あなたがマーケティング担当者なら、ブランディングやマーケティングの過程で「値引きの誘惑」にかられたことは、一度や二度ではないはずだ。
多くのマーケティング担当者は、こと価格になると弱気になり、競合ブランドより低く設定してしまいがちだ。
さらには、営業部門や上層部から「デフレの時代だから、価格を下げて欲しい」「競合ブランドが○○円まで値下げしてきた以上、当社も価格も同等がそれ以下にするしかない」などの圧力がかかり、値崩れリスクにおびえながらも値引き判断に傾いたマーケティング担当者も多いはずだ。
特に日本の企業においては伝統的に営業部門の発言権が大きいことから「売上目標達成のためなら、多少値引きをしても構わない」という風潮が蔓延る。結果、値引き決定のプロセスに冷静なロジックを欠いたまま、非常に受け身的な価格マネジメントに陥っているのが現状だ。
しかし、ことブランディングにおいて「値引き」は致命傷になりうる。
なぜなら値崩れは、ブランド力の低下に直結する。さらに、値引きをしてなお利益を確保するためには、費用のどこか、たとえば人件費などを削らなくてはならず、会社全体にとってあまり有益な方向に向かわないことが多いからだ。
もし、あなたの企業がこのまま価格戦略に対してロジックのないマネジメントを続けていけば、適正な利益が得られないまま価格下落が進んでいき、その恐怖感に苛まれながらも、ただ手をこまねいているだけになってしまう。
今回は「価格マネジメント|ブランド戦略における価格戦略の落とし穴と対処法」と題して、ブランディングにおける価格マネジメントの重要性と、その落とし穴について解説していく。
残念ながら「値引き圧力」に対してすぐに効く特効薬は存在しない。しかしそうであるからこそ、事前の準備を含め、日々の地道な努力が必要だ。
広く世の中を見渡すと、競合ブランドを明らかに上回る価値を持ったブランドは、競合ブランドの価格に引きずられることなく、独自の価格帯を維持している。
もし、今回の解説を最後まで読んでいただければ「値引き圧力」や「価格マネジメント」に対して、どのような視点を持てば良いかがわかるようになる。そしてそれらをあなたのチームで共有することができれば、これまでよりもはるかに値引きに抗えるようになるはずだ。
目次[表示する]
- 価格マネジメントとは|ブランディングにおける価格マネジメントの重要性
- 価格マネジメントに影響を与えている3つの要因
- 価格マネジメントにおけるマーケティング担当者のチャレンジ
- 終わりに
- Mission Driven Brand 解説記事一覧
価格マネジメントとは|ブランディングにおける価格マネジメントの重要性
多くの企業の「価格マネジメント」の落とし穴
現状、多くのブランドの価格マネジメントは、 感覚的あるいは情緒的なものに大きく影響されているのが実情だ。よく見られる現象は、大きく以下の3つに大別される。
- 競合ブランドが値下げをしてきた以上、販売量が落ちるのは目に見えている。追随値下げは不可避だ。
- 今後のバイヤーとの付き合いの関係上、理不尽とはわかっていてもリベートを積み増さなくてはならない。
- 当初計画していたよりも販売が芳しくない。値引きをすれば今よりも売れるようになるだろう。
特に市場が成熟期になると、上記のどれかが理由になって、値引き圧力に晒されることが増えてくるはずだ。
実際、あるコンサルティング会社のグローバルな調査では「過度の価格競争に直面している」と感じている日本企業は84%にも昇るという。
そうであるにも関わらず「より高い収益を得るために重要なことは何か?」という問いに対して、91%の日本企業が「売上の増加」と答えており「価格マネジメントによる利益を最も重視している」と回答した企業はわずか33%に留まるという。
この調査結果から見ても、日本企業は売上至上主義であり、価格マネジメントによる利益向上の意識が薄いことが垣間見える。
ちなみに「価格マネジメントによる利益を最も重視している:33%」は、調査対象国の中で、日本が最も低い数値だそうだ。
しかし、値引きによる売上向上は、瞬発的な効果にとどまることになる。なぜなら生活者側からすれば、 低価格は一時的に買うための動機付けにはなりうるが、その刺激に慣れて「値引き価格」が当たり前感覚になってしまうと「値引き価格」が標準的な相場感となってしまい、もっと買いたいという動機づけにつながりにくくなるからだ。
にも関わらず、あなたのブランドも含め、多くのブランドが値引き初力に屈してしまうのはなぜだろうか?
価格マネジメントに影響を与えている3つの要因
実は、価格マネジメントに影響を与える要因は、大きくわけて3つ存在する。その3つとは、以下の通りだ。
- 市場の需給要因:
野菜価格やガソリン価格、あるいは電気料金のように、市場の需給関係や政府の方針などによって左右される要因
- 戦略要因:
自社のブランド力・競合のブランド力・チャネルや顧客の力関係など、ブランド戦略やマーケティング戦略の巧拙に左右される要因。
- 取引要因:
営業担当者とバイヤーとの交渉のような、戦術的な要素に左右される要因。
価格マネジメントに影響を与えている要因-1:市場の需給要因
上記のうち「市場の需給要因」は、残念ながらあなたや、あなたの企業がどれだけ努力をしたとしても太刀打ちできない要因だ。
よって、市場の需給要因によって価格が大きく左右されてしまう場合は「需要予測」に着目し、需要変動に対して俊敏に生産調整を行うことで価格マネジメントを行うのが賢明だ。
なぜなら需要動向に応じて俊敏に生産調整ができれば、価格は必然的に安定し、値崩れを防ぐことにつながるからだ。
一方で「戦略要因」に関しては、日本企業にとって根深い問題であり、あなたを含め、多くのマーケティング担当者が頭を痛めている問題だ。
価格マネジメントに影響を与えている要因-2:戦略要因
ことブランディングやマーケティングにおいて、日本企業の大きな問題は「CMO不在」だといわれる。
本来、価格戦略はマーケティングミックスの4Pの1つであり、CMOが戦略レベルの見地から意志決定すべき戦略課題だ。
しかしながら経済産業省のレポートによれば、マーケティングやブランディングを統括するCMOを配置している企業は、米国が62%であるのに比べて、日本はわずか0.3%と極端に低いことがわかる。
日本のマーケティング部門は「マーケティング部門」と言いつつも、実は「宣伝や販促だけ」だったり、あるいは「営業本部傘下の一部門」であることも多い。その結果、営業部門長の「得意先のチェーン本部から、何かやらないのかと言われ困っている」「何もしないで、このままの状態を黙認するのは良くない」などの言葉に引きずられて、安易な値引きに引きづられがちだ。
一方で、外資系企業にはCMOを置いたりブランドマネージャー制を敷いている企業が多く、価格マネジメントポリシーが一元管理されていることが多い。
しかし、日本は雇用の流動性がまだまだ低いため、ブランドマーケティングプロフェッショナルは外資系企業を渡り歩くこと多く、価格マネジメントも含めたブランドマネジメントのノウハウが日本企業に流通しない。
上記のようなことが相まって「全体を俯瞰して戦略的に価格をマネージする」という責任部署が存在しない状態となり、どの部門も価格維持の責任を担わないまま、場当たり的な価格マネジメントとなってしまいがちだ。
価格マネジメントに影響を与えている要因-3:取引要因
最後は「取引要因」だ。k_birdのコンサルティングファームでのコンサルティング経験及び広告代理店での戦略プランナー経験を踏まえると、多くの企業の価格戦マネジメントの8割は、この取引要因で失敗しているというのが実感だ。
あなたの企業では、営業部門は「売上」で評価されていないだろうか?
日本企業の場合、営業部門の評価制度が「売上」中心である企業が圧倒的に多い。そのため、営業現場は値引きやリベートを乱発してでも売上を上げようとするインセンティブが働く。
リベートには、例えて言えば「年間契約達成リベート」「期間リベート」「特別リベート」「運送料」「配送センター費用」「棚を確保する費用」「POSデータ入力手数料」「共同広告協賛金」などが存在する。
そしてk_birdの経験の中では、その企業の主力商品にも関わらず、すべてのリベートを足し合わせると、実に売り上げの5割以上がリベートに費やされていたというクライアントにも遭遇したことがある。
また情報システム上、1SKUごとに正確な貢献利益の計算ができていなかったり、できていても営業部門に知らせていない企業でも同じことが起きている。
どの企業も、リベートポリシーは策定しているはずだ。
しかしそこには「本社決裁分」「支店長特別決裁」など例外的なリベートが存在し「裏技を使ってリベート決裁を認めさせた営業担当者こそ優秀」とする文化すら存在する。
ブランディングの目的は、生活者からの感情移入を創ることだ。そして感情移入を創ることによって指名買いされるブランドへと育て、生活者にもたらした喜びの対価にふさわしい利益を得て初めて成功といえる。
しかし、営業担当者と取引先バイヤーとの取引現場で値引きやリベートが乱発され、値崩れや安売りイメージが蔓延すれば、いったい何のためのブランディングだかわからなくなる。マーケティング担当者であるあなたの努力は、営業現場の最前線で無駄になってしまうのだ。
価格マネジメントにおけるマーケティング担当者のチャレンジ
ここまでで、安易な値引きの要因は「CMO不在(価格に対する責任部門の不在)」「営業部門の売上至上主義」であることはご理解いただけたはずだ。
しかし冒頭でも触れた通り、残念ながら「値引き圧力」に対してすぐに効く特効薬は存在しない。だとしても、ブランディングを成功に導きたいと真剣に考えているあなたなら、できることがあるはずだ。
同じ企業内でも、ブランディングや価格マネジメントに関する知識が豊富で、全体像を理解している人とそうでない人では、そもそもの立脚点が異なるため会話がかみ合わなくなることが多い。特に「売上」と「利益」に関して、どちらを重視すべきかについてズレが生じると、全く話がかみ合わなくなる。
よって、まずは価格マネジメントにおける以下の3つの知識について、社内勉強会などを通して知識共有にチャレンジしてみてほしい。知識を共有するだけでも、価格や値引きに対する立脚点を揃えることができるため、以降、ロジカルで建設的な議論が可能になるはずだ。
価格マネジメントのチャレンジ-1:「スキミングプライス」に関する知識を共有する
「スキミングプライス」とは、日本語に訳すと「上澄み吸収価格」のことを指す。いわば「価格を高く設定・維持し、高い粗利を得ることを狙いとした価格戦略」のことだ。
あなたがモノを売ろうとするとき、つい「なるべく多くの人に売りたい」と考えるのは人としての心情だ。しかし「なるべく多くの人に売る」ことと「なるべく多くの利益を上げる」ことは、必ずしも一致しないことは、これまでに解説した通りだ。
思い出してほしい。
さきほどに触れた「すべてのリベートを足し合わせると、実に売り上げの5割以上がリベートに費やされていたというクライアントにも遭遇した」というくだりは「売上至上主義が利益減を招く」という悲しい現実の典型例だ。
「スキミングプライス戦略」は「価格が少々高くても、あまり価格に気にすることなく欲しいと思ってくれる上位20%を大切にする」戦略だ。
値引きによって買ってくれる人達は「安いかどうかを基準に買う」いわゆる「バーゲンハンター」と呼ばれる人達となりやすい。この「バーゲンハンター」は「安さ」が重要な購入基準になっているため、値引きした時こそ買ってくれるものの、正価に戻すと途端に離れていく、決してロイヤル顧客にならない人達だ。
そして値引きの本当の恐ろしさは、上位20%の既存のロイヤル顧客に悪影響を与えてしまうことだ。
もしあなたのブランドが値引きを乱発すれば、ロイヤル顧客も正価で買うのが馬鹿らしくなる。そのため「ロイヤル顧客ですら」徐々に正価で買わなくなってくる。つまり「ロイヤル顧客のバーゲンハンター化」が加速していくのだ。
こうして「値引き」は「バーゲンハンター」を呼び込み、更には「ロイヤル顧客のバーゲンハンター化」を促しながら「売上至上主義が利益減を招く」悪夢を創っていく。
その原因となる顧客をあえて避け「粗利幅」で勝負するのがスキミングプライス戦略であり、ブランド戦略の真骨頂だ。
価格マネジメントのチャレンジ-2:「価格の利益インパクト」に関する知識を共有する
続いては「価格の利益インパクト」に関する知識の共有だ。
今ここに、正価100円の商品があったとしよう。原価や諸費用が50円だとした場合、貢献利益は50円となる。
一方で、100円のこの商品を80円に値引きしたとする。原価や諸費用が同じ50円だとした場合、貢献利益は30円となる。
もし、正価と同等の貢献利益を確保しようとする場合、どの程度の売上増が必要だろうか?
答えは1.7倍だ。(50円÷30円=1.7倍)
あなたは同じ貢献利益を得ようと思ったら1.7倍の売り上げを上げなければいけないことになるが、果たしてこれは現実的だろうか?
次に、逆のケースを考えてみよう。
値引き販売が常態化していた80円の商品があったとしよう。原価や諸費用が50円だとした場合、貢献利益は30円となる。
もし、この値引きが常態化した商品を正価である100円に引き上げた場合、原価や諸費用が50円だとすると、貢献利益は50円となる。
80円から正価の100円に価格を戻した場合、同じ利益額を得るためには、どの程度売上の減少が許容できるだろうか?
答えは60%だ。(30円÷50円=60%)
ここまで読んでみて、いかに価格が利益にインパクトを与えるか、ご理解頂けたはずだ。
ペンシルバニア大学ウォートンスクールの研究によると、営業利益に対するインパクトの順番は「価格:10.3%」「変動費の削減:6.5%」「販売量の増加:3.3%」「固定費の削減:2.5%」となり、販売量と比べて価格のインパクトは3約倍大きいことが証明されている。
また、マッキンゼーの調査でも 「価格:23.2%」「変動費の削減:16.3%」「販売量の増加:6.9%」「固定費の削減:5.9%」となっており、やはり販売量と比べて価格のインパクトが約3倍大きいことが証明されている。
営業部門や企業の上層部は、ともすれば短絡的に「売上の増加」だけに目を向けやすい。しかし繰り返すが、ビジネスにおいて最も重要なのは売上ではなく利益であり、行き過ぎた売上至上主義は利益減を招く。
さらに、こと「ブランディング」においては、売上至上主義による値下げはバーゲンハンターを呼び込んでしまうために、上位20%の既存のロイヤル顧客に悪影響を与え、ブランド力そのものを棄損してしまう。
もし、あなたが真剣にブランディングを成功に導きたいと考えているのなら、ぜひ「価格の利益インパクト」について、チーム全体で共有してほしい。
価格マネジメントのチャレンジ-3:「価格シグナル」に関する知識を共有する
3つ目は「価格シグナル」についてだ。
価格シグナルとは「設定した価格そのものが、その商品の品質を推し量るシグナルになる」とするマーケティング心理学の理論だ。
生活者は、ブランドの値段が極端に安いと「粗悪品だから安いのかもしれない」と勘ぐる。決して「厳しいコスト削減を経て安くなっている」とは考えない。いわゆる「安かろう、悪かろう」の状態だ。
例えば、風邪薬を思い浮かべてみよう。
もしあなたがドラッグストアに訪れた時、風邪薬が30円特価で販売されていたとしたら、あなたはどう感じるだろうか?多くの人はその価格を見て「30円の風邪薬なんて、聞くわけがない」と感じるのではないだろうか?
また、あなたは50円のリンゴと1,000円のリンゴでは、どちらの方が「おいしそうなリンゴだ」と感じるだろうか?恐らくあなたは、直感的に1,000円のリンゴの方が「おいしそうだ」と感じるはずだ。
これが「価格シグナル」の効果だ。
過度な値引きは、「このブランドは、競合ブランドと比べて価値が低いブランドです」という間違ったシグナルを発することになる。
値引きによる価格シグナルは、一時買うための動機付けにはなりうる。しかしその刺激に慣れて当たり前になると、もっと買いたいというインセンティブにつながりにくくなるため、売上はバーゲンハンター頼みとなる。その結果、値引き販売が常態化し、徐々にロイヤル顧客も離れていき、売り上げのベースが下がっていく。
特にプレミアム性を売りにしているブランドの場合、値引きをするとかえって売れなくなることが知られている。もし、あなたがブランドの帝京価値(=ブランドが提供できる喜び)を守りたいと思うなら、ぜひ、価格シグナルの理論もチームで共有してほしい。
終わりに
今回は「価格マネジメント|価格戦略の落とし穴とマーケターのチャレンジとは」と題して、価格マネジメントにおけるマーケティング担当者のチャレンジついて解説した。今後も、折に触れて「ロジカルで、かつ、直感的にわかるブランディングの解説」を続けていくつもりだ。(過去記事と今後の掲載予定はこちら)
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