軽い気持ちの転職が「こんなはずじゃなかった」につながることも。写真はイメージ=PIXTA 「必要に迫られているわけじゃないけど、いいところがあれば転職しようかな」。盛り上がる転職市場のニュースや知人の成功話を聞いて、そんな軽い気分で転職活動を始める人もいます。しかし、不満の解消や、転職後のメリットだけに目を奪われていると、「こんなはずじゃなかった」という状況に陥ることも。キャリアアップにしっかりつなげるためには、転職や転職活動に対する「覚悟」が必要です。どのようなことを確認しておくべきなのでしょうか。
■転職活動につきもののリスクを認識しておく
新年度スタートから1カ月。新たな組織体制や戦略の下で働き始めている人、新たな役割を担っている人などは、それに違和感を覚えると、「転職」が頭をよぎり始める頃です。このゴールデンウイーク中、すでに転職に成功した友人、元同僚などと会って話す中で、「自分も」という気持ちが沸き上がった人もいるのではないでしょうか。
けれども、安易に転職に踏み切る、あるいは転職活動をすると、思いがけない落とし穴にはまってしまうこともあります。次のような「覚悟」が自分にあるかどうかを自問自答してみてください。
■「あって当たり前」だったものが失われる覚悟
現状に不満を抱えている人の場合、転職することでそれらの不満が解消され、ハッピーになれるという幻想を抱きます。しかし、「不満点」に焦点を当てて、その点を解消し、満足できる企業に出合えたとしても、入社後に別の部分で不満が生じるリスクもあります。転職すれば、満足を得られる可能性があると同時に、一方では失うものもあるということを認識しておかなければなりません。
これまでの職場には当たり前に存在していて、「どんな会社にもあって当たり前」と思っていたものが、実は転職先にはなかったというのはよくあることです。
例えば、今の職場ではパソコン作業中にトラブルが起きたらすぐにシステム担当者が解決してくれるけれど、転職先では自分の力で解決するよう求められるかもしれません。今は、プレゼンテーションに備え、アシスタントがデータを集計してくれたり、見栄えのよいパワーポイント資料を作成してくれたりするのに対し、転職先ではすべて自分で行わなければならないかもしれません。
また、これまで会社で導入した便利なツールを使えたけれど、それがなくなり、同じ作業に倍の時間を要してしまうこともあるでしょう。商談先への移動のためのタクシー代は経費で落とせるものと思っていたけれど、転職先では認められず、ストレスを感じるようになるかもしれません。
そのほか、「そんなつもりじゃなかった」は次のような項目で発生しがちです。受け入れる覚悟があるかどうか、自問自答してみてください。
●収入
提示された年収額は前職より高いが、各種手当や福利厚生がなく、可処分所得が減少する
●勤務地
積極採用を行っているような成長企業に転職した場合、拠点拡大に伴い、思いがけない転勤が発生
●人間関係
面接で会った社員や経営者には魅力を感じたが、配属先の上司や同僚と相性が良くない
●仕事内容
面白そうな仕事だと思ったが、仕事内容そのもの以外の部分でのストレスが強い(想定以上に数字での成果を求められる、組織内での根回しに時間がかかりすぎる、他部署とのあつれきに対処する必要がある、など)
●評価
自分が強みとすることが評価指標にない
転職後に「前の職場は恵まれていたんだな」と初めて認識することはよくあります。入社後にしかわからないことも多いものの、転職することによって何がどう変化するのか、さまざまな角度から検証しておきたいものです。これまでの仕事の習慣を大きく変える必要が生じ、ストレスを感じることもあると覚悟した上で、本当に転職する価値があるかどうかを自問してみてください。
■「本気度」を試される覚悟
軽い気持ちで転職活動を始めること自体は、必ずしも悪いわけではありません。焦りや気負いがない状態で、広く情報収集することで、ビジネスの新しい潮流をキャッチできたり、自分の意外な可能性に気付いたりする場合もあります。
しかし、「覚悟」ができていない状態で、「ちょっと興味がある」程度の企業に応募した場合、思いがけずダメージを受けることもあります。
「このポジションなら自分のスキルが生かせる。高く評価され、大歓迎されるはず」と自信を持って応募したものの、あっさり不採用を言い渡されてしまったりするのです。
求人企業は、経験やスキル以上に、応募者の「本気度」に注目しているもの。なんとなく転職活動を始め、なんとなく興味を持った企業に応募しても、中途半端な気持ちはすぐに見抜かれてしまうものです。経験やスキルの応募条件を十分に満たしている応募者であっても、「本当にこの人はうちの会社で働く気があるのか?」と疑念を持たれ、採用を見送られてしまいます。
「業務だけこなしてくれればいい」という考えで採用をしている企業であれば、経験・スキル条件だけで採用してくれることもあるでしょうが、成長を目指す企業の多くは、新しく迎えるメンバーに対しては「社内にいい刺激を与えてほしい」と願っています。本気度が感じられない人が入ってきては、逆に既存メンバーの士気を落としてしまうかもしれない……そんな懸念も抱き、不採用の判断を下すわけです。
本気ではない転職活動は見透かされるもの。写真はイメージ=PIXTA 「どうしても入りたいわけではない企業で不採用になっても別に構わないけど」と思うかもしれませんが、自分のキャリアに自信がある人ほど「落とされた」という事実は、想像以上にショックを受けるものです。
評価されなかった、拒絶されたという思いから自信をなくし、次に別の会社に応募して面接を受けても、「また落とされるのでは」という不安感が無意識のうちに表れてしまったりします。そんな自信のなさを感じとった企業側は、「頼りない」と不採用の判断を下します。
そして、さらに自信をなくしてしまうと、負のスパイラルに陥ってしまう人は意外と少なくありません。また、極端に転職活動そのものに慎重になってしまう人も。必要以上にハードルを上げてしまい、身動きが取れなくなってしまうこともあります。
実力はあっても、「本気」を見せなければ受け入れられない――面接に臨む際には、そんな覚悟が必要なのです。
■過去の成功体験を捨てる覚悟
「転職がうまくいくかどうかは自分のキャリア・スキルしだい」と思ってはいませんか。
もちろんそれも正解ですが、それだけではありません。転職の成否のカギは「需給バランス」にあります。
同じ経験・スキルでも、時流によって転職市場での評価は大きく変わります。極端なことを言えば、1年前には引く手あまただった職種やスキルが、翌年にはニーズが急降下し、求人がぱったりなくなることだってあるのです。需給バランスでいうところの「需要過多」や「希少性」が価値になるという視点も大事です。
数年前に簡単に転職に成功した人であっても、前のようにうまくいかないこともあると心得てください。今の自分の「市場価値」を認識し、自分にとって転職活動のベストなタイミングを見極めることが大切です。
また「成功体験」ということでいえば、今の会社のプロジェクトを成功させて得たノウハウが、次の会社で生かせるとは限りません。ビジネスの変化のスピードが速い昨今、以前成功を収めた手法はすでに陳腐化していることもあり得ます。
また、今の会社にあるリソース(人材や予算)が転職先の会社にない場合、成功ノウハウを持っていても使えないこともあります。過去の成功体験が今の会社では一目置かれ、評価されていたとしても、次の会社ではゼロリセットされ、再現できないこともあるわけです。そこにあるリソースで、ゼロから新たな成功体験をつくり上げなければなりません。
転職後の「メリット」にばかり幻想を抱きがちな人は、こうした現実があることも念頭に、自分にどれほどの「覚悟」があるかを見つめていただきたいと思います。
※「次世代リーダーの転職学」は金曜更新です。次回は5月18日の予定です。この連載は3人が交代で執筆します。
森本千賀子 morich代表取締役 兼 All Rounder Agent。リクルートグループで25年近くにわたりエグゼクティブ層中心の転職エージェントとして活躍。2012年、NHK「プロフェッショナル~仕事の流儀~」に出演。最新刊「のぼりつめる男 課長どまりの男」(サンマーク出版)ほか、著書多数。 本コンテンツの無断転載、配信、共有利用を禁止します。