【Jerry Chu】ゲームは平等だが,ゲームの世界は決して平等とは言えない。Rami Ismail氏の功績を振り返る
Jerry Chu / 香港出身,現在は“とあるゲーム会社”の新人プログラマー
Jerry Chu「ゲームを知る掘る語る」Twitter:@akemi_cyan |
ゲームの世界は決して平等とは言えない
ゲームは平等だが,ゲームの世界は決して平等とは言えない。
ゲームは世界共通の言語だ。日本語を知らない人も「ピカチュウ」と「マリオ」を知っている。言葉が通じなくても,ゲームを一緒に遊ぶことはできる。
また,ほとんどのゲームは練習を重ねたり,レベルを上げたりすれば,誰でもクリアできるように設計されている。
しかし,ゲームの世界は不公平に満ちており,性差別を強いられるクリエイターがたくさん存在する。国籍や言語の壁に阻まれ,ゲームの世界に入れない人も数知れない。
閉鎖的になっていくアメリカのゲーム業界
Game Developers Conference(GDC)では「#1ReasonToBe」という恒例のパネルディスカッションが行われている。
最初に「#1ReasonToBe」が開催されたのは2013年だった。Leigh Alexander氏とBrenda Romero氏が主催し,性差別に苦しめられてもなお,ゲームを作り続ける理由を女性ゲーム開発者達が語る内容だ。その後,毎年恒例となり,2016年には主催の役割がRami Ismail氏に託された。
Rami Ismail氏は「Ridiculous Fishing」や「LUFTRAUSERS」「Nuclear Throne」など,数々のヒット作品を世に送り出してきたインディゲームクリエイターである。氏が主催となった2016年以降,「#1ReasonToBe」は世界各国のゲームクリエイターを迎え,発展途上国におけるゲーム開発について語るものになっていた。
そして今年の「#1ReasonToBe」は,ゲーム会社のプログラマーとしてGDCに参加した筆者の心に強く響いた。
講演が始まると,赤い点が点在するスライドを見せられた。これはGDC会場のとある展示パネルを加工した画像だ。
GDC会場には巨大な世界地図があり,参加者は自分の出身地を赤くマークしていた。この地図を見ると,GDCの参加者の大半はアメリカやヨーロッパ,日本,中国から来たことが分かる。アフリカやロシア,中東の参加者はほとんど見当たらない。スライドはこの地図から赤色のマークだけを抽出したものだ。
Rami Ismail氏は「これは世界中のゲームクリエイターを表したマップだが,実際はそうじゃない。本当に世界中のゲームクリエイターを表しているなら,もっと世界地図に似ているはずだから。正確にはGDCに来られる人を示したマップであり,GDCに参加できる余裕を持つ人,GDCに参加することを許された人を示している」と指摘した。
GDCに参加するには飛行機やホテル,入場料など,多額の費用がかかる。さらに近年ではアメリカへの入国審査がより厳しくなっている。2017年1月,トランプ大統領は「ムスリム禁止令」と呼ばれる大統領令に署名した。それ以降,アメリカビザの取得が困難になり,審査を通過できないため,GDCに参加できない人も増えつつある。
今回,発展途上国のゲームクリエイター6名が「#1ReasonToBe」のスピーカーとして登壇した。だが,実際にRami Ismail氏がGDCに招待したのは12名だったそうだ。つまり,半数がビザ申請を却下されて,渡米を許されなかった。ビザを申請した後の境遇に不安を覚え,自ら登壇を辞退したスピーカーさえいたという。
Rami Ismail氏はGDCやPAXに参加するように,海外のゲーム開発者にアドバイスを送ったり,ビザ申請の手引きをしたりしている。2016年に氏が関わったクリエイターのうち,ビザを却下された人は4名だったが,翌2017年は11名に増え,2018年では3月中旬時点で28名にものぼるそうだ。
「2015年のパネルディスカッションでは,GDCに参加できなかった女性開発者を象徴するように,Brenda Romero氏は一脚の空き椅子を壇上に置いた。もし今年も同じことをするなら,このパネルディスカッションだけでも一卓のダイニングテーブルが必要だ」と,少数派が疎外されていく現状にRami Ismail氏は憤慨した。
環境に恵まれずともゲーム作りを諦めない人達
幾重もの困難を乗り越えて,ようやくGDCに招集できたパネリスト達。彼らのゲームクリエイターになるまでの経歴は,いずれも涙ぐましい話だった。
ルーマニアのIrina Moraru氏は,自国のゲーム開発に携わる人材の欠如に悩まされた。ルーマニアは40年以上も共産党の一党独裁が続いており,国民は創造性より服従性が奨励される教育を受け続けた。そのため,遂行力に長けるものの,リーダーシップやマーケティングといったゲーム作りに必要なスキルが欠如しているという。
共産党の独裁が終わった後も経済の発展が緩やかで,ルーマニアから有望な人材は離れていった。そこで,Irina Moraru氏は若い人材の育成に尽力している。勉強を重んじる環境を作り,若手クリエイターを指導することで,チームを育てているそうだ。
フィリピンから来たJavi Almirante氏は,自国のゲームスタジオ「Most Played Games」に就職している。フィリピン人の多くは英語が話せるので,海外に働き口を求めることができる。だが,人材が海外に流出し続けると,「フィリピンは他国に劣る」というフィリピン人の植民地心理をいつまでも払拭できないと,Javi Almirante氏は危惧した。
フィリピンのゲーム開発者のコミュニティは着実に成長しており,自国の文化と政治を描いたゲームも多く生まれている。クリエイター同士が支え合い,フィリピン人が海外に行かなくても,また外注先にならなくてもゲームを作れる。こうした未来をJavi Almirante氏は夢見ている。
ヨルダン人であるSamer Abbas氏は13歳のときにゲームデザイナーを志した。しかし,自国にはゲーム作りの教育環境がない,ゲーム開発者のコミュニティがない,海外のゲーム会社はアラブ国家を注目していない,といった困難に直面して夢を諦めるしかなかった。
Samer Abbas氏はゲームデザイナーになれなかったものの,現在はパブリッシャとして活躍し,アラブ人ゲームクリエイターの支援に注力している。
Carlos Rocha氏はコロンビアのゲームクリエイターであり,広告用ゲームなどを制作していた。コロンビア人はゲームに興味を持っているが,ゲームに金を払おうとしなかったという。Carlos Rocha氏の会社は倒産に追い込まれたものの,氏の独創性が評価され,やがてアメリカの会社から資金を得られて危機を乗り越えた。
現在,Carlos Rocha氏はブカラマンガを拠点に個性的なゲームを作りながら,ゲームクリエイターの支援と人材育成に貢献している。
レバノン人であるLara Noujaim氏は,ゲームと祖国を愛するクリエイターだ。戦争によって自由に外出することが許されなかったレバノン人にとって,ゲームは重要な娯楽だったという。ゲームへの深い思い入れが,氏の開発チームに結束力を与えている。
インターネットの回線速度が遅い,ゲーム作りの経験を持つ人が少ない,ゲーム開発はキャリアとして認識されない,学校にゲーム開発を専攻とする学部がない。こうした逆境にめげることなく,人材と資金の不足も乗り越え,2011年にLara Noujaim氏はゲームスタジオを立ち上げた。自身の作品にレバノンの音楽やアートを織り込み,ゲームを通じて自国の文化を広めようとしている。現在の対立が深まりつつある世界には,人々をつなげる共通言語であるゲームが必要である,と氏は主張した。
最後の登壇者,Matthieu Rabehaja氏はマダガスカルから来た。氏の立ち上げたスタジオ「Lomay Games」はマダガスカル初のゲームデベロッパである。自国にゲーム開発を教える学校がない,開発費が高い,国民にゲームを買えるほどの購買力がない,インフラが不安定といった課題を克服して,マダガスカルの街を舞台にしたレースゲーム「Gazkar」をリリースしている。
さまざまな境遇にあるパネリスト達の話を聞いて,筆者は強く共感を覚えた。
筆者が生まれ育った香港の故郷には,ゲーム開発を学べる学校もゲーム開発者のコミュニティも有名なゲームスタジオも存在しなかった。「ゲームを作りたい」と吐露しても,周りから「ゲームが好きなのは分かるけれど,仕事にしなくてもいいじゃないか」「どうしてビデオゲームをそこまで大事にするのか」といった消極的な反応ばかり。日本のゲームに憧れ,ゲーム開発者になることを夢見ても,それを叶えられる手段が見つからなかった。
大学に進学するときには,ゲーム開発に最も近いと思われた「計算機科学」を専攻に選んだ。もちろん,ビデオゲームを専門とする学部はなかったからだ。しかし,どこか後ろめたい気持ちがあった。
香港では医学や法律,商学がエリート学部とされており,優秀な学生の多くは工学部を志望しない。大学ではプログラミングを勉強し続けたが,どうすればゲームクリエイターになれるのか,ゲームプログラマーにはどんな知識が必要なのかが分からなかった。自分の夢に近づいている実感が得られず,ただただ途方に暮れる時期もあった。
そんな筆者に幸運が訪れた。大学3年のとき,半年間の交換留学で京都に滞在することになり,そこで偶然にもゲーム業界を目指す日本人に出会えたのだ。彼の助言と励ましに勇気づけられた。さらに彼は,日本の大学院に進学して,日本のゲーム会社に就職するという道を示してくれた。そして,今の筆者がある(筆者は好運にも,日本のゲーム会社でプログラマーの職に就いている)。
「#1ReasonToBe」に登壇した各国のパネリストは,筆者より厳しい境遇にある。戦争,人種差別,政情不安,劣悪な通信環境,ゲーム作りがビジネスにならない市場。こうした逆境にもかかわらず,「ゲームを作りたい」という一念を持って,それぞれが奮闘しているのだ。筆者は彼らにシンパシーを感じると同時に,敬意の念を抱いた。
世界中の多くの人は,ゲームの世界に立ち入ることすらできない
パネルディスカッションの締めにあたり,Rami Ismail氏は次のように語った。
「ゲームは世界共通の言語であるはずだが,世界中の多くの人は,ゲームの世界に立ち入ることすらできない。皆さんには今後の一年,今後の人生を通じて,声なき者達の言葉に耳を傾けてほしい。彼らは声を出すことすら許されないからだ」
ゲームの世界は決して平等とは言えない。日本の学生は専門学校に入学すれば,ゲーム作りの技術を学べる。ゲーム会社に就職すれば,一流のゲームクリエイターと一緒に仕事ができる。もちろん,そこでは個人の努力と才能が問われるが,ゲーム開発の教育とその後のキャリアパスが用意されている。
だが,世界中には母語で書かれた資料がなく,独学でゲーム作りに挑む人がいる。自国にゲームスタジオがなく,自力で立ち上げるしかない人がいる。欧米や日本ではない国に生まれた人が,ゲーム開発者になるには人一倍の努力が必要だ。
筆者は奇しくも,志を同じくする人と出会った。香港の学校では良質な英語教育を受けた。ゆとりのある家庭があり,理解を示してくれる家族とパートナーに恵まれた。筆者は幸運だったが,世界には筆者ほど幸運ではない人が多数存在する。
そればかりか,アメリカが閉鎖的になったことで,国外のゲームクリエイターはカンファレンスやゲームショウに参加することが許されず,ゲームの世界はますます不公平になっていくようだ。
一方,Rami Ismail氏はゲームの世界をより平等にしたいと考えている。
Rami Ismail氏はゲームクリエイターとして活躍するかたわら,同業者のサポートにも積極的だ。プレスキット作成ツールである「presskit()」やゲームメディアとのやりとりを容易にする「distribute()」を開発し,世界中のゲームクリエイターに無料で公開されている。
また,「Indie MEGABOOTH」や「Train Jam」といったイベントの運営にも参画。各国のカンファレンスや大学などにも登壇しており,ゲームクリエイターとしての知識と経験を広く伝えている。
また,Rami Ismail氏はゲーム業界における男女同権と文化多様性も主張してきた。Rami Ismail氏はオランダとエジプトのハーフであり,西洋文化とアラブ文化に通じている。アラブ文化をないがしろにした大手ゲーム会社を批判し,欧米以外の文化を尊重するように促したこともある。
世界中のクリエイターにとって,言葉の壁が大きな障害であると感じた氏は「gamedev.world」というプロジェクトを立ち上げ,英語で書かれたゲーム開発の関連資料を多言語に翻訳することを試みた。前述のとおり,GDCにおいては「#1ReasonToBe」を主催することで,これまで注目されていなかった各国のクリエイターに発言の場を与えている。
Ambassador Awardを受賞したRami Ismail氏
「#1ReasonToBe」の前日,「Game Developers Choice Awards」の授賞式が行われ,Rami Ismail氏はAmbassador Awardを受賞した(関連記事)。その席上,Poria Torkan氏がRami Ismail氏の親友として登壇した。
Poria Torkan氏はイランで生まれ,6歳のときに家族と一緒にオランダに移住した。その後,アムステルダムにあるGuerrilla Gamesに入社し,現在はBungieに在籍しているゲームクリエイターである。氏はRami Ismail氏の授賞に先立ち,次のように述べた。
「たとえすべてを投げ出しても,世界的に有名なゲームスタジオの近くに住みたい。そう思う人は世界中に何十万人もいます。この舞台に立つことを,この場にいることを夢見ても,我々と同じようにチャンスが与えられない人は何十万人もいます。彼らは自分ではどうしようもない理由のせいで,我々が持っている知識や仕事,人脈,メディア,ビザにアクセスすることができません。今夜はそうした人々のために,我々はRami Ismail氏を称えましょう」
これを受けて,Rami Ismail氏は受賞のスピーチでこう語った。
「疎外されてもなお,ゲームに携わっている人々に私は感謝しています。経済的や地理的,政治的な理由によって,この場に来られない人々にも私は感謝しています。あなた達はゲームというメディアに,新たな視点を与えています。あなた達のおかげでゲームはより強く,より豊かに,より多様性を代表するものになっていきます」
両氏のスピーチを聞いて,何度も涙をこぼしてしまった。筆者は故郷に有名なゲームスタジオがなかったことを嘆いた。ゲームへのこだわりが周囲に理解されず,孤独を感じていた。
そうした苦悩を理解してくれる人がいること,自分のような存在が受け入れられていること,そしてその価値が認められていることに感動したのだ。
言語や国境の壁を越えて,ゲーム作りをオープンなものにするべく,Rami Ismail氏は多大な貢献を果たした。まさにゲーム業界のアンバサダーにふさわしい人物だ。
■■Jerry Chu■■ 香港出身,現在は“とあるゲーム会社”の新人プログラマー。中学の頃は「真・三國無双」や「デビルメイクライ」などをやり込み,最近は主に洋ゲーをプレイしている。なるべく商業論を避け,文化的な視点からゲームを論じていきたい。 |
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