[PEZY問題]
世界4位のスパコン撤去へ
文部科学省管轄の科学技術振興機構(JST)は2018年3月30日、PEZY Computingグループでスパコン構築を手掛けるExaScalerに対し、省電力スパコン「Gyoukou(暁光)」の開発中止を通知した。同スパコンは2017年11月のTOP500ランキングで国内1位、世界4位を達成している。
続いてJSTは、スパコン開発のため同社に融資した約52億円を、4月6日に担保権を行使して返還させた。
開発中止を受け、海洋研究開発機構(JAMSTEC)は4月12日付で、Gyoukouに関する賃貸借契約の解除をExa Scalerに通知。JAMSTECから施設を間借りしてGyoukouを設置・運用していたExaScalerは13日、Gyoukouの運用を速やかに停止し、撤去することを明らかにした。
同社は早期の運用再開に向け、移設場所の確保に乗り出す。「年内に再稼働したい。置いてもいいというところがあれば、是非ExaScalerに連絡してほしい」(ExaScaler広報)。
混乱のきっかけは助成金の不正受給事件にある。東京地検特捜部が2017年12月にPEZY創業者の斉藤元章氏ら2人を詐欺容疑で逮捕してから約半年。研究開発費を水増しして研究助成費を詐取したという容疑が事実であれば、PEZYグループが今後の研究開発でペナルティを負うのは当然だ。ただ、PEZYグループに助成した新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)やJSTの制度や対応にも問題があった。過去にさかのぼって検証しよう。
実態とかけ離れた「人件費」
詐欺容疑の対象は、2012年7月と2013年4月の研究助成だ。PEZY関連企業でメモリー開発専業のウルトラメモリに架空の外注費を計上するなどの手口で、11億円超のうち計約6億5300万円を詐取したとされる。なぜNEDOは事前に不正を見抜けなかったのか。
元経産省官僚でNEDOへの出向経験がある宇佐美典也氏は「背景には、NEDOが研究助成の対象とする人件費の上限が、一流の技術者に支払う人件費の水準と乖離していたことがあったのでは」と推測する。
NEDOは技術者の健保等級に基づき人件費を決定しており、算出の上限は月額200万円ほど。だが「一流のIT企業であれば人月単価は月額200万円を優に超える」(宇佐美氏)。研究開発費の多くを人件費が占めるようなプロジェクトは、NEDOが想定する経費が実態より大幅に少なくなってしまう。
宇佐美氏によれば、こうしたケースでNEDOは「他の間接経費の一部を組み替えて人件費の不足をカバーするか、あるいは人件費を外注費として処理するよう指導していた」という。NEDOの審査に詳しい別の技術者も「NEDOの場合、外注費には工数提出などの義務がなく、開発再委託などと比べてチェックが緩い」と証言する。
本来、NEDOによる研究助成の外注費については「研究・開発業務そのものを外注することはできない」との規定があり、外注でなく再委託での申請を求めている。PEZYが外注費の水増しを実行できた背景には「人件費の乖離を外注費で埋める」という、規定の趣旨から外れたNEDOの制度運用があった可能性がある。
予測不能のリスクを負う恐れ
ExaScalerに52億円を融資し、後に返還させたJSTの対応にも問題があった。JSTが融資したExaScalerの開発事業は、優れた技術シーズの実用化を目指す「産学共同実用化開発事業(Nex TEP)」の一環で、JSTが2017年1月に採択した。52億円の開発資金は、同スパコンの事業化に成功した場合は最大5年の猶予を経て10年以内に全額返済、失敗した場合は10%分のみ返済する契約だった。
同事業の目標はプロセッサとDRAMを「磁界結合」と呼ぶ高速インタフェース技術で接続し、高性能スパコンを開発すること。ただし開発の遅れからExaScalerは磁界結合を採用していなかった。同社は2017年12月時点で、2018年中に磁界結合DRAMを搭載したボードをGyoukouに組み込むとしていた。だがJSTはその採用を待たずに開発の中止を決めた。
JSTが開発中止を決めた理由は、「磁界結合に関する開発内容の大幅縮小」と「同開発期間の大幅延長」が明らかになったためとしている。JSTが全額返還を求めた根拠は、「開発計画の変更が(返済9割免除の前提となる)技術的な不成功ではなく、ExaScaler側の事情による変更だったため」と説明する。今回の開発に関連したExaScalerの不正行為は見つかっておらず、不正に基づく返還請求ではないという。
ExaScalerが申請した計画に無理があったのは確かだ。動作の信頼性が何より求められる新規メモリー技術の開発を、20ラック相当分という「量産」規模のスパコン構築計画とセットで提案したのは、明らかに拙速だった。
一方、Gyoukouを撤去させたJSTの対応も問題なしとは言えない。
NexTEPはベンチャー企業が持つ技術の事業化を支援するため、JSTが委託開発の形で開発資金を支援する事業である。融資の全額返還を求めるか否かを決める「技術的な不成功」と「企業側の事情による変更」の境界があいまいなままだと、同事業で融資を得て開発を進めるスタートアップ企業が予測不能のリスクを負う恐れがある。
さらに、世界4位級のスパコン開発計画を承認する上で、計画の妥当性について外部の専門家を交えて検討したことを裏付ける資料が公開されていないのも問題だ。例えば理研が国家プロジェクトとして推進するスパコン「京」や「ポスト京」は、研究開発の妥当性を評価する枠組みがあった。
なぜ開発を中止し、Gyoukouの撤去に至ったのか。政府の助成制度を科学技術の強化と産業振興につなげるためにも、JSTとExaScalerの双方に説明責任がある。
記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。
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