってね』とアイコンタクトをしてくる。妹にアイコンタクトを返しながら彼はネヴィアに言った。
「実は僕、狩りで経験を積んでから冒険者になるつもりだったんだ。だけど今の言葉で少し安心したから、今日お義父さん達と話し合って返事をさせて貰うよ」
「本当!?多分1週間はこの街を彷徨いてるから、結論が出たら声をかけてね~」
「ああ。でもあまり期待はしないでね」
その後もとりとめのない会話をし、食事を終えたアルス達は各々帰路へと入っていった。

「ほう?随分と急な話だが…私は構わんぞ。母さんはどうだ?」
アルスは家に帰ると早速義父にその事を話した。意外にもアズナルは二つ返事で了承し、義母も少し心配な様子は見せたものの、「父さんがそう言うのなら」とすぐに了承してくれた。
「僕は今まで義父さんや義母さんに拾われた事に対して、自分でも気づかない内に負い目を感じていたんだ…誰の子かも分からず、本当の親がいない【弱い子】だって…」
そこで言葉を切り、両親の目をまっすぐ見つめる。二人は真剣にアルスの話を聞いていた。
「でもさっき、昨日助けた冒険者の子に言われたんだ。『アルスは強い』って。僕は今まで優しいと言われた事はあっても、『強い』なんて言われた事は無かったし、自分でそう思った事も無かったから嬉しかった…今まではどこか自信が無かった。狩りにしても、冒険者の試験にしても。でも彼女から『強い』って言葉を貰って勇気を貰ったんだ」
そして義母と義父に微笑みかける。
「義父さん、義母さん…今なら僕、二人に冒険者として頑張る事で恩返しが出来ると思う。そして、恩返しの過程で色んな人を助けたい。今の不安定な世界で苦しむ人を少しでも楽にしてあげたいんだ」
アルスの話が終わったところで、アズナルが一枚の紙を取り出した。義父はにっこりと微笑む。
「今の話を聞いて安心した。誰かも分からぬお前の産みの親に、いつ見せても恥ずかしくない子に育ったとな。本当は明日書いてもらう予定だったのだが…」
そこで言葉を区切り、儀礼的な口調で続ける。
「オプサイト家第7第目当主アズナル・オプサイトの名の元に、正式に貴殿をオプサイト家の跡取りとして迎え入れる。さあ、汝の名をこの書に書くが良い」
その言葉を聞いた瞬間、アルスは喜びのあまり叫びそうになり、危うく頬を緩めるに止めた。確かに今までもアルス達は家族として生活してきたが、戸籍上は赤の他人だったのだ。これで名実共に家族になれるという喜びと、なにより義父と義母に、いや、父と母に認められたのが嬉しかったのだ。アルスも格式ばったなお辞儀をし、サインをした。そのサインを見て、アズナルはうむ、と頷き続ける。
「これにて汝は正式に我らが息子となった…………アルス、おめでとう!」
「ありがとう、父さん!」
喜びのあまり父に抱き付く。母と妹もようやく正式に家族になれた事を喜び目頭を熱くしていた。
抱き付いて離れないアルスの頭をよしよし、と優しく撫で、アズナルは1つの箱を机の下から取り出した。中に入っていたのは淡い青色の美しい弓。
「オプサイト家に伝わる宝弓、アフレイションだ。そろそろお前が冒険者になりたいと言い出すんじゃないかと思ってな。蔵から引っ張り出してきたのだ。お前の弓も練習のし過ぎで壊れそうだったしな。それと…」
更に2つ程箱を取り出す。1つの中身は大きな白い財布。もう1つは白と緑のコントラストが美しい短剣だった。
「まずはガイスートの皮で作って貰った財布だ。頑丈だから壊れる事は無いだろう。余った皮や牙を売った金も入っているから冒険者の資金の足しにしてくれ。次にガイスートの牙と緑光石で作られた短剣だ。町を出歩くが剣や弓を持てない時に持っていくと良い。私達に出来るのはこれくらいだ「父さん…何から何までありがとう…」
アルスは父に頭を下げる。父はにっこりと微笑みながら彼の頭を再びくしゃっと撫で回した。
「さて…いつ出発するにしても返事待ちの彼女を待たせるわけにはいくまい?私達は夕食の準備をしておくから彼女に報告してくると良い」
「うん、わかった」
そしてアルスは再び街に繰り出そうと玄関を開け--
「うわああああああ!?」
「ッ!?」
突然街の方から悲鳴が聞こえた。アルスは大慌てで部屋に置いてある長剣を掴みとり、悲鳴の主のもとへと向かった。
アルスが騒動の中心に行くと、そこには五体程のガーゴイルのような魔物の姿。警備兵達が街の人々を避難させながら応戦するが、如何なる理由か、ガーゴイル達は銃や大砲等の近代兵器を受け付けない。加えてあのガーゴイル達はポイズンゴイルと呼ばれる種類で、その名の通り血液や吐息に毒が含まれているため迂闊に近寄れない。警備兵達も打つ手無しのようだ。
「近代兵器への耐性を付与する術式を掛けられているのか…一体誰が…」
考えている暇など無い。アルスは背の弓アフレイションを構え綱素魔法で矢を生成しつがえる。
「バーニング…!」
赤い光が矢に宿る。接近出来ないのなら遠方から矢を放てば良い。アルスは小さく術を唱え、毒持つ悪魔に矢を放つ。
『シュウウウウウウウ!?』
ポイズンゴイルが矢を受け苦痛の声を上げる。五体の魔物はアルスに憎悪の籠った目を向けると、両腕の鉤爪を鋭く光らせ襲いかかって来た。
「くっ…!」
大きく後ろに跳びずさりながら彼は再び矢を放つが避けられる。小さく舌打ちをしながら彼は剣を構えた。
「今のうちに避難と増援を!」「おう!」
警備兵が急いで住民を避難させている間にアルスはポイズンゴイルに囲まれた。魔物はシューシュー音を立てながらジリジリとにじりよる。
「…吸い込まないように頑張るか」
彼が意を決し、剣を振るおうと--
「リフレクトベール!」
聞き覚えのある声が響き、彼の周りを温かな光が包み込む。対毒の魔法だ。彼はそれを理解すると己の愛剣に力を込めた。
「…セヤァ!」
大きく剣を振りかぶり、同心円を描く斬撃を繰り出す。一体を除いたポイズンゴイルが真っ二つになり返り血がアルスにかかるが、対毒の術式のお陰で事なきを得た。
『シュウウウウウ!』「無駄よ!」
残った一体がアルスにとびかかるも、後ろから魔導杖槍に貫かれ、最後の魔物も息絶えた。美少女が槍をヒュン、と振り、返り血を落とす。
「ネヴィア、助かったよ」
「ふふ♪昨日の御返し。とりあえず無事で良かったけど、近代兵器無効化障壁なんて高度な術、一体誰が…」
そう、問題は誰が襲撃を指示したか、なのだ。仮に魔族なのならば国王に進言する必要が--
「フフ…中々やるじゃないか。この町にも骨のある奴はいるようだな」
「!?」
「誰!?」
ネヴィアが槍を声のした方に向ける。そこにいたのは一人の長身の男。全身を黒いローブで覆っており、唯一見える顔は非常に優美だった。
「我が名はブラッド・タナトス。誇り高き吸血鬼の末裔。私のペット達をこうも簡単に仕留めるとは…やるじゃないか」
タナトスと名乗る男はローブを翻す。僅かに覗く肌の色は青白く、その背中には折り畳まれた大きな黒い翼。
「吸血鬼なら日光に当たると不都合なんじゃないのかい?」
「それに…何故この街を襲ったのかしら?」
二人の問いに嘲るように笑みを浮かべ、吸血鬼の末裔は金の長髪をバサッ、と振り払う。
「吸血鬼の私が太陽の対策を怠るとでも思ったのかな?ちなみに私は金で雇われているだけさ。今回の依頼内容はこの街の偵察のみ。しかし君達には興味が湧いた…」
そう言うと彼は不敵に笑いながらポイズンゴイルの死体の方へと手をかざす。次の瞬間、死体の血が一滴残らず彼の手に集まり巨大な刀を形成した。
緋い瞳を妖しく瞬かせ、タナトスはふわりと降り立つ。
「さて…ゲームをしよう…一分は持ってくれたまえよ?」
言うが早いかタナトスは二人に向けて突進する。咄嗟に二人は防御の姿勢を取るが、勢いだけは殺し切れずに吹っ飛ばされ建物に叩き付けられた。
「…ぐっ!?」「かはっ…!」
タナトスは尚も不敵に笑いながらゆっくりと歩を進める。彼の手にある血で作られた刀は今や千の針となり、二人へ狙いを定めていた。
「呆気ない。死ね」
「それはどうかな?」
「私の息子に手を出した不敬、償って貰うぞ」
「何だと?」
タナトスは咄嗟に天を舞う。彼がいた場所が大きく割れた。
彼の視線の先には二人の壮年の男。一人はアルスの父、アズナル。彼はアルスに微笑みかけると大剣を吸血鬼に向けた。
「オプサイト家当主に…この街の領主か」
もう一人はこの街の領主、シュヴァルツ・ダオラ。白いモノが混じった黒髪を肩まで伸ばした偉丈夫は戦斧を構え高らかに言い放つ。
「吸血鬼の末裔よ、雇い主に伝言を…次に我が街を攻め、我が民を傷付けた場合、【地獄の底まで追い続ける】と」
「ほう?…っ!?何をする…!?この…!」
そしてアズナルが剣を振るい光を放つ。光はタナトスにまとわり付き、彼の日光に対する術を打ち消した。タナトスの皮膚が一瞬で焼けただれるが、彼は瞬時にローブを纏う。
「人間風情が…!私の肌を荒らした罪、次は貴様らの血で償ってもらう事としよう…!」
怒りで瞳を緋く燃やしながら吸血鬼は去って行った。二人はようやく肩の力を抜き、アルス達の傷の手当てをした。

「アルス、時間だよ」「ああ、ネヴィア、わかったよ。それじゃあ…行ってきます」
「気を付けてな」「頑張ってね」「お兄ちゃん頑張って!」
あの一件から5日。アルスはネヴィアの案内のもと、王都に向けて冒険者の資格を取るために旅に出た。タナトスの雇い主が誰なのか、それだけが疑問となって彼の心を吸血していく。
(父さん、母さん、レーウ…どうか元気で)
吸血鬼が街に再び攻めないか、そんな不安を胸に彼は旅立つ。

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